29話 もう一つのクライマックス
「ユイがスレイン先生に連れ去られた!? 本当なのかディック!」
「本当だよ! 僕とガイが廊下を歩いていたら、ユイを抱っこしているスレイン先生を見掛けたんだ!」
「でも、それだけじゃ連れ去ったって決めつけるには早いんじゃないのか? 保健室に連れていっただけかもしれないじゃないか」
「それがよカイト、スレインの野郎が消えたのは「幻の5.5階」への入り口だったんだ」
「何だって!?」
「魔術学園の無能力者」の主人公であるカイトは、友達のディックとガイの話を聞いて驚いた。
彼等の話では、戦闘魔術の先生であるスレインが幼馴染のユイを連れ、禁止区域である「幻の5.5階」に入ってしまったという。
それが事実であるなら、カイトはある疑問が浮かんだ。
「何でスレイン先生が禁止区域にユイを連れていくんだ」
「僕の考えだけど、先生も「魔法の杖」を狙っているんじゃないのかな」
「魔法の杖」とは、どんな魔術でも使える伝説の魔道具のことである。魔術を使えないカイトは、周囲が魔術を使っているのを羨ましく思い、自分も魔術を使いたいと強く思っていた。
とある人物から「魔法の杖」の存在と在り処の「幻の5.5階」を教えてもらったカイトは幻惑魔術を消して「幻の5.5階」にたどり着くも、入り口を守護する門番歩く銅像に追いかけられ、入手できずに失敗してしまう。
諦めたくはなかったが、予選会に集中するためチャレンジはしていなかった。予選会が終わっても、魔術大会の代表者に選ばれたので忙しく、「魔法の杖」のことはすっかり忘れていたのだ。
「なんのために先生が「魔法の杖」を欲しがるんだ?」
「理由なんか知らねーよ。けどよ、どんな魔術でも使えるのが本当なら魔術師なら誰だって欲しいと思うぜ」
「そ、それもそうか。でも何でユイを連れているんだ?」
「僕達が「幻の5.5階」に入ったことを嗅ぎつけたんじゃないかな。あの時はユイも一緒にいたし、協力させようとしているんだよ」
「あの野郎は平民嫌いだからな。平民の俺達は除いて、大貴族のユイに協力を頼んだんだ。けど断られたから、強引に連れ去ったのかもしれねぇ」
ディックとガイの推理は納得できるものだった。
平民かつ魔術を消せる能力を持つカイトは、スレインから特に嫌われていた。カイトだけには協力を頼まないだろう。
「どうする、カイト」
「ユイを助けに行く」
「お前ならそう言うと思ったぜ!」
「僕達も一緒に行くよ。「魔法の杖」をスレイン先生のような人に渡すわけにはいかないからね」
「ガイ、ディック……ありがとう!」
頼りになる仲間に感謝するカイト。
例え一人でもユイを助けに行くつもりだったが、二人が協力してくれてとても心強かった。三人は顔を見合わせ頷くと、「幻の5.5階」へと向かう。
「幻の5.5階」に繋がる場所は、「知恵の塔」5階の廊下に飾られている大きな絵画の裏側にある。絵画自体が幻惑魔術であったが、カイトが消したことで絵画はもうない。
「行こう」
廊下の壁に向かって歩き出すと、カイトたちは壁を通り抜けた。
目の前には階段があり、三人は勢いよく駆け上がっていく。階段を上がると短い廊下が見え、廊下の先には扉があった。そして扉を守るように剣を持った銅像が置かれている。
「カイト、俺とディックが囮になって銅像を引き付ける。お前は先に行け」
「そんな事できる訳ないだろ!」
「ユイを助けなきゃ。それはカイトしかできない。でしょ?」
「ガイ、ディック……分かった」
二人の勇気を受け取ったカイト。ガイが銅像の目の前まで行くと、銅像が歩き出した。
「こっちだでくの坊! こっちに来い!」
ガイが挑発しながら後ろに走る。タイミングを計り、ディックが魔術を発動した。
「行くよカイト! 物を運ぶ魔術!」
「っ!」
ディックは魔術によってカイトの身体を浮かばせ、ガイを追いかける銅像の頭上を飛び越えさせた。
「頑張れカイト!」
「こっちは任せておけ!」
「ありがとう!」
二人のお蔭で銅像を突破したカイトは、廊下を駆け抜け門にたどり着く。扉を開いて中に入ると、
「ここは……」
部屋は保管庫らしき場所だった。
