38話 地獄の猛特訓
「リオン、朝食は食べたか」
「はい」
「なら私についてこい」
エルファルド家の実家に来て二日目。
うちの料理長にも劣らない美味しい朝ごはんを食べ終えると、待ってましたと言わんばかりのエリザベスに呼び出された。
彼女の後をついていくと、兵士の訓練場に案内される。そこではむさ苦しい男どもが朝から筋トレしたり素手や武器を持って組手をしたりしていた。もしかして俺、今からあの人たちに混ざるの?
「見ろリオン。あーやって日々鍛えているから、我がエルファルド家の兵士は屈強なんだ」
「そのようですね」
「長期休暇の間、今からあそこでお前を鍛える。私直々にな」
(ですよね~)
覚悟はしていたけど、いざやるとなると憂鬱だな。
まぁ死亡フラグを回避するためにももっと強くなろうとは思っていたし、丁度いいかもしれない。本当は自分一人で鍛えた方が鍛錬になるんだけど、ここは祖父と伯母の顔を立てて付き合ってやるか。
「よぉお前等、やっているか」
「「おはようございます! エリザベス様!」」
(軍隊かよ……いや軍隊ではあるんだけどさ)
エリザベスが声をかけた途端、訓練していた兵士たちが手を止めて直立し大声で挨拶をする。あの人たちそのうち「YESマム!」とか言い出しそうだな……。
「紹介する、こいつは私の従弟のリオンだ」
「エルファルド家嫡子、リオン・エルファルドだ」
「リオンって確か……」
「ああ、“エルファルド家のろくでなし”だろ?」
エリザベスに紹介されたので名乗ると、兵士たちがざわつき出す。あっ、やっぱりリオンの悪い噂はここにも届いているのね。
すんごい舐められているような視線を送ってくるんだけど。仕方ないとはいえ不愉快だな。
「暫くの間、私直々にリオンを鍛えることになっている。お前達の邪魔はしない」
「うわぁ、エリザベス様が直接かよ」
「あのろくでなし、死んだな」
ええ、そんなにキツいの……?
「ここにいる間はリオンのことを貴族の息子扱いしなくていい。兵士の流儀を見せろ」
「「はい! エリザベス様!」」
なんてイキイキした返事だろうか。
こいつら絶対俺のこといたぶる気だろ。
「話は以上だ。さてリオン、覚悟はできているな?」
「はい」
「ふん、口ではなんとでも言える。先に言っておくが、私はお前の父のように甘くはないぞ。同じ相手に二度も負けやがったテメエの軟弱な身体と根性を叩き直してやるからな」
「望むところです」
「ほう……では早速取り掛かろう」
そうして、エリザベスによる地獄の猛特訓が幕を開けた。
「リオン、ランニング100週!」
「はい!」
「リオン、腕立て伏せ100回!」
「はい!」
「リオン、腹筋100回!」
「はい!」
「リオン、上体起こし100回!」
「は……い」
「おらおらどうした! 声が小さいぞ声がぁ!」
「は、はい!」
「リオン、素振り1000回!」
「ぐっ……」
「腕が止まってるぞ! 根性見せろやリオン! そんなひ弱だから同じ相手に二度も負けるなんて恥を晒すことになるだろ~が!」
そんなこんなで長い回想が終わり、冒頭に戻る。
「はぁ……はぁ……」
疲れた……マジで疲れた。
