28話 リオンVSイフリート
「サンダー」
「あん?」
リオン・エルファルドが放った電撃を、大悪魔イフリートは右手の甲で容易く弾いた。
「おいおい、小手調べにしてもこんなチャチな魔術がオレに効くと思ってんのか? あ~そうか、周りに被害を与えちまうかって加減してんのか」
「……」
イフリートの説明は的を射ていた。悪魔の近くにはレイラ・ベルンツベルンや、気絶している男子学生がいる。強力な魔術を使えば二人を巻き込んでしまう恐れがあった。
「それなら心配することねーぜ。「闘いの儀」は誰にも邪魔をさせないために契約者を異空間に飛ばすんだ。オレたちがここでどれだけ暴れようと地形は壊れないし、レイラやそこで倒れているガキを巻き込むことはねぇ。だからよリオン、遠慮なく本気を出してもいいんだぜ」
「サンダー」
悪魔の話を聞いたリオンが即座に横にある木に向かって電撃を放つ。電撃は木に着弾するも、倒れるどころか傷跡一つついていなかった。どうやら悪魔の話は本当らしい。
「おいおい、信用ねえな」
「当たり前だ。悪魔の言葉を信じる奴がいるか」
「違ぇねえ。でも、これで嘘じゃねえってことが分かっただろ?」
「ああ」
「ならさっさと本気で来いよ」
ちょいちょいと手招きしてくるイフリートに、リオンは体内の魔力を練り上げていく。ここが異空間であり、レイラが安全であることは確認できた。ならば彼奴の言う通り、少しだけ本気を出そう。
「ライトニングアロー」
「おいおい! まだ出し惜しみしてんのかよ!?」
リオンは幾つもの雷矢を発現させ、悪魔に向けて飛ばす。悪魔は両の拳を握り締めると、飛来してくる雷矢を全て叩き落した。
「ライトニング」
「だから効かねぇって」
中級の電撃に対し、イフリートは手のひらから火炎を放出する。電撃と火炎が衝突し相殺。リオンがまだ力を出してこないことに苛立ちを覚えるも、背後に気配を感じて振り向けばそこにリオンがいた。
(この野郎、いつの間に――)
「インパクト・ボルテックス」
「ぐぉ!?」
悪魔の背中に手を添えるリオンは、雷を圧縮した衝撃を打ち出す。上級魔術を直撃したイフリートの身体はその場から吹っ飛ばされた。
「ジャッジメント・ボルテックス」
「ぐぉおおおおおおおお!」
間髪入れずに追撃を仕掛ける。劈くような轟音を響かせながら降り注ぐ雷を浴び、イフリートが野太い悲鳴を上げる。
「リオン様……なんて強さの。やはりカイトさんとの試合は本気ではなかったんだですね」
怒涛の攻撃を繰り出すリオンの姿を見ているレイラは、改めて彼の強さに脱帽する。
おかしいとは思っていた。ベルンツベルン家を襲ってきた闇の魔術師との死闘をこの目で見たレイラだからこそ、リオンがカイトに敗北を喫したことが到底信じられなかった。
リオンが本気を出していれば、魔術を消せるカイトといえど圧倒していただろう。
では何故、本気を出さずに負けたのかという疑問は残るが、リオンのことだから本気を出せない理由でもあったのだろう。彼は秘密主義なところがあるから。
「今のはまぁ効いたぜ」
「……」
爆煙が晴れ、悪魔の姿が現れる。倒れているどころか首をコキコキと鳴らしていた。無傷とまではいかないが、左程ダメージを受けているようにも見えない。
が、リオンに驚きはなかった。今の攻撃で倒せるとは彼も思っていなかったからだ。
「おいリオン、先に言っておくがオレを神が作った出来損ないの魔族なんかと一緒にしてくれるなよ。オレは魔族よりも強いぜ」
「……」
「あん? ビビっちまったか? お前、魔族に勝つのもやっとだったもんな」
「いや、そんな事よりどうして俺が魔族と戦ったことを知っている」
リオンはイフリートの強さよりも他の話が気になった。リオンが魔族と戦ったことを悪魔が知り得ることは不可能だ。
「お前がどんくらい強いのか片っ端から色んな奴の記憶を覗いて、レイラの記憶に魔族と戦っているお前の姿を見つけたんだよ。本人が魔族の存在を知らねーのが余計に面白かったぜ」
(悪魔が言う魔族……とは何のことでしょう?)
