60話 大貴族
「議題は二つ。ジオ・エルファルドの殺害と闇の魔術師の対応じゃ。リオン、父君は闇の魔術師に殺害されたと報告を受けたが、誠かの?」
「事実です、閣下。俺は知りませんでしたが、父上が数年前から闇の魔術師に勧誘されていたと、エルファルド家の執事から報告を受けました。父上が殺害された日も闇の魔術師に呼び出されたのです。父上を殺したのは間違いなく闇の魔術師の仕業でしょう」
「なんて事だ! とうとう貴族に手を出し始めたか!」
「闇の魔術師め!」
ジオが闇の魔術師の手によって殺されたと知って、貴族たちが怒りを露わにする。貴族、それも大貴族に手をかけるというのは彼らにとって一大事だ。
そんな貴族の反応に、ラドクリフがやれやれとため息を吐く。
「おいおい、俺だって闇の魔術師に襲われたんだぜ」
「貴方は生きているでしょう?」
「そりゃそうだけどよ……なんか納得できねぇな」
ルマンド・リッツェの言い分に、ラドクリフは唇を尖らせる。
一年ほど前、ラドクリフも闇の魔術師に襲われた。その時も貴族は怒り警戒しただろうが、ラドクリフが生きていたから甘く考えていたかもしれない。
今回は死人が出ている。貴族殺しの罪を重く受け止めているのだろう。
頭に血が上っている貴族を大人しくさせるため宰相が一つ咳払いをする。場が静まってから、口を開いた。
「近頃闇の魔術師の動きが活発になってきておる。さらに魔術学園校長ダニエル・ゴッドヴァルトからの報告によると、どうやら【最悪】の魔術師、デモルト・ブラックロードが復活したそうじゃ」
「「っ!?」」
宰相の口からデモルトの名が出た刹那、貴族たちは驚愕し空気が重苦しくなる。
それはそうだろう。
貴族からしたらデモルトは最大級の汚点であり、歴史から葬り去った存在だからな。そんな奴が復活したと聞けば驚くなというのが無理な話だ
「そんな馬鹿な!? 奴は五十年前に死んだはずではないのですか!?」
「俺も確かに聞いたぜ。俺の親父や爺の代の王族や貴族たちが集結して殺したってな」
「そうじゃ。当時、若き頃の儂もその戦いには参戦し、多くの犠牲を払って奴を葬ったことを確認した」
そうか、閣下はデモルトを直接見ている世代だったか。
今じゃデモルトの顔を知っている人間は少ない。五十年前といったら祖父のゼベル・エルファルドや曽祖父の世代だからな。
「ならば何故復活したと言い切れるんでしょうか!?」
「お前たちはデモルトという魔術師の恐ろしさを知らんのじゃ。生き返ったと聞いてもそれほど驚かぬよ。奴ならば不可能を可能にできるからの」
「閣下がそこまでおっしゃるのですか……」
「デモルト・ブラックロード……【最悪】の魔術師ね。私もお爺様から話を聞いていたけれど、名前さえ出したくないほど憎んでいたわね」
ルマンド・リッツェが思い出す仕草をしながら話す。デモルトの名は禁句となり歴史から消えたが、一部の人間はしっかりと下の世代に教えているんだな。恐らく大貴族のメンバーは皆知っているのだろう。
「閣下、【最悪】が復活したというのは何かの間違いではないのでしょうか」
「残念じゃがそれはない。ダニエルはデモルトのことで嘘や冗談を言う奴でないことは儂が一番知っておる」
「ゴッドヴァルト卿は【最悪】と接触したという事でしょうか?」
「いや、どうやら魔術学園の生徒が奴に襲われたそうじゃ」
「な、何ですと!?」
「ではその学生は殺されてしまったのでしょうか……」
「それが驚くことに、襲われた生徒は【最悪】を返り討ちにしてしまったようじゃ」
「「なっ!?」」
その生徒はカイトのことだろう。
学生がデモルトを退いたと聞き、貴族たちは激しく狼狽する。
「それこそ何かの間違いでは?」