今時無茶な根性トレーニングは身体を壊すだけで意味ないんだぞ。筋トレは適切な数と質が重要なんだよ。まぁ、俺の世界の科学的根拠を述べたところでエリザベスは聞いちゃくれないだろうけど。
「立てリオン、休んでいる暇はないぞ。今からあいつらと素手の組手を行う。十人倒すまで終わらないぞ」
ひぇぇえええ。
「おい、誰かリオンの相手をしてやってくれ」
「なら俺がやりますよ」
エリザベスが命令すると、若い兵士が立候補する。うわぁ、俺をいたぶってやろうという気をビンビンに感じるよ。
「エリザベス様のご命令だ。ボコボコにしても悪く思わないでくださいね、お坊ちゃん」
「貴様こそ、すぐ笑えなくしてやろう(ボッコボコにしてやんよ!)」
「始めろ」
多くの兵士たちに注目される中、エリザベスが合図を出す。刹那、先手必勝と言わんばかりに兵士が殴りかかってきた。
「おらぁ!」
「遅い」
「ぐぇ!?」
余裕を持って拳を躱し、顎に掌底を喰らわせて怯ませてからの側頭部に回し蹴り。決着は一瞬だった。
「「おお~」」
「中々やるな」
「次!」
「私がいきます!」
一人を皮切りに、次々と兵士の相手をする。
兵士は屈強で体格差もあるが、こちとらセバスチャン相手に格闘術を磨き上げてきたんだ。大きな相手との戦い方も熟知している。筋肉だけのむさ苦しい野郎共に遅れを取る俺じゃないぞ。
「がはっ!?」
「おいおい、あっという間に十人やられたぞ」
「信じられねぇ……俺達が手も足も出ないなんて」
「“エルファルド家のろくでなし”なんじゃなかったのか?」
ふん、今さら気付いても遅いんだよ。よくも舐め腐ってくれたな。俺は根に持つタイプなんだぞ。
「よし。次は武器での組手十人だ。刃は潰してあるが当たり所が悪いと死ぬからな。気を抜くんじゃないぞ」
「無論です」
俺は刃が潰れた剣を貸してもらった。一人目の相手は槍。剣とはリーチの差で相性が悪いが、そこは技量で覆そう。
「せい!」
「……」
「ほらほら、さっきまでの威勢はどうしましたかぁ!」
槍の突きを躱し続けるのは難しい。重要なのは間合いを見極めること。槍の間合いに入らず軌道を見極め、目を慣らしてからタイミングを合わせて穂先を弾く。
体勢を崩したところで一気に間合いを詰め、剣先を兵士の首筋に当てる。
「これが戦場だったら貴様は死んでいるぞ」
「くそ……」
「次だ」
それから俺は長剣、大剣、斧、弓と様々な武器と戦った。一度も敗れることなく、十人連続で倒すことに成功する。
「すげー、なんて剣才だ」
「格闘術も凄かったが、剣術は達人級だろ」
「……リオン、ちょっと来い!」
周りにいる兵士たちが俺の実力に圧倒されている中、エリザベスに呼ばれる。すると彼女は俺の身体をペタペタと触ってきた。
いきなり何してるんだこの人。
「脱げ」
「は?」
「服を脱げと言っているんだ!」
「分かりました」
仕方なく上の服を脱ぐと、エリザベスは俺の身体をジロジロと観察する。もう、さっきから何だってたんだよ。
「ふむ……中々仕上がっているな。ここ最近のものではない。少なくとも一年以上前から鍛えられた筋肉だ。リオン」
「何でしょう」
「お前、本当に負けたのか?」
「っ!?」
え、何、何で疑われているんだ?
