56話 ジオ・エルファルド
「わざわざお越しいただきありがとうございます。ジオ・エルファルド様」
「こんな時間になんの用だ」
闇が深まる真夜中。
見渡す限り何もない自然の中に、ぽつんと一軒豪奢な屋敷が建っている。そこには一人呼び出されたジオと、怪しげな男の二人だけ。
怪しげな男の名はロズワルド。予選会でカイトに負けたリオンに、力が欲しくないかと接触してきた高官だった。
「そろそろ良いお返事をいただきたいと思いましてね」
「何のことだ」
「またまた、惚けないでくださいよ」
問いに対してジオが素知らぬふりをすると、ロズワルドはカラカラと可笑しそうに笑って、
「闇の魔術師となり、我らの組織に入っていただくという話です」
「……何度も言っているだろう。答えは否だ」
ロズワルドの正体は闇の魔術師であった。
彼もそうだが、闇の魔術師は数年前、ジオの妻であるヴェラが亡くなってからずっと勧誘し続けている。
ジオは頑なにその誘いを断っているのだが、闇の魔術師としては大貴族かつ純血派の思想を持つジオは必ず組織に引き入れたい人材だった。
誘いを断るジオに、ロズワルドは「う~ん」と首を傾げて、
「何が気に入らないのでしょうか? 貴方は生粋の純血派でしょう? ならば我らと同じ志を持つ同志ではないですか」
「笑止。私を貴様らと同じにしてくれるな」
闇の魔術師の目的は、「魔術師のための世界を作る」というものだった。
魔術を使えない平民を完全に奴隷化させ、魔術師の生活を豊かにするための労働力として家畜にする。
魔術師による魔術師のための世界。それが組織の目的である。
闇の魔術師は、貴族の血を尊ぶ純血派の魔術師が殆どだ。ジオも純血派ではあるが、彼が闇の魔術師にならないのは亡き妻ヴェラの想いを裏切りたくないからである。
平民を守り、大事にしていたヴェラ。
そんな彼女の想いを裏切るように一人の平民の悪意によって殺されてしまった。ジオは愛する妻に手をかけた平民を嫌い憎んだが、ヴェラの想いだけは切り捨てることはできなかった。
なので、平民を奴隷化させようとする闇の魔術師には賛同できない。
ただ、ヴェラだけでなく娘のサラも殺されてしまっていたら、ジオは闇の魔術師になっていただろう。リオンがサラを助けたことで、そうなる未来がなくなったのは幸いだった。
「“あの御方”も貴方を欲しています。“あの御方”からの誘いを断るつもりですか?」
「答えは変わらん。話しは終わりか? ならば私は帰らせてもらう。それと言っておくが、この話はこれっきりにしていただきたい」
ロズワルドの誘いをきっぱり断り、もう用は済んだと踵を返すジオ。
そんな彼の背に、闇の魔術師は口角を上げて告げた。
「そうですか。まぁ構いませんよ、貴方の代わりに息子さんが仲間になりましたから」
「何?」
ピタリと足が止まる。
ジオは振り返り、鷲のような鋭い眼光をさらに鋭くさせロズワルドを睨む。
「貴様、今なんと言った」
「聞こえませんでしたか? 貴方の息子さん、リオン君は闇の魔術師になって我らの組織の一員になったのですよ」
「その話が冗談であるなら、慈悲として一度だけ許してやる」
「残念ですが本当の話です。どうですジオ様? リオン君と共に、貴方も我らの組織に入っていただいてはどうでしょうか」
「ふ、ふざけるなぁあああああああああああああ!」
怒号と共に轟雷が迸る。
一瞬で屋敷が木端微塵に消し飛ぶが、ロズワルドは無事だった。彼を守るように、いつの間にか現れた二人の男が立っている。
「何をそんなに怒るのですか? 息子さんが自分で選んだことですのに」
「貴様、よくも私の家族に手を出したな! 絶対に許さんぞ!」
「やれやれ、交渉決裂ですか。“あの御方”も悲しむでしょうが、我らの邪魔になるなら貴方にはここで消えてもらいましょう。そして、エルファルド家はリオン君に継いでもらいます」
「ライトニングアロー!」
ジオが雷の矢を放つも、新たに現れた二人の内の一人の魔術によって防がれてしまう。ロズワルドは二人に命令を下した。
「一号さん、二号さん、殺しちゃってください」
「いいのか?」
