58話 退学
真っ暗闇な空模様の下。
闇の魔術師の組織の拠点の一つである城に、最高幹部が結集していた。
「いや~このメンバーが集まるのも久しぶりっスねぇ。何年ぶりっスか?」
「知らねえよ。一々そんなん覚えていられっか」
「だよね~。あなたはおバカちゃんですから覚えられる頭がないもんね~。ねぇ~チョコちゃ~ん?」
「あん、喧嘩売ってんのか!」
「うっせ~ぞ。大声出すんじゃねえよバ~カ」
「女の子がそんな汚い言葉を口にしちゃいけませんよ。そんなことより、今から私のコレクションを皆さんで鑑賞しませんか」
「貴殿のコレクションは趣味が悪いでござる」
「同感です」
「そんな!? 私のコレクションが気に入らないなんて貴方たちの感性を疑いますよ!」
「ボクは結構好きだよ」
「素晴らしい! やはり芸術はわかる人にはわかるのですね!」
「お前たち、少しは静かにできないのか」
数年ぶりの全員集合に幹部たちがやいやいと話に花を咲かせていると、キィ……と甲高い音が鳴って扉が開かれる。
そこから入ってきたのは、デモルト・ブラックロードと魔術学園教師ラウルの二人だった。主君の登場に、騒がしくしていた幹部たちは一斉に口を閉じて立ち上がり頭を下げた。
「お前たち、よくぞ集まってくれた。感謝するぞ」
「「我が君のご命令とあらば」」
幹部の言葉にデモルトは機嫌良さそうに笑みを作り、コツコツと音を立てて歩き上座に着席する。手を下ろす仕草をすると、幹部たちも同じように着席した。
「我が君、発言をしてもよろしいでしょうか」
「うむ、良いぞ」
「我が君が表舞台に立たれたということは、事を起こす次第でしょうか?」
「その通りだ。今こそ私たち魔術師の世界を作る時だ」
「おお! やっとですか!」
「この時を心待ちしておりました!」
デモルトが頷くと、幹部たちが沸き上がる。
興奮している彼らを抑えると、デモルトは要求を唱えた。
「だがその前に、お前たちには私の魂を探し出し、集めてもらいたい」
「という事は、我が君は完全に復活なさるということでしょうか」
「うむ。ダニエル・ゴッドヴァルトを含め、この世界には厄介な魔術師が多い。我らの邪魔をする奴らを根絶やしにするには、私も完全復活を果たさなければならないようだ」
「承知いたしました、我が君」
「肉体はどうするおつもりなので?」
「魂を集め次第、「魔法の杖」を所持しているゴッドヴァルトを殺す。その時はお前たちにも力を貸してもらうぞ」
「おおせのままに、我が君」
「早速動き出してもらいたいのだが、その前にお前たちに新しい同志を紹介しよう。ラウル」
「はっ!」
デモルトが命令すると、ラウルは一旦部屋から出ていく。もう一度入ってくると、そこにはラウルの他にもう一人、金髪の少年がいた。
「紹介しよう。私たち闇の魔術師の同志となった――」
デモルトは金髪の少年の名前を呼んだ。
「リオン・エルファルドだ」
◇◆◇
「坊ちゃま、少しだけでも休憩を取ってください」
「問題ない」
「ですが、無理をし過ぎると体を崩されてしまいます」
「問題ないと言っている」
父、ジオ・エルファルドの葬儀から一週間が経った。
エルファルド家を継いで当主となった俺は、ひたすら領主としての仕事と勉強に時間を費やしていた。
死亡フラグを回避するために、強くなることを優先したくて領主としての勉強を一切してこなかった俺は、領主に必要な知識なんか全くない。一刻も早く父のような領主になるべく勉強する必要があった。
そのため、俺は魔術学園を退学することにした。
「本当に退学するつもりなのかの」
「はい、校長」
退学届を出しに校長ダニエル・ゴッドヴァルトに会いに行った。彼は受け取った退学届を見下ろしながら俺にもう一度聞いてくる。
「父君のことは誠に残念じゃった。しかしの、何もお主が退学する必要はないんじゃないかの」
「俺はエルファルド家の当主となりました。民を不安にさせない為にも早く一人前にならなければなりません」
「お主のその気持ちは分かる。しかし、その歳で当主にならなくてもよいのではないか。お主はまだ幼く、子供なんじゃ。こういう時こそ近くの大人に頼ればよいと思うのじゃが」
「もう子供ではいられないのです、校長」
「……分かった。退学届は儂が預かっておこう」
「今までお世話になりました」
説得を諦めたダニエルに頭を下げ、踵を返して校長室を出て行こうとする。そんな俺の背中に、ダニエルが念を押すような言葉を送ってきた。
「リオン、決して闇に囚われてはいかんぞ」
「……」
振り返ることも返事をすることもせず、俺は校長室を出て行く。
闇に囚われるなだと?
