26話 勧誘
「リオン君。君、力は欲しくないかい?」
突然やって来てそんな言葉を告げてくる謎の人物に、俺の思考はフリーズした。何故ならその台詞は、物語中盤で闇の魔術師がリオンに伝えるはずのものだったからだ。
(何なんだこいつ……)
目の前にいる男をじっと観察する。ニコニコと口角を上げている優男は、一見人畜無害そうに見える。貴族か定かではないが、高官のような服を身に纏っているしそれなりの地位はあるのだろう。
恐らく来賓として予選会に来たと思われる。
問題なのは、この男がリオンを醜い怪物と変えてしまう闇の魔術師であるかどうかだ。俺はリオンを嵌めた闇の魔術師の正体を知っているが、こんな優男ではなかった。
情報が欲しい……探ってみるか。
「俺を誰だと思っている、口の利き方に気をつけろ。話しを聞く前に貴様がどこの誰だか身分を明かせ」
「おっと、申し遅れました。私は官職のロズワルドといいます。以後お見知りおきを」
官職ってことはやはり王宮の者か。ロズワルドって名前にも聞き覚えがないし、物語にも登場していない。
「本日は予選会の来賓として招かれたのですが、いやはや今年の学生は皆レベルが高くて驚きましたよ。勿論、リオン君の実力も素晴らしいものでしたよ」
「くだらんおべっかはやめろ。貴様も見ていたのだろ? 俺が平民に無様に負けるところをな」
「ええ、見ましたよ。ですがリオン君も惜しかったじゃないですか。魔術を消せる力を持つ平民の学生をあと一歩のところまで追いつめていましたし」
ロズワルドはそこで一旦区切ると、やれやれといった風に「ですが……」と肩を竦めて、
「平民の彼が突然人間離れをした力を発揮して負けてしまいましたね。お聞きしたいのですが、少年は力を隠していたんでしょうか」
「知らんな。気になるなら本人に聞けばいいだろ」
「それもそうですね。はぁ……残念です。あの力さえなければリオン君が勝っていたというのに」
「無駄話はいい。さっさと本題に入れ」
怒ったように見せかけて話を促すと、ロズワルドは待ってましたと言わんばかりに口角を上げ、声を弾ませる。
「最初に力が欲しくないかと聞きましたよね。もう一度聞きます。リオン君、“彼のような力”を手に入れたいと思いませんか?」
「――っ!?」
「あの人間離れをした力を手に入れさえすれば、リオン君は彼に勝てますよ」
(これで確定したな)
カイトの力の秘密を知っているこいつは間違いなく闇の魔術師だ。
だが解せない。何故“今”なんだ? リオンが闇の魔術師に唆されるのは物語中盤のはずだ。こんな序盤で接触してくるなんてあり得ない。
考えられるのは二つ。
物語に描写されていなかっただけで実はリオンと闇の魔術師はこの時点で接触していた。
俺は物語通りに進めていたつもりだったが、ストーリーを変えてしまいイベントが前倒しになってしまったか、だ。
既に俺は、妹のサラやレイラの父ラドクリフ・ベルンツベルンの命を救い、レイラの顔に傷をつけなかったなど物語を幾つか変えてしまっている。
サラとラドクリフに関しては本編にそこまで影響しないかもしれないが、レイラの顔の傷だけは別だしな。
(闇の魔術師と分かったし、吐かすか?)