「やった~! あいつの魔力は美味そうだから食べたいと思ってんだ!」
ロズワルドに一号と呼ばれた男は、背が高く線が細いのが特徴。逆に二号と呼ばれた男は身体が肉達磨のように丸く大きいのが特徴だった。
「気をつけてください。ジオ様は最上級魔術師の一人です」
「誰が相手だろうと関係ない。殺すのは簡単だ」
「早く、早く食わせろ! 早く~!」
獣のように舌を垂らし、手も使い四足歩行で突っ込む二号。真正面から無防備に襲い掛かってくる肉達磨に、ジオは右手を向けて雷魔術を放った。
「ライトニング」
「あ~む!」
「何っ!?」
なんと奇怪なことか。二号はジオが放った電撃を、口を大きく開けて食べてしまったのだ。恐らくロズワルドを雷から守ったのも二号の仕業だろう。
大きくジャンプして襲い掛かってくる二号に、ジオは後方に下がって回避した。そこを背後から一号が襲いかかる。
「シッ!」
「サンダーウォール」
「ちっ」
雷の幕を張り、一号の奇襲を防ぐ。ジオはすかさず反撃に出て電撃を放つが、一号の姿は闇に溶けるように消えてしまった。
「食わせろ~!」
「サンダー」
「あむ!」
突っ込んでくる二号に電撃を放つが、再び食べられてしまう。背後に気配を感じていると、地面から這い出てきた一号が足裏を狙って片手剣を振るってきた。
ジオは回避しようとしたが間に合わず、膝を斬り裂かれてしまう。痛みを堪え地面に向かって電撃を放つも、やはり回避されてしまう。
「中々やりますねぇ。一号さんと二号さんを相手にまだ生きていられるなんて流石ですよ」
「魔術を喰らう魔術師に、姿を消す魔術師か。奇怪な魔術師を集めたものだな」
「ええ、対魔術師においてはこの上なく強力でしょう? 貴方に勝ち目はないのですから、反抗なんてしないで苦しまずに死んではいかがですか?」
「笑止」
「そうですか。ではお二人共、殺してください」
「食わせろ~!」
「斬り刻んでやる」
その後、一号二号による連携攻撃にジオは防戦一方を強いられた。反撃しても一号は攻撃が透き通ってしまい、二号には魔術を喰われてしまう。
さらに二人共魔術師の癖に接近戦タイプで、中、遠距離タイプのジオとは兎に角相性が悪い。
「ふぅ、ふぅ……」
気付けばジオの身体には無数の切り傷が刻まれていた。肩で息をしていることから、体力もかなり消耗しているだろう。
「ふん、そろそろ終いだな」
「やっと喰える! 喰えるぞ!」
「調子に乗るな、小童共が」
再び地面を蹴って襲ってくる二号と、姿を消す一号。しかし何度も同じ手が通じるほどジオは甘くなかった。
「ジャッジメント・ボルテックス」
「うわ!?」
「むっ!?」
ジオは落雷を放つ。しかしその攻撃は直接敵を狙ったものではなく、間に落としたものだった。激しい閃光が眩しくて顔を覆う一号と二号。ジオは好機を見逃さず、自ら打って出た。
顔を覆っている二号に肉薄すると、でっぷりと出ている腹に手をつけて魔術を発動する。
「インパクト・ボルテックス」
「あぎゃあああああああ!?」
強力な衝撃と電撃を直接浴びる二号はたまらず絶叫を迸らせる。全身丸焦げになると、口から煙を吐き出してからドスンと背中から倒れた。
ジオは気絶している二号を見下ろし、吐き捨てるように告げる。
「貴様が魔術を喰えるのは口からだけだ。ならば口以外の部分に直接叩き込めばいい。そして――」
「シェアアアア!」
「ライトニング」
「くっ(何故俺の位置が分かるのだ!?)」
不意打ちを突こうとした一号だったが反撃に遭ってしまう。危機を感じ、再び闇に紛れた。
最初からそうだった。
一号は姿を消しているのに、ジオは必ず反応してくる。それは一号が攻撃する時に声を出しているからというのではなくて、ジオが魔力の“起こり”を察知しているからだった。
闇に紛れる時も姿を現す時も魔術によるもの。最上級魔術師であるジオは、魔力の起こりを把握することも可能だった。
「貴様の魔術は闇に隠れる能力だな。日中では影に隠れ、今のような夜ではどこでも隠れることができる。実に厄介な能力だ」
(こいつ、もう俺の魔術の正体を見破ったのか!?)
