55話 ターニングポイント
「リオン君。君、力は欲しくないかい?」
「それはどういう意味ですか、ラウル先生」
ラウル先生。
落ち着いた大人のイケメンって感じで、女子生徒から人気もある先生。
「魔法の杖」を狙い、カイトを殺そうとした魔術学園元教師のニック。闇の魔術師であった彼の企みはカイトによって打ち破れ、逮捕された。
そのニックの代わりに薬学の先生とした新たに赴任したのが臨時教師のラウル先生だった。
もう分かると思うが、ラウルも闇の魔術師の組織の一員である。二度も敵対組織のスパイを先生として受け入れてしまう学園の杜撰さには呆れてしまうが、そこは物語の展開上致し方ないだろう。
物語ではカイトに負けた後で「どうして僕はカイトに勝てないんだ!?」と嘆くリオンに声をかけてくるのがラウルだった。
(やはりラウルだったな)
俺に声をかけてきたのがラウルだったことが物語通りで安堵した。
以前同じように声をかけてきたのはロズワルドという物語に登場しないキャラだったので、もしや物語が変わってしまったのではないかと少し心配していたんだ。
ラウルが登場してちゃんと物語通り進行しているんだなと安心したよ。
「リオン君は何度もカイト君に負けているね」
「ああ。だが、あと一歩のところだったんだ。追い詰めたところで、いつも人間離れをした力を発揮され負けてしまう。奴のあの力はいったい何なんだ!?」
「カイト君の常人を超えた力は特別な力なんだ」
「先生は奴の力を知っているのか!?」
そんなもの最初から分かっているけど、知らない演技をして驚く。するとラウルは笑顔を浮かべると、
「うん、知っているよ。そしてその力を使えることだってできるんだ。リオン君、君にだってね」
「何だと!? その方法は何だ!」
「この薬を飲めばカイト君の力を手に入れられるよ」
迫るように問いかけると、ラウルは白衣のポケットから怪しい薬が入った小瓶を出して見せてくる。俺は食い入るように薬を凝視しながら彼に聞いた。
「その薬は?」
「私が開発した強化薬さ。これを飲めば君もカイト君と同じ力を手に入れられて、彼にだって勝てるだろう」
その薬が強化薬なのも、カイトと同じ力を発揮できる効果があるのも確かだ。しかし力を得るには代償を払わなければならない。
己の身体を醜い化け物に変えてしまうような代償をな。ただしラウルはその事をリオンに伏せている。リオンを強化薬の実験体にして邪魔なカイトを殺させる為にな。
「この薬を飲めば、奴に勝てるのか?」
「ああ、勝てるさ。この薬が欲しいかい?」
「欲しい! 俺にくれ! 金ならいくらでも払ってやる!」
リオンらしい台詞で必死そうに求めたが、ラウルは首を横に振って拒否する。
「いや、お金なんていらないよ」
「何故だ! 何でもするから俺に寄越せ!」
「う~ん、そうだな、そこまで言うならこの薬を君にあげよう」
「本当か!?」
「ただし、条件がある。君が闇の魔術師の組織に加わるならこの薬をあげよう」
「何だと!?」
ここでラウルは悪魔の取引を仕掛けてくる。
薬を渡す代わりに組織に入れってな。そしてリオンはこの取引を受け入れてしまうんだ。
「純血派であるエルファルド家のリオン君なら、闇の魔術師たちによって結成された組織の存在と目的は知っているよね?」
「あ、ああ……父上から聞いている」
「なら話が早いね。君も組織に入ろう」
「俺が組織に……」
悩むふりをする俺に、ラウルは囁くように甘い誘惑をしてくる。
「いいのかい? 今のままじゃいつまで経ってもカイト君に勝てないよ?」
「っ!?」
「ユイ君だってカイト君に奪われてしまうけど、それでもいいのかい?」
この時、本物のリオンは心底焦っていた。
カイトに二度も負け、エルファルド家と偉大な父の顔に泥を塗ってしまったこと。ユイとカイトの仲が深まっていたこと。
今度こそカイトに勝ち、汚名を晴らしてユイも手に入れようとしたが、三度目の戦いでも負けてしまったこと。後戻りはできず、藁にも縋る思いだった。
だからリオンは悪魔の手を取ってしまった。
それだけはやってはならない事だと、頭の片隅で分かっていたはずなのに。
「いいだろう。その条件、飲んでやる」
「組織に入るってことで、いいんだね?」
