35話 義姉妹
「リオン様、驚いていましたね」
私――レイラ・ベルンツベルンは、婚約者のリオン・エルファルド様の家を訪れていた。
そうなった経緯は、辺境に住まわれているリオン様のお婆様が婚約者の私に会いたいと言ってきたからです。リオン様のお父様であるジオ様が突然訪ねてきて、私にお願いしてきた時は凄く驚きました。
ご一緒するかどうか一瞬悩みましたが、いずれ親族になるお方の頼みを断る訳にはいかないと、引き受けることにしたのです。
まさかお父様も一緒に来るとは思いませんでしたが……。
ただ、私には一つ気が掛かりがあります。
「リオン様の未来の妻として呼ばれましたが、リオン様と添い遂げることはできるのでしょうか……」
私はリオン様を愛しています。
学校で平民の子供にいじめられていたところを助けられた時に初めてお会いしてから始まり、闇の魔術師に大悪魔イフリートと、何度も命を救っていただきました。
それも、自分の命を懸けてまで私の為に戦ってくれたのです。
表ではぶっきらぼうでも、裏では心優しいリオン様のことを心の底から愛しています。
ですが、リオン様のお気持ちは私ではなく他の人にあるようです。もし彼が私との婚約を望んでいないのでしたら、潔く身を引くつもりです。
例えリオン様が他の方と共になろうとも、私は一生あの方を愛し、支えていく覚悟を持っています。
ただそうなると、婚約者として来て欲しいと頼んできた彼のお婆様には申し訳ありません。きっと……私がリオン様の妻になる未来は訪れないでしょうから。
「それでも私は、最後まで諦めたくありません」
リオン様の幸せを望む一方で、できることなら私が彼の隣に居たい。私が幸せにしてあげたい。彼の悩みを少しでも背負ってあげたい。
リオン様から正式に婚約破棄を言い渡されるまで、私は貴方の隣でいることを諦めません。
「レイラ様、部屋に入ってもよろしいですか?」
「ええ、どうぞ」
改めてリオン様のへの想いを確認していると、コンコンと扉が叩かれる。入室の許可を出すと、部屋に入ってきたのはとても可愛い女の子でした。
「お久しぶりです、レイラ様。お兄様の妹のサラですわ」
「レイラ・ベルンツベルンです。久しぶりね、サラさん」
しっかりと貴族の挨拶をしてきた女の子――サラさんに、私もきちんと対応する。
サラさん……なんて可愛いらしいんでしょうか。髪色はリオン様と違って銀色。ジオ様も金色でしたから、お母様譲りですね。
それにしても、以前お会いした時より大きくなりましたね。
「レイラ様とお話ししたいのですが、よろしいでしょうか?」
「勿論です」
「本当ですか!? 嬉しいですわ!」
おずおずと聞いてくるサラさんに返事を返すと、パァと笑顔を浮かべる。ここは客室で誰もいませんし、二人きりでゆっくりお話しできます。
サラさんは対面にある椅子に座ると、興味深そうに小さな口を開きました。
「私、ずっとレイラ様とお会いしたかったのです! やっとお会いできましたわ!」
「訊ねに来なくてごめんなさい」
「レイラ様は悪くないですわ。どうせお兄様が、レイラ様を家に呼びたくなかっただけですから」
婚約が決まってから私とリオン様は、一年に一度顔合わせをしている。けれど、顔合わせの場所はいつも私の家でした。
「あっ! 勘違いしないでくださいまし! 別にお兄様がレイラ様を嫌っているという訳ではなくて、きっと恥ずかしいからですわ!」
「ふふ、大丈夫です。それに私、何度もエルファルド家に来ているんですよ。まだ小さかったサラさんともお会いしています」
――リオン様のお母様、ヴェラ様が亡くなるまでは。
「はい、うろ覚えですが覚えておりますわ」
「よかった」
