36話 魔導飛行船
「それでは行って参ります、父上」
「うむ」
「行ってきます、お父様」
「おう、あちらさんにしっかり挨拶してこい。リオン、レイラを頼んだぞ」
「承知いたしました」
明朝。
祖父母が住んでいる辺境に向かうべく、ジオとラドクリフに見送られながら出発した。
メンバーは俺とレイラ、馬車を運転するセバスチャンに、俺とレイラの身の回りの世話をするリコの四人だ。
馬車に乗ってゆらゆらと出発したのだが……。
「……」
「……」
(き、気まずい!)
セバスチャンとリコは運転席にいるので、馬車の中には二人きり。絶賛コミュ障を発動中の俺は、対面に座っているレイラに話しかけられずにいた。
(いや~、それにしてもやっぱりレイラは可愛いな~)
馬車の窓から外の風景を眺めている彼女の横顔を見て改めて思う。
雪のように真白な髪と柔肌。長い睫毛に、吸い込まれそうな青い瞳。少女のような可愛いらさもあり、大人の色気もある綺麗な顔立ち。そこそこ大きな胸に、細い腰と長い脚のモデル体型。
う~ん、ビジュアルが圧倒的過ぎる。俺の好みどストライクで、一生見ていられる可愛さだ。
(やっぱり今の方がいいな)
隠れ目のレイラも好きだけど、顔に傷がない方が断然良い。物語のレイラは顔の傷に引け目を感じて俯きがちな性格だったけど、今のレイラは堂々としているもんな。
物語を変えることになってしまったが、全く後悔はしていない。俺と本物のリオン、二人で選択した未来だ。何度やり直そうとも俺達はレイラを助けるだろう。
「……私の顔に何かついていますでしょうか?」
(げっ)
見つめ過ぎていたのがバレてしまった。
無視する訳にもいかないし、これをきっかけに少し話してみるか。
「何でもない。平民のクラスはどのような感じだ?」
「どのよう……ですか。和気藹々としています。最初は貴族と平民の生徒の間で小さないざこざやわだかまりもありましたが、カイトさんやユイさんのお蔭で今は団結しています」
「ふむ」
「カイトさんが魔術大会の予選会で準優勝したことも大きな要因です。彼の実力を見た貴族の生徒たちもカイトさんを認めるようになりましたから」
(そこは物語通りだな)
物語においても、カイトたち平民と貴族の生徒は反発が起きていた。弱小とはいえ貴族の生徒はプライドがあるから、平民を下に見ている。
大貴族のユイがカイトの味方をしている手前露骨な嫌がらせとかはなかったけど、魔術の授業で「魔術も使えないのに授業に出てくるんじゃねーよ」みたいな悪口を言ったり嘲笑したりしていた。それで貴族の生徒とカイトの友人ガイが度々揉めていた。
けれど、カイトが予選会で準優勝してから手の平を返すように態度がころっと変わる。魔術が使えずとも実力を示したカイトを認めるようになったんだ。
そこから貴族と平民の生徒の垣根もなくなった。
「お前は……」
「……?」
「お前はカイトをどう思っている?」
それについて知っておきたかった。
レイラも平民クラスにいるが、まだカイトと大きな接点はない。カイトがレイラと接点を持つようになるのはリオンがレイラに婚約破棄を言い渡してからだ。
だから、今の時点でレイラがカイトのことをどう思っているのか知りたかった。カイトの第二ヒロインとして、少しくらい好意を抱いていたりするのか。
(なんか嫌だな……)
カイトとくっつく事が分かっていたとしても、自分の好きな人に「あいつのことどう思ってんの?」って聞くのは心が痛い。好きですよ、なんて言われたらガチで凹むぞ。
「カイトさんのことですか? 率直な感想を言うと、リーダーシップがあり明るく元気な人だと思います。魔術を消せる特異な能力を持ち、逆境に立ち向かえる勇敢さと困っている人に手を差し伸べる優しさを兼ね備えたお人なんだと思います」
「奴のことを随分認めているようだな。カイトに惚れたか?(わ~、すっごい褒めるじゃん)」
「……」
「どうした」
俺の問いかけに、「急に何を言っているんだこいつは?」みたいな表情を浮かべて黙るレイラに聞くと、彼女は不思議そうに首を傾げ、
「それは、私がカイトさんに好意を抱いているのか、という意味でしょうか?」
「ああ」
「それはあり得ません。私は率直な感想を言っただけです。リオン様が勘違いされたのでしたら謝ります」
「いや……違うなら構わん(ほっ)」
って、何でほっとしてるんだよ俺。
いずれカイトとレイラはくっつくんだから、今からカイトに好意を持ってもらっておいた方がいいじゃないか。
にしても“あり得ません”か……随分と断言するんだな。
「リオン様、私からもご質問してもよろしいでしょうか」
「ああ」
「リオン様はユイ様のことをお慕いしているのでしょうか?」
「っ!?(ぶほっ!)」
あっぶねぇ、リオンの身体じゃなかったら盛大に吹いていたところだった。
突飛な質問をされて驚いたよ。まさかレイラからユイについて言及してくるとは思いもしなかったもんな。
勘ぐっているってことは、リオンがユイを好きなことをこの時点でレイラは知っているのか?
本物のリオンは学園でもユイにしつこくつき纏っていたはずだけど、俺はそうじゃないから怪しむ要素は少ないはず。どこで気付いたんだろうか。いっそ本人に聞いてみるか。
「何故そう思った」
「女の勘です」
「女の勘……か」
「はい(リオン様がユイ様と話す時の顔やわかりやすい態度を見ればわかりますよ)」
女の勘って言われたら何も言い返せない。俺ではなく、リオンがユイを好きなのは実際当たってるしな。
いやこれ、何て答えよう。この時点で好きだと言っておいた方がいいのか?
