52話 鏖殺
「おい聞いたか! リオンとクロムが決闘するんだってよ!」
「聞いた聞いた! 何でもレイラ・ベルンツベルンを賭けるんだって!?」
「男たちが一人の女性を巡って争うなんてシチュエーション、憧れるわぁ!」
「クロム側は何人居てもいいんだってよ!」
「リオンも馬鹿だよな。クロム一人にだって勝てやしないのに、何でそんな無謀な決闘を挑んだのかね」
リオンとクロムの決闘は、瞬く間に学園中に広がった。
しかも噂に尾ひれがつき、本来『レイラに婚約を申し込む権利』という内容が、『レイラを巡る男同士の戦い』になっている。
生徒達はその話題で持ちきりになり、決闘が始まる日を今か今かと待ちわびていた
迎えた決闘当日。
魔術大会でも使われた決闘場には、リオンとクロムの決闘を観ようと一年生から三年生まで全学年の生徒達が集まり、観客席が埋め尽くされている。事が大きくなっただけに、教師も何人か参加していた。
「ほんま偉いことになったのぉ。そんで、決闘の当事者であるレイラはんどう思ってんのや?」
「当事者と言っても、私が知らない間にこんなことになってしまっただけです」
観客席の中にはレイラとナナもいる。
レイラとしては、知らぬ間に自分が商品になってしまったようなものだから迷惑していた。
廊下を歩いていても、見知らぬ生徒達に「あの人がそうじゃない?」とじろじろ見られて見世物のように扱われていたのも気に食わなかった。
「またまた~、男たちに争われて嬉しいんとちゃうん? 私のために争わないでってか? か~、モテる女は罪やね~!」
「茶化さないでください。その口凍らせますよ」
「すまんすまん、ほんの冗談や。でも実際、少しは嬉しいんとちゃうん? 真意はどうあれ、リオンはんからクロム先輩に決闘を申し込んだっちゅうことは、レイラはんが誰かの者になるのが嫌だって言ってるようなもんやろ?」
「……」
レイラもそこが気になっていた。
リオンはレイラに婚約破棄を告げた。それはレイラとの関係を一切合切断ち切るという強固な証しでもある。
なのに何故、再びレイラに関わるようなことをしたのか。
リオンの性格なら、単に元婚約者がモテ出したことが気に食わないとも考えられるが……。
「良かったやないか。やっぱりリオンはんはまだ、レイラはんのことを想ってるんやろ」
「どうでしょうか……」
と口では言うものの、レイラは内心で滅茶苦茶喜んでいた。
“リオンはレイラを好きだが、婚約破棄したのは何か事情がある”との考えに至った彼女は、リオンとの未来を諦めないことに決めた。
そのすぐ後に決闘の話が舞い込んだ。
理由はどうあれ、リオンの気持ちがまだ自分にあるのだと期待したっていいじゃないかと喜ぶのも無理はない。
「さぁついにやって参りました! リオン・エルファルドとクロム・グロッツ&その他大勢による決闘! 実況はこの私、三年生キアラ・ベッラが務めさせていただきます!」
(完全に見世物だな……)
すでに場内にいるリオンは、満員の観客席とお祭り騒ぎに胸中でため息を吐いていた。クロムにお灸を据えようとしただけなのに、いつの間にか大事になってしまった。
裏ではどちらが勝つか生徒達で賭け事が行われていたり、大会でもないのに実況までいる始末。
「おいろくでなし、引き返すのなら今の内だぞ。土下座して謝るのなら許してやる。こんな大勢の中で無様に負ける姿を見せるくらいなら安いもんだろ?」
「クロムやっさし~!」
「土 下 座! あっそれっ土 下 座!」
リオンの対面にはクロムと他九人の男子生徒がいた。九人の中にはレイラとの婚約を考えている者もいれば、クロムが連れてきた仲間もいる。
クロムたちの腹の立つ煽りに、リオンは見事釣られて額に青筋を立てていた。
ゴゴゴゴ! と見えないオーラが見えそうなぐらいキレている。
「リオン、念の為に聞いておこう。本気でやるつもりか?」
「はい先生」
戦闘魔術の教師のスレインに問われると、リオンは迷いもなく即答する。元々はリヒトが審判を務めるはずだったが、大事になってしまったのでスレインが審判をすることになった。
