105話 記憶する者
「報告は以上となります」
「そうじゃったか」
ナナから衝撃の真実を聞いた俺は、魔術学園校長ダニエル・ゴッドヴァルトがいる校長室へ訪れていた。
帝国に行ったこと。【純血使徒】が襲撃してきたこと。
多くの民や王族が殺され被害は甚大だが、まだ完全には滅びておらず立て直せること。
そして帝国も、世界同盟に加わる意志があることを報告した。
「奴等が言っていたのとは異なり、帝国は滅んでいないという事じゃな」
「はい」
【純血使徒】の幹部アルフォート・ロッテは、皇帝を殺し燃え盛る帝都を投影魔術により世界中に放映した。
なので世界は、闇の魔術師によって軍事大国である帝国が滅ぼされたんだと勘違いし慄いているだろう。
「よくやったぞ、リオン」
「いえ、俺は何もできませんでした。結局、多くの人を守れなかったのですから」
「自分を卑下するではない。お主がいたからこそ、帝国は滅びず我等と共に戦うと決断してくれたのじゃよ。奴等と戦う上で、帝国の協力はとても大きい」
不甲斐ない俺をフォローしてくれる。
彼の言う通り帝国の参戦はありがたい。物語――というより一回目の世界では、帝国は滅んでしまったからな。
「帝国だけではない。儂もリオンには感謝しなければならん。魔術大会の時、デモルトの凶手から助けてくれてありがとうの。あの時死ぬはずだった運命が変わったのも、リオンのお蔭じゃよ」
「いえ、当然のことをしたまでです」
……ん?
ちょっと待てよ?
さらっと言われて聞き逃しそうになったが、今の台詞ちょっとおかしくないか。
“あの時死ぬはずだった運命が変わった”、だと?
あの死ぬはずだった命が救われた、とかではなく?
ダニエルの言葉に違和感を抱いていると、彼は自分でも驚いたような顔を浮かべる。
「おお、やっと言えたわい。そうでないかと思ったが、やはりリオンには言えるらしいの」
「どういう意味ですか、校長」
「あぁ、すまぬ。実はな、“この世界が二度目である”ことを、儂は知っておるんじゃよ」
「なっ!?」
「なんせ儂、魔術大会の時にデモルトによって殺されておるからの」
なんだって~~~!?
え、ちょっと待ってくれ。
その口ぶりからすると、ダニエルはこの世界がやり直された世界だと認知しているのか!?
そんな馬鹿な……過去の記憶を持っているのは俺だけじゃなかったのか。
「その驚いた顔からすると、やはりリオンも知っておったようじゃの」
「校長は、何故……」
「儂にも分からんよ。ただ、確かに儂はデモルトによって殺されたはずじゃ。じゃが、急に目覚めたのじゃ。どうやら生き返ったという訳ではなく、リオンが学園に入学する一年前に時が戻ったようじゃった」
そうだったのか……。
まさかダニエルも一回目の世界の記憶を持っているとは思いもしなかった。
いや、思い返してみればそういう言動があった気がする。
『できれば、わしはリオンにも心を休めて欲しいと思っておる。運命に抗おうと常に気を張っておってはいつか倒れてしまうからの』
『うむ。リオン……儂はこうなる“運命”だと確信しておったぞ』
初対面なのに釣りに誘われた時、魔術大会で救った時。
彼は俺に“運命”という言葉を何度も投げていた。俺が転生者なんて知るはずがないと思い気に掛けることはなかったが、ダニエルは知っていたんだ。
「儂は運命に抗おうとした。事前にデモルトの復活を阻止しようとしたり、闇の魔術師を倒そうとしたんじゃ」
「……」
「じゃが、できなんだ。運命に抗おうとする行動や発言をしようとした途端、身体が動かなくなってしまうのじゃ」
手の平を見つめながら悔し気に話す。
物語……運命の強制力か。
「では、ニック先生やラウル先生が闇の魔術師であることも知っておられたのですか」
「勿論じゃよ。じゃが、儂にはどうすることもできなかった」
校長も歯がゆかっただろうな。
敵の正体を知っているのにも関わらず、何もできずじっと見守ることしかできないんだから。
「じゃが、以前の世界とは違う点が二つあった。一つ目は、儂の知らない平民クラスのナナリーと――」
「俺、ですか」
「うむ。一回目に存在しないナナリーを儂は注意深く観察しておった。すると彼女は、平民なのに貴族であるリオンに深く関わろうとしておった」
成程、ダニエルはナナリーを監視していたんだな。
そのナナリーが俺に関わったことで、俺にも注意が向けられたってことか。
「そこで儂は、お主を調べることにした。“エルファルド家のろくでなし”と呼ばれていたお主は、心を入れ替えたという噂が広まっておった。そして貴族の子供を集めたパーティーで活躍したこともそこで知った。明らかに一度目のお主とは違う行動を取っておる」
(そこまで俺を調べていたのか……)
「明確に違ったのは、お主の死じゃ。一回目の世界でお主はカイトによって殺されておる。じゃが、今回のお主は死ぬ運命を変えて生き残った。そこで儂は、お主に希望を抱いたんじゃ」
ダニエルはそこで一旦間を置くと、「じゃが……」と顔を俯かせて残念そうに口を開く。
「リオンが生き残った変わりに、一回目では死んでいない父親が死んでしもうた。儂は、復讐に囚われて闇に堕ちるのではないかと不安じゃったよ」
