45話 カイトたちの強化合宿
「うお~高ぇ~!」
「これが魔導飛行船か~!」
「でも、僕達まで乗せてもらっていいのかなぁ?」
「気にしなくていいわ、お金は私が持つんだから」
王立魔術学園が長期休暇に入って多くの生徒たちが帰省する中、カイトは冬に開催される魔術大会に向けて、一週間の強化合宿に参加していた。
参加メンバーは予選会で上位四名に残った二位のカイト。
同率三位の三年生リヒト。
同率三位の大貴族二年生のカスティア・リッツェ。
一位の大貴族・トーマス・ドルトンである。
その四人に加え、引率に戦闘魔術の担当教師スレイン・ファフナー。
ついでにユイとガイとディックがカイトの付き添いで便乗していた。
合宿場所は学園が所持している無人島。移動方法は魔導飛行船である。
魔導飛行船を使用するための料金は高く、カイトたち代表メンバーはタダであるがガイやディックは実費。しかし平民の彼等が大金を払える訳がないので、費用は全て大貴族のユイが払っていた。
「持つべきものは大貴族の友達だよな!」とはガイの台詞である。
「お前たちの訓練は、この私に一撃与えることだ」
「そんなことでよろしいですの?」
「ははっ、面白いじゃねーか!」
「舐められたものだ。いくらスレイン先生とて俺達三人相手では勝負にならん」
「なら試してみるがいい」
無人島に到着するや否や、早速合宿を開始。
魔術師であるカスティア、リヒト、トーマスの三人はスレイン先生と魔術訓練。内容は三対一の戦闘で、スレインに一撃でも与えれば合格となる。
一見優位であるし、予選会優勝者で宮廷魔術師が確約されている実力者のトーマスに至ってはつまらなそうにしていた。
だが、この後すぐに彼等の顔が苦渋に染まる。
「はぁ、はぁ……どうなっていますの」
「はは、めちゃくちゃ強ぇんだな、先生って」
「くそ! この俺が触れることすらできんとは!」
「さっきまでの威勢はどうした。貴様たちは自分のことを強いと自惚れているようだが、所詮は学生レベルだということを知ることだ」
スレインに見下ろされ、地面に這いつくばる生徒達。
予選会で上位の成績を収めた自分たちが束になってもスレインに一撃さえ与えることさえできず、赤子の手をひねるかの如くあしらわれてしまった。
魔術の練度というよりも、魔術を使った戦い方の幅が違い過ぎる。戦闘魔術の先生という肩書は伊達ではなかった。
「さっさと立て。私に一撃与えないと、次の訓練にもいけないぞ」
上級性たちがスレインにしごかれている間、魔術が使えないカイトは友達を連れて山を登っていた。
スレイン曰く「魔術が使えない貴様にも戦い方を教えてくれる人を尋ねろ」とのこと。カイトを鍛えてくれる人が山にいるらしい。
「はぁ、はぁ、もうダメ……僕帰る」
「頑張れディック! 諦めんじゃねぇ!」
「俺たちが押してやるから」
「アンタ、もう少し痩せなさいよ」
「うう、ごめんね」
お菓子ばかり食べて太っちょのディックに険しい山登りは厳しかった。根を上げる彼の背中をカイトたちが押して少しずつ上らせる。
友情を発揮し、なんとか頂上にたどり着くと神社のような古式の建物が目に入ってきた。
「こんな所に家が?」
「ありゃワシの家じゃ」
「うわぁ!?」
「か、亀!?」
「亀が立って喋ってるわ」
見慣れない家に夢中になっていると、背後から声をかけられる。
振り向けば、ディックと同じくらいの背の亀が杖をつき二本足で立っていた。しかも驚くことに人の言葉を喋っている。
「お主が魔術は使えないが魔術を消せるというカイトじゃな?」
「はい!」
「ワシはこの島を管理している玄という仙亀じゃ。スレインからお前達の面倒を頼まれておる」
「センキって何ですか?」
「こちらの大陸で言うところの魔法生物と同じじゃ。ゴブリンとかケルピーとかと同じ類で、向こうでは魔物や妖怪と呼ばれとる」
「こちらの大陸とか“向こう”というのは?」
「ワシはこの大陸から東の海を渡った「アズマ」という島国から来たんじゃ」
「へぇ、そんな場所があるんですね」
「私、聞いたことあるわ」
平民組の三人は知らないが、貴族学校に通っていたユイはアズマのことを知っていた。
「じゃああの見慣れない家はアズマという国の建物で、ゲンさんが建てたのですか?」
