78話 夜中の密談
「よく来てくれた、リオン・エルファルド」
「ああ」
その日の夜、俺はまず帝国のオレオ王子の部屋を訪れた。オレオの部屋には既に妹のココアの姿もある。
先に言っておくが、トイレはギリギリ間に合ったからね。流石にこの歳で漏らす訳にはいかないから必死だったよ。ここ最近で一番のピンチだったかもしれない。
「座ってくれ」
「失礼する」
オレオに促されたのでソファに腰掛ける。反対のソファにはオレオとココアが座った。
さて、エルファルド家と因縁がある帝国の王子と王女が俺なんかになんの用だろうか。まどろっこしい挨拶はせずに単刀直入に聞いてみるか。
「それで、俺に話とは何だ」
「俺たちを守って欲しい」
「守る?」
おやおや、物騒な話になってきたぞ。
ミスったな。安易に関わるべきじゃなかった。
「まず、俺たちの身の上を聞いて欲しい。俺とココアが王族であることは分かるな?」
「勿論だ」
「帝国は今、水面下で激しい跡目争いが起きている。というのも俺たちの父上、皇帝の体調が芳しくなく、先が短いと言われているからだ」
へぇ、帝国ってそんなことになっていたのか。原作では帝国の詳しいところを描写していなかったので初耳だな。
「俺は第五王子で、ココアは第三王女。王位継承権はあるが俺たちが王になる可能性はないし、王になるつもりもない」
「ならば問題はないのではないか?」
「問題はあるのです。私たちは第一王子の派閥ですから」
俺の疑問にココアが答える。
派閥ね~、ちょっと話が分かってきたぞ。
「今、跡目争いの本命は第一王子と第二王子で、俺たちは第一王子を推している。世界征服なんて馬鹿げている第二王子が王になってしまえば、帝国は滅びの運命を辿ってしまうからだ」
(まあ滅びるんだけどね)
オレオの話に胸中で突っ込む。
可哀想だけど、物語では皇帝が死んで継承されることなくラスボス、デモルト・ブラックロードと幹部たちによって帝国は滅ぼされてしまうんだ。
デモルトに対する各国の同盟を拒否し、完全復活したデモルトの力を知らしめる為のかませ犬としてな。
「俺たちが魔術大会の代表者として来たのも、リアーナ王国との関係を少しでも回復するため。そして第一王子を後押ししてもらうためだ」
「そうか」
帝国はちょくちょくリアーナ王国に侵攻してきている。今年の夏にも辺境のエルファルド家に侵攻してきたりな。まぁアレは帝国ではなく闇の魔術師の仕業だったけどさ。
なるほど、二人は魔術大会の代表者としてだけではなく、外交官としてでもリアーナ王国に来たって訳か。
「第二王子は魔術大会中に俺とココアを殺そうと企んでいる。邪魔な第一王子の派閥である俺たちを消すためと、リアーナ王国と帝国の関係を更に悪化させるためだ」
「それで俺にお前たちを守って欲しいという訳か」
「そうだ」
「だが解せんな。何故俺なんだ?」
そこが一番気になる。誰が味方か敵か分からない疑心暗鬼の状況で、帝国の人間を信頼できないのは理解できる。ならばそれこそリアーナ王国の王様に頼めばいいのではないか?
何故たかが学生である俺なんかに護衛を頼む必要がある。
「アメン代表のイシスに告げられたからだ」
「彼女に?」
「ああ。実は俺たちの命が狙われていることもイシスから聞いたものだ。さらに彼女は、リオンなら俺たちを救ってくれると言っていた。彼女に未来視の力があるのは有名で俺も知っているから、イシスの言葉を信じることにしたんだ」
(イシスが俺を?)
全く、余計なことをしてくれたもんだ。
元々俺は居ない存在なんだぞ。そんな俺にこんな重要なことを任せるんじゃないよ。
胸中で愚痴っていると、オレオとココアは深く頭を下げ誠心誠意頼んでくる。
「関係のないお前に頼るのも悪いと思っている。だが、俺たちも必死なんだ。助けて欲しい、この通りだ」
「お願いします」
「……」
はぁ……仕方ない。
面倒だし断りたいけど、大貴族の立場からして王女と王子から直接お願いされたら無碍にする訳にもいかないよな。
「分かった。俺にできる範囲でお前たちのことを守ろう。二人は魔術大会に集中してくれ」
「ありがとう! 恩に着るぞ、リオン」
「ありがとうございます」
オレオと固い握手を交わす。
喜んでくれているところ悪いけど、俺が守らなくても二人は大会中に刺客に襲われないし死ぬこともない。何故ならそんな展開は物語にないからだ。
だけど一つ気になるのは、イシスの未来視。
彼女は何故、起こらない未来を兄妹に伝えんだろう。
念のため、警戒だけはしておくか。
◇◆◇
「率直に申す。余の物になれ、リオン」
(またかよ~)
オレオとココアの相談を終わらせた俺は、次の約束であるアメン国王子ウラエウスの部屋を訪れたのだが、部屋に入るや否や開口一番にそんなことを言われたのだ。
「一応、理由を聞こう」
「なに、お主を気に入ったのだ。顔も良いしな」
うぇ~、こいつそっちの毛もあるのかよ。
ドン引きしていると、ウラエウスは「冗談だ」と笑い飛ばし続けて、
「セトとバステトに勝ったお主の力を買っているのだ」
「光栄だが、買い被りだ。俺の力など大したことはない」
「謙遜する必要はないぞ。お主の力はあの程度ではなかろう」
(こいつ……見抜いていたのか)
どうやら実力を見極める力はあるようだな。流石に俺の本気がどれほどのものかまでは把握できないだろうけど。
