65話 夜襲
「お侍様、どうか我らをお助けください」
俺と撫子を見上げながら頼んでくる、デフォルメちっくな可愛い物の怪たち。
河童に妖狐に……笠小蔵か?
さっきまでのリアルチックな物の怪たちとは打って変わって、この小さな物の怪たちはなんて愛くるしいのだろうか。
「物の怪め、拙者を誑かそうというのか」
「ひぃ~!」
「ま、待ってください!」
「ボクたち、悪い物の怪じゃないんです!」
「撫子殿、話だけでも聞いてみよう」
可愛いらしい物の怪に対しても容赦なく刀を突き付ける撫子を手で制す。すると彼女はキッ! と俺を睨みつけながら、
「リオン殿、まさか物の怪の言うことを信じる気でござるか」
「話を聞くだけだ。それとも、そんなにこいつ等が恐いのか?」
「「うぅ……」」
「わかった、話を聞くだけでござるぞ」
うるうると涙目の物の怪たちを見て殺す気が失せたのか、刀を鞘に収める。
ふぅ、踏みとどまってくれたか。それにしても、こんなか弱い物の怪にも殺気を迸らせるとはよっぽど余裕がないんだな。
さっさと話を聞いてしまおうと、俺は河童に尋ねた。
「助けてくれとは、どういう意味なんだ」
「おいら達、人間を襲うあいつらが現れて困っているんです」
「あいつらとは、さっきまで俺たちが戦っていた物の怪のことか?」
「そうです!」
「ふん、お前たちも同じ物の怪ではないか」
「一緒にしないでください! ボクたちは悪戯はするけど、決して人間を襲ったりはしません!」
「そうよ! ワタシたち、人間が好きなんだから!」
一蹴する撫子に笠小蔵と妖狐が必死に反論する。
って、悪戯はするんだな……。まぁ妖怪ってそういうもんだしな、人を襲わないだけマシか。
何が困っているのか尋ねると、河童はしょんぼりしながら話し出す。
「少し前から、この町では見慣れない物の怪が突然やってきて人間を襲うようになりました。そのせいで、今まで遊んでいた子供たちもおいらたちのことを恐がって遊んでくれません」
「あいつのせいです。あの鬼の頭領が全部悪いんです」
「鬼の頭領?」
「そうよ。ある一匹の鬼が、町外れにある祠にあった禍々しい妖気を放つある物を盗み出したの。それから野蛮な物の怪が現れるようになったわ」
(そいつか!)
ビンゴ、物の怪から話を聞いておいて良かった。
勾玉を盗んだのはやはり物の怪の仕業だったのか。やっと貴重な手がかりを見つけることができたぞ。
「勾玉を盗んだ鬼がどこにいるか分かるか?」
「鬼はあそこの山にいます」
そう言って笠小蔵が指を差したのは、目視できる小山だった。
あの山か……大和から結構距離があるな。
「お願いです、強きお侍様。どうか鬼を退治してください」
「分かった。俺に任せてくれ」
「ありがとうございます! ありがとうございます!」
「小山まで案内するわ。ワタシに乗ってちょうだい」
妖狐はそう言い出すや否や、ぴょんとジャンプしてくるりと一回転すると、車ほど大きな狐に変身してしまった。
おー凄いな。こっちが本当の姿なのか? いや、化けただけか。
失礼して大きくなった妖狐の背中に乗る。
も、モフモフだ! なんて心地良い毛並みなんだろうか! このモフモフの中なら寝られる気がするぞ!
胸中で発狂していると、笠小蔵と河童も乗ってきて俺の背中や頭にしがみついてくる。
おい、何してんだよ。投げ飛ばすぞ。
「拙者もご一緒してよいか」
「物の怪の話は信じないのではなかったのか?」
「リオン殿が心配だからな。それにもし誠の話であったら、大名の娘として元凶である鬼を討たねばならぬ。嘘であったら祖奴等をたたっ斬ればよいだけのこと」
「だから嘘じゃないありませんて!」
「強いお侍様は何人いても心強いです!」
「早く乗ってちょうだい」
物の怪たちも彼女の同行は賛成のようだ。
妖狐が促すと、撫子が背に乗ってくる。位置的には俺の背後だ。
「飛ばすわよ、振り飛ばされないでね」
(速っ!)
