73話 復学
季節は冬。
朝起きるのが億劫になり、吐息が白くなった頃、俺とレイラは王立魔術学園を訪れていた。
「久しぶりじゃの、二人共」
「お久しぶりです、校長」
「お久しぶりです」
魔術学園校長、ダニエル・ゴッドヴァルトと挨拶を交わす。
老人の彼は俺たちを見るや否や、長い白髭を撫でながら朗らかな笑みを浮かべていた。
俺とレイラが校長のもとに訪れたのは復学の許可を得るため。深々と頭を下げつつ口を開く。
「校長にお願いがあります。退学した身で勝手ではありますが、復学させていただけないでしょうか」
「お願いします」
俺に続いてレイラも頭を下げながら頼むと、校長は懐から二枚の紙を取り出して、
「お主たちは何を言っておるのじゃ? 二人共退学なぞしておらんよ」
「「……?」」
「言ったじゃろう。これは“預かっておくと”」
あ~、そういえばそんな事言っていた気がするな。あの時の俺はもう退学していた気でいたから、とっくに受理されていると思っていた。
校長は「これはもういらんの」と言って、俺とレイラの退学届をビリビリと破り捨てる。
「リオン、レイラ、お帰りなさい」
「「ありがとうございます、校長」」
俺たちが戻ってくると信じ、退学届を受理しなかった校長にお礼を告げる。すると彼は俺の方に顔を向けて問いかけた。
「お主はもう立ち直ったのかの?」
「はい。一人ではないと、仲間がいると気付くことができました」
「うむ、憑き物が取れたような晴れやかな顔になったの。学園は魔術を学ぶだけの場ではない。支え合える人間関係を育む場でもある。お主とレイラのようにの」
校長に言われた俺とレイラは互いに見つめ合うと、強く首肯した。
「「はい」」
「今後とも学ぶとよい。二人には期待しておるからの」
「「はい、頑張ります」」
最後に挨拶をしてから、俺たちは校長室を後にする。
廊下を歩く俺は、隣にいるレイラに話しかけた。
「また後でな」
「はい」
俺とレイラの教室は違う。
俺が貴族クラスで、レイラが貴族+平民クラスだ。彼女とひと時だって離れたくないが、別々のクラスなので仕方ない。
一言告げてから惜しむように別れる。
(なんか緊張してきたな)
教室の扉の前で足が止まる。
どうしよう、皆俺が退学してることはとっくに知っているよな。そんな俺がのこのこ帰ってきて嫌がらないだろうか。
リオンの野郎出戻りだってよ~! え~最悪なんですけど~! みたいな感じになっていないだろうか……。
やっべ~どうしよう。扉を開けるのが恐くなってきたぞ。
転校初日の学生の気持が分かる気がする。
(ええい、ままよ!)
勇気を振り絞り、扉を開けて中に入る。直後、パンパンとクラッカーのようなけたたましい音が鳴り響いた。
「「お帰りなさい、リオン様!」」
「「お帰り!」」
「ゴーズ、クラッド、皆……」
俺を待っていたかのようにクラスメイトたちが盛大に歓迎してくれた。
嬉しい……嬉しいな。勝手に退学した俺なんかを受け入れてくれて、本当にありがたい。
「待っていたぞ、リオン。お前と再び筋肉を鍛えられることを嬉しく思う」
「俺もだ、バッカス」
マッチョで大貴族のバッカス・ディスチーノから求められた握手に力強く応じる。だけどバッカス、お前と筋肉を鍛えたことは一度もなかった気がするが。
「家の方は大丈夫なのかい?」
「ああ。伯母上に領主代行を頼んでいる。俺が領主になるのは学園を卒業した後だ」
「うん、その方がいいね。何にせよ、君が戻ってきて僕も嬉しいよ。まっ、少しは僕たちに頼って欲しかったんだけどね」
イケメンで同じく大貴族のクラウン・クラディウスが俺の肩に手を置いてそう言ってくる。申し訳なく「すまない」と誤れば、「構わないよ」と爽やかに返してきた。
もし復学できなければバッカスやクラインに協力を求めていたかもしれないが、すんなり復学できたからな。次に困ったことがあったら、今度こそ彼らを頼ろう。
