44話 ファーストキス
「夜か」
エリザベスの言う通り屋敷に戻った俺は、すぐにご飯を食べて仮眠を取った。少しでも魔力を回復させてレイラを助けに行くためだ。
「リオン、起きているか」
「はい」
「たった今、帝国の死兵が伝言に来た。湖の畔で待つ。リオン一人で来いとのことだ」
湖の畔……レイラと二人でデートに行ったところか。
さらに俺一人を指名ってことは十中八九……。
「分かっているだろうがお前をおびき出すための罠だぞ」
「罠と分かっていてもレイラを助けに向かいます」
「はぁ……お前ならそう言うと思った」
罠は張られているだろうし、俺の状態も決して万全ではない。
それでも言う通り行かなければレイラに危険が及んでしまう。何より、俺がもう我慢できなかった。
「リオン」
「お爺様」
「これを持っていけ」
ゼベルが部屋に入ってきたと思ったら突然剣を渡してきた。受け取った俺は光輝く金色の剣を見つめながら問いかける。
「これは?」
「エルファルドの家宝である宝剣ケラノウスだ。雷の力を高める能力を持っている。この剣をお前に託そう」
「宝剣ケラノウス……」
へぇ、そんな凄い剣を持っていたんだな。
雷の力を高める能力か……魔力が心許ない今は非常に助かる。鞘に収まっている剣を腰に帯刀すると、ゼベルが俺の肩に手を置いて、
「エルファルドの跡取りとして、必ずやレイラ嬢を助けるのだ」
「お任せください」
二人に礼を言い、踵を返して部屋を出る。
無事でいてくれ、レイラ。今助けに行く。
「エリザベス」
「分かっています、お爺様。最悪、リオンだけでも連れ戻します」
月明りの下、馬を走らせて湖に向かう。一度行ったから迷うことなく到着した。馬から降りて花畑の中を突き進むと、三人の人影を発見した。
(レイラ)
(リオン様!)
「キヒヒ、どうやら言う通り一人で来たようですねぇ。余ほどこの娘が大事なんでしょうかね?」
「汚い手で触れるな、殺すぞ」
レイラの顔に触れようとする魔術師に殺意を向ける。
無抵抗かつ無表情のレイラの状態を見るにやはり魔術師に操られているようだ。闇魔術を使うことから、帝国の死兵に、ゲオルグやドルフを蘇らせたのもあいつで間違いないだろう。
レイラを元に戻した後、あの野郎だけは絶対に殺してやる。
「おお恐い恐い! 分かっていると思いますが、この小娘を無事に助けたいなら私に手を出してはなりませんよ」
「わかっている」
「よろしい。では陛下、後はお任せいたしましたよ」
「うむ。ディルガイア・アルミューレ」
(剣だけ?)
確かあの魔術は全身鎧を纏う魔術だったはずだが、ゲオルグが出したのは岩の大剣だけだった。そうか、ゲオルグも魔力が回復しきってなくて剣しか出せないのか。
「キヒヒ、これでようやく悲願が叶うぞ!」
「そうであるな。だがその前に邪魔者には消えてもらおう」
「きょ?」
「っ!?(なっ!)」
信じられない光景に目を見開く。
ゲオルグは俺に攻撃するどころか、側にいる魔術師の首を岩の剣で刎ねたのだ。
な、何が起きたんだ!?
仲間割れか!?
「何故です……陛下」
「貴様は余の戦いを穢した。その上、人質を取り無防備な相手を殺せとな。看過できない愚行だ。皇帝である余を愚弄するのは誰であろうと許さん」
「く、そ……これだから馬鹿と組むのは嫌だったん……だ」
魔術師が毒を吐き捨てながら死に絶える。俺はすぐにレイラを確認するが、
(くそ、やはりダメか)
魔術師が死んでもレイラにかけられた魔術が解けることはなかった。
くそ、余計な真似をしてくれたなゲオルグ。魔術師の口を割らせてから殺すつもりだったのに、レイラをもとに戻す前に死んでしまったじゃないか。
「案ずるな。小娘にかけられた闇魔術の解き方なら余が知っている」
「……それは何だ」
「真に愛する者からの口付けだ」
「はっ?」
いきなり何を言い出すんだこの皇帝は。
気前よく教えてくれると思ったら口付けだって? そんなことで魔術が解けるって言うのか?