思いっ切り地面を蹴り上げ走り出す妖狐。
速い速い、みるみる内に景色が変わっていく。これなら三十分もしないうちに到着できるだろう。
「うぅ……」
「恐ろしい妖気です」
河童と笠小蔵が脅えて身体を震わす。山に入った途端、背筋に悪寒が走るほど濃密な魔力を感じた。
これで確信した。デモルトの魂はここにある。
「それで、鬼の頭領はどこにいるのだ。山に入っても物の怪を一匹も見てはおらんぞ」
「おかしいな……鬼の根城はこの山のはずなのに」
撫子の言う通り、山に入っても物の怪が見当たらない。
が、河童たちが嘘を吐いているとは思えない。勾玉がここにあるのは確かだからだ。
(しかし、どちらかというと魔力は山の上というよりも“下から”――)
――カンカンカンカンカンカンカンカン!
「「っ!?」」
鬼の居場所を掴もうとしていると、突然遠くから鐘の音が聞こえてくる。
鐘の音が鳴る方角には大和があった。そして大和の町から幾つもの煙が立ち上がっている。
しまった、入れ違いか!
◇◆◇
「殺せ殺せー!」
「ひゃははは! ニンゲンを殺せー!」
「う、うわーーー!」
「誰か助けてくれー!」
鬼の嘲笑と人々の悲鳴が混じるように木霊する。
大和は今、鬼を筆頭に物の怪の大群に襲われていた。民家も破壊され、眠っていた人々は飛び起きて逃げ惑う。
「この妖怪どもめ! 好きにはさせんぞ!」
「死にさらせ!」
「ぐっ!」
各地で大和の術師が懸命に物の怪と戦うも、圧倒的に数が足りなく対応しきれない。物の怪の凶刃が一人の術師に降りかかろうとしたその時、一人の大男が割り込んで物の怪を屠った。
「大丈夫か!」
「と、殿!」
術師の命を救った大男は、大和の大名であり、撫子の父親である大和猛であった。
猛は術師に手を貸して立ち上がらせる。
「殿が自ら出向かれたのですか……我らの力が及ばず、誠に申し訳ございませぬ」
「謝る必要などない。お前たちはよくやってくれている」
「殿……」
猛は申し訳なさそうに頭を下げる術師の肩をがっしり掴み、労いの言葉をかけてから続けて言う。
「ここは私に任せて、お前たちは民を守りながら城に避難させてくれ」
「ですが、殿一人を置いてゆくことはできませぬ!」
「私の強さはお前たちも知っているだろう? さぁ、早く行くのだ」
「しょ、承知いたしました!」
主を戦場に一人置いていくことなどしたくなかったが、術師は悔しそうにしながらも避難誘導に向かった。
さぁ自分も物の怪を戦うかと意気込んだ猛だったが、自分を呼ぶ声が聞こえてくる。
「殿~! 殿~!」
「何だ爺や、お主まで来てしまったのか。歳を考えたらどうだ」
「はぁ、はぁ……殿が飛び出していくからですぞ」
走ってきたのは、大和家に仕える忠実な配下であり、撫子の教育係である爺やだった。背が低い老人は息を切らしながら主に尋ねる。
「殿、姫様が城におらんのです。どこかで見かけなかったでしょうか」
「なに~!? あの馬鹿娘、またこっそり物の怪を退治しに町に来ていたな。爺や、悪いが撫子を探してくれないか」
「お任せくだされ。して、殿はどうなさいますか?」
爺やに問われた大名はトントンと刀で肩を叩き、わらわらと集まってきた物の怪を睨みつけながら口を開いた。
「こ奴等の相手をしよう」
「ウマソウな人間だ!」
「食わせろ!」
「去ね」
「「ぎゃあああああ!」」
猛が大太刀を振りぬくと、一斉に襲い掛かってきた物の怪を一掃した。一瞬で多くの仲間がやられたことで、物の怪が猛に恐れを抱く。
「な、何だあの人間!?」
「ツヨいぞ!」
「ふん、貴様らのような雑魚が私に敵うはずがなかろう。一匹残らず斬り捨ててやるから覚悟しろ」
大和猛の力は最上級魔術師に匹敵する。
若き頃の猛は、物の怪を払う術師として名を馳せていた。山賊や盗賊は斬るが、戦場には一切出ない。