ヴェラ様はお父様と幼馴染で仲が良く、私とリオン様の婚約を取り付けたのもヴェラ様です。婚約が決まってからは、ちょくちょくエルファルド家にお邪魔させていただきました。
その時に、まだ小さいサラ様ともお会いしております。
私がエルファルド家に呼ばれなくなったのは、ヴェラ様が亡くなってからです。
太陽のように明るく、包み込むような優しい心を持つ人でした。そんなヴェラ様が亡くなってから、リオン様も変わってしまいました。
“エルファルド家のろくでなし”と呼ばれ悪い噂が目立つようになったのも丁度この頃からです。
元々私とリオン様の婚約はヴェラ様の思いつき。ヴェラ様が亡くなってからはエルファルド家に呼ばれることもなくなりましたし、リオン様とお会いする回数も徐々に減りました。
(けれど、そのことは言えません)
本当のことをサラ様に言う訳にはいきません。亡くなったお母様のことを思い出させて悲しませることはできませんから。
「レイラ様はいずれお兄様と結婚なさりますから、そうなると私の義姉様になりますわよね?」
「え、ええ」
「でしたら、その……レイラ様のことをおねえ様とお呼びしてもよろしいでしょうか?」
どうしましょう……私がリオン様と結婚する可能性は少ないですが、それをサラさんに言う訳にはいきませんし。もじもじと聞いてくるサラさんが可愛すぎて断ることもできません。
「も、勿論です」
「やった! 私、ずっとお姉さまが欲しかったのですわ!」
凄く喜ぶサラさんは、そのまま私の膝の上に乗ってきます。な、なんて可愛んでしょうか。このまま家に持ち帰りたいくらいです。
「レイラおねえ様、もしお兄様のことで手助けできることがあれば何でもおっしゃってください。お兄様のことなら何でも知っている私が力になりますわ」
「ありがとうございます。それでしたら、リオン様の好きな食べ物は何ですか?」
「最近のお兄様は好き嫌いせず何でも食べますわ。中でも――」
サラさんとお話ししていると、リオン様がサラさんをとても大切にしていることがよく分かります。やっぱりリオン様はヴェラ様と同じく心優しい人なんですね。
私もサラさんの期待に応えられるよう、リオン様に振り向いてもらえるよう頑張らないと。
◇◆◇
「レイラのことでお前が家に来た時は驚いたもんよ」
「仕方なくだ。貴様になど会いたくなかった」
「はっはっは! お前でも親父の命令は無視できねーか! あの親父さんおっかね~もんな」
思い出すように笑うラドクリフとため息を吐くジオ。
二人は今、ジオの書斎で久方ぶりに言葉を交わしていた。彼等がまともに話すのも何十年ぶりである。
「ほら、良い酒持ってきたんだ。久しぶりに飲もうぜ」
「一人で飲んでいろ」
「固ぇこと言うなよ」
ラドクリフはワインを開けると、“三人分”のグラスに注ぐ。ラドクリフは美味しそうに飲むが、ジオは一切手をつけようとしなかった。
「どうせ今年もヴェラの実家に挨拶に行ったんだろ?」
「……」
図星だった。
リオンのことで辺境に住んでいる両親から呼び出されたジオは、ラドクリフの家に向かう前に亡き妻ヴェラの実家を訪れていた。
ヴェラを亡くしてから、ジオは毎年かかさず夏に墓参りに訪れている。この世に居ない最愛の妻に会いに……。
ラドクリフが用意した三人分のグラスのもう一つは、ヴェラの分だった。
「子供たちが魔術学園に入学しただろ? するとよ、よく昔のことを思い出すようになったんだ。俺とお前とヴェラも、よく学園で馬鹿なことや無茶なことをやったな~ってな」
「聞き捨てならんな。馬鹿なことをしたのは貴様で、無茶なことをしたのはヴェラだ。私は貴様たちに無理やり付き合されただけにすぎん」
「あれ、そうだったか?」
ジオとヴェラとラドクリフも、リオンやレイラが通っている魔術学園の学生だった。