「リオン様、お待ちしておりました!」
「戻ってきてくれて嬉しいです!」
「ありがとう、皆」
他のクラスメイトも次々と声をかけてくれる。
はは、俺って嫌われていなかったんだな。まぁ大貴族である俺に下手な態度を取れないってのもあるかもしれないけど、マイナス思考になるのはもうやめよう。
歓迎してくれる皆に対し、頭を下げて気持ちを伝える。
「皆、迷惑をかけてすまなかった。これからもよろしく頼む」
「何言ってるんですか、リオン様。迷惑なんて誰も思ってませんよ」
「それどころか雰囲気暗かったんですからね! でも、リオン様が帰ってきくれたからもう大丈夫です!」
「ゴーズ、クラッド。お前たちが来てくれなかったら俺はここに居なかったかもしれない。心から感謝する」
「そ、そんなの当たり前ですよ!」
「だって俺たちはリオン様の一番のと、と……」
「ああ、大事な友だ」
「「うぅ、リオン様~!」」
ゴーズとクラッドが泣きながら胸に飛び込んでくる。彼らを受け止め、背中を叩いてやった。
本当にありがとう。俺が立ち直れたのも二人が居てくれたからだ。俺を心配し、学園を休んでまで見舞いに来てくれた。
お前たちが友達で、俺は本当に幸せ者だよ。
これからもよろしくな、ゴーズ、クラッド。
◇◆◇
「皆、凄く歓迎してくれました」
「そうだな」
授業も終わったところで、俺とレイラは中庭のベンチで談笑していた。どうやらレイラもクラスメイトに歓迎してもらったようだ。まぁ彼女は人気者だし、歓迎されるのは当たり前だけどな。
「学園は良いところだな。友もいるし、レイラもいる」
「はい。私もリオン様が居て嬉しいです」
(もう、レイラは可愛いなぁ)
互いに見つめ合いながら言葉を紡ぐ。
晴れてレイラに想いを告げてプロポーズまでしちゃった俺だけど、流石に十六歳で結婚とはならない。最速でも卒業してからだろう。
まぁ焦らなくてもいいだろう。やっと両想いになったんだ、卒業するまでゆっくりと愛を育んでいけばいいさ。
(そっか、俺とレイラはカップルなのか)
最初から婚約者だったから、“恋人関係”ってなんか新鮮だな。カップルなら、手を繋いじゃってもいいよな。外は寒いし、手もかじかんでいるから言い訳にもなるだろう。
よし、行くぞ。
覚悟を決めてレイラの手を握ろうとした――その時。
「いや~お熱いでんな~! 外は冬寒いっていうのに、お二人の仲は熱々ってか。か~やってられへんわ!」
(お邪魔虫め~!)
俺たちのイチャイチャを小五月蠅い関西弁で邪魔してきたのはナナリーことナナだった。
ちくしょ~折角勇気を振り絞ってレイラの手を握ろうしたのにさ~少しは空気を読んでくれよな~。
「何の用だ」
「そんな冷たいこと言わんといて~な。わてとリオンはんの仲でっしゃろ~」
「何の用だと言っている(誤解を招くようなこと言うな馬鹿!)」
「もう冗談や冗談、そんな怒らんといて~な」
冗談にしてもお前の場合はタチが悪いんだよ。
「二人は暫く学園を休んでいたから、今後のイベントを教えといてやろ~と思うてん」
「何のイベントですか?」
「そらもうアレや、一年に一回、冬に行われる魔術大会や」
あ~、もうそんな時期だったか。
各国の魔術学園の生徒や、生徒ではなくとも十八歳以下の代表者が集まって戦う魔術大会。優勝者には偉大な魔術師の称号が与えられるんだ。
と言っても、俺は予選会で主人公カイトに負けたし、“魔術大会自体はどうでもいいんだけどな”。
「そこまで大袈裟にする必要がありますか?」
「それがなレイラはん、聞いて驚き」
ナナはそこで一拍置くと、ドゥルルルルルと自分の口でドラム音を鳴らし口を開いた。
「なんと今年度の魔術大会の開催場所は、この学園なんやで!」
……うん、知ってた。




