5話 エルファルド家
「お呼びでしょうか、父上」
「来たか」
俺の目の前に座っているのは、エルファルド家の当主にしてリオンの父親であるジオ・エルファルド。原作小説である「魔術学園の無能力者」にも登場する重要人物だ。
リオンと同じ金髪で、整っているがおっかない顔立ちと、見るだけで人を殺せてしまうんじゃないかというぐらい鋭い眼光。対峙しているだけで身体が震えてしまうような厳かな雰囲気を纏っている。
リオンの父親は正直言ってめちゃくちゃ怖い。余り関わりたくないタイプの人間だ。だけど、呼び出されたら息子としては無視する訳にはいかず、仕方なく重い足取りで父親の執務室に赴いた。
「セバスチャンから報告を受けているが、最近真面目に取り組んでいるそうだな」
「はい(は、はいぃぃ)」
心の中ではビクついてまともに返事をできなかったが、口からは素直に言葉が出た。勝手にリオン語に変換されるのが初めて役に立った気がするぞ。
「今まで散々遊び惚けてお前が何故急に心変わりしたのかは気になるが、後継ぎとしての自覚が目覚めたのなら喜ばしいことだ」
「今までの俺は間違っていたと気づきました。これからはエルファルド家の未来を考えて行動していくつもりです」
「そうか」
ジオは子供に関しては放任主義だ。
リオンの教育は全て教育係のセバスチャンに任せ、基本的には関与していない。リオンが家の名を盾に我儘をしても、好き勝手に使用人を辞めさせたりしても、叱るどころか放任している。
リオンが我儘なろくでなしになったのは、勿論本人のせいでもあるが親であるジオの責任も少なからずある気がする。彼が少しでも馬鹿息子を諭していれば、リオンだって全うな人間になっていたかもしれないのにな。
「お前が貴族としての自覚を持ったことは良きことだ。だが……使用人たちを気遣っているのはどういうことだ?」
「――っ!?」
部屋の空気が一瞬にして重苦しくなる。
ジオは怒っているのか? 何故だ? 変わったことで褒められると思っていただけに、彼が何故怒っているのか見当もつかない。
「平民に対して立場を分からせていた以前のお前を私は高く評価していた。貴族として振る舞っているとな」
「……(そうか)」
そういうことだったのか……。
ジオは全部が全部放任だった訳じゃない。好き勝手する息子を叱ったり諭す必要がなく、寧ろそれが当たり前のことだと考えていたんだ。まさかリオンの行動を父親が擁護しているとは思いもしなかったな。
「貴き血の我らが平民の使用人に対して愛想を振りまくような真似はするな。隙を見せれば、奴等はすぐにつけあがるぞ」
見て分かるように、ジオは守るべき平民を毛嫌いしている。いや、憎悪していると言っても過言ではないかもしれない。
けど、彼だって最初からここまで酷かったわけではない。では、どうして父親が平民を見下し、憎むようになってしまったのか。
――それは、最愛の妻が平民によって殺されてしまったからだ――
『ヴェラ! ヴェラーーーー!』
『母上ーーー!』
リオンの記憶の中を覗いて知ったことだ。
今から六年前。リオンが当時八歳の時。
リオンにはヴェラ・エルファルドという母親がいた。
太陽のように明るく美しい彼女は、貴族でありながら平民に対しても平等に接していた。領内を自分の足で見て回り、貧しい村に炊き出しをするような慈愛の女神のような方だった。
しかしある時、ヴェラが炊き出しをしている最中に平民の手によって殺されてしまう。刃物で心臓を一突きだったそうだ。勿論側には護衛がついていたが、炊き出しを配る瞬間を狙われたら誰だって守れない。
ヴェラに手をかけた平民の主張は「お前ら貴族のせいで飯が食えないのに、炊き出しなんかして善人面してんじゃねえよ」という酷い八つ当たりだった。
『平民に優しくするなとあれだけ警告したのに! 平民共め、絶対に許さんぞ!』
最愛の妻を殺され怒り狂ったジオは自らの手で平民を雷で焼き殺した。その一件からジオは、無関心だった平民を憎むようになってしまったんだ。
いや、ジオだけではなくリオンだってそうだ。ジオが使用人にキツく当たっていたのも、平民に母親を殺された憎しみもあったのだろう。
「くれぐれも、愚かな母親の二の舞を踏むような真似はするなよ」
「分かりました。父上のお言葉、しかと胸に刻んでおきます」
ジオが注意してくるのは、母親を殺した平民を憎んでいるからか、平民に殺されないように息子を守るためなのか、今の俺には分からなかった。
◇◆◇
「お兄様、いったい何を企んでいますの!」
「なんのことだ(か、可愛い~~)」
「とぼけないでください! お兄様は変わったそうですけど、私の目は誤魔化せませんからね!」
突如いちゃもんをつけてきた美少女。
彼女はリオンの妹であるサラ・エルファルド。「魔術学園の無能力者」には一切出てきていない人物である。
リオンとは四つ離れた十歳のサラは見た目も性格も母親似だ。
母親のように綺麗で長い銀髪に、人形のような可愛らしい顔立ち。ジオやリオンのように平民を憎んでおらず、母親のように平等に接している。
それどころか、母親のように平民に炊き出しをしているそうだ。ジオにバレないように隠しているそうだけど。
「さぁお兄様、観念して白状してください!」
「とんだ言い掛かりだな」
「まだしらばっくれるつもりですか。ふん、どうせすぐ化けの皮が剝がれますわ」
そんな風にぷりぷり怒ったサラは、踵を返して去っていった。
妹なのに兄に対して酷い言い草だ。
それもそのはず、サラはリオンのことを嫌っている。母親似のサラが傍若無人で遊び惚けて、使用人に冷たいリオンを好む理由がない。
くそ~リオンめ~!
せめて妹だけは優しくしておけよな~。女の子に嫌われるのって結構キツいんだぞ。
でも、サラは本当に可愛いなぁ。
専属メイドのリコも可愛いし、この世界の女の子は皆可愛い。まぁ、元々オタク向けの小説だから女の子が可愛いんだろうな。
『いい加減にしろサラ。母上のようになりたいのか!』
『邪魔しないでお兄様! 私はお母様のような立派な貴族になりたいだけですわ!』
『聞き分けがない愚妹が。そんなに死にたいなら勝手にしろ!』
「うっ!」
まただ。頭痛がしたと思ったら、知らない映像が頭の中に浮かび上がってくる。前にリオンとサラが喧嘩した記憶だろうか?
困惑していると、続けて違う光景が流れてきた。
『サラが誘拐された?』
『サラが……死んだ?』
『愚か者が……平民には関わるなとあれほど言ったのに!』
「はぁ、はぁ……」
そこで映像は途切れた。と同時に、胸の奥から後悔と喪失感がぐっと押し寄せてくる。
でも、腑に落ちない。この記憶は明らかにおかしい。“だってサラはまだ生きている。なんで今生きているサラが死んだような記憶があるんだ”。
仮にこの記憶が幻想でないのなら、サラはこの後平民に殺されてしまうのか?
「させるか」
記憶のようになるか定かでないけど、みすみすサラを殺されてたまるか。
“今度は絶対に守ってみせる”。




