69話 八岐大蛇
数百年も前の昔、八岐大蛇という八本首の龍がいた。
八岐大蛇はアズマの国中を暴れ回り、多くの人間を殺した。八首龍によって国崩しの危機に陥った時、一人の侍が立ち上がる。
勇敢な侍は、死闘の末に八岐大蛇を葬り去った。
しかし、八首龍は完全に消滅しなかった。
小山の地下深くに隠れ、いつか復活しようと長い年月の眠りにつく。
「おい、俺と戦えよ」
数百年後、一匹の赤鬼が戦いを挑んできた。
眠りを妨げられた八岐大蛇は怒り、愚かな鬼に返り討ちにする。敗北を喫した赤鬼は、命からがら逃げ出した。
「ちくしょう! これでも勝てねぇのかよ!」
鬼――赤鬼の阿久羅は、祠に封印されてあったデモルト・ブラックロードの魂を手に入れて進化した。強化された今なら八岐大蛇を喰らい、最強の物の怪になれるかと思っていたが間違いだった。
完全復活していなくても、八岐大蛇の力は阿久羅よりも遥か上だったのだ。
問題だったのは、八岐大蛇が阿久羅の肉体を喰らった際、魂も食ってしまったこと。魂を取り込んだことで完全復活してしまったこと。
さらに魂によって凶暴性が増した八岐大蛇は、今度こそアズマを喰らい尽そうと再び表舞台に姿を現したのだった。
◇◆◇
「――これが八岐大蛇の伝説だ」
(八岐大蛇ねぇ……)
猛の話からすると、真っ二つに割れた小山から這い出てきたのは、八岐大蛇という八首龍の大妖怪だそうだ。
侍が八岐大蛇を討伐したようだが、あんな怪獣みたいな物の怪をよく一人で倒せたなと感心する。まぁ数百年も前のことだから定かではないけども。
「何ということだ……伝説は本当だったのか!」
「あれが……物の怪だというのでござるか」
巨大な八岐大蛇を見て驚き、絶望する猛と撫子。彼らだけでなく、根津山に金田に武士たちと全員が顔を青ざめさせている。
そらそうなるだろう。あんな化物相手に勝ち目なんてあるはずがない。逃げるか死を待つかだ。
「ギャオオオオオオ!」
「ああ、儂の領地が……」
「私の店が!」
天を衝くような咆哮を上げる八岐大蛇は、小山から降りて近くの人里に向かう。
それは大和ではなく、根津山の領地だった。小山は大和よりも根津山の領地が近かったから、八首龍もそこへ向かったのだろう。
自分の領地を侵略されていく光景を見て、根津山と金田がへなへなと膝を着く。残念だがあれではもう間に合わないだろうな。
大和からしたらざまぁ展開だが、根津山の領民が犠牲になっているので素直に喜べないし、喜んでいる場合ではない。
何故なら根津山の領地を滅ぼした八岐大蛇が次に狙うのはここ大和だからだ。
「爺や、城内にある食料を運び出し、大和の民を都に避難させるのだ」
「し、承知いたしました!」
「ふ、ふふ……どこへ逃げようとも無駄じゃよ。あんな怪物に勝てる者などおらん。終わりじゃ……アズマは喰らい尽されて終わるのじゃ」
「それでも、座して死を待つ訳にはいかないのです。さぁ根津山殿も避難してくだされ」
猛は心が強いな。他の全員が絶望しているというのに、彼だけは心が折れていない。諦めず、必死に生きようとしている。
それでいい。諦めるにはまだ早い。
俺はこんな時でも暢気なベッキーに近付くと、声を小さくして話しかける。
「先輩、俺たちで八岐大蛇を倒しましょう」
「あん? やだよ、何でアタシがそんな面倒臭ぇことしなくちゃなんねーんだ」
「恐らく八岐大蛇に、我が君の魂があります」
「んだと?」
俺の話を聞いたベッキーが眉根を寄せる。
鬼の頭領を退治しようとあの小山に行ったが、鬼とはすれ違ってしまった。けど俺は、小山から確かに禍々しい魔力を感じ取ったのを覚えている。
てっきり祠から盗んだ赤鬼が勾玉を取り込んだとばかり思っていたが、何かが起きて勾玉が八岐大蛇のもとへ行ってしまったんだ。