それは無理な話だ。こっちは父親が殺されてからずっと腸が煮えくり返っているんだよ。
ジオの復讐をしないと腹の虫が収まらないんだ。
「リオン様~!」
「学園を退学されるって本当なんですか!?」
「ゴーズ、クラッド……」
廊下を歩いていると、二人が泣きそうな顔で尋ねてくる。丁度話をしようと彼らのもとへ出向こうと思っていたところだ。
「そうだ。俺は当主となるべく学園を退学する。退学届も今出してきたところだ」
「そんな~! 嫌です、退学しないでくださいリオン様! 俺たちを置いていかないでください!」
「リオン様がいないと寂しいです!」
「……」
二人は俺に抱き着き、泣きながら説得してくる。
そんな二人の肩に手を置いて、
「お前たちなら俺がいなくても大丈夫だ。これからも十分やっていける」
「嫌です!」
「撤回してくれるまで絶対離しませんから!」
なんて良い友たちなんだろうか。
二人を残して学園を去るのは俺だって申し訳ないと思っている。二人にとってリオンは強い後ろ盾だからな。リオンがいなくなるとこの先肩身が狭くなってしまうだろう。
だが、二人ならリオンがいなくとも大丈夫だ。何故なら、物語ではリオンが死んでいるんだからな。
「落ち着いたら会いに来る。怠らず精進するんだぞ」
「「リオン様~!」」
二人を引き剝がし廊下を歩いていると、今度はクラインとバッカスが待っていたかのように現れた。
「話は聞いたよ。退学するんだって?」
「ああ」
「残念だ。リオンとはこれからも良き友として切磋琢磨していきたかった」
「仕方のないことだ」
「何かあれば、僕とバッカスにいつでも声をかけてくれ。必ず力になる」
「感謝する。今まで世話になったな」
クラインとバッカスは潔く見送ってくれた。
二人も大貴族の一員。父親を失った俺の立場を理解してくれているのだろう。二人が言うように、何かあれば大貴族の彼らを頼るかもしれない。
「ちょいと待ち~や、リオンはん」
「何だ」
「何だとは何や!? いきなり退学ってどういう事やねん!」
流石はナナだな。俺が退学するという情報は入手済みか。
いきり立つ彼女に、俺はこう伝える。
「お前なら俺の事情も知っているだろう。そういう事だ」
「せやけど……納得できひんわ! せや、カイトはんのことはどないすんねん!」
「それはもう必要ない」
死亡フラグを回避した以上、これ以上俺が学園でカイトに干渉する必要はなくなった。元々物語ではリオンは死んでいるしな。
「な、なんやて……」
「安心しろ。マーマン商会は引き続き懇意にしてやる」
「わてはそういう事を言いたい訳やないんや! どつくぞ!」
「これまで協力してくれたことには感謝する」
「ちょ待てや! リオンはんのアホんだら~!」
これ以上ナナと話すのも面倒なので強引に切り上げた。
彼女にはカイトの件で随分助けられた。しかし、もう会うこともないだろう。できればこれからもゴーズとクラッドとは仲良くしてもらえたら助かる。
「リオン」
「……」
「カイトに、ユイか」
今度はカイトとユイが俺の前に立ち塞がった。
彼らは俺に何かを言いたそうにしているが、黙ったまま口を開かない。
カイトとしては、命を狙われたことに怒っているが俺の父親が死んだと聞いて同情しているのだろう。ユイも同じようなものだ。
相変わらず優しいな、主人公とヒロインは。
「お前たちには色々と迷惑をかけた。改めて謝罪する、すまなかった」
「……」
「リオン、私はアンタを許せないわ。けど、なんて言えばいいのかしら。頑張んなさい」
「……ああ」
その言葉はそっくりそのまま返すよ。
カイトの敵役として、カイトの成長を促す俺の役目は終わった。俺が二人にしてやれることはもう何もない。
二人にはこれからも頑張って強くなってもらい、ラスボスを倒してもらわなくちゃいけない。だから精々頑張ってくれ。この世界を守り、物語をハッピーエンドにするためにもな。
「リオン様……」
(レイラ……)
学園を去ろうとすると、門にレイラが待っていた。
できれば彼女と会いたくなかった。会ってしまったら、情けなく泣きついてしまいそうだったから。
「ジオ様のことは、お父様から聞きました」
「ベルンツベルン卿には父上の葬儀で世話になった。よろしく伝えておいてくれ」
ジオの葬儀は主にセバスチャンとラドクリフが指揮してくれた。
喪主は俺だがこの世界の葬儀の作法とか知らないし、そもそも放心して心ここに非ずだったからな。多くの高官や貴族に声をかけてくれたのもラドクリフで、彼には色々と助けられた。
「私なんかではリオン様のお力になれないことは重々承知しています」
「……」
「でも、それでも! 貴方の傍にいたいんです! 少しでも貴方の力になりたいんです! ご迷惑なことは分かっています。ですが、私も退学して「レイラ」
その先を言わせないよう、遮るように彼女の名前を呼ぶ。
「お前の気持ちは嬉しい」
「リオン様……」
「だが……」
前々から、死亡フラグを回避した後のことをよく考えていた。
死亡フラグさえ回避すれば、リオンは物語に関わる必要のない自由の身だ。色々なところへ旅をしたり、ゴーズやクラッド、ナナと一緒に楽しい学園生活を送るのもいいなって考えていた。
だけど、それは叶わぬ夢となった。
父、ジオ・エルファルドが殺されたことでな。
俺は亡き父の代わりに当主となってエルファルド家を守らなければならない。
そして、ジオを殺した闇の魔術師を何としても探し出し、必ずこの手で殺さなければならない。
レイラ。
俺の傍にいてくれるという君の気持ちは凄く嬉しい。
けど、復讐する俺の傍には置いておけない。君を幸せにするどころか、不幸にしてしまうのは目に見えているからだ。
だから、お別れだ。
「お前の力は必要ない」
「っ!?」
驚愕する彼女の肩に手を置き、最後に心からの言葉を伝える。
「幸せになってくれ、レイラ」
「っ……」
最後にそう告げて、俺は魔術学園を後にしたのだった。