はぁ……だったら誤魔化す必要はないか。
「誘っていただき光栄だが、丁重に断らせてもらう」
「不服か? なんなら婚約者も一緒で構わんのだぞ」
「そうではない。まだ学生の身だが、俺はこの国の貴族であり守るべき領地がある。他国に移る気は毛頭ない」
「木っ端な地位なぞ捨てよ。お主は余の右腕として置くつもりだ。田舎の領主なんぞより好待遇で歓迎するぞ」
「地位の問題ではない。“使命だ”」
はっきり断ると、砂の国の王子は「ふむ」と思案してからもう一度聞いてくる。
「益々欲しくなった。どうしても来る気はないのか」
「ああ」
「そうか、今日の所は大人しく引き下がろう。だが、余は諦めぬぞ」
これだけ断っているのになんてしつこい奴なんだ……。
まぁいい、話は済んだしさっさと失礼しよう。
「では失礼する」
「勝手に失礼するな。酒でも交わしながらお主の話を聞かせろ」
「悪いがこの後も予定が詰まっているんでな」
「ふっ、余を二の次にするとは面白い男だ。益々欲しくなったぞ」
乙女ゲームの「面白い女だ」みたいな感じで言わないでくれるかな。寒気が走るからさ。
◇◆◇
「来てくれてありがとう」
引き留めてくるウラエウスを何とか振り切った後、俺は亜人国ハモニカ代表のレオンの部屋を訪れた。
レオンの部屋にはエルフのセレンと、彼らの付き添いの妖精メイベルがいる。
「俺に会って欲しいと言っていた人は……」
「いかにも、ワタシのことじゃ!」
小さな体で無い胸を張るメイベル。なんか可愛いなこいつ。
「俺に何の用だ」
「なに、直接会って確認したかったのじゃ」
「確認?」
首を傾げると、メイベルは観察するように俺の周りをくるくる回った。
「実はお前とアメンの若者の戦いをワタシも見ておっての。そこで気付いたのじゃが、お前は“異質”なのじゃ」
「どういう意味だ」
「ふ~む、何と言えばいいかのぉ。分かり安く言うと、お前は運命の輪から外れている存在なのじゃ」
(こいつ……)
メイベルの意味深な言葉にドキリとする。
それって、本来は物語で死んでいるはずの俺が生きていることを見抜いているってことか。下手なことは言えないので黙っていると、メイベルは奥底を覗くようにジッと俺を見つめて、
「お前は異質でありながら、ダニエルに匹敵する……いや、それ以上の力を持っておる。それほどの者が善なる者なのか、悪なる者なのか確認したかったのじゃ」
「仮に悪なる者だったらどうする気だ」
「無論、刺し違えてでもこの場で消すつもりじゃ」
消すって……。
おいおい、可愛いとか思っていたけどおっかねぇなこの妖精。
「それで、貴女から見た俺はどうなんだ。悪なる者なのか」
「案ずるな。直接見て分かったが、“今の”お前は悪なる者ではない。どうやら悪になる寸前で思い留まったようだの。よい仲間を持ったお陰だ」
今の、ねぇ。
まぁ父親のジオが殺されてからの俺はかなり闇落ちしてたからな。ゴーズやクラッド、エルファルド家の家族やレイラ。それと相棒である本物のリオンが居なかったら悪に染まっていたかもしれない。
それにしても凄ぇなこいつ。
視ただけで俺の力や境遇が分かるのかよ。これが妖精の力ってやつなのか。
「これからも善なる者であってくれよ」
「勿論だ」
◇◆◇
「会いたかったぞ、リオン殿」
「お久しぶりです、大和殿」
レオンの部屋を後にした俺は、撫子の部屋を訪れた。
そこには撫子の父である大和猛もいて、再会早々に強い抱擁をされる。
「大和を救っていただいたお礼を伝えらなかったことが心残りだったのだ」
「挨拶もせず去ってしまい申し訳ございません」
「よいのだ。急な用があったのだろう? こうして息災な姿を見られただけで十分だ」
やはり彼は器が大きいな。
本当なら文句の一つも言っていいだろうに。
「でもまさか、リオン殿が学園の生徒だったとはな。撫子から聞いた時は驚いたぞ」
「ふふ、あの時の父上の驚きようをリオン殿にも見せたかったでござる」
「こら、やめんか撫子」
いや~この二人のやり取りを見ると懐かしく感じられるな。
まだ二か月前ぐらいなのに、随分前のような出来事な気がする。
「リオン殿、ベッキー殿も学園の生徒でござるのか?」
「いや、彼女は学園と関係ないんだ」
「そうでござるか。ベッキー殿にも会いたかったでござる」
残念そうな顔を浮かべる撫子。
ベッキーは学園の生徒どころか敵組織の幹部だからねぇ。まぁそう遠くない間に会うことになるだろう。良き再会とはいかないけどさ。
「リオン殿にこれを渡したい」
「刀ですか」
猛が腰に差している刀の一本を俺に渡してくる。
それは八岐大蛇を倒すために猛から借り受けた雷切丸という刀だった。
「大和を救ってくれた礼をしたくてな。せめてこの刀をリオン殿に受け取って欲しいのだ」
「いいのですか」
「遠慮するな。この刀もリオン殿のような強き者に使って欲しいと願っているだろう」
「お心遣いありがとうございます。大切に使わせていただきます」
別にお礼なんか貰わなくてもいいのだが、猛の心遣いを無碍にするのも忍びない。それにこの刀、俺的にもいいなって思ってたんだよな。俺の魔力にも耐えられる強度があるし。
「リオン殿、拙者は以前よりも鍛えたでござるよ」
「そうか。大会頑張ってくれ、応援している」
「うむ! 見ていてくれ、必ずや優勝するでござるよ!」




