106話 蠢動
「ユイ殿、カイト殿はまだ目覚めないでござるか」
「……うん」
大和撫子に尋ねられたユイ・アストレアは、力なく頷く。
彼女の目の前には、病室のベッドで眠ったまま目を覚まさないカイトがいた。
砂の国アメンは、【純血使徒】に襲撃された。
敵は幹部だけではなく、アメンにいる純血派の貴族からのクーデターもあり混乱を招いたが、現王オシリスの指示のもと鎮圧に成功。
王兄のホルス、王子ウラエウス、予言の巫女イシス、護衛のセトとバステト兄妹の尽力がクーデターを防いだ。
純血派と混血派、互いに被害は出てしまったものの主要人物は無事である。
【人斬り】森永明治は、アズマから救援に来てくれた大和撫子、大和猛、徳田徳之助の三人によって討伐。しかし、死人はいなかったが三人共怪我をしており、猛に至っては左腕を損傷してしまった。
【生首】グリコ・ファヤージュは、リアーナ王国から救援に来てくれたカイト、ユイ、ディック、ガイの四人によって討伐された。
しかし、ガイとディックは重傷を負ってしまい、カイトは怪我がないものの眠りから目覚めない。
(起きなさいよ、カイト)
カイトの手を握り、祈るユイ。
グリコの攻撃により次々と仲間が倒れていく様を見せつけられた彼は力を暴走させ、圧倒的な暴力でグリコを葬った。
しかし、グリコを倒した時のカイトは人間ではなく、まるで悪魔のようだった。
今までもカイトが力を暴走させそうになった事はある。しかし、あんな恐い姿になったのは初めてだった。
ユイの声でなんとか元のカイトに戻ったものの、気絶してからずっと目覚めない。
このまま二度と目を覚まさないなんてことないよね……とユイが不安がっていると、イシスが病室に入ってくる。
「ユイ、少しいいかしら」
「どうしたの」
「カイトを目覚めさせる方法がわかったわ」
「本当!? なにか予言が出たの!?」
ガタンと椅子を倒しながら立ち上がって尋ねてくるユイに、イシスは「ええ」と言って、
「ユイとカイト、それにガイとディックの四人は、亜人国ハモニカにいる妖精女王メイベルに会わなければならないわ」
◇◆◇
「けっ……幹部ともあろう者が三人も殺られちまうとは情けねぇ奴等だな」
「おやめなさい、ベッキー。亡くなった彼等は仮にも同志なのですから」
腹立たしそうに舌打ちをしながら文句を言う【鮮血姫】ベッキー・ウィットバンナーに、【変態】パキーラ・バームロールが注意する。
砂の国を盗りに行ったグリコと森永は戦死し、【爆弾魔】クランキー・キッドは帝国にてリオン・エルファルドにより殺された。
九人居た幹部も数が減り六人になってしまった。その上砂の国アメンの国盗りに関しては失敗に終わっている。
「まぁいいんじゃないのかい。クランキー君は望んでいた相手と戦って死んだんだからさ。ただ……アルフォート君、君が居ながらリオン君を殺れなかったのかい?」
【闇医者】シルベーヌ・ラシュクーレが眼鏡を正しながら問いかけると、皆が【黄昏】アルフォート・ロッテに注目する。
アルフォートは皇帝と王族を殺し、帝国の軍事力を象徴する「帝国十師」と「最強の魔術師」を始末したりと十分過ぎる戦果を上げた。
だが、【操り人形】ミルキー・チェダーチーズからの報告によると、彼はリオンと接敵しておいて、戦わず退却したそうだ。
組織の裏切り者かつ、仲間であるクランキーを殺したリオンに手を下さないのは腑に落ちない。リオンに畏れをなしたと言われれば鼻で笑ってやるが、幹部に一目置かれる実力を持ったアルフォートが尻尾を巻いて逃げ出すとは到底考えられなかった。
「私がリオンに会ったのは目的を果たした後だった。クランキーにしても敵討ちを望むような奴ではないだろう。戦う必要がなかっただけだ」
「「……」」
アルフォートの答えに幹部は納得しなかった。
というより、問いに対して答えてない。目的を果たした後というのも、クランキーが敵討ちを望んでいないことも分かるが、裏切り者のリオンを始末しない理由にはならない。