怪我はしているが、それでもこの男を無力化するのは造作もない。拷問でもして情報を引き出すのも一つの手だ。
けど、ここは保健室だし俺以外にも怪我をしている生徒がいる。予選会もまだ続いているし、派手に暴れて中止させる訳にはいかない。
ロズワルドの強さがどの程度なのか分からない以上、ここは慎重になるべきだ。もう少し情報を探ってみよう。
「貴様はカイトの力の正体を知っているのか?」
「ええ、勿論です」
「なら教えろ」
「申し訳ございませんが、秘密なので教える訳にはいきません」
「どんな力か教えられないのに渡すというのか。危険なものではないだろうな」
「全く危険ではございません。私を信じてください」
「その力を俺に渡し、貴様に何の得がある。貴様の目的は何だ」
「目的などございませんよ。私はただ純粋に、リオン君の力になりたいと思っているだけです。リオン君だって、お父上の顔に泥を塗ったままではいられないでしょう?」
話の持って行き方が上手いな。父親のことに触れられたら迷いが生じると分かってやがる。
「目的は本当にないのか?」
「ええ、本当です(しつこいですね、聞いていた話と違う。エルファルド家のろくでなしは騙しやすい馬鹿だと聞いていたのに、全然乗ってこないじゃないか。カイトに敗北し、怒りと憎しみで冷静な判断ができない今がチャンスだと思っていましたが……)」
(何が本当だっつの。お前等が俺を利用してカイトを殺そうと企んでいるのは知ってるんだからな)
さて、このイベントをどうするかは既に決めてある。ロズワルドの誘いに、俺はこう答えた。
「断る。貴様のような怪しい奴から力を与えられなくとも、自分の力で奴を倒してやる」
今はまだ物語序盤。物語通り進めるなら力を貰うのはここじゃない。
「本当にいいんですか?」
「くどいぞ。さっさと俺の前から消えろ」
「そうですか(ちっ、まだカイトへの憎しみが足りていませんでしたか。時期尚早でしたね。まぁいい、また時期を見て接触するとしましょう)」
話を断ると、ロズワルドは踵を返してその場から立ち去ろうとする。しかし歩みを止めたかと思えば一度振り返り、俺の方を向いて笑顔を浮かべてこう言った。
「考えが変わったらおっしゃってください。私はいつでもお待ちしておりますよ」
◇◆◇
「はぁ、はぁ……リオン様~もう終わりにしましょうよ~」
「もう……無理」
「クラッド、お前は体力がなさすぎだ。ゴーズ、お前また太ったな。二人とも学園に来て弛んでいるぞ」
「「ひぇ~~」」
バテて地面に突っ伏すゴーズとクラッドを叱咤する。入学する前は定期的に俺の鍛錬に付き合わせたが、入学してからというもの全く鍛錬をしてなかったからな。
ゴーズに関してはお菓子の食いすぎでまた太ってるし。
(ふぅ……うん、身体の方はもう大丈夫だな)
予選会から一週間、ようやく怪我が完治した。
カイトにボコられて骨折だらけだったのに、一週間で治ったのは単に保健室のおばちゃん先生ベレッタの治癒魔術が優れていたからだ。あのおばちゃんマジで凄いよな。
身体も治ったことだし、リハビリにランニングでもしようと思ったんだ。ついでにゴーズとクラッドを誘ったんだけど、ちょっと走っただけで二人はバテてしまった。
「リオン様、ランニングより魔術の練習しましょうよ」
「そ、そうですよ! 次こそあの憎きカイトをけちょんけちょんにしてやるんです!」
「お前たち、ただ走りたくないだけだろ」
「「ソ、ソンナコトナイデスヨ……」」
(君たちわかりやすいよ)
でも、二人が俺を焚きつけてくる気持ちも理解できる。
結局カイトは予選会を破竹の勢いで勝ち上がり、準優勝したからな。決勝で負けたのも、準決勝でリヒトとの激しい戦いにより満身創痍だっただけで、万全なら勝てたかもしれない。
優勝は三年生で、準優勝がカイト。同率三位がリヒトと二年生。この四人が冬に開催される魔術大会の代表者だ。
因みに優勝した三年生と同率三位の二年生は大貴族だ。一応貴族の面目は保たれた訳ではある。つーか、リヒトが平民なのに強すぎるんだよな。