「貴様……レイラの記憶に触れたのか」
「まあな。そのお蔭で、お前の大事な人間がレイラだって気付けて人質に選んだんだよ。まんまと来やがったし、よっぽど大切だったんだろうな」
「リオン様が、私のことを……」
悪魔の話を聞いたレイラがリオンを見て呆然とする。彼からは嫌われていると感じていただけに、本当は大切にされていると聞いて心が温かくなった。
「いえ、悪魔の言うことは信じられません。ですが……」
悪魔が言うことを全面的に信じることはできないが、リオンが自分を助けに来てくれて、自分を守るために悪魔と戦うことを決めたのは紛れもない事実だ。
今はただ、それだけでいい。
「まぁあれだ、オレがリオンの身体を乗っ取ったらお前の代わりにレイラを愛してやるよ。ボロボロになるまでな」
「貴様」
下卑た笑みを浮かべ、汚い台詞を吐く悪魔にリオンの魔力が跳ね上がる。それを感じ取ったイフリートはさらに口角を上げた。
「おっ怒ったか? もっと怒れ。もっとオレを楽しませろ」
「貴様を楽しませるつもりは毛頭ない」
「なら、楽しませてくれるまで遊んでやるぜ! クリムゾン・インフェルノ!」
深紅の業火が放たれる。攻撃範囲は広くレイラに届いてしまい、リオンは一瞬躊躇するも回避に専念した。業火が彼女を襲うが、レイラの身体に外傷はなく安堵する。
「まだまだいくぜ! インフェルノ・サラマンダー!」
「ボルテックス・レイザー」
燃え盛る蛇が蛇行しながら飛来してくる。リオンは的確に狙いを定めると、一筋の雷光を放ち蛇の眉間を撃ち抜いた。
「ジャッジメント・インフェルノ!」
「ジャッジメント・ボルテックス」
ほぼ同時に上級魔術を発動。轟炎と轟雷が衝突し、空間が悲鳴を上げる。煙の中をリオンとイフリートが突っ切り、格闘戦へと移行。
二メートルを超すイフリートの巨躯から放たれる正拳を躱すと、リオンは首筋に向けて回し蹴りを放つ。悪魔は腕でガードし、リオンの顎目掛けて拳を振り上げる。
バク転しながら紙一重で避けるリオンは、お返しとばかりにバネのように身体を跳ねて両足蹴りを放つ。顔面目掛けて下から来る蹴りを、イフリートは両手をクロスさせてガードさせた。
その後も二人は目にも止まらぬ格闘の応酬を繰り広げた。
「ははは! お前魔術だけじゃなくて殴り合いの才能もあるのかよ!」
「……」
「なら今度は、武器で戦おうぜ! レイヴァティン!」
一度大きく距離を取ったイフリートはその手に炎の魔剣を顕現させる。炎剣を握り締めると、丸腰のリオンに斬りかかった。
「ボルテックス・ソルド」
「おらぁ!」
リオンも雷剣を顕現させ、イフリートの斬撃を受け止める。怒涛の斬撃を繰り出してくるが、リオンは全て見極め、時には躱し時には受け流していく。
「やるじゃねえか!」
「貴様の剣はお粗末だな」
「なにぃ? 調子に乗るんじゃ――ぐっ!?」
雷剣が奔る。
エルファルド家が執事長セバスチャン仕込みの剣術は、悪魔の四股を細切れに斬り裂いた。危険を感じリオンから離れる悪魔の身体が一瞬で復活する。どうやら肉体的ダメージで悪魔を倒すのは難しいようだ。
「これでも喰らいやがれ、スルトッ!」
細切れにされて気分を害したのか、イフリートは次に炎の巨人を召喚し反撃に出る。唸り声を上げる炎の巨人は、大きな手でリオンを押し潰そうとした。リオンは地を蹴り、巨人の頭上を跳び越える。
「ボルテックス・アックス」
雷の巨斧を大きく構え、巨人の脳天目掛けて振り下ろす。凄まじいエネルギーが衝突し合い、炎の巨人が爆裂した。爆風に晒されるリオンだったが、姿勢を正して地面に着地する。
「なんて戦いなんですか……次元が違い過ぎます」
天地を揺るがすリオンとイフリートの攻防を眺めているレイラは、終始驚きっぱなしだった。上級魔術の応酬に、確実に敵を殺そうとする強烈な殺気。魔術大会の予選会で素晴らしい戦いを繰り広げていた学生たちが児戯に等しく思えてくる。
あれが魔術を極めた者たちの戦いなのだろうか?