かなり広く、部屋の壁際には魔道具がずら~と乱雑に置かれている。カイトが魔道具をキョロキョロ見ながら慎重に奥へ進むと、人影が見えてきたが、その人影が誰なのか分かると酷く狼狽した。
「そんな、だって、ユイを攫ったのはスレイン先生のはずじゃ。何で……」
「待っていましたよ、カイト君」
「何でニック先生がここにいるんだ!?」
そこにいたのはスレインではなく、魔術薬を教えているニックだった。
混乱しているカイトに、ニックは丸眼鏡をクイッと直しながら声をかける。
「ユイ君を連れ去ったのはスレイン先生ではなく、実は私だったんですよ。こんな風に姿を変えてね」
「顔が変わった!?」
パチンと指を弾くと、ニックの顔がスレインになる。恐らく変身魔術の類だろうが、何故わざわざスレインに化けたのかが疑問に残る。その疑問を尋ねると、ニックは授業をするかのように口を開いた。
「理由は二つあります。私よりスレインの方が怪しむでしょう? 君たちは彼に疎まれていますから、すぐに行動に移してくれると思いました。現にのこのことやって来ましたしね。わざわざガイ君とディック君のいる前でユイ君を連れ去ったかいがありました」
「っ……」
確かにカイトたちは平民ということもあってスレインから目をつけられていて、逆にカイトたちもスレインを苦手としていた。だからスレインがユイを連れ去ったと聞いた時は焦ったし、疑うこともしなかった。
もしニックだった場合、「何か理由があるのか?」とすぐに助けに行くか迷っていたかもしれない。いつも優しいニックが危害を加えるとは思えないからだ。
「もう一つは何ですか」
「スレインに嫌がらせをしたかったのです。奴は平民の私をいつも見下して気に食わなかったんですよ! カイト君をここで殺し、殺人の罪をスレインになすり着けてやるんです。証人はガイ君とディック君がいますからね」
「俺を殺すだって!?」
ニックの言葉に驚愕する。
彼が自分を殺すなんて考えもしなかった。しかも殺人の罪をスレインに押し付けようとしている。
「どうしてニック先生が俺を!? あんなに優しくしてくれたじゃないですか! 魔術が使えなくて悩んでいる時も相談に乗ってくれて、「魔法の杖」と「幻の5.5階」のことも教えてくれたじゃないですか!」
「まだ分からないんですか? 君に教えたのは、「魔法の杖」を手に入れた君から奪うためだったんですよ」
「そ、そんな……」
衝撃の真実を知り、呆然とするカイト。
平民の自分に優しく寄り添い、相談に乗ってくれたのは全部嘘であったのかと。
「なのに君ときたら、門番如きに追いかけられて「魔法の杖」を諦めてしまうとは思いませんでしたよ。まぁ君のお蔭で禁止区域への入り口を隠す幻惑魔術を解除してくれて助かりました。用もなくなったのでゴブリンに始末してもらおうとしたんですけど、それは失敗してしまいました」
「ゴブリンを操っていたのはニック先生だったんですか!?」
「はい」
課外授業で森に入った時、突然ゴブリンの襲撃に遭った。中でもカイトたちは、ゴブリンの進化種であるホブゴブリンとゴブリンウィザードに執拗に狙われた。魔術を消せる力がなかったら皆死んでいたかもしれない。
本来森の奥深くにいて大人しいはずのゴブリンが浅い場所に来て学生を襲うなんて変だなとは訝しんでいたが、まさかニックが全ての原因だったなんて……と呆然とするカイト。
「でもあそこで死んでなくて助かりましたよ。私一人でここを訪れたのですが、「魔法の杖」にはさらに強固な魔術がかけられていましてね、手に入れられなかったんです。だからもう一度カイト君の力が必要でした」
カイトが幻惑魔術を消した後、ニックは一人で禁止区域の保管庫に足を運んだ。
そこで「魔法の杖」を発見したのだが、「魔法の杖」には頑丈な封印魔術がかけられていてニックにはどうすることもできなかった。
なので、再びカイトの力を利用しようと考えたのだ。
「もう一度君が禁止区域に入ろうとするのを待ち構えていましたが、君は予選会のことでそれどころではなくなってしまった。そんな君に煮えを切らし、ユイ君を攫うという強硬手段に出たんですよ」
「先生の目的は分りました。でも、何故先生は俺の命を狙うんですか!?」
そこがカイトは気に掛かった。
