16話 始動
「ふぅ、ふぅ……」
「……参りました」
執事長のセバスチャンの首筋に剣先を突き付ける。
彼から降参の言葉を聞いた俺は、満足気に剣を下した。
「この一年で本当に強くなりましたな、リオン坊ちゃま」
「セバスチャンが付き合ってくれたお蔭だ(本当にありがとうございます!)」
悪役貴族のリオン・エルファルドに転生してから一年が経とうとしていた。
この一年間、俺はひたすら強さを求めて己を鍛えてきた。最強……とはまだ言えないが、この世界でも上位の実力を身につけられたと自負している。
それもこれも、セバスチャンが鍛錬に付き合ってくれたお蔭だ。剣も魔術もない世界の俺が独学で強くなるのは難しかっただろう。
剣術にも魔術にも人並外れた能力を持っているセバスチャンが、老体に鞭を打ち文句も言わず稽古をつけてくれたからこそ強くなれたんだ。
セバスチャンには感謝しかない。彼がエルファルド家に仕えていてくれて心から良かったと思っている。
「うぅ……この私、坊ちゃまがご立派になられて感無量でございます」
「泣くな」
「ほっほっほ、実に見応えのある立ち合いだったの」
(誰だあの人?)
急に嬉し泣きしてしまうセバスチャンに少し引いていると、俺達がいる庭に見たこと無い老人がやってきた。しかもその老人の傍らには父のジオまでいる。
(ジオが来るなんて珍しいな)
「リオン。こちらは宰相閣下であらせられる。ご挨拶しろ」
(宰相だって!?)
宰相という言葉を聞き、即座に膝を着けて頭を下げる。
宰相って確か、国政について国王の補佐をしている人だよな。国政に置いて絶対的な権力を握っている、国の実質ナンバー2。
この優しそうなお爺ちゃんが宰相なのか。駄目だ……リオンの過去の記憶を掘り起こしても宰相に関するものがない。リオンは一度も宰相に会っていなかったのか。
「エルファルド家が嫡子、リオンと言います」
「うむ、お主がエルファルド卿の子か。噂は聞いておるぞ」
(どんな噂だよ……)
「頭を上げよ。今は公式の場ではない、楽にしておくれ」
「はっ」
宰相に促されたので、言う通りに立ち上がって楽な姿勢を取る。といっても、ダラッとせずシャキッとした真面目な姿勢だ。偉い人相手に下手なことはできない。ジオの前では得にな。父に恥をかかせるような真似はやりたくなかった。
それにしてもこの人が宰相なのか。宰相っておっかない人のイメージがあったけど、接している感じ雰囲気が朗らかだし好々爺な印象が伺える。
「パーティーの件は耳にしておる。獅子奮迅の活躍をしたそうではないか」
「閣下のお言葉、ありがたく頂戴いたします(ありがとうございます)」
ありがとうリオン!
偉い人相手の言葉遣いとか全然知らないから、リオンの言葉で変換してくれると非常に助かるよ!
「ほっほっほ。エルファルド家の跡継ぎはろくでなしと聞いておったが、お主を見れば噂は間違いだったと分かるな。リオンがおればエルファルド家も安泰だのぉ。そう思わんか、エルファルド卿」
「まだまだ若輩者ではりますが、期待しております」
(驚いた)
まさかジオが息子を褒めるなんてな。まぁ宰相の前では変なことも言えないか。ジオとしても息子が褒められれば気分も良いだろう。
「リオン。この国を率いていく貴族の一員として、お主には期待しておる。これからも精進するように」
「はっ!」
「ほっほっほ、良い返事じゃ。もう少し若者と話したいところだが、今日はエルファルド卿に話があって少し立ち寄っただけなんじゃ。申し訳ないが、また次の機会にの」
「またお会いできる日を楽しみにしています、閣下」
「リオン、私は閣下を見送ってくる」
「はい」
閣下を連れて去ってゆくジオを見つめる。
はぁ……疲れた。偉い人との話は緊張して息が詰まる。でも宰相、良い人だったな。あんな人が国を纏めているならこの国も大丈夫だろう。
「でも、宰相はジオに何の話があったんだろう」
◇◆◇
「リオン様、出立の準備ができました」
「ありがとう、リコ」
俺の専属メイドのリコにお礼を告げる。
明日、俺はエルファルド家を出て魔術学校に通う。その為の準備をリコがしてくれたんだ。
「リオン様にお会いできなくなるのは寂しいです」
「……」
魔術学校は全寮制だ。学園の寮で暮らすことになるので、当分の間は家にも帰って来られない。貴族だからと特別扱いもないから、メイドであるリコを連れて行くことはできない。本当は連れて行きたいけど、非常に残念だ。
「ありがとう、リコ。お前のお蔭でこの一年間、充実した日々だった(ありがとう、リコ!)」
「リオン様ぁ!」
心からお礼を伝えると、リコは涙を流しながら抱き着いてくる。
彼女はこの一年間、俺を献身的に支えてくれた。異世界に転生して寂しかったり、ホームシックになりかけたこともあったけど、リコがいたから頑張れた。
おっちょこちょいでドジな所もあるけれど、そういう所も含めて彼女の明るさにどれだけ救われただろうか。
「どこに行ってもリコはリオン様の専属メイドですからね」
「ああ。俺の専属メイドはリコしかいない」
本当にありがとな、リコ。
「お兄様……」
「サラか、どうした」
明日に備えて早めに寝ようかと思ったら、コンコンと控え目に扉が叩かれる。訪れたのは、不安そうな顔を浮かべている妹のサラだった。
「今日はお兄様と一緒に寝てもいいですか?」
「……ああ、構わない」
「ありがとうございます!」
了承すれば、サラは顔をパァッと輝かせて布団の中に入り込んできた。
「明日からお兄様は学園で暮らすのですよね」
「そうだな」
「寂しくなりますわ。折角お兄様と仲良くなれましたのに」
俺は悲しそうに言うサラの頭に優しく撫でると、安心させるような声音で伝える。
「長期休暇には帰ってくる。その時はいくらでもサラに付き合ってやろう」
「本当ですか!? 約束ですわよ!」
「ああ、約束だ」
「お兄様、大好きです!」
嬉しそうに抱き付いてくるサラ。
あ~あ、こんなに可愛いすぎる妹に会えなくなるのは辛いなぁ。
「学園ではしっかり学び、エルファルド家の名に恥じぬ振る舞いをするのだぞ、リオン」
「はい、父上」
「坊ちゃま、馬車の準備ができました」
「行ってきます、父上」
「うむ」
翌朝。
最後に父のジオと軽い挨拶を交わして馬車に乗り込む。
セバスチャンが馬車を引き、魔術学園へと向かった。
「お体にお気をつけて」
「お前もな」
「行ってらっしゃいませ、リオン坊ちゃま」
馬車を降り、セバスチャンと別れの挨拶を済ました。
「あれが、王立魔術学園か……」
広大な敷地に聳える塔を見上げながら呟く。
王立魔術学園。今日から俺はここで暮らし、立派な魔術師になるべく学んでいくんだ。
「やっとここまで来た」
リオン・エルファルドに転生してから一年、ようやく「魔術学園の無能力者」の物語が始まる。
その物語の中盤。
俺は主人公カイトに勝つべく闇の魔術師と取引をし、醜い化け物となってカイトに殺されてしまう。
そんな惨たらしい死に方をしないために、この一年間死にもの狂いで鍛えてきた。
絶対に生き延びるぞ、相棒。
「ここからが始まりだ」




