40話 デートと家族会議
「リオン様……おはようございます」
「ああ、おはよう」
朝食を食べて自室に戻ろうとしていると、廊下でばったりとレイラに会う。
当初の予定では、レイラは祖母に顔見せてしてからすぐに帰るはずだったのだが、彼女は未だに帰らずエルファルド邸に残っていた。
どうもエリザベスとマンツーマンで魔術の鍛錬をしているらしい。エリザベスもラドクリフと同等、いやそれ以上の氷魔術の使い手みたいだからな。伯母に教わるのはレイラにとっても教訓になるだろう。
まぁあの恐ろしい人とマンツーマンで教わって大丈夫? キツくない? と心配なところもあるんだけど、本人が望んでいるんだから俺に止める権利はない。
「坊ちゃま、レイラ様、丁度お二人にお伺いしようかと思っていたところです」
「何だ」
レイラと会話すべきか迷っていたところ、セバスチャンがやって来た。ナイスタイミング、お蔭で助かったよ。
「本日の訓練はお休みのようです。ここのところ身体を酷使していたので、お二人もお休みになられてはいかがでしょう」
「わかった」
「そこで、今日はお二人で出掛けてはいかがでしょうか。近くに美しい花畑に囲まれた湖がございます。馬をご用意いたしますので、いかがですか」
「……(何ですと)」
レイラと二人っきりでお出かけだって? それってもしかしてデートってことですかい?
突然何を言い出すんだよセバスチャン。助けてくれるどころか無茶ぶりじゃないか。
しかも心無しかニコニコしているし、絶対確信犯だよな。本人はナイスパスを送ったと思っているんだろうけどさ。
どうしよう、俺としてはレイラと出掛けるのはめっちゃ嬉しいけど、彼女は俺と二人で嫌じゃないだろうか。気まずくはないだろうか。
本人がいる前で俺から断るのも失礼だし、一応聞いてみるか。
「行くか?(ど、どうかな?)」
「っ! はい、行きます!」
レイラに尋ねると、凄い勢いで食いついてきた。
喜んでいるように見えるけど、俺と一緒で嫌じゃないのか? それにしても不意の笑顔は可愛いなぁ。
そんなこんなで俺とレイラは二人で出掛けることになり、セバスチャンに馬を用意してもらう。
てっきり二頭だと思っていたのだが用意されていたのは一頭だった。これは二人乗りにしろという意味だろうか。セバスチャンめ、さては計ったな?
「来い」
「は、はい」
俺から馬に乗り込み、レイラに手を差し出す。セバスチャンの手助けを借りながら、恐る恐る握ってくる彼女の身体を抱き上げた。
「行ってくる」
「行ってきます」
「はい、お気をつけていってらっしゃいませ」
セバスチャンに見送られながら、静かに馬を歩かせる。レイラが俺の服を摘まんでいることに気が付き注意した。
「それでは落ちる。しっかり掴め」
「も、申し訳ございません。失礼いたします、リオン様」
「~~っ!? (おっぱいが、おっぱいが当たってるよ!)」
腰あたりを掴むかと思っていたが、なんとレイラはギュッと抱きしめてきた。むにゅっとしたレイラの柔らかい胸の感触が背中に伝わってくる。
すんごい幸せだけど、このままでは俺の精神が持たないので訂正しよう。
「腰を掴むだけでいい」
「あ、そうですよね! 申し訳ございません!」
「……」
「……」
気まずい。気恥ずかしいのかレイラも黙っちゃったし、ここは空気を変えるために話でも振ってみるか。
「伯母上と魔術の鍛錬をしているそうだな」
「はい。エリザベス様から言ってくださり、お付き合いいただいています」
「調子はどうだ」
「とても難しいですが、頑張っています。私も強くなりたいので」
ふ~ん、そうなのか。
二人がどんな魔術の鍛錬をしているかは知らないけど、エリザベスのことだから生半可な鍛錬じゃないだろう。それに毎日ついていっているんだから、レイラが本気なんだとよく分かる。
「何故、そこまで強さを求める」
「それは……(リオン様の力になりたいから)」
「……?」
「それは、闇の魔術師に対抗するためです」
なるほど、一理ある。実際闇の魔術師に扮した魔族に襲われて危うく死ぬところだったしな。
俺としてもレイラに強くなってもらうのは賛成だ。第二ヒロインとしていずれカイトやユイと共に、闇の組織やラスボスと戦うことになるだろうから強くなるのにこしたことはない。
俺が死亡フラグを回避した後もこの世界で生き続けるためには、カイトやレイラに頑張ってラスボスを倒してもらう必要があるからな。
「そうか。なら精進するんだな(応援してるから頑張ってね!)」
