48話 婚約破棄
「リオン、この後バッカスと魔術の訓練をするのだが、君も一緒にどうだい?」
「長期休暇で鍛えた筋肉を見せてやろう」
(筋肉よりも先に魔術を鍛えろよ……)
本日の授業が全て終わると、大貴族のクライン・クラディウスとバッカス・ディスチーノが誘ってくる。
二人の好意は嬉しいんだが、この後は重要な用事を控えているんだよな。
「すまない、この後は用がある」
「そうか、それは残念だね」
「むぅ、仕方あるまい」
「リオン様、どんな用事ですか?」
尋ねてくるゴーズに、俺は席を立ちながら答えた。
「今からレイラに会ってくる」
◇◆◇
「えっ、リオン・エルファルド?」
「何でこのクラスに」
「またカイトにいちゃもんでもつける気かよ」
「リオンはん?」
平民クラスの教室に入った途端騒がしくなる。生徒たちは俺に注目しながら「また揉め事かよ」と言わんばかりに面倒臭そうな顔を浮かべていた。
異様な緊張感が張り詰める中、俺はレイラのもとへ向かう。
「レイラ」
「何でしょうか、リオン様」
「お前に話がある」
「そうですか。では場所を移しましょう」
「いや、ここでいい」
カイトとユイがいる前でなければ意味がないんだ。
レイラは一瞬怪訝な顔を浮かべたが、すぐに納得してくれた。
「分かりました。それで話というのは何でしょう」
(あ~くそ、やっぱ好きだな)
俺はレイラが大好きだ。
この世界に転生し、実物のレイラと会ってからもっと好きになり、これまでの時間で“好き”は“愛”に変わった。
叶うのならば彼女と別れたくない。好きだと、愛していると大声で叫びたい。本当の気持ちを伝えたい。
俺の手で守り、死ぬまで一緒にいたい。
けれど、俺が生きるためには、レイラが幸せになるためには、この気持ちを押し殺して彼女と別れなければならないんだ。
「リオン様……?」
「レイラ・ベルンツベルン」
「はい」
奥歯を噛みしめる。血の味がする。
拳を痛いほど握り締める。
気丈に振る舞え。
悪役貴族リオン・エルファルドを演じるんだ。
「俺は……」
「はい……」
言え、言うんだ。覚悟を決めろ。
胸中で深く息を吐くと、俺はレイラにこう告げた。
「お前との婚約を破棄する」
「っ!?」
その言葉を告げた瞬間、レイラの目が見開く。
彼女だけではなく、俺達の会話を聞いていた生徒たちも驚きざわついた。
「こ、婚約破棄だって!?」
「リオンとレイラが!?」
「嘘だろ!」
教室が戸惑いと驚きで騒がしくなる中、突然婚約破棄を言い渡されたレイラは真っ直ぐ俺の目を見て問いかけてくる。
「理由を……リオン様が私との婚約を破棄する理由を教えていただいてもよろしいでしょうか」
「理由か。俺はこの婚約について不服だと思っているからだ」
「何が、不服なのでしょうか」
「俺はお前を好いていない。そして――」
一拍置いて、続けて口を開く。
「俺には他に好きな女がいる」
「っ……!?」
それは嘘だ。けど、その理由しかなかった。
本来のリオンは「醜いお前の顔なんて見たくないんだよ」という最低な理由で婚約破棄した。
けど今のレイラは、本来闇の魔術師から受けるはずだった顔の傷がない。俺が助けて物語を改編してしまったからだ。
だから顔の傷を理由にはできない。
なので俺は、他に好きな人がいることにした。作中では言ってないが、レイラと婚約破棄するのは、リオンがユイを好きだからなのは間違いないしな。
非常に苦し紛れの理由だということは分かっている。
なんせ俺は真の愛の口付けをレイラと交わしているからだ。とっくに愛しているとバレているのに、他に好きな人がいるという理由はどう考えてもおかしいだろう。
けど俺にはこうするしかなかった。
「……」
「っ……(泣いている)」
レイラの頬を涙が伝う。
まさか泣くとは思っていなかった。いや、自分のことしか考えていなかっただけだ。
レイラが俺をどう思っているかなんて一度も考えなかった。作中でもそうだったから、きっとリオンのことなんて何とも思っていないんだろうと決めつけていた。
でも……。
でももしかしたら……。
レイラは俺のことを……。
「分かり……ました」
「……」
「婚約の破棄を、受け入れます」
レイラは涙を流し、震えた声音でそう言った。
そんな彼女に俺は淡々と、無感情に告げる。
「そうか。正式な申請は追って連絡する。話しは以上だ」
そう言って、踵を返す。
泣いている彼女を置いて、しんと静まり返った教室を逃げるように出た。
「リオン、あれはいったいどういう事だい!?」
「リオン、お前……」
「いたのか」
教室を出る際、クラインとバッカスと鉢合わせる。何だよ、魔術の鍛錬に行くと言っていたのについてきていたのか。
「悪いが、今は一人にしてくれないか」
「「リオン……」」
今は誰かと話す気分ではなかった。
「「リオン様」」
「リオンはん! さっきのはどういうこっちゃ!」
ゴーズとクラッド、ナナの三人に呼び止められる。
心配してくれている彼等を振り切った。
「問題ない」
「ちょ待てや! リオンはん!」
あてもなく歩き続ける。
心臓が痛い。胸が苦しい。
涙を流すレイラの顔を思い返す度、身体が張り裂けそうになる。
「くそ……」
振ったのは俺のはずなのに、まるで振られたような最悪な気分だった。
こうなることは分かっていたはずだ。わかっていて俺は選択したんだ。
だけど……それでも……。
「リオン! やっと見つけたわ!」
「ユイ……」
ユイに会う。彼女の顔は怒りに満ちていた。
「さっきのはどういうつもりよ!」
「どうも何も、お前も見ただろ? それが全てだ」
「なっ!? 本当にレイラとの婚約を破棄するつもり!?」
「そうだ」
「どうしてよ!? レイラのこと好きなんじゃないの!?」
問い詰めてくるユイに、俺は心を無にして返す。
「言っただろ。俺には他の好きな人がいる」
「誰よ」
「お前だよ、ユイ」
「えっ……」
俺が好きな人が自分だと知って驚くユイに、もう一度伝える。
「俺が好きなのはお前なんだ。だからレイラとの婚約を破棄した」
「それって本当なの? アンタが……私のことを?」
「ああ、本当だ」
「馬鹿じゃないの!」
「ぐっ」
思いっきり頬を叩かれる。
ぶたれた頬を触って呆然とすると、彼女は本気で怒りながら口を開いた。
「そんな死んだような顔で告白されて信じられると思う!? ふざけんじゃないわよ!」
「嘘じゃない」
「なら尚更最低だわ! 婚約者のレイラの気持ちを踏みにじった上、全く心が籠っていない告白をするんだからね! 人としてどうかしてるわ!」
「……」
「先に言っておくわ。アンタが私のことをどう想おうが、私がアンタの気持ちに応えることは絶対にないから」
「そうか、それは残念だな」
「リオン、アンタって最低ね」
最後にそう言い残し、ユイは踵を返して去って行った。
「はぁ……」
力が抜け、壁に背を預け座り込む。
最低……か。そうだな、俺は最低な人間だよ。
そんな事は言われなくても分かってるさ。
分かっているけど、こうするしかなかったんだ。
「ちくしょう……」