「ああ。だから早くその薬を寄越せ」
「いい返事をもらえてよかったよ。どうぞ、リオン君」
ラウルからひったくるように薬を受け取る。
まぁ、どの道この薬を飲んだリオンは醜い化け物になってカイトに消滅させられてしまい、組織に入ることはないんだけどな。
「頑張りたまえ、リオン君。応援しているよ」
「ありがとうございます、先生」
ラウルは俺を労うように肩にポンと手を置くと去っていく。
さぁ、ここからが最後の正念場だ。
◇◆◇
「どこだリオン!」
「ここだ、平民」
「リオン!」
その日の夜。
月明りの下、俺は決闘場にカイトを呼び出した。
『ユイを攫った。返して欲しければ誰にも告げず一人で決闘場に来い』という脅迫文を送ってな。
冷静に考えればまずユイの安否を確認するが、ユイへに対してのリオンの執着心を知っているカイトからすれば焦って飛び出してしまうのも無理はない。
「ユイはどこだ!」
「安心しろ、ユイは攫っていない。貴様を呼び出すための嘘だ。今頃女子寮にいるはずだ」
「な、何でそんなことを……」
信じられない、といった表情を浮かべるカイトに、俺は憎々しそうに口を開く。
「貴様を殺すためだ」
「分からない、分からないよリオン。どうしてお前はそんなに俺を憎むんだ!?」
「貴様が邪魔だからだ!」
大声で叫ぶと、カイトが怯む。そんな彼に俺は続けて怨嗟の言葉を吐き続けた。
「いつもいつも貴様は俺の邪魔ばかりする。貴様さえいなければ全部上手くいっていたんだ!」
「そんな、そんな理由でッ」
「“そんな”だと!? 平民風情に、大貴族である俺の気持ちが分かってたまるか!」
「考え直せリオン!」
「うるさい! いくぞカイト、今度こそ貴様の息の根を止めてやる!」
そう言って、俺はポケットから小瓶を取り出して薬を全て飲み込む。
「漲る……全身から力が漲ってくるぞ!」
「本当にやる気なのか、リオン!」
「死ねカイトーー!」
俺は地面を蹴り上げ、凄まじい速度でカイトに肉薄する。驚いて反応できないカイトの腹をおもいっきりぶん殴った。
「がはっ!?」
「ふははは! 凄い! これが薬の力なのか!」
今まで散々やられたカイトを殴り飛ばし、愉悦に浸る。そのままカイトを殺そうと追撃を仕掛けた。
「ほらほら、どうしたカイト! 貴様も持っているんだろ!? 特別な力をさぁ!」
「ぐっ!」
「出してみろよ! だが、最早特別なのは貴様だけじゃないぞ!」
「リオーン!」
カイトの瞳が赤く染まる。
力を解放したカイトと殴り合いになるが力は互角。だが、形勢は明らかに俺に傾いていた。
「ふははは! 同じ力を持っているなら、俺が貴様に負けることなどあり得んのだ!」
「負けない、俺は負ける訳にはいかないんだ!」
カイトの瞳の光が強さを増す。
ここに来てカイトはさらに力を覚醒させた。
「はぁああ!」
「ぐぉおおお!?」
パワー、スピード、全ての力がもう一段階上昇したカイトの攻撃を浴びる。地面に這い蹲る俺は、酷く動揺して絶叫を迸らせた。
「何故だ!? 奴と同じ力を手に入れたはずの俺がどうして負けるんだ!?」
「はぁ、はぁ、もうやめよう、リオン! こんなことに意味なんかない!」
「うるさい! 俺は負ける訳にはいかないんだ! もっとだ、もっと俺に力を寄越せ!」
願うように叫ぶと、俺の身体に異変が起きる。
指先から徐々に変化し、身体がぶくぶくと膨れ上がっていく。
そしてついに、俺の身体は醜い化け物へと姿を変えてしまった。
俺は突然化け物になった己の身体を見て激しく動揺する。
「な、何だこれは!? どうなっている!? こんな事になるなんて聞いていないぞ!」
「リオン、お前……」
「どうして俺がこんな目に遭うんだ! どこまでも目障りなカイト、お前さえいなければ!」
「リオン、もうやめるんだ!」
醜い化け物になったのも全てカイトのせいだ。
そう思い込んでカイトを殺そうと、巨大化した拳で叩きつけようとした。
「俺の目の前から消え失せろ、カイトーーー!」
「リオーーーン!」
「ガ……ア……」
だが、カイトは俺の攻撃を紙一重で避けてカウンターを放ってくる。
カイトの攻撃を喰らった俺は、醜い化け物の姿のまま手足の先から灰になって朽ちていき、この世から消滅する。
(やった……やったぞ!)