「はい」
そこで話題が途切れるかと思いきや、意外とレイラが話を振ってきた。エリザベスや祖母、ザックやワイズのことなどエルファルド家の人達の話が多い。
祖父のゼベル以外とは仲良くやれているみたいだ。なんなら孫の俺より可愛がられている。彼女がエルファルド家の皆に認められるのは嬉しい反面、この後のことを考えると少しだけ落ち込む。
そんな風に他愛もない話しをしていたら、セバスチャンが言っていた花畑と湖に到着する。
「綺麗……」
「そうだな」
目の前に広がる絶景に目を奪われてしまう。
一面に咲いている花畑は色とりどりで美しく、奥にある湖は青々としていて綺麗だ。
この景色、テレビで見た景色と似ている。確か絶景番組に出ていた、ニュージーランドの南島に咲くルピナスだったか。いや~凄い映えスポットだな。スマホがあったら沢山撮っていただろう。
いや、それは無粋か。この美しい光景を目と心に焼き付けておこう。
俺とレイラは馬から降りると、花畑の中を並んで歩いていく。
「リオン様」
「何だ」
「エルファルド邸にお呼ばれされて良かったです。こうして、リオン様と一緒にこんな素敵な場所に来られましたから」
そっか、そんなに喜んでもらえると俺としても嬉しいな。
「私、今日のことは一生忘れません」
「……(綺麗だ)」
レイラに目を奪われる。
綺麗な湖と美しい花畑をバックにしたレイラは、とても可憐で、可愛くて、綺麗で、愛おしかった。
今すぐ彼女の身体を思い切り抱きしめたいほど、彼女が愛おしい。
あぁ、やっぱり好きだなぁ。
「むっ」
「どうされました?」
「いや……何でもない」
近くで馬が駆ける音が聞こえた。
◇◆◇
「リオンについて話がしたい」
リオンとレイラが二人仲良くデートしている頃、エルファルド邸では緊急家族会議が行われていた。
会議のメンバーはゼブル、メアリー、エリザベス、ザック、ワイズ、セバスチャンの六人。会議の内容はリオンの評価についてである。
「エリザベス、リオンの力はどうだ」
「私の訓練に弱音一吐かずついて来こられています。魔術の方はまだ見ていませんが、格闘術、剣術に至っては屈強な兵士が手も足も居出ないほど。正直私はこの結果について大いに驚いています」
「なに、それは事実か?」
「事実です。聞いていた話とは全く異なりますよ。軟弱な精神を鍛えてやろうと呼びましたが、その必要はありませんでした。あいつの身体を見れば、一人で過酷な鍛錬をしていたのがよく分かります」
「お前にそこまで言わせるか」
娘の報告に驚きを隠せないゼベル。
エリザベスが従弟を庇うような性格じゃないことは重々承知している。つまりリオンは、【氷血の魔女】が認めるほどの力を持っているということである。
学園で平民相手に決闘を嗾けて負け、予選会で貴族や高官たちがいる前で同じ相手に負け恥を晒すような真似をしたと聞いた時は、今まで干渉して来なかった祖父も黙っておらずリオンを呼び出した。
しかし蓋を開けてみれば、リオンはエリザベスが認めるほど努力していた。
「他はどうだ」
「兄上は凄く頭が良いです。僕の知らない計算を知っていますし、聞いたこともない知識を教えてくれました」
「僕の作ったご飯も美味しそうに食べてくれて、お礼も言ってくれました。気難しい子だと思っていたけど、素直な良い子ですよ」
今度はワイズとザックの意見だ。
分からないことがあったら聞きに来いと言われたワイズは、学校の勉強について教えてもうらおうとした。リオンの教え方は分かりやすく、聞いたこともない計算式を教えてくれた。
また、リオンは好き嫌いが多く食事に煩いと聞いていたが、兵士と同じものを食べても文句一つ言わずに食べ、ザックに美味しいとお礼を言った。ザックはリオンのことを貴族らしい冷たい人間という印象を抱いていたが、全然そんなことはなかった。
「リオンはとても良い子よ。だって、婚約者のレイラさんからあんなに愛されているもの」
「そうか」
次に意見したのは祖母のメアリー。
リオンとメアリーは軽い挨拶程度してか交わしていないが、レイラとの話でリオンがどんな人間なのかは十分把握できる。
婚約者があれほど愛しているなら、リオンから大事にされているという証拠だ。
「どうやら聞いていた噂と実際のリオンに差異があるようだな」
リオンは貴族学校にもろくに行かず遊び惚けてばかり。勉強もできず、鍛錬もせず、人付き合いが悪く、大貴族を笠に着て威張り散らす悪童。
“エルファルド家のろくでなし”と噂されるほどの問題児だと聞いていた。
