104話 異世界の神
「実はわてな、この世界の神やねん」
「……は?」
ナナの突飛な発言に思考が停止する。
ナ、ナナがこの世界の神だって?
急に何を言い出すんだこいつは……まるで意味がわからんぞ。
「な、何の冗談だ」
「冗談やあらへん。事実や」
「馬鹿なことを言うな。お前のような奴が神なはずがないだろう」
「う~ん、やっぱ信じられへんよな。よっしゃ、そんならリオンはんが納得する言葉を教えちゃる」
俺が納得する言葉だと?
意味深なことを言うナナは、顎に手を添える決めポーズをして口を開いた。
「魔術学園の無能力者」
「――っ!?」
「そしてリオンはん、あんさんは異世界からの転生者や」
「な……んだと」
衝撃の言葉に驚愕する。
原作小説「魔術学園の無能力者」。この言葉はこの世界で俺しか知る者はいない。そして俺が、異世界からの転生者であることもドンピシャで当てている。
この事実を知っているのは、俺を「魔術学園の無能力者」の世界に転生させた神しか存在しない。
ならば、本当にナナがこの世界の神だっていうのか。
「その反応を見るに、ど~やら信じてくれたようやな」
「あ、ああ……とても信じ難いが、信じざるを得ないだろう」
はぁ……ナナがこの世界の神だったなんてな。
糸目の関西弁キャラはいつか裏切ってくるとは覚悟していたが、まさかこんな形で裏切られるとは考えてもみなかった。
まぁ、敵でなかっただけマシではあるか。
「だが解せない、何故“今”なんだ?」
ふと沸いた疑問を尋ねる。
ナナが神だというのなら、もっと早く告げてくれればよかったのに。それこそ、ファーストコンタクトの時に名乗り出てくれればいいものを。そうすれば、相談したり協力を仰いだりできたのに。
「わてもな、最後まで正体を明かすつもりはなかったんや。せやけど、もったいぶっている状況やなくなってもうた」
「どういう意味だ」
「リオンはんに、もっと強くなってもらわなアカンねや」
俺に強くなってもらう為に正体を晒した?
話しを聞いてもまだ理解できないぞ。
「まず、順を追って説明したる。リオンはんは、リオンはんの世界にある本の物語に登場するリオン・エルファルドに転生したと思うてるやろ?」
「ああ」
「それ自体は間違えてあらへん。けどな、“本の世界に転生した”訳やあらへん。“この世界を題材にした本に転生したんや”」
(ん、んん?)
それはつまり、どういう事なんだ?
ピンとこず首を捻っていると、ナナは追加で説明してくる。
「つまりはな、カイトはんが【最悪】の魔術師デモルト・ブラックロードを倒してハッピーエンドを迎えた……までの出来事を、わてがリオンはんの世界の神に頼んで本にしてもらったんや」
「な、何だと!?」
ナナの説明を聞いてやっと理解した。
今まで俺は、既に完結しているライトノベル「魔術学園の無能力者」の世界に転生したと思っていた。アニメやゲームの世界に転生した……みたいな展開のようにな。
だけど違った。“逆だったんだ”。
ナナの話が本当なら、「魔術学園の無能力」は“この世界で起きた実際の出来事”を本にしていたんだ。
つまり「魔術学園の無能力者」はフィクションではなく、ノンフィクション。
そしてこのノンフィクションの物語を、俺がいた世界の神に頼んで本にしてもらった、という事だ。
まさか、「魔術学園の無能力者」の誕生にそんな秘密があったなんてな……だけど、
「何故、そんな真似をしたんだ」
「一つは本物のリオンはんの為や」
「リオンのため?」
「そうや。ラウルっちゅう闇の魔術師から薬を渡され、醜い化物になってカイトはんに殺されるという無残な死を遂げた本物のリオンはん。今までの悪行を後悔し、自分は愚かだったと気付いたリオンはんにわてはやり直すチャンスを与えることにしたんや」
「ああ」
それは本物のリオンから見せてもらった回想で知っている。
死ぬ間際、今までの悪行を後悔していた時に神の声が届いた。自分ではない異世界の人間の魂を器に入れて、もう一度やり直すこともできる、と。
