33話 知識チート
「わてに会えなくて寂しい思いしてたんとちゃうん?」
「いや、全く」
「このこの~照れんくてもええんやで」
「うっとおしい」
ニヤニヤと肘でつついてくるナナ。面倒臭いこの感じ、相変わらずだなぁ。
突然現れたナナにダル絡みされていると、サラとリコが声をかけてきた。
「お兄様、その方はお知り合いですか?」
「ああ。学園の……同期だ」
友達でもないし、情報を入手する協力者とも言えなから、無難な理由にしておいた。
「わてはナナっちゅいます。リオンはんの唯一無二のマブダチやで」
「嘘を吐くなナナリー」
「ちょ、待ってやリオンはん! その名前は恥ずかしいから呼ばんといてって約束したやん!」
お前が先に嘘を吐いたんだろーが。いつから俺とお前が唯一無二のマブダチになったんだよ。
「まぁ、面白い話し方をされる方ですわね。わたくしはお兄様の妹、サラ・エルファルドですわ」
「リオン様の専属メイド、リコと申します」
ガサツなナナとは違い、サラは貴族令嬢らしくお淑やかに、リコは丁寧に挨拶をする。妹がしっかりしていてお兄ちゃんも鼻が高いよ。
「いや~ん、こんな愛くるしい子がリオンはんの妹なん? リオンはん、わてと結婚しよか」
「却下だ」
「嘘~ん! わてもこんな可愛い妹が欲しいんや~」
誰がお前なんかと結婚するか。
というか大貴族の令嬢であるサラに抱き付くなよ。俺だから見過ごすが、ジオが知ったら焼き殺されるぞ。
「いい加減にしろ。俺に用があるのではなかったのか」
「そうやった! サラちゃんがめんこくてすっかり忘れてもうた。わてはリオンはんを探していたんや」
「俺を?」
「そうやで。マーマン商会に来て欲しいって言ったけど、リオンはん絶対に来る気ないやん?」
よく分かってるじゃないか。長期休暇までナナに会おうとは思わないよ。
「せやからわての方から出向いたっちゅう訳や。ザッカートを張っておれば、いつかリオンはんと会えると思うてな」
「よく俺がザッカートに来たと分かったな」
「そこはほれ、わての情報収集力はリオンも知っておるやろ?」
ニヤリとしたり顔をするナナに、俺は口を閉じた。
確かに彼女の情報の入手力は優れているし、俺も随分と助かっている。
俺の予想だが、恐らく街の門兵を買収しているんだろう。俺が街に来たと確実に知っているのは門兵だけだからな。
「それで、俺に何の用だ」
「ちょいと頼み事があってな。わてのおとんに会って欲しいんや」
「会う前に、頼み事を先に聞こう」
「実はザッカートで店を出したいと思うてんねん。せやけど、許可もなく勝手に出す訳にはいかんから、領主様の息子であるリオンはんに話を通したいと思うてんねん」
「話は分かった。だがそれは俺ではなく領主である父上に言えばいいだろう」
こっちはサラとリコと遊んでいるんだよ。お前の用事に付き合っていたら二人と遊べないじゃなないか。今日のところは話を持ち帰ってもらって、後日ジオ本人に許可を取ればいいだろ。
「そんな冷たいこと言わんといてーな。お願いやリオンは~ん。わても学園でリオンはんの力になってるやろ? 困った時はお互い様って言うやん」
「ぐぬ」
そう言われると弱いな。
ナナが俺に近づいてきたのは今のような場面で使えるようなツテを作るためだし、それを承知の上で協力者になってくれるよう頼んだ。
ここで突き放すのは簡単だけど、それではろくでなしの時に戻ってしまうし、恩には恩で返すべきだ。
俺は大きなため息を吐くと、了承の意思を伝えた。
「わかった。お前の父親に会おう」
「さっすがリオンはん! 話の分かるお人やで! ほんまおおきに!」
「二人ともすまない」
「お気になさらないでください。エルファルド家の者として、お兄様は立派ですわ」
「心配せんでええよ。サラちゃんとリコはんの面倒はわてが見たったる。リオンはんの代わりに街を案内したるわ」
という事で俺達は一度、ナナの父に会うべく服屋を後にしたのだった。
◇◆◇
「お初にお目にかかります、リオン様。私はマーマン商会のマーマンと申します」
「リオン・エルファルドだ」
恭しく頭を下げ挨拶をしてくるナナの父、マーマンに短く返す。
ナナとは違って礼儀はなっているようだ。まぁ商人だから当たり前か。大貴族の俺に馴れ馴れしいナナが特殊過ぎるんだよな。
「ささ、どうぞお座りください」
「ああ」
マーマンが引いてくれた椅子に座ると、彼も対面の椅子に座る。