そう考えれば、八岐大蛇が目覚めたのも頷ける。俺がデモルトの魔力を感じ取ったのも、小山の上ではなく八岐大蛇が眠る地下だったからな。
「本当か? 嘘だったらただじゃおかねーぞ」
「本当です。それにこのまま奴を放っておくと、アズマ支部の仲間も死んでしまいます。先輩が気に入っている茶屋も潰れますよ」
なにかと理由をつけて説得すると、ベッキーは頭をガシガシ掻いて、
「しゃーねーな。やってやんよ」
「ありがとうございます、先輩。大和殿、少しいいか」
ベッキーから了承を得た俺は、次に猛のもとへ歩み寄る。
「リオン殿、其方等も早く避難するのだ」
「いえ、俺は八岐大蛇と戦います」
「何だと!? 無茶を言うな! 死にに行くようなものだぞ!」
「いえ、俺なら倒せます。そこで大和殿に頼みがあります。頑丈な刀を一振り貸していただきたい。それと八岐大蛇に触発されて他の物の怪もやってくるでしょう。それらを食い止めていただきたい」
八岐大蛇に魔術の耐性があるかもしれないので、物理攻撃用に武器が欲しかった。それも、俺の魔力に耐えられる武器をな。
「しかし……」
「大和を守りたいのでしょう?」
渋る猛を説得すると、彼は覚悟を決めたのか強く頷いた。
「相分かった。鬼を倒したリオン殿の言葉を信じよう」
「父上、拙者もリオン殿とともに行くでござるよ! 大和は拙者が守ってみせる!」
「撫子……わかった。お前の力も借り受ける」
俺たちの話を聞いていた撫子も参戦表明する。
彼女に死んでもらっては困るが、雑魚相手ならば問題ないだろう。
話はついた。
猛から『雷切丸』という名刀を借りた俺は、ベッキーと撫子を連れて大和城を出る。領民が慌てて逃げようとする中を逆走していると、忍びの姿をしたお鶴がやってきた。
「リオン様、ベッキー様」
「お鶴、俺と先輩であの物の怪を屠る。お前は仲間を集めて、領内に入ってきた雑魚の物の怪の相手をしてくれ」
「承知いたしました。リオン殿、ベッキー殿、どうかアズマをお救いください」
お鶴が深々と頭を下げて頼み込んでくる。
【純血使徒】のメンバーとはいえ、彼女たちにとってアズマは故郷だ。現将軍を打倒してアズマを支配するにしても、アズマそのものがなくなっては意味がない。
「撫子、お前はこの者たちと共に物の怪の群れを食い止めてくれ」
「ならぬ、拙者もリオン殿についていくぞ」
「悪いが、お前が居ては邪魔になる。わかってくれ」
「くっ……そうだな。拙者が悪かった。リオン殿、ベッキー殿、頼み申した」
「ああ」
撫子をお鶴に任せ、俺とベッキーは八岐大蛇のもとへ向かう。すると今度は妖狐に乗った河童と笠小蔵が目の前に現れた。
「お侍様! もしやあの龍を倒しに行かれるのですか!」
「そうだ」
「ボクたちにも手伝わせてください!」
「おいらたちも人間を守りたいんです!」
「アンタなら倒せるんでしょ?」
物の怪たちが揃ってお願いしてくる。まさか物の怪から人間を助けたいという言葉を聞くとはな。
すると、彼らと面識のないベッキーが尋ねてきた。
「おい、このちんちくりん共は何だ」
「悪さをしない物の怪です。魔物にもいるでしょう? 人間を襲わず大人しくしている魔物が」
「ふ~ん」
物の怪たちを魔物で例えると、彼女は興味無さそうな反応を示した。ベッキーからしたらどうでもよいのだろう。
「分かった。協力してくれ」
「「はい!」」
「先輩、乗ってください」
「あいよ」
俺が妖狐の背に乗り、ベッキーに手を差し出して乗らせる。すると河童と笠小蔵も俺の背中に引っ付いてきた。
これで準備は万端。八岐大蛇のもとへ、皆を乗せる妖狐が地を駆けた。
「行くぞ、龍狩りだ」




