6話 兄妹
「はい、どうぞ」
「ありがてぇ、いつもありがとな、サラお嬢様」
「当然ですわ、貴族ですもの」
食料が乗せられた皿を受け取った平民がお礼を告げると、サラはむふ~と笑顔を浮かべた。
サラは領内の貧しい村に時々足を運んでは、今のように炊き出しを行っている。その理由は、母親であるヴェラが生前していたことを自分もやりたいと思ってのことだった。
母は常々サラに言っていた。
「貴族は民を守らなくてはならないのよ」と。
家に居ては何もできないと、ヴェラは積極的に平民と交流を図り、炊き出しを含め領民が困っていることを解決していた。そんな立派な母親をサラは尊敬していたし、母親について行って手伝ったりもしていた。領民たちも、平民に良くしてくれるヴェラに感謝していた。
しかし、誰しもがヴェラに感謝の気持ちを抱いている訳ではない。
中には貴族を恨み、害そうという者もいる。一握りの殺意が、悲しい不幸を呼び寄せてしまった。
『お母様! お母様ぁああ!』
『サラ、決して民を恨んではいけません。私達貴族は、彼等を守らなければならないのです』
炊き出しをしていたヴェラが領民によって殺されてしまった。その場にはサラもいた。
刺されて死にそうになって尚、ヴェラは最後まで民のことを想っていた。
母親を殺されたことを父と兄は激怒し、益々平民を毛嫌いするようになってしまった。サラだって平民を許すことはできなかったが、尊敬している母の最期の言葉を胸に刻み、今のようにお忍びで炊き出しを行っている。
お忍びなのは、父に気づかれると絶対に止められると分かっていたからだ。
確かに危険だ。実際ヴェラも殺されてしまっているし、サラだって危ないことはわかっている。承知の上で、母の想いを継ぎ貴族としての信念を貫こうとしていた。自分の我儘に付き合ってくれている護衛やメイドたちには感謝しているし、申し訳ないとも思っているが。
「お兄様も、一緒に来てくれればいいのに……」
寂しそうに不満を漏らすサラ。
数日前のことだ。兄であるリオンに突然「まだ炊き出しをしているのか?」と聞かれ肯定したら、「もう行くな」と何度も注意された。
三か月前から、リオンは心を入れ替えた“そうだ”。
不確定なのは、使用人に聞いただけでサラ自身は目にしていないから。が、使用人たちが言うようには真面目で優しくなったそうだ。
あのろくでなしだった兄が心変わりしたなんて俄かに信じられないが、使用人たちの言葉を信じてみようと兄に炊き出しを誘ったら断られ、止められてしまった。
やはり兄は変わっておらず、平民を見下していたのだ。なのでサラは、炊き出しに行くことも兄に内緒にしていた。
「サラお嬢様、ちょっとよろしいですかい」
「どうしましたの?」
「あっちで怪我しちまったもんがいて、お嬢様に診てもらいてぇんです」
「大変ですわ、すぐに行きますわね」
「へへ、ありがてぇ」
領民の男に助けを求められたサラは、彼についていく。しかし、案内された場所には怪我人どころか一人もいなかった。
「怪我人はどこにいますの?」
「へへ、騙してすまねぇな、お嬢様」
「それはどういう――きゃ!?」
どういう意味なのか尋ねようとしたら、突然視界が真っ暗になってしまう。口を塞がれ、両手を縄で縛られてしまった。
「む~! む~! (やめて、離して!)」
「こらこら、暴れないでくださいよ」
「む~~! (誰か、誰か助けて!)」
助けを呼ぼうにも口を塞がれて呼ぶことができない。抵抗できないサラは男に担がれ、どこかへ運ばれてしまう。
キィ……と扉が開くような乾いた音が鳴った後、地面に降ろされ目と口を開放された。
「ここはどこ!? 何で私を攫ったのですか!」
「うるさいお嬢様だ。そんなことはどうだっていいじゃないですかい。お嬢様はこれから死ぬんですから」
「っ!? だ、誰か助けて! 誰かーーー!!」
「ああ、大声を出しても誰も助けに来やしませんぜ。ここは倉庫の地下室ですから、いくら声を張ったところで外には届きません」
「そんな……」
男の話を聞いて絶望するサラ。
確かに男の言う通り、サラが居る場所は地下室のようだった。こんな場所には、万が一にも助けは来ないだろう。
「いや~いいですねぇお嬢様。そそられる表情だぁ。ただ殺すには勿体ねぇ。どれ、殺す前にちょいと楽しませてもらいましょうかね」
「嫌……来ないで……」
ねばつくような下卑た顔を浮かべて近づいてくる男に、サラはこれから自分が何をされるか想像し身体を震わせる。
恐い……人間の悪意がこんなに怖かったなんて知らなかった。こんなことになるなら、兄の忠告をちゃんと聞いておけばよかった。
「へへへ、抵抗するんじゃねえぞ!」
「嫌! やめて! 助けてお兄様ぁぁあああ!」
強引に服を破られ、男の手がサラの柔肌に触れようとした――その時。
「俺の大切な妹に手を出すな、下衆が」
「な、何でここに!?」
「お兄様!」
兄のリオンが、憤怒の表情でそこに立っていた。
――時は少し遡る。
「坊ちゃま、サラ様が朝早くに護衛とメイドを連れてどこかへ向かったようです」
「まさか……」
「はい……恐らく領地のどこかへ行かれたのでしょう」
「ちっ(も~あれだけ注意したのに~!)」
妹のサラには危険だから領民への炊き出しは行くなと口酸っぱく言っておいたけど、結局無視して行ってしまったみたいだ。
しかもサラは父や俺に気づかれないようにお忍びで行くから、気付けない恐れもあった。セバスチャンにサラの行動を監視しておいてって頼んでおいてよかったよ。
「すぐに向かう。場所は分かるか?」
「はい。口止めされていたメイドの口を割らせました。行先は把握しております」
「流石だ。では行くぞ(おっかねぇ……)」
セバスチャン有能過ぎ。サラのために黙っていたメイドには申し訳ないことをしたけど、今は緊急事態だ。一刻も早くサラを助けに行かないと!