俺とマーマンは今、ザッカートにある喫茶店を訪れていた。正確には訪れたのは俺だけで、マーマンはここで俺が来るのを待っていたらしい。
俺がザッカートに来たことを知ったナナは、必ず俺を連れてくるって言ってここで待っているように伝えたそうだ。
とうの本人は、サラとリコを連れて街を見に行っている。彼女たちだけでは心配でもあるが、代わりにマーマンが護衛を貸してくれた。
(いかにもやり手の商人って感じだな)
彼の外見はまさに商人って感じだ。
ニコニコと笑みを貼り付け、優しそうで害のない顔。お腹はでっぷりと出ているが、高価そうな服を纏っているので見苦しくなく、金持ちなのが一目で分かる。
驚くことに、マーマンは標準語を話していた。てっきりナナのようにこってこての関西弁を話すと思っていたのだがそんなことはなかった。
見た目通りマーマンはやり手の商人らしい。服屋の店員やサラもマーマン商会の名前を聞いたことがあって、今注目株の商会なんだとか。
「まずは謝罪をさせてください。娘のナナリーがリオン様にご迷惑をおかけして大変申し訳ございません」
「構わん。あいつには学園で世話になっているからな。受けた借りを返すだけだ」
というか、マーマンは娘のことをナナリーって呼んでるんだな。
「ほう……」
「なんだ?」
「いえ、ナナリーがリオン様のお力になられていてほっとしてしておりました(エルファルド家のろくでなしは変わったと聞いておりましたが、どうやら噂は本当のようですね)」
一瞬見定められている視線を感じたが……すぐに安堵した顔になったし気の所為か。とはいえ相手は商人。できるだけ隙は見せないようにしよう。
「それで、ザッカートに店を出したいと聞いたが」
「はい。領主様のお力のお蔭でザッカートは治安も良く、人通りも多いですから是非店を構えさせていただきたいと思っております」
「(最初にジオを褒めるのは上手い話し方だな)ならば俺ではなく、父上に話を通せばいいだろう」
「それが……領主様には何度も謁見の許可をいただくお手紙を送らせていただいているのですが、一度もお返事がないのです。この街の管理者に店を出す許可をいただくこともできますが、私としましては領主様のお許しをいただきたいと思っています」
「ふむ」
なるほど、マーマンはジオに対してちゃんと筋を通したいって訳か。
う~ん、ジオは平民嫌いだからな。貴族の紹介ならまだしも、平民から直接の手紙なんて見向きもしないだろう。
それに店を出す出さないの許可なんて一々関わっていないだろう。それこそ、大きな問題以外はザッカートの管理者に任せているはずだ。
仕方ない、ナナの父親のためだ。俺が人肌脱いでやるとしますかね。
「話は分かった。謁見の件、俺から父上に話を通しておこう」
「本当ですか!? ありがとうございます、リオン様! この御恩は必ずお返しさせていただきます!」
「いらぬ。俺は話をするだけだ。会うかどうかは父上が決める。それより……」
大袈裟に頭を下げてお礼を言ってくるマーマンに、俺はガラッと話題を変えるように尋ねる。
「お前の店はどんな物を扱っている?」
「私の商会が扱っているものですか? 衣服に装飾、食料や武器や雑多など多岐にわたって取り扱っております」
「そうか。ならば俺から一つ、“商談”したい」
「商談……ですか?」
「ああ」
いきなり商談したいと言う俺に対し怪訝な表情を浮かべるマーマン。
どうせ貴族のお坊ちゃんが無茶なお願いをしてくるんだろうと思っていたのだろうが、話の内容を聞くとみるみる内に顔色が商人へと変貌する。
俺が話した内容は、俺の世界にあってこの世界にまだないもの。
カレーにマヨネーズ、プリンといった料理や、将棋やチェス、リバーシなどの娯楽。
そう――俺がしていることは異世界転生であるあるの知識チートだ。
「素晴らしい……! リオン様がこれらをお考えになったのですか!?」
「そうだ(嘘ですごめんなさい)。それで、今伝えた情報をマーマン商会で商品にできるか?」
「はい、勿論でございます。リオン様に教えていただいたものはどれも珍しい料理や娯楽ですが、構造自体はそれほど難しくありません。重要なのはこれを考え生み出した発想力ですから」
「そうか。ならばここからだ商談だ」
商品化できると聞いた俺がそう言うと、マーマンも顔を引き締める。そんな彼に、俺は指を三本立てて、
「俺が考えたアイデアを商品化して商売した時、売り上げの三パーセントを俺に寄越せ」
「……ほぇ?」
