20話 協力者
「あ~スッキリした! カイトの力を思い知ったか、リオンめ! ねぇレイラ、アナタもそう思わない?」
「……」
「あっごめん。そう言えばアナタ、アイツの婚約者だったわね」
無言のまま黙るレイラ・ベルンツベルンに、ユイ・アストレアは気まずそうに謝った。
時刻は夜。
彼女達は今、学生寮の大浴場で湯舟に浸かっている。学生寮の大浴場は男女共用だが、勿論入浴時間は別々に別れていて、女子が先だった。
ユイとレイラは同室で、一年間部屋を共にするルームメイトと親交を深めようとユイがレイラに入浴を誘ったのだった。
「アタシだって、襲撃事件の時はやるじゃんって少しは見直したんだよ。でもさ、レイラには悪いけどアイツの性根の悪さは全然変わってなかったわ」
悪態を吐くユイ。彼女はリオンがどんな人間か知っている。
貴族学校はよくサボるし、来たと思ったら真面目に授業も受けず権力を盾に他の子供に威張り散らすだけ。おまけにユイにちょっかいをかけてくる始末。
大の平民嫌いだし、家では使用人に酷い真似をしているとも聞いている。
“エルファルド家のろくでなし”。
その通りだと思うし、ユイはリオンのことが嫌いだった。
しかし、平民が貴族の子供のパーティーを襲った時の彼の活躍はユイもその目で見ており、本当に変わったんだと見直した。
が、その評価もまた下がってしまう。
平民のカイトに突然学園を辞めろと言うなんて、やはりリオンは最低最悪だった。
「レイラもそう思わない?」
「そう……ですね」
ユイが同意を求めると、レイラは歯切れが悪そうに答えた。
確かにユイが言う通り、平民だからとカイトを辞めさせようとしたリオンの行いは目に余る。だがレイラは、リオンの行動に幾つか違和感を抱いていた。
第一に、父親であるラドクリフ・ベルンツベルンが勝てなかった闇の魔術師を倒したリオンがカイトに負けるだろうか?
確かにカイトは魔術を消すという聞いたこともない力を持っているし、リオンに勝つ可能性はあるだろう。
解せないのは、リオンが先の戦いで上級魔術は愚か中級魔術さえ使わなかったことだ。魔術を消されると分かったから使わなかったかもしれないが、闇の魔術師との激しい攻防を見たレイラとしてはあっさり負けたリオンが本気を出しているとは到底思えなかった。
(さっきの戦いもそうでしたけど、いつものリオン様ではなかった気がする)
元々リオンが平民嫌いなのは周知の事実。だが、彼が一年ほど前から心を入れ替えたことも知っている。妹のサラが流した噂では、平民にも優しくなり労わっていると聞いていた。所詮は噂だったのだろうか……。
違和感は他にある。
それはリオンの振る舞いだ。
『何か、心境の変化があったのでしょうか?』
『大したことではない。いつまでも子供のままではいられないと悟っただけだ』
久しぶりにリオンと会ったと時、別人かと思った。ここ最近の彼は大人のように落ち着いていて、まるで年上と話をしているかのようだった。
そんなリオンが、カイトに対しては様子がおかしかったのだ。
『益々気に入らないな。貴様はこの学園に相応しくない。今すぐここから消えろ、平民』
『平民風情がッ……この俺をよくも傷つけたな! 絶対に許さん!』
まるで我儘を振るう子供のような、昔のリオンに戻っていた。だけど保健室で話した時は、ここ最近のリオンのままだった。
ただ単に、カイトが平民だから腹を立てただけだったのか?