例え自分でなくても、今までの悪行に対して贖罪したいと願うリオンは神の提案を受け入れたんだ。
「そこでわては、「魔術学園の無能力者」に登場する悪役貴族リオン・エルファルドにも同情する心優しい人間の魂を選別し、本物のリオンはんの代わりにやり直してくれるよう転生させたっちゅう訳や」
「それが、俺だったという事か」
「そういうことや。ただ勘違いして欲しくないのは、転生させる為に強引に死なせた訳やあらへん。死んだ者の魂の中でリオンはんに同情する者を選別したんや」
俺の死にナナは関与してないって事か。
「神様の手違いで殺してしまったのでお詫びに異世界に転生させます」とかではなく。
まぁそうだろうな。
あんなブラック企業で働いていたら過労で死ぬだろうし。
「俺の世界に本を出したもう一つの理由はなんだ?」
「ここからが重要やねん。「魔術学園の無能力者」ではカイトはんがデモルトを倒してハッピーエンドで終わったやろ?」
「そうだな」
「せやけどな、わてはデモルトより強大な敵を見逃していたんや」
「強大な敵だと? ……それはまさか――っ」
「そうや。一度目の本物のリオン・エルファルドの人生を狂わし、二度目ではジオ・エルファルドを殺した、リオンはんの宿敵。リアーナ王国宰相であり、【純血使徒】を影から操っていたヴェリアル・ヴァンデッドや」
ヴェリアル・ヴァンデッド。
どうやら神でも奴の存在を見抜けなかったようだな。
そうか……だからヴェリアルは「魔術学園の無能力者」にも登場していなかったのか。
「物語ではハッピーエンドで終わっとるが、この世界は本物やから勿論続きがある。その続きでヴェリアルは台頭し、カイトはんたちが劣勢に立たされるんや」
「カイトでも勝てないのか……」
「そうや、ヴェリアルもそうやが、奴の手駒が優秀なんや」
「過去の英傑か……」
「そうやけど、何でリオンはんが知ってるんや?」
「既に何度か戦っているからな」
帝国第三代皇帝ゲオルグ。【風熊】のドルフ。【死霊使い】のネフィリム。【魔術師殺し】のギンガナム。【奇術師】スネル。
どの英傑も手強い相手だった。その他にもまだ強い英傑を隠し持っているだろう。
強くなってデモルトを倒したカイトであっても、英傑が束になって襲ってきたら敵わないのも理解できる。
「そうやったんか……。ならヴェリアルの恐ろしさも重々分かるやろ?」
「ああ」
「ヴェリアルは強い。今までデモルトの陰に潜み虎視眈々と野望を叶えようとしていた執着心も天晴れや。そこでわては、神の力を使ってこの世界を巻き戻したんや」
「何っ!?」
ナナの話を聞いて目を見開く。
てっきり俺は、“リオンが醜い化物になって死んだ時から”タイムリープしたのだと思っていた。
けど違った。
タイムリープしたのはそこでなく、大元は“カイトがデモルトを倒した後の世界から”タイムリープしたんだ。
でも、よくよく考えてみればそうだよな。
俺の世界にある「魔術学園の無能力者」の小説はカイトがデモルトを倒して完結している。この世界がノンフィクションだというのなら、実際は完結した後からタイムリープしてる事になるって事だよな。
「だが、やり直したところで同じ結末に辿り着くのではないのか。それとも、俺以外にもタイムリープを認知している人間がいるのか?」
「いんや、おらへんよ」
「なら結局同じではないか」
「同じやあらへん」
ナナはそう言って、俺を指さした。
「この世界で唯一の特異点である、あんさんがいるやないかい」
「――っ!」
「もう一度やり直したとしても、運命っていうのは中々変えられへん。結局同じ結果になるだけや。せやけどその運命の輪に、特異点を放り込んだらどうなるか? わてはその希望に懸けたんや」
「その特異点が、異世界から転生した俺だったという事か」
「そうや」
(……ふぅ、落ち着け)
事が大きくなり過ぎている。俺が運命を変える特異点だと?