この力は物の怪を払うため使うものだという信念からだった。
その信念と実力を将軍に買われ、大名の地位を与えられたのだ。
「ほう、息が良い人間がいるな」
「「頭!」」
(凄まじい妖気……あやつ、並みの物の怪ではないな)
新たに現れた物の怪を警戒する猛。
その物の怪は大男である猛が見上げるほどの巨躯。肌は血色。頭部に生える二本の角。天に伸びる二本の下歯。その身から漏れ出る重厚な魔力。
物の怪の名は阿久羅。
恐ろしい鬼の頭領にして、大妖怪であった。
「あの人間は俺様が殺す。テメエらは他の人間共を殺せ」
「「へい!」」
「見逃すと思うか!」
「おっと、お前の相手は俺様だって言っただろうがよ!」
「ぐっ!」
「殿!?」
散開する物の怪を追おうとする猛に阿久羅が襲い掛かる。繰り出される拳打を大太刀で受け止めたが、凄まじい膂力に吹っ飛ばされた。
膂力に関して自信がある猛は、まさか自分が押し負けるとは思いもせず眉間に皺を寄せる。
「おいおい、こんなもんか? 強くなった俺様の力を試したくてうずうずしてんだ。もっと頑張れよ」
「笑止。花鳥風月――疾風ッ!」
猛が大太刀を一閃する。
刹那、真空の刃が放たれ赤鬼に襲い掛かった。瞬速の斬撃波に対応できず、赤鬼の右腕がスパッと斬り飛ばされる。
膂力では敵わなくとも、魔術を用いれば身体を斬ることなど猛にとっては造作もなかった。
「やるじゃねえか! そうこなくっちゃ戦い甲斐がねぇよな!」
「減らず口だな。ならば次はその首をたたっ斬ってやろう。花鳥風月――疾風!」
「それはもう見たぜ」
「何っ!?」
阿久羅は残った左手の甲で斬撃波を弾き飛ばす。目にも止まらぬ速さの斬撃を簡単にいなされたことに猛は驚愕した。対応できなかった攻撃を、たった一度見ただけで対応されたのかと。
「今度は俺様の番だぜ!」
「腕が生えただと!?」
「おらぁ!」
右腕の切断面から新しい腕が生えてくる。
信じられない光景に猛が目を見開いていると、阿久羅が地面を蹴り上げ接近し、剛腕を振るってくる。
「遅い」
「あたらねぇ!?」
猛は冷静に見極め回避し続ける。速度はそれほどでなく、攻撃も単調だ。数多の強者と戦ってきた猛からすれば、赤鬼の攻撃は欠伸が出るほど遅く感じられた。
直撃すればただでは済まないだろうが、当たらなければどうということはない。
大きく距離を取った猛は、再び大太刀を振るう。
「花鳥風月――三連疾風!」
「ぐあ!?」
一度に三閃の斬撃波を放つ。
阿久羅は二本の腕で二閃までは防御できたが、三閃目は防ぎきれず脇腹を切り裂かれた。たまらずうずくまる赤鬼に、猛は好機と見てとどめを刺そうと再び三つの斬撃波を放つ。
しかし――、
「ははは! これなら防げるな!」
「ば、馬鹿な……」
とどめの攻撃は届かなかった。
阿久羅の両肩から新たに二本の腕が生え、合計四本の腕で防がれてしまったからだ。
「おらおら!」
「ぐっ!」
阿久羅の猛攻に防戦一方の猛。
攻撃は単調のままだが、手数は倍になった。四本腕の敵と戦ったことがない猛は、繰り出される攻撃に対処できず、ついに攻撃を喰らってしまった。
「ぐはっ!」
「殿っ!」
「爺や、民は避難しているか!?」
吐血を漏らす猛に、戦いを見守っていた爺やの顔が青ざめる。
心配する爺やに猛が大声で問いかけると、爺やも大声で答えた。
「この辺りの民は大和城に避難しております!」
「ならばよし! この一撃で奴を討つ!」
「ははは! 次は何を見せてくれるんだぁ!?」
爺やから確認を取った猛は魔力を高める。
民を巻き込みたくなくて大技を使いたくなかったが、目の前の敵に出し惜しみはできない。
ここら一帯の民家は消し飛ぶだろうが、優先すべきは鬼の討伐。
猛は溜めた魔力を解き放つように、大太刀を振るった。