「魔法の杖」が目的であるはずのニックがカイトを殺そうとする理由が分からない。彼の疑問を、本人は愉しそうに答えた。
「それはね、私が闇の魔術師だからですよ」
「闇の魔術師……?」
「純血派の魔術師と言えばわかりますか?」
「なんだって!?」
純血派の魔術師についてはカイトも知っている。
貴族の中には、魔術を使えない平民を人間と思っていない者もいるとユイから聞かされていた。魔術を使える平民ですら忌み嫌っているらしい。
学生の中にも純血派の貴族はいて、リオンのエルファルド家がそうだとユイが言っていた。リオンが平民のカイトに一々突っかかってくるのは、リオンが純血派の貴族なのも関係している。
「純血派の魔術師がどうして俺を殺そうとするんだ……」
「魔術師は神に選ばれた存在だと信じて疑わない純血派にとって、“魔術を消す”という異端な力を持つカイト君は目障りで仕方ないんですよ」
「そんな事でっ! でも先生だって平民じゃないですか。どうして純血派の味方をするんですか!」
「それは私が「あの御方」に選ばれたからですよ! 「魔法の杖」さえ手に入れれば私を貴族にしてくれると約束してくれたんです! これでようやく、私を馬鹿にして見下す奴はいなくなる!」
狂気染みた絶叫を上げるニック。
彼の真の目的は「魔法の杖」を手に入れて貴族にしてもらうためだった。
「そんな事のために俺の命を狙い、ユイを攫ったのか!?」
「そんな事? そんな事と言ったのか!? 平民である君なら私の気持ちが分かるはずだ! 例え魔術を使えようと、平民である限り貴族たちは決して私を認めない! 私がどれだけ優秀でもね! だから私は“そっち側”になると決めたんだ!」
「……」
「話はもう終わりだ! カイト君、そこにある「魔法の杖」を手に取って私に渡したまえ! そうすればユイ君を解放してあげよう!」
「ユイ!」
ニックが再び指を鳴らすと、気を失っているユイが現れる。カイトを言う通りにさせるためにわざとこのタイミングで姿を晒したのだろう。
カイトは横にある台座を見やる。台座の上には杖が飾られていた。恐らくこの杖が、カイトが探し求めていた「魔法の杖」。
「さぁ、早く!」
「っ……」
カイトは「魔法の杖」を手に取ろうとする。その際に抵抗があったが、魔術を消す力を使って魔術を消すと「魔法の杖」を掴んだ。
「いいぞぉ! ほら、早く渡すんだ! 早く!」
「今行きます」
カイトは「魔法の杖」を持ったまま、狂気染みた顔を浮かべて催促してくるニックのもとへ歩み寄る。
そして「魔法の杖」をニックに渡した。
「おお! これが伝説の「魔法の杖」! やったぞ! これで私も貴族に――ぶぎゃ!?」
喜んでいたニックの横っ面にカイトの拳が突き刺さる。
突然殴り飛ばされて困惑するニック。カイトはニックが落とした「魔法の杖」を拾うと、
「お前のような奴に「魔法の杖」を渡すくらいなら――」
「おい、馬鹿なことを考えるな! やめろ!」
「俺がぶっ壊してやる」
「やめろぉぉおおおおお!」
パキッと、カイトは「魔法の杖」を折った。
「なんて事をしてくれたんだクソガキ! 貴族になるという私の夢が! 許さん、許さんぞカイト! 殺してやるぅ!」
「魔法の杖」を手に入れ貴族になるという夢をカイトに潰され激高するニックは、カイトを殺そうと魔術を発動する。
「ウッドバースト!」
「ぉぉぉおおおお!」
放たれるのは巨大な樹木の幹。圧殺しようと勢いよく向かってくる幹に、カイトは回避ではなく真正面から立ち向かうことを選択した。
カイトの瞳が深紅に染まる。
走りながら拳を強く握りしめ、力を込めて幹を殴る。刹那、幹は砕け散るように消滅した。
「そんな! 私の最強の魔術が!?」
「歯を食いしばれよ先生。魔術師は殴られたことなんてないだろ。俺の拳は――」
「く、来るなぁあ!!」
カイトはそのままニックに肉薄すると、限界まで拳を引き絞り、
「痛いってもんじゃないぜ!」
「ぐはぁ!」
真上に振り上げ、ニックの顎を貫く。ニックは回転しながら宙を舞い、地面に叩きつけられると意識を失った。
「ユイ!」
「ん……カイト?」
ニックを倒したカイトがユイのもとに駆け寄る。
こうして、物語第一章のクライマックスは幕を閉じたのだった。