――ことはなかった。
俺の身体は醜い化け物ではなく、元の姿に戻っている。
何故か?
最初から俺は、ラウルから渡された薬なんて飲んでいなかったんだ。あの時に飲んだのはただの水である。
そして醜い化け物の姿になったのは、メタトランスという変身魔術だった。この魔術は、自分の想像する姿に変身できるという魔術だ。
リオンが醜い化け物になってしまう挿絵があったので、どんな姿なのかは知っていた。俺はそれを忠実に再現したって訳だ。
薬による力は、限界以上の肉体強化をしたから。お蔭で身体が滅茶苦茶痛いけど、なんとかカイトとの力勝負に耐えることができた。
わざわざこんな事をしたのも、できるだけ物語通りにするため。
しかし一点だけ、“リオンは死ぬ”という展開だけは変えさせてもらった。
(やった、やったぞ相棒! 俺達は生き残ったんだ!)
死亡フラグを回避し、歓喜に震える。
ここまで長い道のりだった。本当に大変だったし、辛いことも沢山あった。
けど俺は、ついに成し遂げんだ!
死亡フラグを回避することに成功したんだ!
やった……やったよ相棒。
自分の中で生きている本物のリオンに声をかける。やはり反応はないけど、きっとお前も喜んでくれているよな。
「り、リオン……大丈夫か?」
「ああ、問題ない」
俺を心配して近づいてきたカイトを手で制す。
すくっと立ち上がった俺は、
「今までのこと、すまなかった。謝罪する」
「お、おう……」
「もう二度とお前に関わらないと約束する。だから、今日のことは許して欲しい」
「え? あ、ああ……それはいいんだけど」
ふっ、やっぱり主人公だな。
自分を殺そうとした奴のことを許すなんて慈悲深いにもほどがある。
ありがたや~と心の中で拝んでいると、カイトは鳩が豆鉄砲を食ったような顔で尋ねてきた。
「お前、本当にリオンなのか?」
「そうだが?」
「そ、そうだよな。うん、何言っているんだ俺」
「俺はもう行く。もう一度言うが、今までお前にしたこと、本当にすまなかった」
最後にそう言い、ポカンとしているカイトを置いて、俺は踵を返しその場から立ち去ったのだった。
◇◆◇
「はぁ……なんて清々しい朝なんだろうか」
朝日が眩しいぜ。
本当の意味で、今日から俺の新しい異世界転生人生がスタートするんだ。
天気が良いのも、まるで世界が俺を祝福しているかのようにさえ思えてくるよ。
「ゴーズ、クラッド。何をちんたらしている、早く行くぞ」
「どうしたんですかリオン様~」
「今日はいつになく機嫌が良いですね」
「ふっ、まぁな」
そりゃ気分も良いさ。
なんたって死亡フラグを回避して生き残ることができたんだからな。
さ~て、今日から何をしようか。
もう俺を縛るものはなくなったし、この際思いっきり学園生活を楽しんじゃおっかな!
「リオン、話がある。こちらに来い」
「何でしょう、スレイン先生」
ウキウキして廊下を闊歩していると、スレインから声をかけられる。アンタはいつも通りしかめっ面だな。少しは笑顔でも見せたらどうだい?
ほら、楽しく生きれば目に映る世界が美しく見えてくるよ!
「気を確かに持って聞くんだ」
「はい」
も~なんだよ~。
今の俺は何を言われたってハッピーなんだって。ほら、さっさと話しな。
「昨夜、お前の父君が亡くなられた」
……。
……。
……。
……。
……。
……。
……。
……。
……。
……。
……は?