驚いて返事ができないでいると、エリザベスは確認するように尋ねてくる。
「お前が二度負けた平民は、魔術が使えない代わりに魔術を消す力を持っているようだな」
「はい(それくらいの情報は知っているか)」
「魔術師にとって魔術を消す力は天敵と言っていいほど厄介だ。だからお前が二度負けたことも納得できる。だが、今になって疑問が浮かび上がった」
エリザベスは考える仕草をしながら、頭の中で整理した言葉を口に出す。
「向こうも魔術を使えないのなら自ずと格闘戦になるはずだ。貧弱なお前は負けるべくして負けた。だから私が直々に軟弱な根性を叩き直し、鍛えてやろうとした。が、お前は私が課したトレーニングを一度も値を上げることもなくやり遂げた」
めちゃくちゃキツかったけどね。
「さらには、ここにいる屈強な兵士たちと戦い無傷の連勝。剣に関してはセバスチャン並みだ。改めて聞くぞ、リオン」
「……」
「お前、学生相手に本当に二度も負けたのか?」
めちゃくちゃ疑われているんだけど。
エリザベスからしたら、俺がカイトに負けたのがどうしても信じられないようだ。彼女の疑問は間違っていない。だって俺、わざと負けてるしな。
う~ん、これ、どうやって答えればいいんだ。はいと言って彼女が素直に納得するだろうか。
なんとか納得してもらえる答えを言ってみよう。
「どうなんだ」
「はい、負けました」
「どうやって?」
「一度目の決闘では魔術を消す力に動揺してしまい、不意を突かれて負けました。二度目の予選会では追い詰めはしたのですが、突然常人離れした力を発揮され負けました」
「常人離れした力……か」
カイトの覚醒した力については詳しく教えずボヤかした。火事場の馬鹿力ぐらいに思ってもらえればいいだろう。
「そうか……ならその平民に対抗する力をここにいる間で身に付けろ。兵士たちにも良い刺激になるはずだ」
「わかりました」
ちっ、帰させてはくれないか。
「皆さ~ん、お昼ご飯を作ってきましたよ~」
「ダーリン!」
(ダ、ダーリン?)
割烹着を着た男性が声をかけてきたと思ったら、エリザベスが声色を変えて走っていく。男性にガバッと抱き付いたら、人目も憚らずイチャイチャしだした。
「母上、兵士の皆さんが見てますよ。はしたないのでお止めください」
「そんな固いこと言うなよワイズ~」
「ちょ、やめ、本が潰れてしまいます母上!」
次は男性の隣にいる、本を持っている小さな男の子を抱きしめた。ワイズっていうことは……。
(そうか、エリザベスの旦那と息子か)
眼鏡をかけていて、おっとりした優しそうな男性が婿のザック。
同じく眼鏡をかけていて、かしこそうな顔立ちの男の子が息子のワイズ。
あの鬼教官も旦那の息子の前だとあ~なるんだな。ギャップがあり過ぎてちょっと気持ち悪いぞ。
「ご飯を作ってきたので皆さんで食べてください」
「「旦那様、いつもありがとうございます!」」
え、今日だけじゃなくていつも兵士のご飯を作ってるの?
やけに似合っている割烹着姿といい、ザックは専業主婦みたいだな。
「お久しぶりです、ザック様(俺は初めてだけど、リオンはザックと会っているからな)」
「久しぶりだね。リオン君、エリザベスの無茶に付き合わせてごめんよ。何かあれば僕の方から彼女に言っておくからね。ご飯も食べて」
「お心遣いありがとうございます」
なんて優しい人なんだろうか。
俺が会ってきた貴族の中でザックが一番まともだよ。
「リオン様、お久しぶりです……」
「ああ」
ワイズとリオンの仲はどうだったのだろうか。血が繋がっているとはいえ、住んでいる場所が離れているから会う頻度も少なかっただろうし。
まぁ相棒のことだから気にもしなかったんだろうな。それか自分以外の後継ぎ候補だから忌々しく思っていたか。
う~ん、俺に対するワイズの反応を見た限り両方かもしれない。
別に仲良くなる必要はないんだけど、家族なんだし俺から歩み寄ってみるか。それでダメなら諦めよう。
「もう学校に通っているのか」
「はい……」
「何か分からないことがあれば教えてやる」
「え……いいのですか?」
「ああ」
「ありがとうございます!」
「それと、俺のことはリオン様ではなく兄と呼べ」
「は、はい! 兄上!」
うん、喜んでくれてよかった。意外とワイズはリオンのことを嫌っていないのかもしれない。それならこれから仲良くなっていけばいいだろう。
それにしてもワイズはエリザベスの息子とは思えないほど賢くて可愛いな。優しいお父さんに似て本当に良かったよ。




