39話 レイラとエルファルド家
「奥様、レイラ様をお連れしました」
「どうぞお入りになって」
時はリオン達が辺境にあるエルファルド邸に到着した頃まで巻き戻る。
リオンがエリザベスに連れて行かれる中、レイラはセバスチャンに案内されていた。
行き先はリオンの祖母。
レイラがエルファルド邸を訪れたのは、祖母がリオンの婚約者であるレイラと会ってみたいと呼ばれたからである。
(失礼のないようにしないと)
緊張するレイラ。
もし下手なふるまいをしてしまったら、婚約者と認めてもらえないかもしれない。それだけは避けたく、できるのなら良い印象を与えたい。
レイラにとって勝負どころはここだった。
「レイラ様、どうぞ中へ」
「はい。失礼いたします」
セバスチャンに促されたレイラは、生唾を飲み込むと静かに扉を開けて中に入る。
綺麗な部屋の中には、ふくよかな身体をした老婆がいた。レイラが口を開く前に、老婆がこちらに近づいてくる。
「まぁまぁ、なんて可愛いらしい子かしら。貴女がレイラさんよね」
「は、はい。お初にお目にかかります、メアリー様。リオン様の婚約者のレイラ・ベルンツベルンと申します」
「ふふふ、そんなに固くならないでいいわ。ほら、ここに座って」
「はい、失礼いたします」
「紅茶はお好きかしら」
「はい、好きです」
リオンの祖母――メアリーは、至って普通の優しいお婆さんだった。
リオンやジオ、エリザベスとエルファルド家の人間は気難しく恐い印象があったため、どんな女傑が出てくるかと気構えていたが、全然そんなことはなかった。
気品もある可愛らしいお婆ちゃんといったところだろう。
「どうぞ、お口に合えばいいのだけど」
「美味しいです」
「それはよかった」
淹れてくれた紅茶を一口飲んで感想を言うと、メアリーは嬉しそうにレイラの対面に座る。
「改めて、メアリー・エルファルドです。レイラさん、遠いところまで来てくれてありがとう」
「いえ、私の方こそお呼びしていただき感謝いたします。メアリー様とお会いできて光栄です」
「それなら良かったわ。ほら、このクッキーも紅茶に合って美味しいわよ」
「いただきます」
甲斐甲斐しくしてくれるメアリーに対し、レイラはまだ緊張していた。固くならなくていいとは言われているが、レイラの性格的に急にくだけた態度を取るのは難しい。
そんなレイラの気持ちを察してか、メアリーから話題を振る。
「一度でいいから、孫の婚約者とお会いしてみたかったの。そしたらこんなに可愛らしくてしっかりした子だから驚いちゃった。リオンが良い人と縁を繋げて安心したわ」
「お褒めいただきありがとうございます。私もリオン様の婚約者になれて光栄です」
私なんて全然可愛いくないししっかりしていませんと口に出そうとしたが引っ込めた。謙遜するよりも素直にお礼を伝えた方がいいだろうと思ったからだ。
「う~ん、本当にそうかしら?」
「それは、どういう意味でしょうか?」
突然意味深なことを言い出すメアリーにレイラの血の気が引く。何か失礼なことを言ってしまったのではないかと戦々恐々としていると、メアリーは慌てて手を振り、
「あら、誤解させてしまったかしら。レイラさんを責めている訳じゃないのよ。私はただ、貴方がリオンとの婚約に不服を抱いていないか心配だったの」
「えっと、何を心配されているのでしょうか?」
「ほら、リオンってあれじゃない? 孫のことを悪く言いたくないけれど、全然しっかりしていないというか……」
(メアリー様は今のリオン様を知らないのですね)
心配している理由が分かった。
リオンは“エルファルド家のろくでなし”と呼ばれるくらい悪評が世に流れている。そんな孫と婚約することになったレイラに申し訳なさを感じているんだろう。
「リオンとレイラさんの婚約は、ヴェラさんと貴女のお父様が決めたことだと聞いているわ。この婚約を貴女が望んだものでないとしたら、私が破談にしてもいいのよ」
「……メアリー様のお気遣いは大変嬉しく思います。ですがメアリー様、私はリオン様との婚約に一切の不服はございません」
力強く言い放つ。
メアリーの心配を吹き飛ばすぐらい、はっきりと。
「そ、そうなの? でも、リオンのこと好きでもないでしょう?」
「そんな事はありません。私はリオン様をお慕いしています。いえ、心より愛しています」
「あらあら、まぁまぁ!」