そうだよな~、あの時の俺は闇落ちしかけてたからなぁ。
闇の魔術師に寝返るんじゃないかって彼が心配するのも無理はないだろう。
「儂の不安は杞憂じゃったよ。お主は闇を克服し、また学園に戻ってきてくれた。儂がどれほど喜んでいたか、お主は知らんじゃろ」
「その節は申し訳ございませんでした」
「謝らんでいい。お主はちゃんと戻ってきて、デモルトから儂を救ってくれた。本当に感謝するぞ」
「はい」
「まさかリオンがあれほど強くなっているとは思ってもみなかったがの」
茶目っ気に言う文句を言ってくるダニエル。
学園ではずっと力を隠してきたからな。ただの学生がデモルトと幹部をぶっ倒したら驚きもするだろう。
「して、お主はこれからどうするのじゃ?」
「デモルトを倒すのはカイトに任せて、俺はヴェリアルを倒します」
審問会の時に、デモルトを倒せるのはカイトの力だけというのと、宰相ヴェリアルがジオを殺した闇の魔術師であることはその場にいたダニエルも知っている。
「もっと強くなるために、俺はレイラを連れて亜人国ハモニカに向かいます」
「ハモニカか……そこに何かあるのじゃな?」
「はい」
とは言ったものの、行けと言われただけで詳しくは分からない。それでも、強くなるなら行ってみるしかない。
「そうか。お主一人に任せるのも申し訳ないが、やはり頼むしかない。どうか皆の希望になっておくれ、リオン」
「はい」
強く頷く。
俺なんかが希望になれるかは分からない。
ただ確実なのは、ヴェリアルだけはこの手で倒すだけだ。
「一回目の世界とは展開が変わりつつあります。闇の魔術師が学園を襲うかもしれません。十分お気を付けください」
「分かっておる。お主に救われた命じゃ、子供達は儂が守ろう」
◇◆◇
「リオン様~!」
「お会いしたかったです~!」
「お、重いぞゴーズ……」
ハモニカに発つ前に、ゴーズとクラッドに挨拶しておこうと貴族クラスに入った途端、二人からダイビングハグをかまされてしまった。
なんとか耐えようとしたが太っちょのゴーズに押し負けて倒れてしまう。
「元気にしていたか、二人共」
「それは俺達の台詞ですよ~!」
「そうですよ! 闇の魔術師を倒したと思ったら、全然戻ってきてくれないんですから、凄く心配したんですからね!」
「すまなかったな」
二人のことだ。審問会に行った俺がずっと監禁されていると思っていたのだろうな。帝国に行っていた事は彼等に伝えていないし。
「リオン様! 助けてくれてありがとうございました!」
「素敵でした!」
(何だなんだ……)
ゴーズとクラッドを引き剥がすと、他の生徒達もこぞって俺を取り囲む。鳴り止まない賛辞に戸惑っていると、バッカス・ディスチーノとクライン・クラディウスが呆れたように言ってくる。
「何を驚いているんだい? 今の君は、闇の魔術師を撃退した“英雄”なんだよ」
「そうだぞ。リオンのお蔭で、ここのいる皆が命を救われたのだからな」
「俺が……英雄だと?」
学園ではそんな扱いになっていたのか。
はは……“エルファルド家のろくでなし”と揶揄されていた俺が、英雄扱いとはな。そんなつもりはないし英雄なんて柄じゃないが、皆が喜んでくれるならよしとするか。
「まさかあれほど強かったとは思っていなかったよ。普段は力を隠していたのかい?」
「……ああ」
「よいではないか。何か事情があったのだろう」
クラインの問いに申し訳なく頷くと、バッカスが庇ってくれる。
彼等からしてみれば、何故俺が実力を隠していたのか理解できないだろう。それでも庇ってくれるのが有難い。
「リオンが学園に戻ってきてくれたなら、もう安心だね」
「申し訳ないが、俺はすぐに学園を発たなければならない」
「そうなのか。どこに行くのだ」
「亜人国ハモニカだ」
「え~! リオン様、また行っちゃうんですか~!」
「それなら俺達も連れて行ってください!」
駄々をこねるゴーズとクラッドの肩に手を置いて謝る。
「すまないが、お前達を連れていくことはできないんだ」
「「……」」
しょんぼりする二人に、俺はこう伝えた。
「学園のことはお前達に任せる。必ず戻ってくるから、その時まで待っていてくれ」
「……はい!」
「俺達がこの学園を守りますよ!」
「その意気だ。頼んだぞ、二人共」
級友との挨拶を終えた俺は、レイラを探していた。
学園の中にいなかったので中庭を探すと、俺達のデートスポットとなっているベンチに一人ポツンと座っている。
ぼーっとしている彼女に声をかけた。
「こんな所にいたのか、探したぞ」
「リオン様……」
「急ですまないが、亜人国ハモニカに行くことになった。それにレイラも同行してくれないか」
「……」
レイラは俺の顔をじっと見ているだけでうんともすんとも言わない。
やはり急にハモニカに行くと言っても迷惑だっただろうか。
「レイラ?」
「あ……申し訳ございません。ハモニカですよね。分かりました、私も一緒に行きます」
「感謝する。準備が出来次第向かおう」
「……はい」
彼女らしくなく、歯切れが悪い返事だ。
やはり乗り気ではないだろうか。
でも、ナナの言う通りこの先の戦いではレイラの力が必要になってくる。
やる気を出してくれるように、俺もフォローを心がけよう。




