62話 アズマ
極東の島国、アズマ。
「魔術学園の無能力者」におけるアズマは、江戸時代の日本をモチーフにしている。侍もいるし、妖怪もいる。違うのは明確に魔術が存在していることぐらいか。
そんなアズマだが、物語では名前だけしか出て来ない。主人公カイトもアズマに行くことは一度もないしな。
ただし、強化合宿で師匠役として登場した仙亀の玄や、闇の魔術師の組織改め【純血使徒】の幹部【人斬り】森永明治、この後の展開で行われる魔術大会に出場する選手がアズマ出身だったりと、ちょくちょくアズマは関わってくるんだ。
そのアズマに、俺は転移魔術でやって来た。
(ここは、民家か……?)
目を開けると、江戸時代を思わせる部屋が視界に入ってくる。
座敷、いろりに土間と、時代劇で観たような内観だ。結構広いし、それなりに大きな屋敷だろう。エルファルド家と比べたら全然小さいけどな。
(おお、マジで江戸時代みたいだな)
家の外に出てアズマの街並みを見てみると、武家屋敷や小屋などが建ち並んでいた。イメージとしては、長野県にある宿波町「奈良井宿」、福島県にある会津若松の観光スポット「大内宿」といった感じだ。
なんか感動するな……異世界に転生していなかったら、こんな江戸時代のような場所に来ることもなかっただろう。
(それにしても、人っ子一人いないな)
町には誰一人として出歩いていない。
寝静まる夜ではあるけど、一人も出歩いていないのはおかしくないか。明かりすらついていないし、不気味なほど静まり返っている。これが当たり前なのだろうか。
「おい後輩、何してんだ」
「すみません」
怪訝に感じていると、家の中にいるベッキーから声がかかる。
中に戻り、彼女に尋ねた。
「ベッキーさん、お聞きしたいことがあります」
「気安く名前で呼ぶんじゃねぇ。先輩って呼べ、先輩って」
ちっ、一々面倒臭ぇな。
俺はポケットからロケットを取り出して尋ねる。
「先輩、ロケットの使い方を教えてください」
「ラウルに使い方を教わらなかったのかよ。ロケットの内部に風景を転写すんだよ。そうすりゃ、開いた時に自動で移動できるんだ。それか、移動したい場所を強くイメージしながら開いても移動できるぜ。ただし、そっちの方は自分の魔力をすげ~使う必要があるから並みの魔術師じゃ無理だな。言っておくが、テメエじゃ絶対無理だぞ」
(ふ~ん、めっちゃ便利だな)
魔力さえあれば、いつでもどこでも好きな場所に移動できるのか。
これは思わぬ収穫だ。
こんな優れた魔道具、普通じゃ手に入れられない。組織でも幹部のメンバーにしか持たされていないだろう。突然敵組織の幹部になった時は驚いたが、魔道具だけでも御釣りがくるな。
「教えていただきありがとうございます。それでは先輩、俺は一度家に戻ります」
「あぁん!? 何言ってんだテメエ!」
「先ほども言いましたが、俺はエルファルド家の当主です。やらなければならない事も多く、こちらでデモ……我が君の魂を本腰入れて探す前に、留守にすることを家の者に報告したいのです」
あっぶねぇ、今素でデモルトの名前を言いそうになった。ギリギリ言い直せたが、今後は気を付けよう。幹部の前で言ったら五月蠅く注意されるだろうしな。
「クソ生意気な後輩だな。言っただろうが、テメエ如きじゃその魔道具を使えねーんだよ」
「では、使えたら一度戻ってもいいという事ですね」
「いいぜ、やれるもんならやってみな」
「分かりました。では明日の朝、こちらに戻ってきます」
「あっおい、やめてお――」
俺はエルファルド家にある自分の部屋を鮮明にイメージしながらロケットを開く。すると、一瞬で自分の部屋に戻ってきた。
「魔力を使うって言ってもこんなものか」
体内の魔力残量を確認する。
ベッキーは俺じゃ使えないと脅してきたが、使った魔力は凡そ十分の一ぐらいだ。
