68話 勧善懲悪?
「ぐっふっふ」
「ひっひっひ」
「へっへっへ」
悪代官みたいな鼠面の男に、悪徳商人のようなデブと、ごろつきの親玉らしき大男。
撫子が言うには、鼠面の男は根津山といって、大和の隣の領地を任されている領主。見た目のまま悪政をしている悪代官だそうだ。
そんでデブが金田という悪徳商人で、ごろつきの親玉は博徒の親分、大和で悪さをする大門一家の大門というらしい。
そんな悪党共が揃いも揃って大和城に乗り込んできたのだが、そんな事はどうだっていい。問題なのは帰るタイミングを逃して俺も巻き込まれたことだ。
「急に訪ねてきて何の御用ですか、根津山殿」
「そう邪険にするでない。大和が鬼に襲われたと聞いて儂が心配しに見に来てやったのだぞ」
「根津山殿にご心配されるほどではござらんよ」
「そうか? ここに来るまでに大和の町を見てきたが、酷い有様だったではないか。お主たちもそう思うだろう?」
「ええ。民が可哀そうでこの金田、胸が痛みまする」
「ガキ……子供がわんわん泣いてやしたぜ」
(何だこの茶番は……)
根津山が金田と大門に尋ねると、二人はわざとらしく悲しそうに振舞う。そのやり取りは事前に用意してきたものだとすぐに分かった。
三文芝居に呆れていると、根津山がパンと扇子で膝を叩き猛に提案する。
「そこでじゃ、儂が困っているお隣さんを助けてあげようと思っての。大和の復興に手を貸してやろう」
「それには及びません。貴方の手を借りずとも大和は自ら立て直せる」
「ほう、流石は一代で大和を築き上げただけはある。その気概は買ってやるが、さてはて立て直すほどの金はあるのかのう?」
「……」
にたりと下衆な笑みを浮かべながら問いかける根津山に対し、猛は横にいる爺さんに視線を向ける。すると爺さんは申し訳なさそうに首を横に振った。
どうやら金はなさそうだな。大和は栄えているが、流石にあの規模で町が崩壊したら立て直す金や人材が足らないのだろう。
「な~に、困った時はお互い様と言うだろう。大和は儂の領地の隣。お隣さんを助けたいと思うのは当然だろう」
「流石は根津山様。寛大なお心にわたくし涙が零れ落ちそうでございます」
「よっ! 根津山様!」
一々よいしょすんじゃねえ、鬱陶しいんだよ。
さて、悪代官の提案に猛は乗るのか乗らないのか。俺だったら乗らないな。確実に罠だから。
「根津山殿に聞きたい。仮に金を借りたとして、対価はあるのか」
「そんな付け込むような事はせんよ! と言いたいところだが、実は大和殿に頼みたいことがある」
「そら見ろ! 父上、こやつ正体を現しましたぞ! 聞く耳を持ってはいけないでござる!」
「お前は黙っていろ」
憤る撫子が立ち上がって意見するが、父親は重い声音で制する。父親に本気で怒られた娘は「ぐっ……」と悔しそうに膝を折った。
「半人前の娘が無礼を働いて申し訳ない。それで根津山殿、私への頼みというのは何でしょうか」
「な~に、簡単なことよ。この二人が大和で商売するのを許してやって欲しい。何でも、大和で商売をしたくてもできず困っているそうでの」
「何が商売だ! やっていることは賭博に詐欺紛いではござらぬか! 父上、絶対にこの提案を引き受けてはござらぬ! 奴等を引き入れば大和は根から腐ってしまうでござるよ!」
根津山の要求を聞いた撫子は再び立ち上がって激高する。大和を大切にしている彼女にしたら、奴等を受け入れたくないのだろう。
俺も同感だ。一度ゴミが生まれると腐った根っこを取り除くのは難しい。領主としては苦しいだろうが、後々の面倒臭さを考えるとここは断るべきだ。
だが、当の本人は即答せず瞼を閉じて悩んでいる。
「よく考えるのだ、大和殿。このままでは大事な民を苦しませることになるぞ? そちはそれでもよいというのか?」
「……」
「父上!」
「私は――」
悪魔の囁きのように告げてくる根津山に、叫ぶ撫子。猛は静かに目を開け、答えを告げようとした、その時。
「殿! 殿! ご報告がございまする!」
「何事だ。今は大事な会談の最中ぞ」
ぞろぞろと武士たちが客間に入ってくる。猛が注意するも、武士の一人は跪いて、
「申し訳ございませぬ! 会談にも関係するかと思い、緊急でご報告に参りました!」
「関係だと? それはどういうことか」
「おい、連れて来るのだ!」
「「はっ!」」
跪く武士が後方に伝えると、武士たちが一人の人間を警戒しながら連れてくる。その者を見た俺は鳩が豆鉄砲を食ったように驚愕した。
(べ、ベッキー!? 何でお前がここに来てんだよ!?)
