43話 失態
「エルファルドを殺せ」
「憎い……エルファルドが憎い」
「くっ! このままでは持ち堪えられん!」
不死身の帝国死兵に、エルファルドの兵士たちは成す術もなく押されていた。
魔術師のエリザベスは【風熊】のドルフの相手をしているため、帝国兵を倒す手段がない。エリザベスが戻ってくるまで必死に耐えてはいるが、体力も限界に近づいていた。
「くそ、このままでは!」
「アイスニードル!」
「「ギャアアーー!」」
幾つもの氷の針が帝国兵を串刺しにする。
エルファルド兵の窮地を救ったのはレイラだった。
「加勢します!」
「おお、レイラ様! ご助力感謝致します!」
帝国兵を倒せる魔術師の登場に息を吹き返すエルファルド兵。暫く屋敷に滞在していたため、兵士たちもレイラのことは知っていた。彼等はレイラを守るように眼前に踊り出る。
「レイラ様をお守りしろ! 帝国兵を近づけるな!」
「「おおおおおおお!」」
「レイラ様は後方で魔術をお願いいたします!」
「はい! アイスランス!」
エルファルド兵が壁を作り、レイラは安全な所から氷魔術を放つ。知能がない帝国兵は回避や防御ができず、次々と屠られていった。
その様子に、さっきまで苦渋の顔を浮かべていたエルファルド兵が歓喜に沸き立つ。
(これなら私でも役に立てる!)
「いけませんねぇ、折角エルファルド家の絶望する顔を見て楽しんでいましたのに邪魔しないでいただけますか。ダークネス・ネクロマンシー」
「ギャオオオオオオオオッ!」
「な、何だあれは!?」
突如、けたたましい叫び声と共に大きな骸骨の竜が現れる。その骸骨竜の頭上には、黒いコートを纏った怪しげな魔術師が立っていた。
「私は帝国軍魔術部隊、【死霊使い】のネルフィム」
「死霊使い……」
「死霊使いである私が復活させられるとは何ともおかしな話ですが、憎きエルファルドを滅ぼせるなら死んでいても構いません」
ゲオルグやドルフと生きる時代は違えど、ネルフィムもまた帝国の英傑である。
死者を操る闇魔術を使うネルフィムに、エルファルド家は壊滅寸前まで追い込まれた。
帝国兵だけでなく、死んだエルファルド兵をも復活させて同士討ちさせてくるような悪趣味な戦いをするネルフィムに対しどれほど怒り狂ったか。
当時は他の貴族の力を借りてなんとか討ち取れたが、エルファルドの損害も大きく復興には大分時間がかかったそうだ。
「あんなのにどうやって勝てばいいんだ……」
「いいですねぇ、その絶望した顔が見たかったんですよ」
大きな骸骨竜を前に絶望する兵士たち。
折角レイラが助けに来てくれて不利な状況を打開してくれたのに、あんな化け物まで出てきたら歯が立たたない。
心が折れた彼等を鼓舞するように、レイラが魔術を発動する。
「アイスニードル!」
「直接私を狙うとは、小癪な娘だ」
ネルフィム目掛けて氷の針を放つも、直撃する前に骸骨竜に指示して防がせた。
兵士たちが慌てている中、レイラは冷静だった。いくら操っている骸骨竜が強くとも、術者を倒せばそれで終わる。骸骨竜だけでなく、帝国死兵も全て消えるだろう。
ならば狙うは術者であるネルフィム本人。
「私が魔術師を倒します!」
「レイラ様!」
「お前等、レイラ様が魔術師を倒してくださる! それまでレイラ様をお守りするんだ!」
「エルファルドの意地を見せつけろ!」
「「おおおおおおおお!」」
レイラの意気込みに感化されたのか、兵士たちの目に光が宿る。その様子が気に入らないのか、ネルフィムは苛立たしそうに顔を歪めた。
「たかが小娘がいきがりおって! スカルドラゴン、あの小娘を先に殺せ!」
「ギャオオオッ」
「「おおおおお!」」
骸骨竜がレイラに向かって突進する。それに対し、大盾を持ったエルファルドの兵士たちが密集陣形を作り突進を防ぎ切った。
「凄い!」
「ええい! これだからエルファルド兵は鬱陶しいのだ!」
奮闘する兵士の姿に驚くレイラと、奥歯を噛みしめるネルフィム。時代は違えど、エルファルドの兵士は常に屈強なのである。
「踏み潰せ、スカルドラゴン!」
「やらせないよ!」
「くっ、守れ!」
攻撃を中断し、自身の身を守らせる。攻撃はレイラの魔術ではなく、兵士が放った弓矢だった。
「死兵に対しては無力だったけどさ、アンタの邪魔をするくらいはできるよ。皆、打ちまくれ!」
「「おう!」」
「小癪な真似を!」
「レイラ様、今の内に!」
「はい!」
弓兵部隊による一斉射撃により、ネルフィムは防御を強いられる。その隙にレイラは強力な魔術を発動するため魔力を練り上げた。
(集中、慌てちゃダメ。自分の魔力を自然に干渉させるの)
エリザベスに教えてもらった氷魔術の新たな可能性。
師匠と共に鍛錬したお蔭で少しだが感覚を掴み、モノになった。