いやでも、これから婚約者を祖父母に紹介するっていうのに気まずくなるし、レイラに対して超失礼だろ。
うん、今言うのはやめておこう。
「俺は――」
「申し訳ございません。やっぱり答えなくていいです」
何とも思っていない、と言おうとする前にレイラに止められる。
そりゃそうか。彼女としても、婚約者の口から別に好きな人がいるとか言われたらたまったもんじゃないしな。
「わかった」
「……」
それを最後に、俺とレイラが口を開くことはなかった。
◇◆◇
「わ~凄いですねリオン様! 魔導飛行船なんて私初めて見ましたよ!」
「そうだな(でっけ~! かっけ~!)」
大きな飛行船を見上げてはしゃぐリコに同意する。外面ではスカしているが、内心では子供のように浮かれていた。
ザッカートに止まっている魔導飛行船は、魔力を動力として空を飛ぶ飛行船だ。
祖父母が住んでいる辺境に行くには馬車だと一週間ほどかかってしまう。けれど魔導飛行船に乗ればたったの二、三時間で着けてしまうんだ。
ただし、乗車するのは敷居が高い。基本的には貴族か身分がしっかりした者しか乗れないし、乗車料金がバカ高かった。要は偉い人か金持ちしか乗れないのである。
こういう時は、大貴族のリオンに転生して良かったと思えるよ。
「手を」
「あ、ありがとうございます」
階段を使って飛空船に乗り込む際、先に乗り込んでいた俺はレイラに手を差し出す。驚きながら手を掴む彼女を優しく引っ張りエスコートした。
「うわぁ、中も広くて綺麗ですねぇ!」
「そうだな」
飛行船の中は高級ホテルにも劣らない内装だった。貴族しか乗らないから金をかけて見た目を凝ったんだろうな。
俺達以外にも乗客はいるが、それほど多くはない。飛行船は俺の世界の飛行機のように一般人を沢山を乗せる訳ではなく、王族や貴族といった偉い人や金持ちを乗せるのが目的だからだ。だから個室も備わっている。
「レイラ様、個室を用意いたしましたのでご案内いたします」
「ありがとうございます」
セバスチャンがレイラを連れていく。
俺だけではなくレイラにまで個室を取るとは太っ腹だよな。
流石にリコとセバスチャンは一部屋を二人で使うようだが、ってことは合計三部屋取っているのか。料金は聞いていないけど、エルファルド家の財力半端ねぇな。
(さて、折角だし中を探検してみようかな)
辺境付近の駐機場に着くまで異世界の飛行船を見ておこう。そう思って個室から出たところで、船内にアナウンスが響き渡る。
『魔導飛行船、ただいまより離陸いたします』
「今から飛ぶのか」
ん? 今飛んでる? 全然そんな感じしないぞ。
飛び始めているのか気になって窓の外を見てみたら、本当に飛んでいた。
え~、全然振動とか浮遊感とか感じなかったんだけど。すげ~な魔導飛行船。
関心しつつ探検を再開。しかしすぐに見終わってしまい個室に戻ってゆっくりしていると、ズガンッ! と船が大きく揺れる。
「な、何だ!?」
『ただいまの揺れに関してお客様にご案内いたします。ワイバーンの群れに取りつかれたことにより、一時停止いたします』
「げっ、マジかよ……」
ワイバーンに襲われるとか運がねぇ。窓の外を覗くと確かに多くのワイバーンが船の周りを飛んでいる。たまたま彼等の縄張りに入ってしまったのだろうか?
魔導飛行船には防御魔術の結界が張られているから壊されて墜落することはないが、どうしても不安になっちゃうよな。
部屋から出てブリッジに向かうと、既にセバスチャンが船長と話をしていた。流石セバスチャン、状況を確認しているんだろう。
「セバスチャン、どうなっている」
「坊ちゃま。一先ずワイバーンが立ち去るのを待つようです。ワイバーン程度に防御魔術が破られることはまずないのでご安心ください」
「そうか、しかし時間がもったいない。万が一もあるし、俺がワイバーンを追い払おう」
「リオン様が? 分かりました、船長に話して参ります」
「頼んだ」
セバスチャンに話をつけてもらう。大貴族のご子息様にそんなことさせられません! と揉めているようだが、何とか押し通したようだ。ごめんなさい船長。
「リオン様、どうされたのですか?」
「何でもない。お前は部屋で休んでいろ」
「ですが……」
ブリッジに来たレイラにそう告げる。
セバスチャンと一緒に梯子を上り、船の見張り台に出た。見張り台はそこそこ広いが、落ちないかって恐くなるな。命綱を着けているから大丈夫だろうけど。
「あれがワイバーンか」
目の前を飛び回っているワイバーンの群れを眺める。そこまで大きくなく、ドラゴンと鳥を足して二で割ったような姿だ。それでも初めて見るワイバーンはかっこよくて男心をくすぐられるな。
「やれそうですか?」
「試してみよう。サンダー、ライトニング」
防御結界の内からワイバーンに向けて電撃を放つが、届く前に消えてしまう。う~ん、弱い魔術じゃ流石に無理か。
仕方ない、強めの魔術を使ってみるか。殺したくないし、なるべく当てないようにしよう。
「ジャッジメント・ボルテックス×三」
「「ギャーーーー!?」」
落雷を三つ落とし、ワイバーンを驚かす。目の前に落ちた落雷にビビったのか、ワイバーンは逆ギレすることもなく雲の子を散らすように去っていった。
「流石坊ちゃま、お見事です」
「当然だ(余裕のよっちゃんですよ)」
これで船も動き出せるだろう。
流石にもう厄介ごとは来ないよな? フラグじゃないからね?