だが、実際のリオンを見ると問題児には思えない。
それどころか聞く話を纏めると素晴らしい人格者に見えてくる。これはいったいどうなっているのだと、ゼベルはリオンを一番よく知っているセバスチャンに問いただした。
「セバスチャン、リオンはろくでなしではなかったのか?」
「確かに坊ちゃまは問題児でした。教育係である私の不徳でございますが、正直に話しますとエルファルド家の未来は暗くなると危惧したほど。ですが一年半前、リオン様は突然心を入れ替えたのです」
「心を入れ替えた?」
「はい」
セバスチャンはリオンがどう変わったのか隅々まで話した。
突然身体を鍛え、魔術や剣術の鍛錬に励みだした。使用人に優しくなり、気遣ったり助けたりした。
妹のサラの窮地を救い、闇の魔術師からベルンツベルン家を救い、貴族のパーティーでは平民の襲撃を収めた。それどころか悪税をしている貴族を正すようジオに提言した。
セバスチャンから見たリオンは既に大貴族としての品格を持ち合わせている。
「そこまで人が変わるか。何か切っ掛けのようなことでもあったのか?」
「いえ、特にこれといったことはございません。ですが、常々“強くなりたい、と。強くならなければならない”と仰っていました」
「強く……か。確かにリオンは強くなったな。私の目を見ることもできないほど情けなかった子が、堂々としておったわ」
リオンとゼベルが挨拶した時、祖父は孫の様子に違和感を抱いていた。
祖父が恐いのか、以前までのリオンはおどおどしたり話す時は必ず俯いて目を合わすようなことはしない。だが久しぶりに会ったリオンはしっかりと目を見て話し、震えることなく堂々していた。
「話は分かった。リオンにエルファルド家を継がせるか今一度考える必要があったが、皆の話を聞くと無駄足だったようだな」
「私もそう思います、父上。まだ未熟ではありますが、リオンがこの先エルファルド家を継ぐことに異論はありません」
「僕もそう思います」
「兄上が相応しいと思います!」
「レイラさんが支えてくれるなら、リオンは立派な当主になれるでしょう」
「ふむ。セバスチャン、これからもリオンをしっかりと教育してくれ」
「お任せください。私の命にかけてリオン様を立派なご当主に育てます」
これにて緊急家族会議は終わり。
リオンについて話が纏まったかと思いきや、バンッと扉が勢いよく開かれて血相を変えた兵士が入ってくる。
「緊急のご報告をいたします! 帝国軍が侵攻してきました!」
「「何!?」」
◇◆◇
「余は死んだはずだ……まさか蘇ったのか?」
「その通りです。私が蘇らせました、陛下」
「誰だ貴様」
「闇の魔術師と言えばわかりますか?」
「聞いたこともないな」
「陛下の時代に我々の組織は存在しておりませんでしたので」
「そうか。それで貴様は余を使って何を求める? 死者を復活する魔術など聞いたこともないが、この魔術は術者に逆らえんのだろう?」
「この一瞬で魔術の仕組みを理解するとは流石陛下ですね」
「くだらんおべっかはやめろ。さっさと要件を言え、殺すぞ」
「なんという覇気……私に危害を加えないと分かっていてもつい身構えてしまいますね」
「本当に殺されたいのか?」
「申し訳ございません。私が陛下にお願いしたいのは、エルファルド家を潰して欲しいのです」
「エルファルド家を? 奴等の一族はまだ健在なのか」
「はい。陛下を倒されたことで更に地位を盤石にいたしました」
「ちっ、忌々しいエルファルドめ。帝国はどうなっている? まさかエルファルド家に滅ぼされてはいないだろうな」
「そんな事はございません。今も各国から恐れられているほどの大国でございます」
「そうか。それは重畳」
「再び王の座に座りたいですか?」
「余は既に死んだ身。この時代のことは余の後継ぎに任せる」
「それでは陛下、私のお願いを聞いていただいても?」
「よかろう。貴様如きに余が使われるのは癪だが、憎きエルファルドと再戦できるのなら使われてやる」
「ありがとうございます、陛下! それでは陛下に優秀な部下を二人お付けいたしましょう。死んだ時代は違いますが、二人とも帝国兵でエルファルドを憎んでおります」
「気が効くな。待っておれエルファルド、今度こそ余の手で滅ぼしてやる」
(まさかあの御方が陛下の遺体を回収しているとは思っていませんでした。くくく、これでエルファルドも終わりましたね。あの御方のご命令を遂行できるでしょう)
「よろしくお願いいたしますね、陛下」