「アズマの建物ではあるが、ワシが建てた訳ではないぞ。千年以上も前、ワシと共にこちらの大陸にきたアズマの人間が建てたものなのじゃ。それにこっちに来たばかりのワシはまだただの亀じゃったしな」
「千年以上前!? ひぇ~、そんな前から生きてんのか。ゲンさん凄ぇな」
「年齢もそうだけど、ただの亀とはどういう事ですか?」
千年生きていることにガイが驚き、ディックが質問する。
「言葉通りじゃよ。千年前のワシは普通の亀じゃった。アズマの人間と長い年月の修練を重ね、人の言葉を覚え、妖怪へと至ったのじゃ」
「亀って言葉覚えられるんだな」
玄の話を聞いて感心するカイトたち。自分たちの知らないことばかりなので聞いていて楽しかった。
そこでカイトは、周りを見渡してふと気になったことを玄に尋ねる。
「ここにはゲンさん以外いないんですか? アズマの人は?」
「おったが、遠い昔に死んでしもうた。今はこの島に一人で住んでおる」
「それは寂しいですね……」
「そんなことはないぞ。動物たちとも話せるし、一年に一度はお前達のような魔術師が訪れる。それにスレインも度々土産を持って様子を見に来てくれるしの」
「あのスレイン先生が? 本当ですか?」
「うむ。あやつは顔も態度もおっかない奴じゃが、気が効くし根は良い子じゃよ」
「全く信じられねぇ」
スレインの怖さを十分知っているカイトたちからすると、玄の話は一つも信憑性がない。何故なら一度もスレインに優しくされたことなどないからだ。
「さて、挨拶はこれくらいでいいじゃろ。お主はここに強くなりに来たのじゃろ?」
「はい! よろしくお願いします、ゲンさん!」
「うむ、それじゃまずはお主らにここの掃除をしてもらおうかの」
「「え?」」
てっきり特別な鍛錬をするかと思っていたが、玄から命じられたのは家と周辺の掃除だった。納得はいかないものの、四人は手分けして掃除にかかる。
その際、何度もユイのパンツを覗こうとした玄のエロ亀っぷりに、カイトたちは「本当に大丈夫か?」と若干不安になる。
掃除も終わって綺麗になったところで、今度は肉体的鍛錬だった。
「はぁ、はぁ、僕らは魔術師なのに!」
「何事も心技体が重要なのじゃ。健全なる精神は健全なる肉体に宿る。魔術を扱うにはまず健全な肉体を作らなければならん。お主のように太っとるのは論外じゃ」
「お、重い……!」
「ほれほれ、頑張れカイト」
走り込みをさせられる四人。加えてカイトに至っては玄を背負いながら走らされていた。カイト以外の三人がバテて休んでいる間、カイトと玄は剣術の稽古を開始する。
カイトは木の棒を持ち、玄は元々持っている杖で打ち合うのだが、
「くそ、当たらない!」
「動きが大雑把過ぎるのじゃ」
「あた!」
カイトの攻撃は一向に当たらず、玄に何度も頭を叩かれる。玄はまるでカイトの動きを予測しているかのようなだった。
「今日はこのくらいにしておいこう。日が暮れる前に帰りなさい」
「「ありがとうございました!」」
「うむ、また明日な」
一日目の鍛錬が終わり、カイトたちは山を下りて宿舎に戻る。
そこには、スレインにボロボロにされて疲れ果てている上級生たちがいた。結局初日は一撃も与えられなかったらしい。
ご飯などの用意は全て学生がすることになっている。材料は宿泊分あるので、比較的料理ができるユイとカスティアが率先し皆でカレーを作って食べた。
同じ釜の飯を食ったお蔭か、就寝前にリヒトが大人の話で盛り上がったりしたお蔭か、ユイとカスティアが恋バナに花を咲かせたお蔭か、子供たちの仲は深まっていく。
そんなこんなで合宿は続き、各自鍛錬に励みつつ息抜きにバーベキューや海水浴をしたり、充実した日々が続いた。
その結果、合宿最終日前日には上級生はスレインに一撃を与えられ、ガイは筋肉がつき、ディックは少し痩せ、ユイは魔力の制御が上達し、カイトは玄に一本取れるほど剣技が磨き上がった。
「ありがとうございました。ゲンさんのお蔭で強くなれました」
「うむ」
「それとゲンさん、実は相談したいことがあるんです」
空が夕日に染まる頃。深刻そうな顔でそう言ってきたカイトを縁側に座らせ、玄は話を聞くことにした。
「俺、時々人間離れした不思議な力を発揮する時があって……けどその時、意識が薄れるというか、周りが見えなくなるんです」
「ほう」