レイラも才能に恵まれていると自負していたが、己があの領域に達するビジョンが全く浮かばない。
悪魔であるイフリートはまだ分かるが、人間のリオンがあの領域に至るまでどれだけの鍛錬を積んできたのだろうか。
「おいリオン、そんなにバンバン上級魔術を使って魔力は大丈夫なのか? 出し惜しみしてないで、魔族とやり合った時に使った速く動ける魔術とか、魔族をぶっ殺した切り札を使ってみろよ」
「瞬雷のことか? あれは身体に負担が大きいから使うつもりはない。魔族を倒した魔術はそもそも使えない」
「はっ!? おいおいマジかよ! それじゃあお前がオレに勝つ可能性は万に一つもねーじゃねぇか!」
リオンが魔術を使えないと知って腹を抱えて笑う悪魔。レイラの記憶を読み取ってリオンと魔族の戦いを見たイフリートは、魔族を追い詰め倒した瞬雷とリオウ・バルファドスだけは警戒していた。
しかしリオンはこの戦いで一度も瞬雷を使っていない。今でも身体への負担が大きいのも理由の一つだが、“そもそも使う必要がなかった”。
それと魔族にトドメを刺したリオウ・バルファドスは、本物のリオンが力を貸してくれた一回きりの魔術だった。
既に勝利を確信したイフリートに、リオンは指を三本立てている。
「貴様は三つ勘違いをしている。一つ、戦い始めて俺が下級の魔術を使うことに貴様は加減するなと言ってきたが、あれは敢えてそうしていたんだ。最初から強い魔術を使うことはできるが、身体への負担が大きい。身体を慣らすために、段階的にギアを上げる必要があった」
「なるほどな。まぁ分からなくもないぜ、人間の身体は貧弱だからな。んで、残り二つはなんだよ?」
リオンは二本目の指を折り、
「二つ、貴様は俺の魔力残量や切り札が残っていないことを気にしているようだが、見当違いだ。魔力はまだまだ残っているし、強力な魔術も使っていない」
「おいリオン、流石にホラの吹かし過ぎなんじゃねえか? あれだけ上級魔術を使ってんだ。魔力もあんま残ってねえだろ。てか、上級より上の魔術を人間が使える訳ね――」
リオンはイフリートの話を遮るように「三つ」と口にすると、最後の指を折った。
「俺はあの時よりも遥かに強くなっている。貴様は魔族よりも強いと言っていたが、それは俺も同じだ」
本物のリオンのお蔭で魔族を倒せたが、リオン本人は実質負けていた。悔しさに包まれた彼は、もう誰にも負けないと死ぬ気で鍛錬を積んだ。
誰が相手だろうと勝つ。
魔族だろうが、主人公カイトだろうが、魔術師の最高峰と謳われているダニエル・ゴッドヴァルトだろうが、「魔術学園の無能力者」に登場するラスボスだろうが、二度と負けない。大切な人を守るための強さを手に入れた。
「見せてやろう、俺の本気を」
刹那、リオンの魔力が膨れ上がった。
「「――っ!?」」
リオンの身体から溢れ出る膨大な魔力に、イフリートとレイラは目を見開き空いた口が塞がらない。リオンの周囲の空間が歪むほどの濃密な魔力は、離れているのにも関わらず息苦しさを感じる。
イフリートは訳が分からず茫然としていた。人間が保有できる限界魔力を優に超えている。大悪魔である自分よりも多いなんてあり得ない。
「何を驚く。言っただろう、ギアを上げていたと。こっちはようやく身体が温ったまってきたところだ」
「ふざけんじゃねえぞ……ならさっきまでの戦いは本気じゃなかってってのか!?」
「そうだ。そして今からが本気だ」
「ふざけなぁアアア!!」
「ジオボルト・ドラファゴン」
「ギャアアアアアア!?!?」
屈辱に塗れ我を忘れるイフリートがリオンに襲いかかるも逆襲される。リオンから放たれた雷の竜は、向い来る悪魔を丸のみにした。強烈な電撃を浴びる悪魔はなんとか脱出し、魔族がリオンに対して使用した炎魔術を発動する。
「ダークネス・インフェルノ!」
「ジオボルト・スパイラドル」
