70話 【鮮血姫】ベッキー・ウィットバンナー
「ギャオオオオオオ!」
「「ひぇぇえええええ!」」
「で、デカすぎでしょ……」
目の前に聳え立つ巨大な物の怪に笠小蔵と河童が悲鳴を上げ、妖狐が呆然とする。
確かにデカい。目算だが五、六十メートルはあるだろう。こいつがただ移動するだけで全て更地と化してしまうほどの大きさだ。まるでゴ○ラだな。
八岐大蛇は瞬く間に根津山の領地を蹂躙し、次は大和に狙いをつけてやって来た。この怪物を通してしまったら、大和も根津山の二の舞になってしまう。必ずここで食い止めなければならない。
よし、まずは小手調べだ。
「ジャッジメント・ボルテックス」
八岐大蛇に向けて指を差し、狙いを定めて落雷を放つ。
しかし、手応えがまるでなかった。やはり鬼の頭領と同じで魔術が効きにくいのだろう。物の怪に魔術が効かないのか、デモルトの魂を取り込んだからか。俺としては後者である可能性が高いとみている。
「ギャオオオオオオ」
「「うわぁあ!?」」
攻撃されて俺たちに気付いたのか、八本首の一つが口を大きく開いて毒々しい液体を吐き出してきた。慌てて回避するように、妖狐が空を“駆け上がる”。
「と、飛んだ!?」
「妖狐さん! いつの間に飛べるようになったんですか!?」
「アタシだって知らないわよ! 無我夢中だったんだもの!」
(魂の影響か……)
突然空を飛ぶ妖狐に、河童と笠小蔵どころか本人でさえ驚いている。恐らく、魂の力が彼らにも影響して力を増幅させているのだろう。
近くにいるだけでこれだ。丸ごと取り込んでいる八岐大蛇はもっと強化されているはずだ。
「グゲゲ!」
「キシャー!」
「あっ! 物の怪が沢山行っちゃうぜ!」
「いいんですか、お侍様!?」
「構わない。雑魚は撫子たちに任せて俺たちは奴に集中する」
悪しき物の怪たちが続々と大和に向かっているが、今は奴等の相手をしていられない。【純血使徒】のお鶴たちや、撫子や大和の術師たちに何とか踏ん張ってもらうのを願う。
「来るわよ!」
「ギャオオオオ!」
「ボクに任せてください! えい!」
八岐大蛇が、空に留まっている俺たちに向け再び液体を放ってくる。さっき液体が降った地面を目にしたが、どろどろに溶けていた。液体は強力な酸なのだろう。まともに受けたら一溜まりもない。
なので妖狐に回避させようとしたのだが、笠小蔵が妖狐の頭に移動して両手を翳す。
刹那、俺たちを丸ごと隠すほどの大きな傘が顕現し、液体を防いだ。
「おお、凄いぜ笠小蔵!」
「なんか出来てしまいました!」
自分自身でも驚く笠小蔵を、俺の背中に張り付いている河童が褒める。魂によって力が増幅されているのは妖狐だけではなく笠小蔵もだったのか。ってことは、河童も何かしらの能力が使えるってことだよな。
「でも、守ってばっかりじゃ倒せないわよ」
「アタシがぶっ殺してやんよ!」
意気揚々と言うベッキーは、なんと妖狐から飛び降りてしまった。
「ちょっと、一人で落ちちゃったけどいいの!?」
「ああ、彼女なら問題ない」
一人敵に突っ込んだベッキーを心配する妖狐にそう告げる。
ベッキーは真上から八岐大蛇へと落下していくと、右手に大きな水の爪を纏った。
「ひゃはははは!」
「ギャアアアア!?」
水の爪を一首に突き立て、ザザザザザッ! と首筋を切り裂きながら落下していく。傷を受けている首がたまらず悲鳴を上げた。
ベッキーの得意属性は水属性だ。
しかも最上級魔術師である彼女は、魔術を発動する際に必要な呪文を唱えない無詠唱魔術、いわゆる“魔術モドキ”を使うことができる。
ファンタジー系で八割と言っていいほど描写される無詠唱魔術。
「魔術学園の無能力者」においては超高等技術だ。自分の魔力ではなく自然の力を媒介とするので扱いが難しく、暴発する危険も伴う。
並の魔術師の才能では不可能で、ラドクリフや俺の伯母であるエリザベスなど最上級魔術師ができるかどうかの領域だ。
一応俺もできるが、好んで使わなかった。
自然の力を使うことで魔力の消費は抑えられるが、俺の魔力量なら気にすることはない。
使い道としては不意打ぐらいだ。強力な魔術だと魔力を練り上げる必要があるから、その時点で相手にバレるしな。
使えるとカッコイイけど、わざわざリスクを背負ってまでやる必要性は感じられない。