「信じておらんな。昔から闇の力を祓うのは愛の力と決まっているのだ。貴様の必死さを見るに、小娘への想いは本物であろうから条件は問題ないな」
(マジかよ)
愛の口付けとか俺の世界の童話みたいなことあるのかよ……。
「だが、どの道余を倒さなければ小娘は助からんがな」
「無論、そのつもりだ」
「ほう、宝剣ケラノウスか」
鞘から剣を抜くと、ゲオルグが懐かしそうに呟いた。
「知っているのか?」
「ヨハンが使っていた剣だ。雷の力を高める能力があるのだろう? 待っていてやるから存分に力を溜めるがよい」
「感謝する」
随分と優しいじゃないか。まさか敵に塩を送られるとは思ってなかったよ。
それにしてもこの皇帝、仲間である魔術師を殺したり闇魔術の解き方を教えてくれたり攻撃を待ってくれたり、かなり正々堂々な人だよな。
生前はきっと、多くの民から慕われていたんだろう。俺ですら彼に仕えたいと思っちゃうぐらいだしな。
けど、残念ながらそれは叶わない。アンタを倒してレイラを救わなくちゃならないからだ。
「ジャッジメント・ボルテックス」
俺はケラノウスを掲げ、なけなしの魔力を込めた落雷を剣に纏わせる。
帯電する剣から雷の力が増幅されていくのが分かった。
準備は整った。
次の攻撃が最後だ。
「行くぞ、皇帝ゲオルグ!」
「来い、リオン・エルファルド!」
俺達は同時に地を蹴り上げ、眼前の敵へと駆け出す。
振り上げた剣を力の限り振り下ろした。
「「うぉぉおおおおおおおおおおお!!」」
ケラノウスと岩の大剣が衝突し、激しい火花が飛び散る。
力は互角。鍔迫り合いの拮抗が続いた。
(負けるか……絶対に負けない!)
出力を限界以上まで引き上げる。
身体が耐えきれず両腕から血飛沫が舞うが、構わず更に力を込めた。
身体なんかいくらだってくれてやる! だからもっと力を出せ、ケラノウス!
「おぉおおおおおおおお!」
「見事だ、ヨハンの子孫よ」
岩の大剣を破壊し、そのままゲオルグの身体を斬り裂いた。
強き皇帝は俺を称えた後、その肉体は天に還るように光の粒子となって消滅した。
「はぁ、はぁ……」
(リオン様!)
ふらふらな身体でレイラのもとへ歩む。
ケラノウスを手放し、彼女の頬に手を添えた。
(愛の口付け……か)
俺がレイラを想う心が本物なら、彼女にかけられた魔術は解かれる。
自信ならある。俺は心の底からレイラを愛しているからだ。
(ごめんな、初めてのキスが俺で)
許可もなくキスすることを胸中で謝りながら、俺はレイラと口付けを交わした。
(ダメか……?)
顔を離してレイラの反応を窺うが、何も起こらない。
レイラに対する俺の気持ちは本物ではなかったのかと嘆きそうになった時、彼女の瞳からつーっと涙が零れる。
「リオン様……!」
「レイラ、気付いたのか」
「はい、はい! リオン様の口付けで魔術が解けました!」
「そうか。それはよか――」
「リオン様? リオン様!」
レイラが元に戻って安堵したのか、張り詰めていた気力がぷつんと切れる。
意識が遠くなり、崩れ落ちる身体をレイラが支えてくれた。
「リオン様! しっかりしてくださいリオン様!」
ああ、またこれか。締まらないよなぁ。
大事な所で気絶して、全然カッコよくいかない。結局レイラを泣かせてしまったし。
でもまぁ、レイラを救えたんだからよしとするか。