「そうか。ならば決闘を行う前に、互いに賭けるものを宣言しろ」
「俺達が勝ったらレイラへの婚約を申し込むことを許可することだ」
「俺が勝った際は、二度とレイラにつき纏うな」
「双方この条件に問題はないな」
「「ありません」」
「よろしい。では互いに離れ、暫し待て」
決闘を行う準備が整い、リオンたちは距離を取って開始の合図を待った。緊張感が会場を包み込み、あれだけ騒がしかった生徒たちが口を閉じて見守る。
静寂の中、ナナが心配そうに隣のレイラに問いかけた。
「今更なんやけど、リオンはんやばいんとちゃうん? いくら何でも多勢に無勢やろ」
「ご心配には及びません」
「なんでや?」
「学生レベルでリオン様に勝つことは不可能ですから」
リオンを心配するどころかそんな風に言い切るレイラにナナが驚いていると、スレインが決闘開始の合図を宣言した。
「これより決闘を開始する。始めッ!」
「フレイムバレット!」
「ゲイルカッター!」
「ウォーターボール!」
「グランドショット!」
「おーっとぉ! 開始直後に魔術の一斉攻撃だぁ~! これで決着はついたでしょうか~!?」
実況のキアラの言う通り、クロムたちは開始直後に一斉に魔術を放った。計十発の攻撃魔術がリオンを襲うと、爆音が鳴り響き砂煙が舞い上がる。
無慈悲な攻撃に観客は盛り上がるどころか、「ちょっとやり過ぎじゃない?」と戸惑っていた。弱い者いじめはやり過ぎると盛り下がる心理なのだろう。
「ふっ、だからやめておけと忠告したのによ。馬鹿なガキだぜ」
「果たしてリオン選手は無事なのか!? ……いや、無傷です! リオン選手、あれだけの攻撃を受けて無傷で立っています!」
「な、何だと!?」
砂煙が晴れると、無傷のリオンが立っていた。ほくそ笑んでいたクロムの顔色が驚愕に染まる。
「おいクロム、何がどうなってんだよ!」
「狼狽えるんじゃねぇ! もう一度だ! 今度こそあのクソガキをぶっ殺せ!」
戸惑う仲間に、クロムは怒声を上げながら促す。
今のは何かの偶然だ。たまたま無傷だったんだ。しかしもう一度クロムたちが一斉攻撃を放つも、やはりリオンは無傷のままだった。
「偶然ではありません! リオン選手、再び無傷! いったい何が起こっているんでしょうか!? 全っ然分かりません!」
「あり得ねーだろ……初級じゃねーんだぞ。中級なんだぞ」
「もう終わりか? ならば今度はこちらから行かせてもらおう。サンダー」
「「っ!?」」
リオンが初級魔術の雷撃を放つ。閃光の眩しさに目を開けらえずにいると、リオンの姿がどこにも見当たらなかった。
「ど、どこに行ったんだ!?」
「ここだ。サンダー」
「ぎゃああああ!?」
見失ったリオンを探そうとしている生徒の背後に現れたリオンは、生徒の背中に手を触れて電撃を放つ。電撃を浴びる生徒は身体が痺れ、悲鳴を上げると気を失った。
「ダウ~ン! リオン選手、早くもクロム陣営を一人をダウンさせました!」
「慌てるんじゃねぇ! 囲んで袋叩きにしろ!」
「魔術師は接近されると不利だ。なので大前提、敵を近づけさせてはならない」
「ぎゃあああああ!」
「近づいてくる敵に対応するには、多少の武術を会得するか」
「ぐああああああ!」
「魔術の発動速度を極限に短くする技量が必須だ」
「フレイムラン――びゃあああ!」
リオンは初級だけで次々と敵を倒していく。クロム陣営の生徒は成す術もなく戸惑うばかり。
「何をしている! さっさとそいつを殺せ!」
「貴様達のミスは、初撃で俺を倒せなかったことと」
「うわあああ!」
「俺を懐に入れてしまったことだ」
「く、来るな! やめっぎゃあ!」
「懐に入れると同士討ちの可能性が増える」
「ウォーターボール!」
「ちょ、待ってぎゃあ!」
リオンを狙った攻撃が仲間に当たってしまう。リオンは地面に転んだ生徒を踏みつけながら、足から電撃を流し込んだ。
「おい、何やってんだ! ちゃんと狙え!」
「でもよ!」