「しかし、私とは相性が悪かったようだな。スパーキング・ボルテックス」
「ぐっ!?」
ジオは全方位、広範囲に電撃を放つ。
一号は闇に紛れようとしたができなかった。強烈な閃光によって闇自体が消えてしまい、隠れる場所がどこにもなかったからである。
電撃を喰らい身体が麻痺して動けない一号に、ジオは容赦なく追撃を仕掛ける。
「ジャッジメント・ボルテックス」
「ぐあああああああ!」
裁きの雷を浴び、一号は汚い悲鳴を上げて絶命した。
多少傷を負ったものの、一号と二号を倒したジオに、傍観していたロズワルドはパチパチと拍手をしながら口を開く。
「お見事です。まさか一号さんと二号さんを倒してしまうとは驚きましたよ。最初やられていたように見えたのは、お二人の魔術を分析するためだったのでしょうか?」
「何を呑気にしている。次は貴様の番だぞ」
「やれやれ、仕方ありませんね。出すつもりはありませんでしたが、私のとっておきをお見せしましょう」
「今更誰が相手だろうが無意味――なに!?」
ロズワルドの眼前に現れた人物を視界に捉えたジオが吃驚する。
彼はその人物の顔に見覚えがあった。
しかし、あり得ない。何故なら彼の人は“既に亡くなっているからだ”。
「馬鹿な……何故貴方が……」
「お終いです、ジオ様」
◇◆◇
「はぁ、はぁ……」
「終わりですね」
地に伏せるジオ。彼の半身は焼き焦げていて、今にも死に絶えそうだった。
新たに現れた敵に、最上級魔術師のジオは手も足も出なかった。余りに格が違い過ぎる。
「誠に残念だよ、ジオ・エルファルド」
「あ、貴方は……」
倒れているジオを見下ろす新たな人物。その人を目にしたジオは、全てを察したように笑った。
「全て、貴方の仕業だったのですか」
「素直に私の手を取っていればいいものを。今からでも遅くはない。生きたければ、私の手を取るのだ」
「笑止」
「そうか……残念だ。実に残念だよ。さらばだ、ジオ・エルファルド」
ジオに手を差し出した人物は、本当に惜しみながら踵を返した。
薄れゆく意識の中、ジオは家族を想う。
(サラ……すまない。ヴェラ、私を許してくれ)
可愛い娘に謝罪し、亡き妻に許しを請う。
そして――、
(リオン……エルファルド家はお前に任せたぞ)
“ろくでなしでなくなり、立派に成長した息子”に託すと、ジオは静かに瞼を閉じる。
仏頂面で融通が効かなく冗談の一つも言えないが、家族には無償の愛を注いでいた男。
家族を想いながら、ジオ・エルファルドは生涯を終えたのだった。