セバスチャンの馬の後ろに乗せてもらい、サラが向かった場所へ向かう。鍛錬を優先して乗馬の練習は一度もしていなかったからな。
リオンの身体ならすぐに乗れるだろうから、今度練習しておこう。
「サラ様ーー!」
「サラ様ー! どこにおられるのですかー!」
サラが向かったと思われる村にたどり着くと、多くの人達が叫んで騒がしくしていた。サラの専属メイドを見掛けた俺は彼女に問いかける。
「何があった」
「リオン様!? それが……いつの間にかサラ様のお姿がなくなり、探しても見つからないのです」
「ちっ(間に合わなかったか!)」
クソ、一足遅かったか! このままじゃサラが殺されてしまう!
(落ち着け、何か方法があるはずだ)
そうだ、記憶を呼び起せ。
“本来あるはずのない未来の記憶ならば、何か手掛かりがあるはずだ”。
『セバスチャン、サラの遺体はどこにあった』
『村の外れにある倉庫の地下室です』
「分かった!」
記憶が正しければ、そこにサラがいるはずだ。
今助けに行くからな、サラ。頼むから間に合ってくれ。
「何が分かったのですか、坊ちゃま」
「村の外れにある倉庫の地下室だ。俺は先に行く……瞬雷!」
両足に雷属性の魔力を付与させ、凄まじい速度で倉庫へと向かう。その分身体に負担がかかるが、到着するまでならなんとか持ち堪える。いや、なんとしても持ち堪えてやる!
「サラ! どこだ!」
倉庫を見つけた俺はドアを蹴破りサラを呼ぶ。
地下室への階段がないか探すと、それらしき階段を見つけた。急いで降りると、そこには身体を縛られ泣いているサラと、今にもサラを襲おうとしている男がいた。
「俺の大切な妹に手を出すな、下衆が」
「な、何でここに!?」
「お兄様!」
全身の血が沸騰した俺は、一瞬で距離を詰めて男の頭を蹴り飛ばす。その一撃で男は気絶したのか、地面に倒れて動かなくなってしまった。
「サラ、大丈夫か」
「お兄様……お兄様ぁぁああ!」
「大丈夫だ。もう大丈夫だぞ」
身体を縛っていた縄を解いてやると、サラは泣きながら抱き着いてきた。凄く怖かったんだろう。安心させるように、サラの背中を優しく撫で続ける。
「恐かったですわ。死んでしまうかもしれないと……だからお兄様が助けに来てくれて本当に嬉しかったですわ」
「当たり前だ。俺はお前の兄だからな」
「お兄様ぁ……」
ああ……助けられて本当に良かった。
もしサラが殺されてしまっていたら、俺は自分を許せなかっただろう。
やがて駆け付けてきたセバスチャンと専属メイドにサラを預ける。本当はついていてやりたいが、俺にはまだやることが残っている。
「おい、起きろ」
「ぐえ」
気絶している男に少量の電撃を浴びせ、無理矢理起こす。脅えている男の胸倉を掴み上げながら問い詰めた。
「答えろ、何故サラを殺そうとした」
「そ、それはですね……」
「言わないと今すぐ焼き殺すぞ(早く言えって!)」
「ひぃぃ! 言います、言いますから殺さないで!」
電撃を見せながら脅すと、観念したのか男は白状する。
「頼まれたのさ、大金をやるからサラお嬢様を殺してくれって」
「誰に頼まれたんだ」
「わ、分かりません。全身黒付くめで顔も見えなかったです」
「本当だろうな。嘘付いたら殺すぞ」
「本当です! 見るからに怪しい奴だったけど、気前よく大金を寄越してくれるし、お嬢様を殺したら追加でくれるって言われて、俺も欲に目がくらんじまってつい」
「ちっ」
つい、じゃねーだろクソ野郎。
お前たちのために行動しているサラの気持ちを裏切って殺そうとするなんてふざけるなよ。
「あ、あの……リオン様、どうか許してくれませんかね」
「その口を閉じろ。お前の処遇は父上に委ねる」
「そんなぁ! この通りだ、命だけはぎゃあああ!!」
醜い命乞いが煩かったので、電撃を与えて黙らせる。
それにしても、サラの命を奪おうとする奴がいたなんてな。
母親のヴェラのように貧しい平民の私怨だと思っていたが、誰かの思惑が絡んでいるのか?
こんな奴に大金を与えるぐらいだから、エルファルド家を恨んでいる貴族や商人の仕業だとか?
「クソ……いったい誰が何のためにサラの命を狙ったんだ」
◇◆◇
「作戦は失敗しました」
「そうか。踏ん切りのつかないエルファルドの手助けをしてやろうとしたのだがな」
「もう一度行いますか」
「やめておけ、流石に奴も警戒しているだろう」
「では、どうなさいますか」
「そうだな……家族がダメなら、混血派との繋がりを絶つとするか」
「それでは……」
「うむ――邪魔なベルンツベルンを消せ」