「(いえ、きっとそれだけではないですよね……)ユイ様はカイトさんと仲が良いんですか?」
「ユイ様なんてやめてよ、友達なんだしユイでいいわ。そうね、カイトとは幼馴染だし仲は良いわよ」
「そうですか。それではユイさんはカイトさんが好きなのですか?」
「にゃ!? にゃに言ってんのよ! そんなんじゃないわよ!」
(ああ、やはりそうでしたか)
滅茶苦茶狼狽えているユイの反応を見て確信する。彼女はカイトが好きなんだろう。リオンがカイトに絡むのは、ユイがカイトと仲が良いのが気に要らなかったから。何故ならリオンはユイのことが好きだから。
「……」
「な、何よ。恥ずかしいからそんなにじっと見ないで」
「はぁ……」
ユイは綺麗だ。顔は可愛いし、胸も大きいし、背もあってスタイルが良い。リオンが彼女に惚れるのも理解できる。それに比べて自分は……と自分の胸を見下ろしてため息を吐く。
レイラは自分の胸が小さいと思っているが、それは大きな間違いだ。巨乳ではないが、普通に大きいし形も綺麗な美乳である。スタイルだってそれほど悪くない。ユイの身体が圧倒的なだけ。
「ユイさん……どうやったら貴女みたいに胸が大きくなりますか」
「な、何言ってんのよアンタ!?」
◇◆◇
「俺はガイ、お前と同じ平民だ! よろしくな!」
「僕はディック、平民だよ。よろしくね。お菓子食べる?」
「俺はカイト、二人ともよろしくな!」
カイトは学生寮の部屋でルームメイトと挨拶を交わしていた。
頼りがいがある兄貴分のような少年がガイ。ポリポリと美味しそうにお菓子を食べている小太りの少年がディック。
二人とも「魔術学園の無能力者」に登場する重要キャラクターだ。
カイトの生涯の友であり、ともに困難を乗り越え成長していく仲間であり、ラスボスを倒しハッピーエンドを迎えるまでずっと一緒にいる関係性のキャラであった。
「それにしてもカイト、今日の決闘は凄かったな!」
「魔術を消すことができる人なんて初めて会ったよ。魔術ではないんだろう? どうやっているんだい」
「俺もやり方はよく分かってないんだ。学園に来る前、悪い奴から幼馴染を助けようとしたら偶然できるようになったんだ」
カイトが言う幼馴染とはユイのことである。
実はレイラと同じく、混血派であるユイの家にも闇の魔術師が襲撃してきた。その時偶然ユイと遊んでいたカイトが巻き込まれ、彼女を助けようとしたら魔術を消す力が発現したのである。
カイトの情報をアストレア家の当主がダニエル・ゴッドヴァルト校長に報告したことで、ダニエルはカイトを魔術学園に入学させたのだった。
「ふ~ん、そうだったんだ」
「何でもいいじゃねえか。カイトが凄ぇってことだけでよ」
「そうだね。なんたってあのリオン・エルファルドを倒しちゃうんだもん」
「だよな! あん時はスッキリしたぜ! でもよ、リオンの野郎も案外大したことなかったな」
「そう……なのか?」
ガイとディックが手放しに褒めてくれるのは嬉しいが、カイトは気になることがあった。確かにカイトもリオンは偉そうにしている口だけの男かと思っていた。
しかし、すぐに倒せると踏んで最後の斬撃を受け止められてから様子が変わったのである。
カイトの猛攻を容易く跳ね除ける様は、魔術を消されて狼狽えていた彼とは全くの別物。冷静沈着かつ、剣の技術が冴え渡っていた。カイトも剣を振ってきたからこそ分かるが、リオンの剣術は一朝一夕で身に付けられるものではない。
リオンが剣を持ってからは、まるで別人と戦っているかのような感覚に襲われた。
(それだけじゃない。あいつ……俺を“見てた”)
剣を重ねている最中、リオンはカイトをじっと見ていた。それは太刀筋を見極めようというものではなく、カイトの実力を図ろうとした意図が見受けられた。
結局カイトが勝利したが、それも突然手応えがなくなったので不気味に思えてしまう。
一人考えるカイトの背中を、ガイがバンと強く叩いて、
「そうだぜ! 勝ったのはお前なんだからな!」
「カイトは僕達平民の希望だよ!」
「お、おう!」
カイトは深く考えるのをやめる。二人の言う通り、自分の気の所為だと思うようにした。
◇◆◇
「リオン様~元気出してくださいよ~」
「魔術を消せるなんて卑怯ですよ! あんな奴と戦ったら誰だって負けますよ!」
「俺なら大丈夫だ。心配してくれてありがとう」
必死に励まそうとしてくれるゴーズとクラッドにお礼を告げる。
物語のイベントを達成させるためにわざと負けただけだから落ち込む必要はない。でも二人からしたら大貴族の俺が平民のカイトなんかに決闘で負けたもんだから、憤慨してるか落ち込んでいるかと心配してくれているんだろう。
二人とも、本当にいい奴等だよ。
(それより驚いたのは、カイトの力があの程度ってことだ)
俺はもっとカイトが強いと思っていた。
物語の序盤とはいえ余りに弱すぎる。まぁ、この世界の戦闘は魔術戦が基本だから魔術を消せるカイトが負けることはないのだろうけどさ。
本当にこれから強くなるのか?
(情報が欲しいな)
カイトとリオンが対立するイベントはそこそこあるが、毎日という訳ではない。物語ではイベントまで端折っているが、この世界ではそういう訳にもいかない。一日一日がちゃんとある。
できればその間のカイトの情報を手に入れたい。物語を知っている俺としては、彼が誰と何をしているのか把握できれば今どんなイベントが起きているのか判断できるからだ。
動きが分かっていれば、リオンも物語通りカイトにアクションをかけられるし。
(その為には協力者が必要だな。平民クラスの弱小貴族の生徒を狙うか?)
貴族クラスにいる俺と平民クラスにいるカイト。教室が別れているため、カイトの情報を得ることは難しい。
俺は平民から嫌われているので、貴族クラスからあぶれて平民クラスに配属されてしまった弱小貴族の生徒に協力を頼もうとしたのだったが――、
「リオンはん、わてがあんさんの協力者になったりまひょか?」
「……(はっ?)」
な、何だこいつ~~~!?




