66話 鬼退治
「ここにウマソウな肉があるぞ!」
「殺せ! ニンゲンを殺せ!」
「くそ、数が多い!」
大和を襲う物の怪の魔の手は、【純血使徒】アズマ支部の拠点にも伸びていた。
拠点を管理しているお鶴や配下のくノ一たちが応戦しているが、数が多すぎて対処しきれない。
明りに群がる虫のように、物の怪はより強い魔力の人間に集まる。何故なら強い人間の血肉を喰らえば、より強くなれるからだ。
「うっせ~な、騒がしくて眠れね~じゃねーか」
「申し訳ございませぬ、ベッキー様。拠点が物の怪に襲われているのです」
「もののけ? あぁ、魔物のことね」
ポリポリと首筋をかき、着物を着崩したベッキーが欠伸を掻きながら屋敷から出てくる。眠りを邪魔されて苛立つ彼女は、群がっている物の怪どもに気が付いた。
「あのニンゲン、めちゃくちゃウマソウだ!」
「オレが喰う!」
「いや、オレだ!」
ベッキーを見た物の怪たちは、早い者勝ちだと言わんばかりに襲い掛かる。が、一瞬のうちに消滅してしまった。
「んだよ、アズマの魔物は血が出ねーのか。面倒臭ぇな」
「あのニンゲン、強い!」
「ひぃ! 逃げろ逃げろ!」
「アタシの眠りを邪魔しておいて逃げられると思ってんのか?」
「「ぎゃあああああ!!」」
大和の夜空に物の怪たちの悲鳴が鳴り響く。
ベッキーの強さに恐れおののいた物の怪は尻尾を巻いて逃げ出そうとしたが、物の怪たちは訳も分からず殺されてしまう。
「つ、強すぎる……」
「ふぁ~あ。もう一回寝るから、五月蠅くすんじゃねえよ」
あっという間にここら一帯の物の怪を一掃したベッキーの強さにお鶴が畏怖を抱く。ベッキーは踵を返し屋敷に戻って行った。
【純血使徒】幹部。
【鮮血姫】ベッキー・ウィットバンナーにとって、物の怪など取るに足らない雑魚に過ぎなかった。
◇◆◇
鬼の頭領を討つべく、妖狐の背に乗って根城にしている山に登ったが、どこにも姿が見当たらない。直後に大和の町から鐘が鳴り響いた。どうやら入れ違ってしまったらしい。
すぐさま戻るも町はすでに酷い有様。さらに竜巻が巻き上がり、そこへ駆けつけると大きな赤鬼が満身創痍の男に迫っていた。
「父上!」
俺の後ろに乗っている撫子が焦るように叫ぶ。どうやらあの男が撫子の父親らしい。
「頼む、父上のもとへ!」
「わ、わかったわよ!」
父を助けたいと撫子が妖狐に頼む。妖狐が空高く跳び上がると、なんと撫子は妖狐の背から飛び降りてしまった。
風の魔術を放ち父親を掴んでいる鬼の腕を斬り落とすと、そのまま鬼に斬りかかる。
「どうやら間一髪間に合ったようだな」
離れたところに妖狐が着地し、俺も背から降りる。
まだ背中に引っ付いている笠小蔵と河童に尋ねた。
「おい、あれが鬼の頭か」
「そうだ!」
「以前よりも禍々しくなっているけど、間違いありません! あいつが鬼の頭、阿久羅です!」
(ふ~ん)
禍々しくなった、ね。
確かに、今までの物の怪より魔力量も多いし強そうだ。笠小蔵の話が事実なら、恐らくデモルトの魂を取り込んで強くなったのだろう。
「姫様!」
「爺や!? 爺や、父上を連れて下がってくれ!」
「やめろ撫子! お前が勝てる相手ではない! 爺や、撫子を連れて逃げるんだ!」
父親の言う通りだ。
撫子の父親ということは大名だし、この大和で一番の術師なんだろう。そいつが負けた鬼に、娘である撫子が勝てる訳がない。
「おいおい、黙って逃がすと思ってんのか?」
(腕が生えた……)
撫子に斬り落とされた鬼の腕が再生する。あの鬼、再生能力があるのかよ。
厄介だな……父親が負けたのも頷ける。倒しても再生されるなら持久負けするだろう。
「サンダーアロー」
「ぐお!?」
雷の矢を赤鬼の頭部に直撃させる。完璧な不意打ちだったから避けられることもなかった。が、赤鬼はとくに外傷もなく俺を睨んでくる。
「今度は何だ?」
「撫子、今の内に避難させろ」
「リオン殿……かたじけない!」
