47話 ラスボス
「レイラ」
――ああ、嫌だ。
「何でしょうか、リオン様」
――言いたくない。
「俺は……」
――悲しませたくない。
「はい……」
――レイラのことが、
「お前との婚約を」
――好きなんだ。
「破棄する」
◇◆◇
「お~いリオンは~ん」
(この聞き覚えのある関西弁)
王立魔術学園「知恵の塔」の廊下を歩いていると、背後から声をかけられる。振り向けば、糸目の女子生徒が手を振りながら歩み寄ってきた。
「ナナリーか」
「ちょいちょい! その名前で呼ばんといてって言うとるやろ! わてはナナや!」
「ああ、そうだったな」
ごめん、からかっただけです。
最早このやり取りもお馴染みで、ナナも分かっているのか本気で嫌がっていない。それにしてもこの煩い関西弁を聞くと、魔術学園に戻ってきたって実感できるな。
「長期休暇はどうやったん? ゆっくり休めたんか」
「そこそこだな」
全然休めてません。お爺ちゃんに呼ばれて伯母からの地獄の猛特訓。闇の魔術師に襲われたりレイラとキスしたりと大忙しだった。気が休まるどころか心労が溜まったよ。
「それは何よりや。わても店を手伝ってがっぽり儲けさせてもらったで。リオンはんがエルファルド卿に頼んでくれたお蔭や。ほんまおおきにな」
「協力してもらっている対価を払ったにすぎん」
ナナと協力関係を結んでいる俺は、ザッカートの街で彼女からあるお願いをされた。
それは、ナナの父親であるマーマン商会のマーマンを俺の父親であるジオに謁見させて欲しいというものだった。
お爺ちゃんの家に行く代わりにマーマンと会って欲しいとジオに取引を持ち掛けた。
それでどうやら俺が辺境に行っている間にジオはマーマンと会ってくれて、話し合いの結果マーマンはザッカートに店を出すことを許可されたらしい。これで少しはナナに恩を返せただろう。
「あ~! おい平民、また俺達がいない間にリオン様と会っているな!」
「俺たちの許可なくリオン様に会うなよ」
「よぉ~子分共! お前さんらも元気にしとったか? わてに会えなくて寂しかったんとちゃうん?」
「寂しい訳ないだろ! というか子分って何だ! その言い方だと俺達がお前の子分みたいじゃないか!」
「無礼だぞ! 気安く触るんじゃない!」
俺達を発見したゴーズとクラッドが大股で近づいてくる。そんな二人の肩にナナが手を回すと余計にカッカした。
この光景もお馴染みだな。俺から見たら仲の良い友達が悪ふざけしているようにしか見えない。
(ゴーズとクラッドも久しぶりだな)
本当は長期休暇を使って二人を鍛えたり沢山遊んだりする予定だったんだけど、お爺ちゃんに呼ばれて台無しになっちまったからな。二人には悪いことをしたよ。
「リオン様、こいつとは離れるべきです!」
「商人の娘ですよ! 何か企んでいるに決まっています!」
「そんな訳あらへんよ。わてはお前さんたちと一緒でリオンはんと友達なだけや」
「そういうことだ」
「「リオン様~」」
ゴーズとクラッドからすると、俺がナナと仲が良いのは気に食わないんだろうな。平民で商人の娘だし、俺の側近という立場を奪われてしまわないかと心配している。
決してナナを嫌っていないし、どちらかというともう友達の領域だけど、完全には認められないってところだろう。
悪いな二人とも、カイトの動向を探るためにナナは必要不可欠なんだ。諦めて受け入れてくれ。
「カイト~! 遅れちゃうわよ~!」
「ま、待ってくれよユイ! ガイ、ディック、早く早く!」
「ディック、合宿で痩せたんだろ!?」
「そうだと思ったんだけどさ~!」
廊下の先で、カイト軍団が急いで走っているのを見掛ける。四人の仲は長期休暇前よりも深まっているように思えた。
そうそう、カイトと言えば長期休暇の間は無人島に強化合宿に行っていたんだよな。そこで仙亀の玄から鍛錬をつけてもらうんだけど、闇の魔術師の襲撃を受けてしまう。
で、実はその闇の魔術師はラスボスだったんだ。
「魔術学園の無能力者」におけるラスボス。
【最悪】の魔術師デモルト・ブラックロード。
ここで初めてカイトはラスボスと邂逅することになっている。
カイトは仲間を信じ、覚醒した力でデモルトを倒すんだけど、実は倒せていないんだ。
あのデモルトは分身というか、本体ではない。肉体も急遽用意した仮初だしな。だからデモルトはまだ生きていて、完全復活を目論んでいる。
カイトが勝てたのは、デモルトが完全復活した時の何十分の一の力もないからだ。完全体だったら今のカイトじゃ手も足も出ず瞬殺されてしまうだろう。
けど、デモルトを倒せるのもカイトしかいない。仮に俺がデモルトより強くなっても殺すことはできないんだ。
デモルトを完全にこの世から消滅するには、カイトの魔術を消す能力しかなかった。
(カイトには強くなってもらわないとな)
死亡フラグを回避した後も俺がこの世界で生きていられように、カイトには強くなってラスボスを倒してもらわなければならない。
そしてカイトの成長を促すのはリオンの役目だ。物語の悪役として、カイトを強くさせる障害になってやろう。
例え、その為に俺が犠牲を払おうとも。
「なんやカイトはん、ユイはんと仲良さそうやんけ。さては長期休暇でなんかあったんか」
「そうだな」
楽しくも大変だった強化合宿に加え、力を合わせてデモルトを倒し、ヒロインとして覚醒したカイトを止めようとしたユイ。色々経て二人の絆は深まり、恋心も育まれていた。
急激に変わった二人の様子に、本物のリオンに嫉妬と焦りが生まれてしまうんだ。
そしてリオンは、好意を抱いているユイをカイトに取られないように決定的な事件を起こす。
それが、レイラとの婚約破棄だった。
「リオン様、俺達も急がないと授業に遅れてしまいますよ」
「お前もそうじゃないのか、平民」
「あかん、そうやった! んじゃリオンはんに子分たち、またな!」
「「だから子分って言うな!」」
「……」
婚約破棄か……はぁ、憂鬱だな。
物語進行のためと、俺が生きるためとはいえ、凄く気が進まない。
「リオン様?」
「すまない、行こう」
この後のことを考えてばかりで、授業中はずっと上の空だった。