貴族の血筋が魔術に長けているこの世界で、カイトのように特別な力もないのに準決まで勝ち上がっちゃうんだからさ。
(そういえばリヒトって読者人気高かったよな)
それも男性より女性の方が人気だった気がする。イケメンだし、強いし、頼りになる先輩だし、人気があるのも納得だ。
確かリヒトとカイトの薄い本も結構出されていたような……いや、この話はなかったことにしよう。
「カイトを倒して、来年こそリオン様が偉大なる魔術師の称号を手に入れましょう」
「……そうだな」
来年か……悪いけど、“俺に来年があるかどうかはまだわからないんだ”。
「リオンは~ん!」
「ナナか」
ゴーズとクラッドに再びランニングさせようとしていたら、ナナが必死に駆け寄ってくる。何だか慌てているようだけど……。
「はぁ、はぁ、リオンはん! 大変や! 大変なんや!」
「おい平民! リオン様に向かって舐めた口をするんじゃないぞ!」
「おう子分ども。悪いけどあんさんらに構ってる暇はないんや」
「な、何だと!? 俺達はリオン様の――」
「悪いが静かにしてくれ」
「「……はい」」
ナナに突っかかる二人を大人しくさせ、彼女に話を促す。
「何があった」
「ユイはんが誰かに連れ去られたようや。それを知ってカイトはんとガイはんとディックはんが「幻の5.5階」に向かったようやで!」
「そうか」
ユイが攫われたということは、第一章もクライマックスに突入したってことだな。物語が順調に進んでいて何よりだ。
それよりも、よくナナはその情報を手に入れられたな。ずっとカイトに張り込んでいたのか?
「あれ、とっておきの特ダネなのに全然驚かんな」
「いや、驚いているさ」
「ユイはんを助けに行かなくてもええんか?」
「ああ……平民なら必ず助けるだろう」
「なんや、カイトはんを偉い信用しとるな」
俺がユイを好きだと知っているナナからしたら、連れ去られたユイを助けに行かないのは不思議に思うだろう。
俺が行かなくても、ユイならカイトが無事に助けてくれるさ。
「そうや、特ダネはもう一つあんねん!」
「何だ(もう一つ?)」
「それがな、連れ去られたのはユイはんだけやのうて、レイラはんもなんや」
「なん……だと!?」
ナナから告げられた話を聞いて驚愕する。
レイラが連れ去られただと? そんな話物語にはなかったぞ。いったいどうなってんだ。
「レイラを連れ去ったのは誰だ! どこに行った!」
「あたたた! 痛いてリオンはん、ちょっと落ち着きなはれや!」
レイラが連れ去られたと聞いて狼狽する俺は、ナナの肩を掴み揺さぶってしまった。くそ、落ち着け俺。彼女を責めても意味ないだろう。
「すまない。詳しく教えてくれ、何があったんだ」
「それがな、ユイはんのことを伝えようとリオンはんを探しておったんやけど、その途中に男子生徒がレイラはんを担いで学園の森に入って行ったんを見掛けたんや。気になってわても追いかけようと思ったんやけど、一人で森の中に入るのは危険やし、リオンはんに知らせた方が早いと思うたん」
「男子生徒がレイラを?」
いったい誰がレイラを誘拐したんだ。いや、今はそんなこと考えている暇じゃない。早くレイラを助けに行かないと!
「教えてくれて助かった」
「どないするん?」
「レイラを助けに行く。お前達はこのことを先生……いや、ダニエル校長に知らせてくれ」
あの人は唯一信用できる。俺が万が一しくじったとしても、尻拭いをしてくれるはずだ。
「まさかリオンはん、一人でレイラはんを助けに行くつもりな訳ちゃうやんな」
「俺達も行きますよ!」
「レイラ様はリオン様の婚約者ですからね! 黙っている訳にはいきません!」
「いや、ここは俺一人で行かせてくれ。お前達はナナと一緒に校長を探して欲しい」
「リオン様……」
二人の気持ちは嬉しいけど、レイラを攫った奴がどんな奴なのか分からない。もし闇の魔術師や同等の強さだった場合、彼等を庇いきれないかもしれない。二人を危険な目に巻き込む訳にはいかなかった。
「わかったで、リオンはん。こっちは任せとき」
「「気をつけてください!」」
「三人とも、頼んだぞ」
待っていてくれ、レイラ。
必ずお前を助けるからな!