鬼の意識が俺に向いている間に、撫子と爺さんが父親を担いで避難する。その間鬼は撫子を狙わず俺に迫ってきた。
武器がない今接近戦はまずい。俺は雷魔術で牽制した。
「ライトニング」
「そんな雷効くかよ!」
言葉通り、赤鬼は雷の中を真っ直ぐ突っ切ってきた。多少肌が焼けているが、大したダメージではない。
「おらぁ!」
肉薄してきた赤鬼が四本の腕を振るってくる。攻撃の数が多く見極めるのは俺でも難しい。バックステップで回避し大きく距離を取る。
「ちょこまかと逃げやがって! なら、あいつの技で倒してやる。たしか、こうだったよなぁ!」
「むっ」
赤鬼が四本の腕を振るった直後四つの斬撃波が飛んでくる。
おいおい、あいつあの外見で遠距離魔術を使えるのかよ。そんなの聞いてないぞ。
驚いた俺は雷魔術を放ち、間一髪のところで斬撃波を相殺させる。
「気を付けろ! 奴は我らの技を模倣する!」
(へ~)
父親が大声で教えてくる。
模倣ね……そしたら今の風魔術の斬撃波は父親の技なんだろうな。っていうかあんた何でまだ居るんだよ。ちょっと離れただけじゃねえか。邪魔だからもっと遠くに逃げてくれよ。
「貴様の相手は私だ!」
「いいねぇ! そうこなくっちゃなぁ!」
父親を避難させた撫子が赤鬼に斬りかかる。
彼女の剣の腕は達人級だが、流石に四本腕相手だと刃は届かない。さて、どうするか……。
(俺は補助に回ろう)
正直に言えば、俺ならあの赤鬼を倒せる。しかし、できればそれはしたくなかった。
理由は二つ。
俺の実力を撫子や父親に見せなくなかった。もう一つは……。
(撫子に経験を積ませたい)
いずれ撫子は、カイトの仲間になってデモルトや幹部と戦う運命にある。ならば一つでも修羅場を潜ってもらい、彼女を成長させたかった。
重要キャラである撫子を死なせる訳にはいかないから、万が一になったら俺が倒せばいい。
「ホーミングサンダー」
「花鳥風月――花乱舞!」
「ちっ!」
正面から撫子が高速の連続斬りを放ち、背後から俺が幾つものの雷矢を撃つ。赤鬼は本来の腕で斬撃を防御し、雷矢は肩から生えている腕で防御する。
今のように二人がかりで攻撃し、四本の腕を分散させれば撫子でも十分戦えるだろう。
「しゃらくせぇ!」
「ッ!?」
「リオン殿!」
あいつ、雷魔術まで使ってきやがった。属性とか関係なしに使えるってのか? これは早いところ倒さないと、戦う度にどんどん強くなってしまうな。
襲いかかる雷を雷魔術で相殺している間に、赤鬼が撫子に狙いを定める。
「まずはテメエからだ!」
「ぐあ!」
「撫子殿!」
「姫!」
一対一に持ち込んだ赤鬼が撫子に襲い掛かる。四本腕による猛攻に耐えきれず、彼女は血を吐きながら吹っ飛ばされてしまった。
「ライトニングアロー」
「がっ!?」
追い打ちをさせまいと雷矢よりも速く威力が高い轟雷矢を放ち、赤鬼の後頭部を撃ち抜く。
ん? 結構効いているな。
最初の一撃もそうだったが、思い返してみればホーミングサンダーの時も赤鬼は頭部を重点的に守っていた気がする。
なるほど、頭が奴の弱点か。
「撫子殿、首を斬れ! 奴の弱点は頭だ! 首を斬れば再生させず倒せる!」
「はぁ、はぁ……感謝する、リオン殿!」
「俺様の首を獲れると思うなよ! はぁああああ!」
赤鬼が魔力を高め始める。
前腕で風属性の魔力を作り、肩腕で雷属性の魔力を作る。何をするかと思えば、風と雷の魔力を重ね合わせた。
おいおい、まさか融合魔術まで使えるのか。学習能力が高過ぎるって話じゃないぞ。
「まずはテメエ等からだ。吹き飛びやがれ!」
「っ!?」
風と雷を融合させた衝撃波を撫子に向けて放つ。いや、狙いは撫子だけではない。射線上には父親や爺さん、さらには大和城まである。一気に全滅させる気だな。
あの威力と距離を考えると、低級魔術だと受けきれないし間に合わない。手の内を見せたくなかったが仕方ない。俺は落下地点に狙いを定め、上級魔術を発動した。