レイラが自分の気持ちを包み隠さず伝えると、メアリーは乙女のように両手を頬に沿えてそわそわする。
リオンのことをよく思っていないかと心配していただけに、まさか愛していると口に出されるなんて思いもよらなかった。
「そ、そうだったの。ごめんなさい、私てっきりリオンのことは嫌いなんじゃないかって思ってたの。そう、愛してるのね」
「はい」
「よければ、リオンのどんなところが好きなのか教えてもらっていいかしら?」
瞳をキラキラさせ、若者の恋バナを聞かせて欲しいと言わんばかりのお婆ちゃんに、レイラはリオンとの思い出を振り返りながら語り出す。
「表に出さないので誤解されがちですが、リオン様はとてもお優しい方です。真面目で努力家ですが、実力をひけらかしたりしません。それどころか、友人の練習に付き合ってあげたり、嫌いな相手にも花を持たせるような懐の深いお方です」
「うんうん、それでそれで?」
「リオン様は何度も私の命を救ってくださりました。自分の命を懸けて、身体がボロボロになっても。リオン様がいなかったら、今頃私も両親もこの世におりません」
「まぁ、リオンがそんな事を?」
「はい。他にも沢山あるのですが、私は特に……」
「特に?」
メアリーが聞き返すと、レイラは照れ臭そうに告げる。
「リオン様のお顔立ちが好みなのです」
「まぁ、なんて可愛らしいのかしら!」
若者の恋バナを聞いて居ても立っても居られなかったのか、メアリーは立ち上がりギュッとレイラを抱きしめる。
顔のことは俗かと思ったが、これも本心である。物語では悪役貴族で嫌われているリオンだが、基本的に顔が良いこの世界の中でも上位を張れるほどのイケメンである。
「そうよね。リオンは顔だけは良いものね」
「いえ、顔“も”です。メアリー様」
メアリーはレイラの身体から離れると、安堵の息を吐いた。
「レイラさんの気持ちを聞けて安心したわ。孫のことをそんな風に想ってくれてとても嬉しい」
「私も自分の気持ちを知っていただけて嬉しいです」
「うふふ。リオンは良い人と巡り会えたようね」
そう言うメアリーはレイラの手を包み込むようにそっと握ると、
「レイラさん、リオンのことをどうかよろしくお願いします。あの子は私の旦那や息子に似て気難しところもあるけど、貴女のような人が安心できるわ。ジオを支えてくれた、ヴェラさんのように」
「ヴェラ様ですか」
「ええ。ジオには勿体ないくらいヴェラさんは素敵な人だった。亡くなってしまったのが本当に残念でなりません。けど、彼女と出会えたからジオも立派になった。ジオを支えてくれたヴェラさんのように、レイラさんもリオンを支えてあげて欲しいの」
「お任せください。私の全てをかけてリオン様を支えます」
「ありがとう、レイラさん。貴女ならきっと大丈夫。きっと」
(ありがとうございます、メアリー様。ですが……)
自分を認めてくれたメアリーに感謝する一方で、レイラは一抹の不安を抱いていた。
もしリオンが婚約破棄を申し出たら、メアリーの想いを裏切りってしまう。
例えそうなったとしても、レイラは陰ながらリオンのことを支えていく覚悟を抱いていた。
◇◆◇
「レイラ嬢、少しいいか」
「エリザベス様」
別日、客室にいるレイラのもとへエリザベスが訪れた。
大の男より立派な体躯をしている女傑に緊張していると、エリザベスが尋ねてくる。
「レイラ嬢は氷属性の魔術を得意としていると聞いた。私も母上の属性を色濃く継いで雷属性より氷属性を得意としている」
「はい、存じ上げております」
なんせ【氷血の魔女】という異名があるくらいだ。
エルファルド家は代々雷属性を得意としているが、エリザベスはエルファルド家よりもメアリーの家系を濃く引き継いでいた。
「レイラ嬢さえよければ私が氷魔術について指導したいと思っているのだが、どうだろうか」
「ありがとうございます。是非お願いしたいです」
「そうか! それは良かった!」
レイラが賛同してくれて喜ぶエリザベス。
彼女としてもリオンの婚約者にどう接したらいいか悩んでいたが、貴族令嬢らしいことは遠ざけていたのでレイラが鍛錬に付き合ってくれて安堵した。
早速訓練場に移動すると、エリザベスがレイラに問いかける。
「レイラ嬢は何級まで習得している」
「申し訳ございません。未だに中級までしか習得しておりません」
「悲観しなくていい。その歳で中級を使えたら上出来だ」