「花鳥風月――花吹雪ッ!」
「ぎ、ぎゃあああああ!?」
放たれたのは巨大な竜巻。
轟々と渦巻く風は民家を巻き込みながら阿久羅に直撃する。竜巻の中にいる赤鬼は、身体をぐちゃぐちゃに引き裂かれ絶叫を上げた。
竜巻が収まると、空に打ち上げられた赤鬼の身体がぐちゃりと地面に落下した。
「ふぅ、ふぅ……」
「流石ですぞ、殿!」
「来るな爺や、まだ終わっておらん!」
「ひょえ?」
鬼の死体を見て喜び駆け寄ろうとする爺やを静止させる猛。地面に転がっている赤鬼を見つめる猛の眼差しは鋭いままだった。
ピクリと、阿久羅の身体が動く。
バキバキゴキゴキと不気味な音が鳴り響き、ぐちゃぐちゃだった赤鬼の身体が元に戻っていく。
そしてついに、何事もなかったかのように立ち上がった。
「強ぇ強ぇ、今のは流石に死んだかと思ったぜ」
「むぅ……」
「な、なんじゃと!? あれで死んでおらんのか!?」
復活した阿久羅に驚愕する猛と爺や。
鬼の特徴は膂力と耐久力。が、それに加え阿久羅は「超速再生」と「超速学習」の能力が備わっていた。
「おい、俺様と戦え」
ただの鬼の頭領だった彼は戦いを求めて各地を彷徨っていた。
配下の鬼を引き連れ山を根城にしようとしたが、山の主に敗北を喫し、無様に逃げおおせた。
「ちくしょう! 強くなりてぇ!」
自信を粉々に打ち砕かれた鬼。
もっと強くなりたい。“あいつ”を殺し、物の怪の王になるぐらい強くなりたい。
強い欲望に誘われるように、勾玉が封印されている祠に足を運んだ。鬼は封印を破り、勾玉を盗んでねぐらにしている山に帰る。
「ぎゃあああああ!」
鬼の願いに応えるように、勾玉から禍々しい力が身体に流れ込んでくる。
力に耐えきれず気絶した鬼だったが、ひと月ほどで目覚めた。見た目が変わり、膂力も魔力も以前より大幅に強化されている。
こうして、ただの鬼の頭領は赤鬼の阿久羅へと進化したのだ。
「ふははは! 漲る、力が漲ってくるぞ!」
だが、やはり“あいつ”は強かった。
再戦したものの、敗北を喫してしまう。もっと強くなりたいと欲を深める阿久羅は、人間の魂を喰らおうと配下の鬼共を引き連れて大和の町を襲ったのだった。
「今の攻撃、“こんな感じだったよな?”」
「なっ!?」
阿久羅は四本の腕を前に出し、魔力を高める。手の先に膨大な風が集約し、一気に解き放たれた。
放たれた竜巻は、猛の魔術である花吹雪と全く同じものだった。
「殿ぉーー!」
「花鳥風月――花吹雪!」
あの攻撃の先にあるのは多くの民が避難している大和城がある。回避できない猛はすぐさま竜巻を放ったが、見るからに押し負けている。
魔力を十全に溜められなかったのも要因だが、元々の威力で負けていた。猛の竜巻は吹き飛ばされ、阿久羅の竜巻が猛に直撃する。
「ぐっ……あ……」
「と、殿ぉ!」
全身が切り刻まれる猛は、力尽きるように膝を着く。彼がかろうじて生きているのは、竜巻をぶつけ合い威力を落としたからだった。
「楽しかったぜ、人間。お前の命を喰らい、俺様はもっと強くなる」
「殿をやらせはせんぞ!」
「うるせえぞ蝿」
「ぐぁ!」
近づいてくる阿久羅に爺やが刀を抜いて襲い掛かるも、虫を払うかのように拳で殴られてしまう。
邪魔者がいなくなった赤鬼は、虫の息の猛を高々と持ち上げる。
「いただきます」
(無念……)
阿久羅が大きく口を開け、猛の頭を丸のみしようとした――その時。
「花鳥風月――疾風!」
「あん?」
空から斬撃波が飛来し、猛を持ち上げていた腕を斬り落とした。さらに飛び降りて刀を振り下ろすも、阿久羅の残った二本の腕に白羽取りされてしまう。
「何だテメエ?」
「拙者は大和猛の娘、撫子! 凶悪な鬼め、父に代わって拙者が貴様を退治してやる!」
父の窮地を救った撫子は、刀の切っ先を赤鬼に向けて宣言するのだった