「ジャッジメント・ボルテックス」
撫子の眼前に降り落ちる落雷が衝撃波を掻き消した。
あっぶねぇ、何とか間に合ったか。
「馬鹿な……俺様の渾身の一撃が掻き消されただと!?」
「い、今のはリオン殿が……?」
「ぼーっとするな! 俺が奴の動きを止める。撫子殿はトドメを刺すように力を溜めろ!」
「あ、相分かった!」
呆然としていた撫子に檄を飛ばす。ハッとした彼女は一度刀を鞘に納め、腰を落として魔力を溜め始めた。
さて、撫子にお膳立てしてやるためにも赤鬼の動きを止めるとするか。
「ライトニングアロー」
「それはもう見たぜ!」
轟雷矢を放つが、二つの拳で弾かれる。一度見ただけで対応してきたか。それだけでなく、恐らく電撃にも耐性が出来ている。
ならば……。
「笠小蔵! どこでもいい、刀を拾ってきてくれ!」
「わ、わかりました!」
遠くで見守っていた物の怪たちに頼み事をする。こんだけ物の怪が暴れていれば、刀の一本や二本どこかに落っこちているだろう。
魔術が効かないなら物理攻撃だ。
「殴り殺してやる!」
「ホーミングサンダー」
俺に向かって勢いよく迫ってくる赤鬼に対し、幾つもの雷を放つが全て叩き落されてしまう。やはり一度使った魔術は効かないらしい。
それでも物の怪たちが刀を持ってくるまでの時間稼ぎにはなる。
「ニンゲン、あったよ!」
「投げろ!」
「それ!」
河童が鞘に締まってある刀を投げ、キャッチした。
ナイスだ河童、これで奴の動きを止められる。心の中で物の怪たちにお礼を言いながら、鞘から刀を抜いた。
「はっ、そんな鈍ら刀で俺様が斬れるかよ!」
「ふん、鈍らにも使い用がある。こんな風にな」
俺は刀に雷属性の魔力を付与させ、切れ味を極限まで高めた。数度使っただけで刀は使い物にならなくなるだろうが、奴の動きを止めるだけなら十分だ。
今度は逃げず、俺から赤鬼へと疾駆する。
「来いよおらぁ!」
「単調だな。“それはもう見たぞ”」
四本腕による猛攻を躱しながら、一本、二本と腕を斬り落としていく。
首筋を狙った斬撃は腕で受け止められたが、強引に振り抜いて残る二本も斬り落とした。その代わり衝撃に耐えきれず刀も真っ二つに折れてしまったが、構わず折れた刀を赤鬼の腹部に突き刺し、体内に直接電撃を浴びせる。
「ぎゃああああ!」
「撫子殿、今だ!」
電撃を浴びて麻痺している赤鬼から離れながら彼女に告げる。
今まで魔力を充填していた撫子は、ダッ! と地を蹴りたった一歩で赤鬼の間合いに入った。
「花鳥風月――鳥鳴!」
一閃。
目にも止まらぬ速さで放たれた居合切りは、見事阿久羅の首を両断した。赤鬼の頭が宙に舞い、切り離された肉体は力尽きるように仰向けに倒れ、身体の先から塵となって消えていく。
「ちくしょう……ちくしょうー! 折角強くなったのによ~! 俺様はまた負け――」
最後まで死に文句を言えず、赤鬼の阿久羅は消滅した。
戦いが終わってほっと安堵していると、撫子が走り迫ってくる。
「リオン殿!」
「おぐ!?」
「リオン殿のお蔭で鬼を退治できたでござるよ! 誠に感謝いたす!」
勢い良く抱き着かれてしまった。
さらしを巻いているだけの巨乳は破壊力抜群で、俺はすぐさま撫子の肩を掴み離れさせる。
「離れてくれ」
「ああ、すまぬ! 余りに嬉しくてついな!」
照れている訳でもなく、太陽のような笑顔を浮かべる撫子になんだか申し訳なくなる。こっちは恥ずかしくても、撫子はそういうの全然気にしないからな。
そういえば、物語でもカイトに平気で抱き着いていたっけ。その度にヒロインであるユイの機嫌が悪くなるのがセットだ。
「ん、どうしたのでござるか?」
「いや、何でもない」
そう言って、俺は赤鬼が消滅した場所へ歩む。目を落としてある物を探すが……。
(……ない)
鬼が取り込んだであろう勾玉は、どこにも見当たらなかった。