「その女子が何だというのだ」
猛が訝しげに問いかけると、武士は冷や汗を流しながら答えた。
「先ほど、この者が大門一家を皆殺しにしたのでございます!」
「「っ!?」」
な~に~、やっちまったな~。
◇◆◇
「はいよベッキーちゃん、おかわりだよ」
「おっ、サンキュー」
「相変わらずいい食べっぷりだねぇ。その細い体のどこに入るんだが不思議だよ」
父親に会わせるべく撫子がリオンを大和城に連れて行く中、ベッキーは茶屋で団子を食べていた。彼女はこの茶屋の団子をいたく気に入ったのか、毎日訪れている。
店主としては、毎日あれだけ食べて飽きないのだろうかと笑っているが、ベッキーが飽きる様子は全くなく今も美味しそうに団子を頬張っていた。
「おいおい、他が大変だってのにここは店を開いてんのか?」
「店主、俺たちにも団子を出してくれよ!」
ベッキーの楽しい一時を邪魔するかのように、人相の悪いごろつき共がやってくる。
「悪いがうちも今日は開いてないよ、帰ってくれ」
「何言ってんだよ、ガキが食ってるじゃねーか」
「彼女は客ではない。特別に出しているだけだ」
「はぁ~? ガキにはくれて俺たちにはくれ~ってのか? 舐めてんじゃねえぞ!」
「あぁ、やめてくれ!」
椅子やテーブルを蹴っ飛ばし、店内を荒らすごろつきたち。
ごろつきは大門一家の者たちである。金田の策略を成功させるためにも、親分の大門から復興を遅らせるよう適当に暴れろと命じられたのである。
「おい」
「あ~、何だよクソガキ。怪我したくなかったら消えな」
「消えるのはテメエだよ」
「うごっ!?」
ベッキーに蹴り飛ばされるごろつき。
仲間がやられたことで、ごろつきたちが怒声を浴びせながら襲いかかる。
「何すんだガキャー!」
「ぶっ殺されてーのか!?」
「うぜぇ」
「「がはっ!?」」
しかし、瞬く間に返り討ちにされてしまう。焦るごろつきは叫んだ。
「つ、強ぇ……」
「全員集めろ! このガキ殺すぞ!」
町中にいる大門一家のごろつきが茶屋に集合する。全員が短刀を取り出し、ベッキーを脅した。
「覚悟しろやクソガキ。大門一家を怒らせたことをあの世で後悔しな」
「ちっ、後輩から面倒を起こすなって言われたから仕方なく生かしておいたのによ。これだったらさっさと殺しておけばよかったぜ」
「死ねやぁぁあああ!」
ドスを振り上げごろつきたちが一斉に襲いかかる。ベッキーは苛立たしそうに舌打ちをすると、右手を軽く横に振る。
それだけだ。
たったそれだけで、ごろつきの身体が真っ二つに両断された。一人残らず瞬殺された無残な光景に、店主の顔が青ざめる。
「ひ、ひぃ……」
「な、何事だ!」
「な、なんてことだ……全員死んでいるぞ」
ここでようやく町奉行がやって来る。死体が転がっている地獄絵図を見てドン引きする町奉行は、店主に問いかけた。
「何が起きたのだ」
「そ、それが……」
恐怖に怯える店主はベッキーに視線を向ける。それだけでこの光景を作り出した者が誰なのか気付いた町奉行たちは、恐る恐るベッキーに問いかけた。
「お、お主がこの者たちを殺害したのか?」
「面倒だな、後輩に任せるか。おい、リオンのところに連れていけ」
「リオン? 誰だそやつは」