成績一位のジオ。馬鹿なことをするラドクリフ。正義感が強いヴェラ。異なるこの三人がいかにして出会ったのか。
「でもよ、まさかヴェラが根暗なお前に惚れるとは思わなかったな」
「……」
『ねぇ、何でいつも眉間に皺を寄せているの?』
ジオは学生の頃から他者を寄せ付けず、ずっと独りだった。そんな彼に唯一近づいたのがヴェラである。
つきまとってくるヴェラがうっとおしく無視していたものの、根負けして話すようになり、やがて心を開くようになる。
それからラドクリフも「お前には負けねー!」と絡んできて、いつしか三人でいることが当たり前になった。
ラドクリフの馬鹿に巻き込まれ、ヴェラの正義感に付き合わされていくうちに学園の問題児扱い。それでもあの頃は楽しく、ジオにとって今もなお色褪せない大切な時間。
そしてジオとヴェラは両想いになり、結婚したのだった。
「私も……ヴェラを好きになるとは思わなかった」
「……」
懐かしそうに話すジオは、グラスに入っているワインを一気に飲み干した。そして、力を込めてパリンッとグラスを握り割る。
「だが、私と一緒になったばかりにヴェラを死なせてしまったッ」
「それは違えぞ! あれは不幸な事故だったんだ!」
「貴様はあれを事故というのか?」
「……」
憤怒の表情で睨みつけてくるジオに、ラドクリフも口を噤んでしまう。
ヴェラが亡くなった理由は、炊き出しの時に平民に刺されてしまったため。事故ではなく、事件だった。
そしてその一件から、ジオは平民を憎むようになる。
「最近、闇の魔術師の動きが活発になってきてやがる。貴族に声をかけて数を増やそうとしたり、混血派を排除しようとしてしたりな。混血派の俺も命を狙われた。リオンが助けに来てくれなきゃ死んでいたぞ」
「……」
「なぁジオ、お前も勧誘されているのか? それとももう闇の魔術師の組織の一員なのか?」
「……」
ラドクリフの問いに、ジオは答えず閉口を貫いた。
ジオの代わりに答えるならば、彼はまだ闇の魔術師ではない。いや、“闇の魔術師になる未来が変わった”と言えばいいか。
「魔術学園の無能力者」では、娘のサラがヴェラのように平民の手によって殺されている。愛する妻を失い、さらに娘まで殺されたジオは平民を憎み、闇の魔術師の勧誘を受け組織に入った。
この世界ではリオンがサラを寸でのところで救出したため、ジオは純血派でありながら闇の魔術師にならず中立の立場に踏みとどまっていたのだ。
「答えろよ」
「貴様に答える義務はない」
「テメエ、もしヴェラを……リオンやサラを裏切ったらただじゃおかねぇからな」
「……」
ラドクリフの忠告に、ジオはやはり何も答えなかった。
◇◆◇
「エルファルドはまだ迷っているそうだな」
「そのようです。平民を憎んでいるのは確かですが、中々首を縦に振りません。ご質問よろしいでしょうか」
「構わん」
「何故そこまで奴にご執心なのでしょうか。大貴族ではありますが、我らに組しないのならベルンツベルンのように殺すか放っておいてもよいのでは?」
「あ奴は学生の頃から目をつけていた。大貴族の血を持ち、優秀かつ冷徹。純血派の世界を作るにはあ奴の力が必要不可欠」
「そこまで認めていらっしゃるのですね」
「あ奴だけではなく、息子にも十分素質がある。だが、娘の方はいらん。母に似たのか平民に優しくするという愚かな考えを持っているからな。だからエルファルドを組織に入れるための決め手として殺してしまいたかったのだが、あの策は失敗してしまったな」
「申し訳ございません」
「よい。娘がダメなら他の繋がりを消すまでだ」
「と、おっしゃいますと」
「純血派でありながら私の考えに賛同せず、辺境でぬくぬくと隠居している、今や邪魔者でしかない存在」
「……」
「ジオの家族。エルファルド本家をまとめて潰してやろう」