「すると攻撃に一瞬迷いが生まれる」
「ぐえ!」
「戦いにおいて迷いは隙になり、死に繋がるということだ」
「これは何の冗談だ。あり得ねぇだろ……」
「早い! 強い! まさに電光石火! リオン選手、クロム選手一人を残し瞬く間にクロム陣営を片付けてしまいました! 驚きました! あの“エルファルド家のろくでなし”と呼ばれていたリオン選手が、こんなに強かったなんて知りませんでした!」
「「おおおおおおおおおおおおお!」」
リオンの瞬殺劇に、観客席が今日一番盛り上がる。十対一からの逆転劇。それも使っている魔術は初級のサンダーのみ。
魔術を学ぶ者ならこれがどれだけ凄いことか分かっているはずだ。
それを、“エルファルド家のろくでなし”と揶揄されていたリオンが成していることに誰もが度肝を抜かれていた。
「はは……レイラはんの言う通りやったな。リオンはんめっちゃ強いやん。心配するだけ損やったわ」
「ええ、そうですね」
圧倒的なリオンの強さを目にしたナナは恐れ入ったと言わんばかりに肩を撫で下ろす。
レイラはこうなることが分かっていた。彼女はリオンが数々の強敵と戦ってきた場面を直に見ている。
闇の魔術師こと魔族のヴァーリ。大悪魔イフリート。皇帝ゲオルグ。
最上級魔術師を倒してきたリオンが学生如きに負ける訳ないのだ。
「く、くそぉ……」
仲間があっという間にやられて呆然と突っ立っているクロムに、リオンはこう問いかける。
「残すは貴様一人になったが、まだやる気はあるか?」
「調子に乗るんじゃねぇ! 俺をこいつ等ザコと一緒にするな!」
リオンに煽られて怒号するクロムは、魔力を練り上げて魔術を発動する。
「ガイアード・バニキオン!」
「おーっとぉ! クロム選手の上級魔術だー! リオン選手、これをどう凌ぐ!?」
飛来する鋼鉄の巨大ドリルに、リオンは右手を翳して魔術を発動する。
「ライトニング」
「な……に……」
リオンの右手から放たれた一筋の電撃は、ドリルを真正面から貫き粉々に粉砕する。信じられない光景に、クロムは顎が外れそうなほど驚愕した。
「なんと! リオン選手の電撃がクロム選手の上級魔術を打ち破ったー!」
「「わああああああああ!」」
「あり得ねぇ……俺の上級魔術が負けただと? 中級の中でも下位の雷魔術なんかに」
「魔術の強さは階級だけで決まるものではない。属性の相性もあれば、単純な実力差でいくらでも覆る」
「ひっ! く、来るな!」
「サンダー」
「ぎゃあああああ!?」
リオンはクロムに歩み寄りながら電撃を放つ。電撃を受けたクロムは身体が痺れ、膝を着いてしまう。顔を上げると、リオンが冷たい眼差しで見下ろしていた。
「ま、待て! 降さ――んぐ!?」
恐れおののいたクロムが降参の言葉を口にしようとするが、リオンに口を塞がれて遮られてしまう。
「サンダー」
「ッ!!」
「サンダー、サンダー、サンダー、サンダー、サンダー、サンダー、サンダー、サンダー、サンダー、サンダー、サンダー、サンダー」
「んんんんんんッッッ!」
クロムの口を塞ぐリオンは、威力を弱めた電撃を何度も与える。口を塞がれているので降参もできず、かといって気絶しそうになった瞬間に電撃を喰らっているので意識が途切れることもない。
まるで電撃の拷問のような苦痛に、クロムはただただ悶絶することしかできなかった。
「サン「そこまでだ。やり過ぎだぞ、リオン」
審判のスレインに腕を掴まれたリオンは、大人しく攻撃を中止してクロムを離す。スレインは虫のように身体をぴくぴくさせて白目を剥いているクロムを横目に、手を上げて宣言した。
「勝負あり! 勝者、リオン・エルファルド!」
「「うぉおおおおおおおおおお!」」
「決まったーー! リオン選手、なんとなんと十対一の不利をものともせず、クロム陣営を圧倒しました!! 強い! 強すぎる!」
「「リオン様ーー!」」
「「リ・オ・ン! リ・オ・ン!」」
会場にリオンコールが鳴り響く中、勝者は興味が失せたと言わんばかりに去って行ったのだった。