初めて強大な力を発揮した時は、予選会でリオンと戦った時だった。それから準決勝でリヒトと戦った時や、闇の魔術師であった元先生のニックと魔法の杖を求めて争った時。
負けたくない、勝ちたい、許せない。感情が高ぶった時に限り、信じられない力が引き出される。
ただし、その力が出ると周りが見えなくなってしまい、脳に直接「壊せ」と誰かの不気味な声が聞こえてくる。
だからカイトは迷っていた。
「ゲンさん、俺はどうしたらいいんでしょう。力を使えるようになりたいと思うけど、いつか皆を傷つけてしまいそうで怖いんです」
「カイトよ、全ては明鏡止水の心じゃ」
「明鏡止水?」
「心を静かにすれば力に乱されることもない。聞こえてくる幻聴に不安を抱くこともないじゃろう」
「心を静かに……」
「強くなるため、仲間を守るためカイトはその力を使うじゃろう?」
「……はい」
「得体が知れなくともその力はカイトの一部であることに違いはない。ならばその力とどう付き合い、御するかが重要なのじゃ。じゃから悩む必要などないぞ」
「はい! ありがとうございます、ゲンさん!」
「うむ。期待しておるぞ、カイト」
玄の言葉でカイトの迷いも晴れた。
これで無事、強くなって合宿を終えられると思ったその時、闇の魔術師が襲撃してくる。
「ぐぬぅ!」
「ふん。異国の魔物風情が出しゃばるな」
「ゲンさん!」
「皆、ゲンさんを守ってくれ!」
闇の魔術師の攻撃を受け、玄が重傷を負う。慌ててカイトが指示すると、ユイとガイとディックの三人が玄を守るように囲う。
同じ頃、カイトたちだけでなく上級生たちも襲撃を受けていた。なのでカイトたちを助けに行きたくてもいけない状況だった。
「お前達は何で俺の命を狙うんだ!?」
「貴様の存在が魔術師にとって今後邪魔になるからだ」
「どうしてカイトが邪魔になるのよ!」
「度し難いな。魔術師の癖に、魔術を消す能力が魔術師にとってはあってならないものだと理解できないのか?」
「わ、わかりませんよ! というか、あ、あなたは一体誰なんですか!」
「知りたいのか? ならば教えてやろう」
ディックが震えた声音で問いかけると、闇の魔術師は優雅に己の名を答える。
「私の名はデモルト。デモルト・ブラックロードだ」
「魔術学園の無能力者」においてのラスボス。
それがデモルト・ブラックロードだった。主人公カイトは、ここで初めてラスボスとの対面を果たすのであった。
「う、嘘でしょ……あり得ない!」
「ユイ、あいつのこと知ってるのか?」
闇の魔術師の名を聞いて取り乱すユイ。カイトが聞くと、ユイは信じられないと言わんばかりの表情を浮かべて口を開く。
「デモルト・ブラックロード……【最悪】の魔術師の名前よ」
「【最悪】の魔術師? 何だそれ、聞いたことねーぞ」
名前を聞いてもピンとこないガイに、ユイは冷や汗を流しながら説明する。
「あんたたちが知らないのは当然よ。この名前は極一部の貴族しか知らないから」
「ほう。小娘、貴様は私の名を知っているのか。どこの家の者だ?」
「アストレアよ」
「ふむ、アストレア家なら私を知っていてもおかしくないな」
「だから何だってんだよ。俺達にも分かるように教えてくれって!」
ガイが話を促すと、ユイは苦虫を潰した顔を浮かべて、
「五十年以上も前、一人の魔術師が多くの人間を無差別に殺したわ。その暴走を許さなかった王族と貴族は協力し、少なくない犠牲を払って魔術師を殺した。けれど、その魔術師のことは一切公表せず国の歴史から消し去ったわ」
「どうして消したんだ」
「その魔術師が貴族だったからよ。平民に、魔術が使える貴族は恐ろしい存在だと思わせないためと、貴族の汚点を消し去りたかった。だから最初から居なかったことにして、その名前を二度と表舞台に出さないよう固く禁じられたの」
「それがあいつなのか?」
「ええ。あいつの言うことが本当ならね。でも――」
ユイが話し終える前に、ディックが横から入った。
「それはおかしいでしょ! だってユイの話だとその魔術師は五十年前に死んだんでしょう!? なら生きている訳ないじゃないか!」
「そう。だから私は最初にあり得ないって言ったわ。もう死んでいるんだもの」
「ふん、勝手に殺してくれるな。確かに肉体は滅びたが、魂は分けておいたのだ」
「魂を分けるって、そんなことできるの!?」