それにしても凄い魔道具だな。
本来アズマに行くには魔導飛行船や魔導船を使って何日もかかるのだが、このロケットさえ使えば一瞬で移動できる。
それに俺ならアズマだけでなく、行ったことがある場所ならどこへでも行けるんだ。いつか敵の組織を裏切るとしても、このロケットだけは貰っておこう。
俺はロケットをポケットに入れると、部屋を出て妹のサラの部屋に入る。
眠りについているサラのベッドに腰かけ、おでこにかかった前髪を耳にかけた。
「サラ……」
可愛い妹は父の死に向き合えず未だに部屋に引き籠っている。
慰めてやりたいが、どんな言葉をかければいいのか分からなかった。
たった一年家族をしただけの俺とは違い、サラは生まれた時からジオの娘だ。
父を失った悲しみは俺なんかでは計り知れない。
「相棒だったら、どうするのかな」
本物のリオンである相棒ならサラをどういう風に慰めるのかと思いながら、体が冷めないように毛布を戻してから部屋を出る。
ジオが使っていた執務室に入り、明日の朝まで仕事をしようと思っているとセバスチャンが入ってきた。
「こんな時間までお仕事ですか。お願いですからお休みになられてください」
「心配するな。ちゃんと休んでいる」
とは言っても、眠れなくて一時間ぐらい目を瞑っているだけだ。本当はずっと仕事や勉強をしたいけど、流石に少しは休まないと魔力が回復しないからな。
「セバスチャン、明日から暫く日中の間出かける。夜には帰って仕事をするから安心してくれ」
「どこに行かれるかお聞きしてもよろしいでしょうか」
「すまないが、行先は教えられない」
「そうですか……」
父を殺した組織の幹部としてアズマに行っているなんて口が裂けても言えない。
嘘を吐いて適当な場所を言ってもいいが、セバスチャンならきっと裏を取るだろうから、下手に誤魔化さない方がいい。
「それでは、紅茶を淹れて参ります」
「ありがとう、助かる」
さて、明日の朝までにできる所まで終わらせるか。
◇◆◇
「なんだ、死んでなかったのかよ」
俺を見るや否や、酷い言葉を浴びせてくる。
どんだけ単独行動がしたいんだこいつ。
「死ぬとはどういう意味ですか」
「魔力が少ねぇ奴が無理にロケットを使うと、魔力切れを起こしてそのままくたばっちまうんだよ」
あ~、だから俺にキツく忠告していたのか。
ってことはあれか? ベッキーは俺のこと心配してくれたってことなのか?
「まっ、死んでね~ってことは魔力だけはあるようだな。この米粒ぐらいは認めてやるよ」
「それより、その食事はどうしたんですか。ベッ……先輩が自分で用意されたんですか?」
朝、アズマにある【純血使徒】の拠点に戻ってくるとベッキーが居間で朝ごはんを食べていた。こいつが自分で飯を用意するとはとても思えない。
「ベッキー様のご飯は私がご用意させていただきました」
「誰だ」
「お初にお目にかかります、リオン様。【純血使徒】アズマ支部で活動しているお鶴と申します」
膝と指を着け深々と頭を下げながら挨拶してきたのは、和服に身を包んだ女性だった。
ていうか俺のこと知ってんのかよ。幹部になったのも組織が【純血使徒】を名乗り出したのも昨晩だぞ。根付くの早過ぎないか? あとアズマ支部ってなんだよ。
「組織は世界各地に拠点があって諜報活動してんだよ。アズマも例外じゃねーってことだ」
「アズマでは主に大名たちが組織のメンバーでございます。いずれお二方にもご紹介させていただきます」
ふ~ん、アズマの大名は王国でいう貴族ってことか。
組織に加わっているってことは、将軍や体制に不満を持っている大名たちが平民を奴隷化したいってことだよな。
「お鶴さん」
「お鶴で結構でございます、リオン様」
「ではお鶴、俺たちはアズマにある我が君の魂を探し出すことを命じられている。何か手がかりはあるか」
さっさと終わらせたいので在り処を尋ねる。