生死を分ける戦いで万が一暴発なんてしたくないからな。戦いにおいて俺は自分の力しか信じたくなかった。
「ひゃはは! 図体だけの木偶の坊だなぁテメエはよぉ!」
「ギャアアアア!?」
だが、ベッキーは違う。
最上級魔術師の中でも超一級の彼女は、息をするように無詠唱魔術を扱える。才能に溢れ、幼い頃から魔術の研鑽を費やしてきた彼女は、一年半前に転生してから死ぬほど努力した俺とは年季が違うんだ。
ただ、ベッキーが凄いのは無詠唱魔術ではない。
「ひゃは! おいお前、血が出るタイプの魔物かよ! ちょっとだけやる気が出てきたぜぇ!」
八岐大蛇を切り裂いて出てくる大量の血を浴びて興奮するベッキー。彼女は八本首から大量に飛び散る血に干渉し、“自分の物”にして血の大鎌を作り出した。
血の大鎌で八岐大蛇の胴体を切り裂きもっと血を出すと、両手を空へと翳す。
「ブラッディ・レイン!」
「ギャアアアアッ!?」
空から血の雨が降り注ぎ、八岐大蛇の胴体を八つ裂きにする。
ベッキーは基本五大属性である水属性から派生した血魔術を扱うことができる。基本は自分の血を使うが、敵の血に干渉し、ああやって操ることもできるんだ。
が、ベッキーの恐ろしいのはそれだけではない。
「ひゃは! いい感じに滾ってきたぜぇ!」
テンション爆上げのベッキーの青緑のツインテールが毛先から徐々に赤く染まっていく。
彼女は敵の血を吸収することで、身体を強化すると共に傷や魔力を回復することができるんだ。
この卑怯染みた力が、ベッキーが【鮮血姫】と呼ばれる所以である。
「「ひぃぃ」」
「あの人間強すぎでしょ。このまま倒せちゃうんじゃない?」
「そうだな。しかし……」
凄まじいベッキーの戦いっぷりを見てドン引きする物の怪たち。
やはり彼女を連れて来て良かった。俺一人でも何とかなったかもしれないが、ベッキーが参戦してくれるお蔭で倒すまでの時間を大幅に短縮できるし、勝率も上がった。
しかし、流石に彼女だけで勝てるほど甘くはない。
「「キシャアアアア!!」」
「ちっ」
胴体に乗っているベッキーへと、長い八首が襲いかかる。丸のみしようとしたり、自傷覚悟で酸の吐息を放ったりしている。ベッキーは躱したり血の幕で防御しているが、八首による息つく間もない連続攻撃に苦戦していた。
しかも八岐大蛇は鬼の頭領と同じく再生能力もある。魂を取り込んでいる限り魔力切れを狙うのも難しいだろう。
(やはり狙いどころは首だな)
ベッキーが最初に水の爪にて攻撃した首筋は回復が遅い。鬼の頭領もそうだったが、恐らく八岐大蛇も首が弱点であるだろう。
が、魔術ではダメージを与えにくいので物質による斬撃で首を斬り落とす必要がある。しかしそれには、まず奴の動きを止めなければ。
俺は右手を八岐大蛇に向け、雷魔術を放つ。
「ジオボルト・パラライズ」
「「ギ……ア!?」」
この電撃はダメージを与えるものではなく、麻痺させて身動きを封じることに特化した魔術だ。魔術に耐性がある八岐大蛇だろうが、十秒程度なら麻痺させられる。
「妖狐、俺が合図をしたら迎えに来てくれ」
「えっちょっと!」
「ひょげぇぇええ!?」
下にいる八岐大蛇に向けて妖狐から飛び降りると、背中から悲鳴が聞こえてくる。あっ、河童が捕まっているのを忘れてたな。
まぁいい、このまま行く。
俺は猛から借りた名刀『雷切丸』を鞘から抜き放つと、雷属性を付与して威力と切れ味を上昇させる。
「はっ!」
「ギャアアア!」
刀を振り下ろし、一首を真っ二つに斬り裂きながら八岐大蛇の胴体に着地した。適当に攻撃しているベッキーに指示する。
「先輩、首を斬れ!」
「後輩が先輩に命令してんじゃねーよ! ブラッディ・デスサイス!」
文句を垂れながらも、ベッキーは大きな血の鎌を作り出し一番近い首を斬り落とす。これで残るは六本。
「ギャオオオオ!」
「妖狐! 先輩!」
麻痺が回復した八岐大蛇が残る六首で襲い掛かってくるので、巻き込まれないように即離脱。胴体から飛び降りながら妖狐を呼ぶと、落下している俺とベッキーを拾ってくれた。
「物の怪使いが悪いわよ!」
「来るぞ!」
八岐大蛇が俺たちに向かってブレスを放ってくる。妖狐も空を駆けて必死に回避しているが、数が多くこのままでは被弾してしまう。