それでも有無を言わさない雰囲気のアルフォートに、追及する幹部は一人もいなかった。
アルフォートは嘘を吐いている。
リオンと戦わなかった本当の理由は他にあったが、“何も知らない”幹部達に言う必要はなかったのだ。
「それで、次はどうするんスか? また砂の国に行くんスか?」
【魔主】ブルボン・ブランチュールが頬杖をつきながら尋ねると、アルフォートは「いや」と小さく首を横に振り、
「純血派のクーデターが失敗した以上、再び攻め落とすのは難しいだろう。今度は違う国を堕とす」
「それって、どこッスか?」
「亜人国ハモニカだ。あの国は帝国の次に脅威だからな。今の内堕としておくことに越したことはない」
「じゃ、じゃあ……!」
「そうだ。ブルボン、そしてパキーラ。お前達二人で故郷を堕としてこい」
「よっしゃあ! やっとオイラの出番ッスか! 待ちくたびれたッスよ!」
「ふっ、あんな所に思い入れなどこれっぽっちもないけど、留守番をするよりはマシだね」
アルフォートに名指しされた二人は喜びを露にする。
前回は待機組だったので、よっぽど鬱憤が溜まっていたのだろう。逆に、前回待機組だったベッキーはガンッとテーブルに拳を叩きつけた。
「おいアルフォート! テメェまたアタシを留守番させるつもりじゃね~だろうな!」
「いきり立つな。我が君の護衛は私とシルベーヌで行う。お前にはミルキーと組んでやってもらう事がある」
「ああん!? んでアタシがこんな奴と組まなきゃいけねーんだよ! 一人で十分だっての!」
「それはこっちの台詞だよね~チョコちゃ~ん」
「文句があるなら護衛に回すが、それでも構わないか?」
「……ちっ、わ~ったよ。やりゃいんだろやりゃあよぉ!」
不満そうながらも仕方なく引き受けるベッキー。
アルフォートは内心で、面倒臭い奴等を纏める我が君は苦労しているんだなと思いながら、シルベーヌに問いかける。
「シルベーヌ、我が君はまだ復活なされないのか」
「う~ん、そうだねぇ。本来はすぐに復活する予定だったんだけど、ダニエル・ゴッドヴァルトとリオン君との戦いで魂の損耗が大きかったようだ。完全復活にはまだ時間がかかりそうだね」
「そうか。その調子で様子を見ていてくれ」
「わかったよ」
次に行動する予定を纏め終えると、アルフォートは幹部を見渡し、真剣な表情で告げた。
「我等に対抗するため、奴等も各国で同盟を組み団結している。まだ手をこまねいている純血派の魔術師を取り込む為にも、ここからが我等幹部の見せ所だ。各員、抜かるなよ」
◇◆◇
「ご報告いたします、閣下。ギンガナムとスネルの二人共、リオンに殺られました」
「ふむ、対魔術師に特化した奴等でもリオンに負けたか。どうやら儂は、小僧の力を見誤っていたようだな」
配下であるロズワルドの報告に、リアーナ王国宰相改め闇の魔術師であるヴェリアル・ヴァンデッドは顎髭を撫でながら熟考する。
帝国に送り込んだ【魔術師殺し】ギンガナムと【奇術師】スネルは、対魔術師において無類の強さを誇る過去の英傑だ。その能力は【純血使徒】の幹部ですら歯が立たないほど。
そんな彼等なら確実にリオンを殺してくれると期待していたが、敗北してしまったと聞いて驚いた。
「リオンの力は我々の想像以上のようです。どういたしますか、閣下」
「これからの計画のためにも、小僧に優秀な駒を壊されるのは忍びない。リオンの始末は復活したデモルトにやらせるとしよう。奴も小僧に借りがあるだろうからな」
「それでは、今はリオンを放置するという事でしょうか?」
問いかけてくるロズワルドに、ヴェリアルは「いや……」と愉しそうな笑みを浮かべながら告げた。
「小僧を苦しめる方法は幾らでもある。そうだな、まず手始めに出来損ないのアレらを使って魔術学園とエルファルドを消すとしようか」