そもそも所持しているんだったら話が早いんだけどな。
ていうか魂ってどんな物なんだ? 物語では敵が集める展開とか描かれていなかったらからそこらへん分からないんだよな。
「申し訳ございませぬ。実はこの間、我が君の魂と思しき物を見つけ出して管理していたのでございますが、少し前に行方不明となってしまいました」
「何?(は~?)」
何やってんだよおい。大事な物ならちゃんと管理しておけよな。俺が務めていたブラック企業だったら一週間ネチネチお説教コースだぞ。
「詳しく聞かせてくれ」
「はい。実は――」
お鶴から聞いた話を簡単に纏めると、デモルトの魂が入っているのは勾玉だった。
しかしその勾玉から濃密な魔力が溢れ出てしまい、周囲の者の体調が悪くなってしまう。死人も出てしまったようだ。
被害を抑えようと仕方なく町外れにある祠で封印していたのだが、最近になって突然消えてしまったそうだ。
存在するだけで体調が悪くなるなんてどんな呪物だよ……。
「話はわかった。勾玉の行方に心当たりはないのか? お前たちの誰かが盗みを働いたのではないか」
「我が君の魂を盗むなど、そんな恐れ多いこと決してできませぬ。それに勾玉には強大な力が込められており、並大抵の術師では持ち運ぶことすらできません」
「そうか」
お鶴はそう言っているが、俺は納得しなかった。
何故なら勾玉が独りでに消える訳ないからだ。絶対に誰かが盗んでいる。そして盗んだ犯人は、勾玉の在り処を知っているアズマ支部にいる組織の者の可能性が高い。
お鶴は自分たちが疑われることを不満に思っているだろうがな。
「かぁ~食った食った! おい後輩、行くぞ」
「行くって、どこへですか」
「ここに居ても魂が見つかる訳でもねーだろ。ちょっくら探しに行くんだよ」
食事を平らげたベッキーは立ち上がりながら俺にそう告げる。
だからどこに探しに行くんだよって聞こうとしたが、彼女は聞こうともせず勝手に家を出てしまった。見失わないように俺も後を追いかける。
「へい、らっしゃいらっしゃい! 新鮮な魚はいかがかね!」
「安いよ安いよ! うちの団子は安くて美味いよ! そこのお侍さん方、ちょいと休んでいきませんか!」
(活気づいているな)
家の外に出ると、アズマの街並みは多くの人で賑わっていた。
魚が入った桶を担いで売っている人に、茶屋の主人。子供が楽しく駆け回り、侍たちが闊歩している。人っ子一人いなく物静かだった昨夜とは真逆の光景だった。
「何あの格好……」
「外国の方かしらね」
「あんなに肌を見せて、はしたないわ」
(見られているな)
人通りをベッキーと歩いていると注目されてしまう。
アズマはすでに開国されており、他国とも貿易をしていて俺たち以外の外国人もちらほらと見かける。
だから俺の格好や髪色もそこまで珍しくはないのだが、問題なのはベッキーの服装だった。
改めてベッキーの外見を話そう。
青緑色の長髪をツインテールにしており、目つきは悪いが顔立ちは凄く可愛い。背は普通だが胸はでかい。ぶっちゃけベッキーは超可愛い。
しかし服があかん。白のマイクロビキニに、組織専用の薄い黒マントを羽織っただけだぞ。露出狂と言っても過言ではない。
ベッキーはお色気枠として読者に超人気だった。
闇の組織の幹部で強くて色っぽい女の子なんか人気が出る気に決まっている。
登場した後のキャラクターランキングで一瞬で上位に食い込んでしまったほどだ。かくいう俺もレイラの次くらいに好きだったしな。
しかし、実際に会ってみると兎に角目のやり場に困るんだ。
そんなベッキーが町中を歩いていたら悪目立ちしてしまうのも無理はない。
だから、
「おい、そこの外国の姉ちゃん、えんろい格好してるな」
「ちょいと俺たちと遊んでくれねぇか」
こんな風に、柄の悪いごろつきにだって絡まれる。