「強ち間違いでもないんじゃ。【最悪】を撃退した学生は、魔術を消す能力を持っておる」
「魔術を……消す?」
「信じられないかもしれねぇけど本当だぜ。俺も魔術大会の予選会を観に行ったんだけどよ、マジで魔術を消してやがった。ありゃ魔術師にとっては天敵だぞ。なぁリオン?」
あぁ、そういえばラドクリフも予選会にいたんだったな。
俺がみっともなくカイトに負けたことも知っていて、俺に話を振ってきたのか。
「事実です。奴は平民ではありますが、魔術を消す能力を持っています」
「そんな特異な力を学生が……」
「ですが、たかが学生ですぞ? いくら魔術を消す能力を持っていたとして【最悪】に勝てますでしょうか。もしや【最悪】はそれほど強くないのでは?」
デモルトの力を疑い始める貴族たちを一蹴するように、宰相が首を振る。
「聞くところによると、奴は完全に復活しておらんようじゃ。学生が勝てたのもそのお蔭じゃろう」
「そ、そうですか! ならば脅威にはならないですね!」
「安心しているところ悪いが、奴は必ず完全復活を成し遂げるぞ。そして再び世に混乱を招くつもりじゃ。そのために闇の魔術師を集め、天敵である学生を殺そうとしたのじゃ」
「そ、そんな……それなら私たちはどうすればよいのでしょうか、閣下!?」
デモルトが完全復活を企むと聞いた途端恐ろしくなり焦る貴族たち。
国の代表が聞いて呆れるな。こいつらこれでも貴族かよ。流石に大貴族の連中は落ち着いているが、逆にそうでなきゃ困る。
「学生のことはダニエルに任せるとして、問題は諸君じゃ」
「と、いいますと?」
含みのある閣下の言葉にウィルバート・アストレアが尋ねると、閣下は皆を見渡して告げる。
「デモルトは仲間を増やそうと純血派の魔術師を勧誘しておる。エルファルド卿にしたようにの。この中にも純血派の者はおるじゃろう」
「……」
「別にそれについて咎めることはせんよ。純血派も混血派も個人の自由じゃ。法で定められている訳でもおらん」
皆が黙って話を聞いている中、宰相は「しかし」と続けて、
「闇の魔術師に組することだけは許さん。奴等は純血派を勧誘しておる。もし勧誘されても絶対に断ることじゃ。国を裏切らず、死ぬまで断り続けたエルファルド卿のようにの。そうじゃろ、リオン?」
「はい。父上は最後まで闇の魔術師の勧誘を断り、国に仕えました。そんな父上を息子として尊敬しております」
はっきり申すと、閣下は満足したように頷いた。
「皆の者、よいか?」
「「はい、閣下」」
「うむ、良い返事を聞けた。儂は皆を信じておる。闇の魔術師に対しては引き続き警戒をするように。今日の議題は全て話し終えたが、他にまだ何かあるかの?」
「閣下、発言してもよろしいでしょうか」
「許可しよう。なんじゃ、リオン」
宰相が皆に確認を取った時、俺は手を挙げた。
閣下や貴族たちが一斉に俺に注目する中、こう告げた。
「閣下は闇の魔術師の勧誘を断れとおっしゃいましたが、この中に既に闇の魔術師となっている者がいる可能性は考えておられないのでしょうか」
「何だと!?」
「貴様、我らを愚弄する気か!」
「そんなことある訳ないだろう!」
「我らを疑うとは許せん! おい愚息、覚悟を持って発言しているのだろうな!?」
ギャーギャーと五月蠅く吠える奴等を無視して、俺は「もし」と続けて宣戦布告する。
「この中に父上を殺した者がいるなら今すぐ名乗り出ろ。俺が殺してやる」
「「――っ!?」」
(このガキ、なんて殺気を放つんだ!?)
(意識を持っていかれそうな濃密な魔力ね!)
(我らと同等……いや、それ以上か!)
(エルファルド家の息子はろくでなしと聞いていたが、とんでもない! 化物じゃないか!)