超熱波を放出しつ落下してくる巨大な炎塊に対し、リオンはドリルの形をした電撃を撃ち放つ。炎塊と衝突したドリルはやや押し込まれるも、ガガガガガガッ! と凄まじい回転力で炎塊を削り取り、そのまま突き破った。
「オレの魔術が相打ちだと!?」
「勘違いするな、まだ俺の魔術は終わっていないぞ」
「ギャアアアアアアアッ!?」
雷のドリルはイフリートの腹部に突き刺さると、肉体をぐちゃぐちゃに引き裂きながら内部を焼き焦がしていく。
生まれて初めて味わう苦痛に悪魔は絶叫を上げることしかできなかった。
「が……ァ……このオレが、人間なんかに……」
「貴様の本質は魔力でできている。どれだけ肉体をバラしても魔力によって修復されてしまう。だが、魔力が尽きれば修復はできないだろう?」
「この、野郎!」
「終わりだ、イフリート」
リオンがトドメを刺そうと右手を翳したその時、這いつくばるイフリートが突然命乞いしてきた。
「ま、待ってくれリオン! オレの負けでいい! 二度とお前にも関わらないと約束する! どんな願いも叶えてやるよ!」
「貴様の敗因は、己の力を過信して「闘いの儀」を行ったことだ。もしレイラを人質に取られていたら、俺は負けていたかもしれない」
「頼む、助けてくれリオン! オレはまだ死にたくない!」
土下座までして必死に命乞いする悪魔に、リオンは右手を下した。
(な~んちゃって! これだからお人好しの人間は馬鹿で助かるぜ。騙される方が悪いんだぜ、リオンちゃ~ん)
内心でほくそ笑む大悪魔。彼が命乞いをしていたのは時間稼ぎをするため。魔力を練り上げ、己自身を媒介とした奥の手を発動するために。
騙すことが悪魔の真骨頂。イフリートはリオンの不意を突くように、最後の攻撃を仕掛けた。
「死ねリオン! デモンズ・フルフレイ――」
魔術を発動しようとしたイフリートは驚愕した。何故なら、攻撃をやめたと思っていたリオンが魔力を高め、今にも魔術を発動しようと右手をこちらに向けていたからだ。
「言っただろう。貴様をこの世に存在させてはならないと」
「リオンーーーーーー!!」
「ジオボルト・エンドバース」
終焉の雷が解き放たれる。
目を開けられないほどの極光を迸らせる雷は、魔力の炎と化したイフリートの存在を滅ぼしていく。
「大悪魔の、このオレが、人間なんかに――ギャアアアアア――」
最後まで悲鳴を上げることすらできず、大悪魔イフリートは完全に消滅したのだった。
「はぁ……はぁ……ぐっ」
「リオン様!」
イフリートに勝利したリオンだったが、崩れ落ちるように膝をつく。いくら鍛えたと言えど、上級を超える最上級魔術の連続使用は身体に負担がかかり過ぎる。一見無傷に見えるリオンの身体は、激しい疲労と魔力障害に襲われていた。
そんなリオンの身体を、駆け付けたレイラが抱き止める。
「大丈夫ですか!?」
「問題ない。暫くすれば動けるようになる」
「貴方はどうしていつも無茶ばかりするんですか。どうして――」
――命を賭けて私を守ってくれるのですか。
レイラはその言葉を口にする前にぐっと飲み込んだ。その変わりにレイラは地面に座り、膝にリオンの頭を乗せる。
「おい、何をする(レイラたんの膝枕だと!?)」
「私にできることはこれくらいしかありませんから」
「……ふん(ありがとうございます!)」
そっぽを向くリオンの頭にそっと手を置くレイラは、感謝の言葉を伝える。
「助けてくれてありがとうございます、リオン様。凄く嬉しかったです」
「礼などいらん。勝手にやったことだ」
ツンツンな態度をするリオンが愛おしく、レイラは意地悪なことを聞く。
「リオン様が私を大切にしているとあの悪魔が言っておりましたが、本当ですか?」
「知らん」
「では何故、私を助けようと?」
「……お前は“まだ”俺の婚約者だからな」
その言葉を聞いたレイラは、心の底から嬉しそうに微笑んだのだった。