リオンは既に上級どころかもっと凄い魔術を覚えているのに……とは口に出さない。勝手にリオンのことを話すのは実力を隠している彼の迷惑になってしまうだろうから。
「氷魔術は難しい。基本五大属性である水属性魔術からさらに構築させなければならない派生魔術だからな。だが、氷魔術の本質を掴むことができればすぐにモノになる」
「氷魔術の本質……それはいったいなんでしょうか?」
「自然の水を使うことだ」
「自然の水……ですか? 雨水や川の水を使うということでしょうか?」
「それでもいいが他にもっと身近で適したものがあるぞ。レイラ嬢の父がどう教えているのかは分からないが、今から私のやり方を教える」
そう言うや否や、エリザベスは右手を上げる。すると手の平の上からパキパキと氷が生成された。
「呪文を唱えていないのに、何故氷が!?」
「魔術は自身の魔力に呪文という命令を与えて形を成し、発動する。火属性魔術ならファイアと唱えれば魔力が炎に成って放出されるようにな。この仕組みは分かるな?」
「はい、魔術の基本ですので」
「では氷魔術を発動する時は?」
「水属性の魔力を作ってから氷属性に変換し、氷魔術を発動させます」
「その通り。氷魔術は派生魔術のため基本属性の水魔術より一つ手間がかかる。土魔術から派生した木魔術しかり、雷魔術から派生した光魔術しかりな。技量により極限まで時間は短縮できるが、理論的に派生魔術が基本属性に発動速度で勝てることはない」
今更ではあるが、派生魔術とは基本属性魔術から生まれる魔術である。
火が熾れば闇が生まれ、水が冷えれば氷が生まれ、雷が鳴れば光が生まれ、風が吹けば音が生まれ、土が豊なら木が生まれる。
といったように派生魔術は基本属性が元になっているので、派生魔術を使うには資質があるのが大前提で、使えるようになるまでも鍛錬が必要であった。
「だが、実は派生魔術でも基本属性と同じにできる。それが呪文を唱えなくても発動できる“魔術モドキ”だ。無詠唱魔術と呼んでいる学者もいるそうだがな」
「魔術モドキ……ですか?」
聞き慣れない言葉にレイラが首を傾げていると、エリザベスが続けて説明する。
「魔術を研究している学者によると、この世界には目に見えないほどの水が空気に含まれているそうだ。驚くことにその水にも魔力が含まれているらしい」
「そうだったのですか……」
この世界は魔術が存在するため、まだ科学、化学の発展が乏しい。しかし、研究者や学者の中には魔術以外の力や自然現象について解明している者もいた。
「私達の周りは目に見えない水だらけだ。ならばわざわざ水属性の魔力を作ってから氷魔術を発動する必要はない。元々ある自然の水に干渉して氷属性に変換し、氷魔術を発動する。こんな風にな――アイシェード・ブロッサム」
エリザベスが呪文を唱えると、目の前に巨大な花の氷像が出現した。余りにも速い発動速度にレイラの目が見開く。
「上級魔術をあんなにも速く……それに魔力を練っている時間も殆どなかったです」
「よく気付いたな。自然の水を媒介にしているので僅かな魔力だけで上級魔術を使うことができるんだ。それに水属性の魔力を作る必要もないから基本属性と同じ速度で発動できる」
「凄いです! 魔術の発動にこんなやり方があったなんて!」
新たな可能性を垣間見て喜びを隠せないレイラに水を差すように、エリザベスは続けて、
「だがこのやり方にはデメリットがある」
「デメリットですか……」
「うむ。自然の力に干渉するのは自分の魔力を使うより遥かに難しい。一歩間違えれば魔術が暴走し、凍傷したり身体が丸ごと氷漬けになってしまうこともある。私も若い頃はよく怪我をしたものだ」
因みにラドクリフもエリザベスと同じように魔術を使うことができる。しかしこのやり方は危険がつき纏うので、学生である内は娘に教えることはしなかった。
「脅しておいてなんだが、それでもやるか? レイラ嬢」
「やります……教えてください、エリザベス様」
危険は承知。しかしレイラは、少しでもリオンの力になれるように、守られるばかりではなく支えるようになりたかった。
「その意気や良し。だが、この方法は必ず一人でやらず私の前で行うこと。それを守るのなら教えよう」
「分かりました。よろしくお願いいたします、エリザベス様」
覚悟を決めたレイラは、エリザベスの指導により新たな魔術の鍛錬を開始したのだった。