闇の魔術師は純血派の貴族だ。ならばここにジオを殺した奴がいる可能性は高い。
今の俺ならここにいる連中を瞬殺できる。束になって来ようが関係ない。国や貴族を敵に回そうが絶対に殺してやる。
「リオン、父を殺されて怒るお主の気持ちはよく分かる。しかし、儂はここにいる者たちを信じておる。じゃから、怒りを収めるのじゃ」
「……」
「よいかリオン、お主の気持ちを考慮して一度だけ無礼を許す。二度はないぞ」
「大変失礼いたしました。皆さま、未熟者の無礼をお許しください。申し訳ございませんでした」
立ち上がり、頭を下げて謝罪する。
まぁいいだろう。どの道、気絶しかけている中級貴族じゃジオを殺すのは不可能だ。可能性があるとすればやはり大貴族の連中。
今回はそれが分かっただけでも収穫としよう。
「うむ。それでは皆、くれぐれも儂が言ったことを胸に留めておくように。会議はこれで終了とする」
◇◆◇
「おいリオン、さっきのは流石にひやりとしたぞ」
「申し訳ございませんでした、ベルンツベルン卿」
会議が終わり、もう用はないと即座に一人部屋を出て廊下を歩いていると追ってきたラドクリフに声をかけられた。
無礼を働いたことを謝罪すると、彼は罰が悪そうに頭を掻いて、
「謝らなくていい。本来俺がするべき事だったんだからな。てかリオン、まさかとは思うが俺は疑ってねぇよな」
「ええ」
混血派であり、父の友であるラドクリフだけは最初から除外している。
この際だ、彼から少しでも情報を得るか。
「ベルンツベルン卿、大貴族の中に純血派はいますか?」
「あん? マジで疑ってんのかよ」
「はい」
「はぁ、そうかよ。俺も詳しくは分からねーが、ドルトンとリッツェは純血派だったはずだぜ。アストレアは混血派だし、ディスチーノとクラディウスは分からねぇ」
そうだったのか。親たちのことは物語に登場しなかったら知らなかったんだよな。教えてもらえて助かる。
バッカスとクラインの親は違っていて欲しい。できれば友達の親は殺したくない。でも、犯人だったら容赦なく殺す。
怪しいのは純血派のドールズ・ドルトンとルマンド・リッツェか。あの二人を調べる必要があるな。
「リオン、大丈夫か? すげー大変だろ」
「大丈夫です」
「そうか。でも、何かあったらいつでも俺を頼れよ。お前には命を救われてんだ。遠慮せず何でも言ってこい」
「お気遣いありがとうございます」
お礼を言って、ラドクリフと強引に別れる。
話をするのも億劫だし、レイラのことを聞かれたら面倒だからな。
「エルファルドの倅」
「止まりたまえ」
「何でしょう」
さっさと帰ろうと思ったのだが、また声をかけられた。
今度はバッカスとクラインの父、ゴルゴ・ディスチーノとクラウド・クラディウス。ゴルゴはバッカスの父親だけあってゴリゴリのマッチョ、クラウドは紳士って感じだ。
「父親の件は同情するが、先ほどの態度はいただけないぞ」
「お主も当主となったのなら、立場を考えなさい」
「申し訳ございませんでした。今後、あのような振る舞いはしないと誓います」
素直に謝ると、二人は意外そうな顔を浮かべる。
恐らく、俺のことは大人の言うことも聞かず世間のことを知らないクソガキだと思っていたのだろう。さっきの出来事の後なら仕方ないことだ。
「わ、分かればよいのだ」
「お主のことは息子たちから聞いている。何か困ったことがあれば我らを頼りなさい」
「ありがとうございます」
ゴルゴが大きくて固い手で俺の肩に手を置きながらそう言ってくる。
バッカスとクラインは俺のことを親に話していたのか。二人の好感触からすると俺のことは良い風に話していたそうだな。あの二人には頭が上がらない。
「ふん、相変わらず貴様たちは温いな」
「そこは大人としてキツく叱るべきではなくて?」
「ドールズ」
「ルマンド」
横やり入れを入れに来たのはドールズとルマンドだった。
ドールズは大企業の役職に付いているような男で、ルマンドはお蝶夫人のような女性だ。縦ロールが凄いし扇子なんかも持っている。