レイラは慎重に、骸骨竜の周囲の空気に含まれる水分に干渉し、氷属性の魔力に変換していく。その魔力に呪文という命令を与え、上級魔術を発動した。
「アイシェード・ブロッサム!」
「何ぃいいいい!?」
「はぁ、はぁ、やりました!」
骸骨竜の体躯が花の氷像に覆われ、木端微塵に砕け散る。惜しくもネルフィムには回避されてしまったが、これで障害は取り除かれた。後は本人を直接叩くのみ。
「小娘如きがよくもやってくれたな! こうなったら――何っ、陛下が押されているだと」
激情に駆られるネルフィムだったが、遠くでリオンと戦っているゲオルグが負けそうなことに気づき落ち着きを取り戻す。
(信じられん、あの陛下が負ける? まずい、ここで陛下を失う訳にはいかん。それに陛下が勝てない敵に私が勝てる訳がない)
焦るネルフィムは戦況を打開しようと策を考え、レイラを見やった。
(あの小娘、エルファルドの兵士から大事に守られていたな。奴等にとって重要な人間なのだろう。こうなったら、あの娘を人質に使うか)
「今が好機、魔術師を倒せ!」
「「おおおお!」」
「帝国兵よ、時間を稼ぐのだ!」
ネルフィムを倒そうとエルファルド兵が迫るが、今度は帝国死兵が壁になって時間を稼ぐ。その間にレイラに向けて魔術を発動した。
「我に従え、ダークネス・コントロール!」
「っ!? (身体が、動かない!?)」
突然自分の身体が動かなくなってしまったレイラ。
意識はあるのに、手足すら動かすことができない。
「小娘、こっちに来い!」
(身体が……)
命令されたレイラは自らネルフィムのもとへ向かう。
意識があるのに身体が勝手に動いてしまう現象にレイラは困惑していた。困惑しているのはレイラだけではなく、エルファルド兵も同じである。
「レイラ様!? どこへ行くのです!」
「行くぞ小娘」
(くっ……)
ネルフィムは狼の骸骨を召喚するとレイラと共に乗り込み、今にもリオンに負けそうになっているゲオルグのもとへ駆け付けた。
「レイラ様ーーー!」
◇◆◇
「終わりだ」
「無念」
最上級魔術の連発でゲオルグの鎧を砕き、トドメを刺そうとした時だった。
「待てぇ! この小娘を死なせたくなかったらそこで止まれ!」
「レイラ!?」
黒いコートを着た不気味な見た目の魔術師が横槍を入れてきた。しかもそいつの隣には何故かレイラがいる。
クソ、状況を見るにレイラを人質に取られてしまったようだ。
焦るな、あの魔術師を即座に倒してレイラを助ければいい話しだ。
「おっと、下手な真似はするなよ! この小娘は私の闇魔術で操っている。私が死んだら魔術が解けず、ただの人形になってしまうぞ」
「下衆が」
(私のせいでリオン様が!)
大抵の魔術は術者が死ねば解除されるが、絶対ではない。特に闇魔術はタチが悪い魔術ばかりだ。
もしあの野郎の言っていることが正しければ、迂闊に攻撃できない。
「陛下、ここは一旦引いて態勢を整えましょう」
「余に情けなく逃げろと申すか」
「憎きエルファルドを滅することが我らの悲願。それをお忘れですか?」
「……承知した。ここは貴様の案に乗ってやろう。ヨハンの子孫よ、この勝負一旦預けるぞ」
「俺が大人しく逃がすと思うか?」
「行け! 殿は儂が勤めよう!」
奴等を逃がすまいと魔術を発動しようとしたら、俺達の間に入り込むようにドルフが現れた。ドルフが風魔術で攻撃してくる間に、ゲオルグと魔術師は狼の骸骨に乗ってレイラを連れ去ってしまう。
「レイラ!」
「小僧、儂が相手じゃ!」
「そこを退けぇ! ジオボルト・ドラファゴン!」
「帝国に栄光あれーー! っ――……」
邪魔をするドルフを雷撃で消し炭にしたが、奴等の姿はどこにも見当たらなかった。
一刻も早くレイラを助けに行こうとしたが、エリザベスに肩を掴まれてしまう。
「待てリオン! お前もう魔力が残っていないだろう! そんな状態で助けに行ってもむざむざ死ぬだけだ!」
「っ!」
彼女の言う通り、ゲオルグを倒すために強力な魔術を連発したせいで魔力は殆ど残っていない。今では上級魔術すら一発も放てないだろう。
それでも俺はレイラを助けに行かなくちゃならないんだ。俺がレイラを守るんだ。
「離してださい伯母上! 今すぐレイラを――」
「少しは落ち着け馬鹿野郎!」
「ぐっ!」
エリザベスに頬を思い切りぶん殴られる。彼女は放心している俺の胸倉を掴むと、揺さぶりながら説得してきた。
「人質に取ったということはレイラ嬢が生かされる可能性が高い。ならば今は休み、魔力を回復してから助けに行くんだ」
「……」
「私は残りの死兵どもを片付けに行く。お前は先に屋敷に戻って休んでいろ。いいな?」
「……はい」
「すまない、リオン」
くそったれ……俺が安易にレイラを戦場に行かせなければこんなことにはならなかった!
俺のミスだ! ごめん、ごめんよレイラ!
「無事でいてくれ、レイラ」
俺が必ず助けに行くから。