「テメエ等の領主の娘に連れてかれたんだ。あの城にいると思うぜ」
「わかった、お主を連行する。大人しくしているんだぞ」
「へ~い」
こうしてベッキーは、多くの町奉行に連れられてリオンがいる大和城に向かったのだった。
◇◆◇
「――という次第でございます」
(あ~あ、やっちまったな)
武士から事のあらましを聞いた俺は、胸中でため息を吐く。
いつかやるとは思っていたが、マジでやるとはな。まぁ最初は我慢しただけでも褒めるべきか。結局殺しちまったけど、相手が武器を手にしたら殺すのも仕方ない。ごろつきも殺す気だったらしいな。
「大和を救っていただいた恩人、リオン殿のところへ連れていけと言われましたので連れて参りました。さらに大門も居ると聞きましたので、火急にお連れすべきかと」
「おい後輩、何とかしろ」
(なんて無茶ぶりだ……)
こいつ、面倒だから擦り付けようとして俺のところに来やがったな。任されてもどうにもできんのだが。
正当防衛ってことにならないかな。それだけの騒ぎになっていれば観衆も多いだろうし。
さてどうするべきかと疲れた頭で考えていると、大門がわなわなと震えながらベッキーに詰め寄る。
「おい、本当に俺様の子分どもがこんなガキ一人に殺られたってのかよ。冗談じゃねーのか」
「冗談ではない。計十五名が死亡した」
「落ち着け大門殿!」
「落ち着ついてられっかよ! あのガキ殺してやる!」
商人の金田が止めるが、子分全員を殺されて怒り狂っている大門は理性を失っている。大門を止めようと武士たちが立ちはだかるが、大門に殴られ投げ飛ばされてしまう。ごろつきの親分なだけあって腕っぷしは強いな。
「死にさらせや!」
だが、お前が喧嘩を売る相手は喧嘩が強い程度でどうにかなるものじゃないぞ。
「うるせーんだよ雑魚が」
「あがっ!? 痛ぇ、痛ぇよ。あぁ……腕が、俺様の腕がぁー!」
ベッキーを殴ろうとした腕が斬り飛ばされる。失った右腕を抑えのたうち回る大門。早く腕を縛らないと出血多量で死んじまうぞ。
(これ、どうするんだ)
会談の途中だったが、ベッキーのせいで滅茶苦茶だ。根津山と金田も大門の悲惨な姿を目にしてビビり散らかしているし、これ以上会議は続けられないだろう。
今俺がやらなければならないことは、どうやってこの場を収め、ベッキーを許してもらうかだ。
ごごごごごごごごごっ!!!
「「っ!?」」
猛に発言しようしたその時、突然大きな揺れが起きる。
これ、かなり揺れているぞ。
地震にやばいと感じたのか、皆が慌てて城の外へ避難しようとする。その際、廻縁から外の景色が見えたのだが、一人の武士が指を差しながら叫んだ。
「や、山が!」
「山が割れている……」
指の先を追うように視線を向けると、鬼の頭領が根城にしていた小山が縦に真っ二つに割れていた。
信じられない光景に唖然としていると、さらに驚くことが起きる。割れた山の付け根から、巨大な何かが這い出てきたのだ。
(何だ“あれ”……生き物か)
「そんな……あり得ん!」
「父上……“あれ”を知っているのでござるか?」
撫子が尋ねると、猛は額に冷や汗を溜めながら答えた。
「“あれ”は山の神、伝説の八岐大蛇だ」
伝説って?