俺の話を聞いたマーマンは目が点になり、鳩が豆鉄砲を食ったような顔を浮かべる。完全に思考が停止していたが、すぐに正気に戻った。
「ちょ、ちょっとお待ちください!」
「何だ、不服か?」
「滅相もございません! 逆です、三パーセントは少なすぎます! 商人の私から見てもリオン様のアイデアは必ず売れます。それも爆発的に! なのに売り上げの三パーセントしか要求しないのはありえない。一割……いえ二割は要求してもいいです」
そう言われても、俺は別に金持ちになりたい訳ではない。それに知識はあっても形にできるかどうかはマーマン次第だしな。
(この人、信用できるな)
彼は売上について正直に言った。
金にがめつい商人なら、俺が三パーセントだと言った時に黙っているだろう。やっぱり貴族のお坊ちゃんは馬鹿で助かるぜ、しめしめ……って感じだな。
けれどマーマンは俺に不利になることを自分から言ったんだ。そんな彼なら信頼に値する。
「俺が必要なのは金ではない」
「で、でしたら何故……?」
「最初に言っただろ。これは商談だと」
「え、ええ……」
「俺はお前にアイデアを売る。その対価として俺は売上の三パーセントを貰うが、他に頼みたいことがある」
「それはいったい、何でしょうか?」
恐る恐る聞いてくるマーマンに、俺は一拍置いてから口を開いた。
「もし俺の身に何かあった時、エルファルド家の力になって欲しい」
「っ!?」
俺は全力で死亡フラグを回避するつもりだ。
しかし物語に一切登場しなかった大悪魔のイフリートがレイラの顔を焼こうとしたことで、物語の強制力を思い知った。
物語は何としてでもリオン・エルファルドを殺しにかかってくるだろう。無論死んでやるつもりは毛頭ないが、万が一もある。
その時、誰かに力になって欲しかった。
サラやリコ、セバスチャン。メイド長、料理長に使用人たち。ジオ。皆俺の大切な人だ。
俺が死んだ後、エルファルド家が没落になったりしないように、苦難に苦しまないようにしてくれる協力者が欲しかった。
マーマンならきっと助けてくれるだろう。
「リオン様、そんな事を言ってはなりま――」
「頼む」
(なんという覚悟を秘めた目だろうか。リオン様は本気だ。ならば、商人としても私も彼の覚悟に誠意を見せなければならない)
(ダメか?)
断わられると思ったが、マーマンは力強く頷いて、
「承知いたしました。万が一リオン様の身に何かあった時は、マーマン商会が全力でエルファルド家を支援いたしましょう」
「商談成立だな。ありがとう、マーマン。よろしく頼む」
「こちらこそ、“末永く”よろしくお願いいたします、リオン様」
俺達は握手を交わした。
それから少し経った後、街を見物していた三人が帰ってくる。サラもリコも凄く楽しめたみたいだ。満足してくれて何より。
「ほなリオンはん、また学園でな」
「ああ」
「ナナ様、今日はありがとうございました」
「凄く楽しかったですわ」
「ええんやで。また一緒に遊びに行こや!」
ナナとマーマンと別れの挨拶をして、俺達はザッカートを後にした。
「ナナリー、リオン様は素晴らしいお方だな」
「へへ、そうやろ? わてが見つけたんやで」
「流石私の娘だ。よくやったぞ」
「へへ、そやろ? そんでおとん」
「何だ?」
「わてをナナリーって呼ぶのやめろっていつもいつも言っとるやろがい!」
「あ痛っ!」
◇◆◇
なんとか夕方頃には屋敷に帰って来られた。
いや~、楽しかったけど色々あって疲れたな。
「リコ、馬車の運転ご苦労だった。疲れただろう」
「いえ、このくらい大丈夫です」
行き返りの馬車の運転をしてくれたリコにお礼を伝える。サラは疲れてしまったのか、帰りの馬車では俺の肩に頭を預けて眠ってしまっていた。
サラをお姫様抱っこしながら馬車から降りると、セバスチャンが歩み寄ってくる。
「お帰りさないませ、リオン様。丁度当主様も帰ってこられました」
「父上が?」
あっ本当だ。あっちにも馬車がある。
俺がエルファルド家に帰ってくる前から家に居なかったようだが、ようやく帰ってきたのか。
抱いているサラをセバスチャンに渡して馬車の方に向かうと、馬車からジオが下りてきた。
「お帰りなさい、父上」
「うむ」
「よう坊主」
「べ、ベルンツベルン卿!?」
何でラドクリフがジオが乗っている馬車から出てくるんだ!?
「俺だけじゃねぇぞ」
「はっ?」
「こんばんは、リオン様」
「レイラ……!?」
な、何がどうなってんの~~~~~~!?