「できるとも。貴様たちはまだ魔術の深淵を知らぬだけだ」
驚愕の事実に動揺する一同。
魂を分ける魔術など聞いたこともなければ、本当に可能であるのかすら疑わしい。言葉を失っているカイトたちに向けて、デモルトは忌々しそうに告げる。
「しかし、今の私はこのような出来損ないの身体しか用意できない。魔術学園にある「魔法の杖」を奪い私の身体を復活させようとしたが、貴様たちに邪魔をされてしまったからな」
「なら、ニック先生はお前のために「魔法の杖」を狙ったのか」
「そうだ。ついでに貴様を殺そうと嗾けたが返り討ちに遭ったようだがな。やはり純血の魔術師でない者に頼るべきではなかった」
「お前!」
カイトはニックとのやり取りを思い出す。
彼が「魔法の杖」を奪おうとしていたのは「あの御方」に貴族にしてもらうためだと言っていた。ニックを唆した「あの御方」はデモルトのことだったのだ。
「聞きたいことはもう済んだか? ならばもう死ね、ダークネス・フレイム」
「うぉおおおお!」
迫り来る漆黒の炎に対し、カイトは裂帛の叫び声を上げながら鉄剣を振るい斬り裂いた。
「やはりその力は危険だな。だが、仲間を庇いながらいつまで保つかな?」
「はぁ、はぁ……」
デモルトの攻撃軌道には重傷を負って動けない玄とユイたちがいる。彼等では強力な魔術を防ぎ切れないので、カイトは攻めに転じず防御を強いられていた。
しかし、魔術を消す力も無限ではない。カイトは魔術が使えないが魔力はあり、魔力を消費することで力を発動できるからだ。
「さぁ、仲間ごとあの世に送ってやる。ダークネス・フレイム」
「死なせるもんか。俺はお前を倒す!」
カイトの瞳が深紅に染まる。
全身に力が溢れ、漆黒の炎に向かって矢の如く速さで疾駆した。
「カイト!」
「皆、頼む! その魔術だけ耐えてくれ!」
「自棄になって自爆したか――なに!?」
自ら漆黒の炎に突っ込んで死んだと思われたが、カイトは焼かれることなく無傷で黒炎の中を突っ切った。
しかも尋常ではない速度で肉薄してくるので、デモルトは反応が遅れてしまい呪文が唱えられない。
「そうか、貴様“も”そうだったのか!」
「終わりだ、デモルト!」
カイトの渾身の一振りにより、デモルトを一刀両断に斬り捨てる。
デモルトは倒せたが、漆黒の炎は消えておらずユイたちに迫っていた。
「ガイ、ディック、修行の成果を見せる時よ!」
「おう!」
「うん!」
三人は魔力を高め、黒炎に向けて一斉に魔術を放った。
「クリムゾン・フレイム!」
「ゲイルカッター!」
「ウォーターボール!」
深紅の炎、風の刃、水の弾が漆黒の炎に着弾すると、相殺し爆発した。デモルトの攻撃魔術を三人の力で見事防ぎぎった。
「皆! よか『壊せ』――うっ!」
仲間が無事で喜ぶカイトだったが、脳に声が聞こえてくる。
壊せ、殺せと不気味な声で語り掛けてきた。
「ぐぁあああ!」
「「カイト!」」
「来ちゃだめだ! ぐっ!」
様子がおかしいカイトを心配して近づくユイたちだったが、彼に止められてしまう。
「頭が割れそうだ。身体が、俺のじゃないみたいだ!」
「大丈夫よ、カイト。大丈夫だから」
落ち着かせようとユイが優しく抱きしめるが、カイトは強引に解こうとする。
彼女を傷つけないように歯を食いしばって耐えてはいるが、このままでは取り返しのつかないことが起きてしまう。
そんな時、玄がカイトへ叫ぶ。
「明鏡止水じゃ、カイト!」
「明鏡……止水」
心を静かにすれば力に乱されることはない。
カイトは瞼を閉じ、何度も深呼吸して心を落ち着かせようとした。すると不気味な声が徐々に聞こえなくなってくる。
「はぁ、はぁ、もう大丈夫だ」
「平気なの?」
「ああ。ありがとう、ユイ」
「やったじゃねぇかカイト。あの強ぇ闇の魔術師を倒しちまうなんてよ!」
「カイト、僕たちを信じてくれてありがとう」
「ああ。三人ならきっと大丈夫だって信じたんだ。これは皆の勝利だ」
見事デモルトを倒したカイトたち。
上級生たちも闇の魔術師を倒したようで、全員無事だった。
「色々ありがとうございました。また来ます、玄さん」
「うむ。いつでも待っておるぞ」
合宿最終日、カイトたちは玄に別れを告げると魔導飛行船に乗り込む。
こうして、カイトたちの波乱万丈な強化合宿は幕を閉じたのだった。