と、その時俺の背中に張り付いていた河童が肩に足をかけて両手を翳した。
「かっぱっぱ~!」
(やるじゃん)
河童が操ったのか、迫ってくるブレスの酸がピタリと止まる。さらに酸を操って他の首が放ったブレスと相殺させる。
なるほど、河童が強化された力は水を操る能力だったのか。お蔭で少しだけ余裕ができたぞ。
「ジオボルト・パラライズ」
「キシャア!」
(ちっ、流石に警戒されているか)
再び麻痺させようと大電玉を放つが、ブレスによってかき消されてしまう。奴も馬鹿じゃないということか。
ならば他の手段を取る必要がある。
「河童、降りろ。笠小蔵、来い」
「わかったよ」
「はい!」
背中に引っ付いている河童と妖狐の頭に乗っていた笠小蔵をチェンジさせる。
「今から俺と先輩が飛び降りる。笠小蔵はブレスが来たら笠を出して防いでくれ」
「わかりました!」
「行くぞ先輩」
「だから命令すんじゃねぇって!」
ベッキーと共に妖狐から飛び降りると、八岐大蛇がブレスを放ってきた。
「今だ」
「はい!」
下から来るブレスに対し、笠小蔵が大きな傘を召喚させて弾く。弱い物の怪である笠小蔵が八岐大蛇のブレスを防げているのは、単に相性によるものだろう。嬉しい援軍だ。
「ブラッディ・デスサイス」
「はっ!」
「「ギャアアア!?」」
ベッキーが血の鎌で、俺が『雷切丸』で二首を斬り落とす。これで残り四本、終わりが見えてきたな。
残った四本の首が襲い掛かってくるので、胴体の上を駆け逃げながら妖狐に俺とベッキーを拾ってもらう。
「あともう少しですね!」
「そうだな――っ!?」
喜ぶ笠小蔵に同意していると、八岐大蛇から膨大な魔力を感じ取る。四首は大きく口を開けると、同時にブレスを放ってきた。
(まずい!)
ブレスの射線には大和がある。しかも四首分のブレスが合わさって威力が絶大だ。このまま回避すると大和の町が消滅してしまう。
「ジオボルト・エンドバース」
電磁砲を放つも相殺しきれず、俺は慌てて皆に命令する。
「河童、あれを操って少しでも速度を遅らせろ。笠小蔵、前に笠を出せ。先輩は血で笠をコーティングするんだ」
「かっぱっぱ!」
「ふん!」
「ちっ!」
あっぶねぇ。
皆の行動で何とかブレスを凌ぎ切ることができた。だが、八岐大蛇は次弾を放とうと再び魔力を溜め始めている。魂がある限り何発も撃ってくるぞ。早くなんとかしなければ。
「妖狐、俺を置いて奴に向かって突っ込め。先輩、首を二つ落としてください」
「わかったわ!」
「ったく、人使いが荒い後輩だな!」
「ジオボルト・ドラファゴン」
一人妖狐から飛び降りる俺は雷の竜を放出して八岐大蛇に食らわせるも、最上級魔術でさえ対したダメージにはなっていない。それでも溜めを遅らせることができた。
その隙に皆が八岐大蛇へと肉薄する。
「ブラッディ・デスサイス」
「「ギャアアア!?」」
「「キシャアア!」」
要望通り、ベッキーは血の鎌で二首を斬り落としてくれた。しかし八岐大蛇はベッキーに構わず、残りの二首で大和に向けて十分に溜めたブレスを発射した。
「そう来ると思ったぞ」
俺がベッキーたちを行かせて一人残ったのは、悪足掻きを防ぐための保険だ。さらに先ほどとは違い、俺も奴と同様に魔力を十全に溜めている。
空から落下している俺は、飛来してくるブレスに向けて右手を翳し雷魔術を解き放った。
「エルファルド・ウル・ボルテックス」
「リォォオオオオオオオオオオッ!!」
破壊の雷神が顕現する。
雷神は大気を震わす砲声を上げながら、雷の両手で強力なブレスを受け止めた。
(後は任せたぞベッキー。血は十分に溜まったろ)
ベッキーは敵の血を吸収することで身体を強化し、傷や魔力を回復できる。それに加え、青緑のツインテールが血色に染まりきると強力な一撃を使えるんだ。
これまで八岐大蛇の血を大量に吸収してきたベッキーのツインテールが、ようやく血色に染まり切った。
さぁ、トドメを刺せ。
「おらよ!」
ベッキーは血の鎌を八岐大蛇の首根っこに深々と突き刺すと、
「爆ぜな! ブラッディ・フルバースト!」
「ギャアアアアアア――」
刹那、八岐大蛇の全身がブクブクと膨れ上がり、木端微塵に爆散したのだった。