「小僧、長生きしたくば余りしゃしゃり出ないことだ」
「貴族の世界は力だけが全てではないのよ。力を失ったエルファルド家など、簡単に潰されてしまいますわ」
「ご忠告ありがとうございます。お二人のお言葉、しかと胸に刻みます」
「ふん」
「つまりませんわね。その程度でしたか」
俺の反応が気に食わなかったのか、二人は肩を透かした風に去っていく。
今はまだ泳がせておいてやるが、お前たちこそ気をつけろよ。もし犯人と少しでも繋がっていたら容赦なく叩き潰してやるからな。
「気にするな。あの二人はあ~いう奴等だ」
「さらばだ」
ゴルゴとクラウドは俺を庇うような言葉をかけてくれた後、揃って去って行った。子供も仲が良いし、親同士も仲が良いのか。
「あ、いたいた、リオン君」
「何でしょうか、アストレア卿」
ちっ、今度はこいつかよ。
ウィルバート・アストレア。四十代のはずなのに二十代の青年に見えるほど若い外見だ。ユイの父であり、めちゃくちゃ強い。今会った大貴族の中でも、彼だけ物語に登場している。
「君の噂は色々と聞いているよ。カイト君にちょっかいかけている事もね」
「……」
「カイト君は僕の娘の命を救ってくれた恩人なんだ。僕も彼のことを息子のように思っている。だから、もし彼に手を出したら僕が許さないからね」
顔は笑っているが目は笑っていない。完全に脅しにきている。
カイトとユイは幼馴染であることから、ウィルバートとカイトにも面識がある。アストレア家が闇の魔術師に襲われたところをカイトが力で助けたんだ。
だからウィルバートはカイトに恩があり、恩人であるカイトを害そうとする俺を警戒するのは当然だった。
「ご心配されずとも、俺は魔術学園を退学しました。奴と会うことも二度とないでしょう」
「それならよかったよ。ごめんね、脅すような真似をしちゃってさ。大事な娘とその友達のことだから、ついムキになってしまったんだ」
「俺が招いたことですから謝罪は結構です。それでは失礼します」
それだけ言って、ウィルバートのもとから立ち去る。
正直お前のことはどうでもいい。闇の魔術師でないことは分かっているからな。
「ふぅ……疲れた」
夜遅く、やっとエルファルド家に帰ってこられた。
貴族会議に出席するのは面倒だったが、大貴族の顔ぶれを拝められたし色々と収穫もあった。
「さて、仕事をやるか」
疲れてはいるが、休んでなんかいられない。
どうせ眠れないし、たまっている仕事に目を通そう。
はは、まさかブラック企業で働いていたことが異世界でも役に立つなんて思わなかったな。
「カーカー!」
「何だ、カラスか?」
仕事を始めようとすると、窓の外でカラスが鳴いている。しかも嘴で窓をしつこく叩いている。何事だと窓を開けると、カラスが中に入ってきた。
「こんばんは、リオン君」
「――っ!?」
カラスが喋っただと!?
いや待て、この声……聞いたことがあるぞ。
「私だよ、ラウルだ」
「……何の御用でしょうか(ラウルだったのか)」
「我らの組織に加わった君を、ある御方に紹介したいんだ。今すぐ来てもらえるかな」
今すぐだと。
何を言っているんだこいつ。場所も分からないのに行ける訳ないだろーが。
「どこに、どうやって行くのかお聞かせください」
「このカラスの体にロケットが巻き付いているだろう」
「はい(ロケット、これのことか)」
「そのロケットを開けば、瞬時にこちらに来られるよ」
カラスに巻き付いているロケットを取って確認する。
ああ、そういえば作中でもあったな。ロケットに限らず、道具に魔術をかけることで転移できるんだ。
「言っておくけど、君に拒否権はない。待っているからね、リオン君」
そう言い残し、カラスは窓から飛び去ってしまった。
俺はロケットを見下ろしながら呟く。
「いいだろう」
これから行くのは敵の本拠地。
危険ではあるが、そこにはジオを殺した闇の魔術師がいるかもしれない。俺としては願ったり叶ったりだ。
「やってやるさ」
覚悟を決めロケットを開くと、俺の体はロケットの中に吸い込まれていくのだった。