死亡フラグを回避して生き抜くことだけを考えていたのに、まさか世界の命運まで託されるとは思ってもみなかった。
頭の中で色々と考えていると、ナナは自分の手の平を見つめながら口を開いた。
「世界を強引にやり直したわてに、神の力は殆ど残っておらへん。そこでわては、なけなしの力を使って“ナナリー”という存在を作り、影からリオンはんの手助けをしようと思うたんや」
「物語未登場の割りには濃いキャラだと思っていたが、そういう事だったのか。だが、何故そのような関西弁キャラにしたのだ」
「わてが神であることをバレないような人間にって適当に設定したらこんな風になってもうた。はっはっは」
成程ねぇ、確かに神だとは気付かなかったよ。裏切るとは思っていたけどな。
そっか、ナナは俺のお助けキャラになってくれていたのか。
ん? ちょっと待てよ?
「お前、悪魔に操られていなかったか」
「あんなんフリやフリ。力がなくなってもうたけど、神が悪魔如きに操られてたまるかい」
心外だなと言いたげに言うナナ。
「幻の5.5階」に封印されていた魔術書から解き放たれた大悪魔イフリートは、俺の身体を手に入れる為にナナを操ってレイラがいる森へと誘導した。
だがそれは操られていたフリしただけだそうだ。本人が言うにはな。
「ナナリーとして初めてレイラはんと会った時、彼女の顔に傷がなかった。そこでリオンはんは、運命を変えてレイラはんを助けてくれた、優しくて強い人間だと判断したんや」
「……」
「だからわては、リオンはんに接触することにしたんやで」
ナナと初めて会った時を思い出す。
『ところでリオンはん、ワテがあんさんの協力者になったりまひょか?』
突然そんな事を言ってきたナナに驚いたが、レイラを助けた俺を信用して接触してくれたのか。そして、俺を手助けするために協力者に願い出た、と。
「でも、あんさんはわての思っていた通りに動いてくれへんかった」
「む、どういう事だ?」
「わてはてっきり、リオンはんがカイトはんに協力してくれると思ってたんや。“エルファルド家のろくでなし”が心を入れ替えたって噂も耳にしておったし、物語を知っている異世界の人間ならカイトはんと協力してデモルトを倒し、ヴェリアルも倒してくれると期待してたんや」
「ぐぬ……」
ナナはそこで一旦話を区切ると、俺をジト目で睨みつけながら「それが……」と続けて、
「なんでか知らんけど物語通り悪役ムーブをかましてカイトはんと敵対するし、運命を変えたはずなのにレイラはんと婚約破棄するし、どうなってるっちゅうねん!」
よっぽど頭にきていたのか、ぷんぷんと怒ってしまうナナ。
今になってそんなこと言われてもな……。俺だって、死亡フラグを回避した後もこの世界で生き抜くために、デモルトを倒してもらうため悪役としてカイトを成長させようと頑張ったんだぞ。
っていうかさ、
「それならそうと最初から言えばいいではないか」
「言いたくても言えへんねん、ボケ! 特異点であるあんさんは運命を変えられるけどな、他の人間は運命を変えるような発言や行動はできんねん。神であってもな!」
ふ~ん、物語の強制力……もとい運命の強制力といったところか。
俺が死亡フラグを回避できたのも運命の輪から外れている特異点だからであって、他の人間は決められた運命をもう一度やり直すしかない。
ただ、俺にも運命を変えた代償はあった。
死ぬはずのなかった父、ジオ・エルファルドがヴェリアルに殺されてしまったようにな。
「だがお前の話なら、何故神であることを話せるんだ? 運命に抗うことはできないのではなかったのか?」
「話せるようになったのはリオンはんが死亡フラグを回避したからや。リオンはんが死ななかったことで、この世界の運命はガラリと大きく変わったんや。だから話せるようになったんや」
ナナは「せやけど……」と眉尻を下げて、
「あんさんの父が死んだ後で、わてが正体をバラしてリオンはんがどんな行動に出るか予測がつかんかった。だから、もう少し見守ろうと思ったんや」
「……」
言わなくて正解だよ、ナナ。
あの時の俺は父を殺され正気ではなく、復讐に囚われていた。そんな時にナナがこの話を俺にしても、俺は冷静に受け入れられずジオの死を彼女に責任転嫁していたかもしれない。
そしてナナは、俺を立ち直らせようと皆と一緒に励ましてくれた。彼女のお蔭で、俺は闇落ちせず学園に復学することにしたんだ。
「魔術大会で死ぬはずだったダニエル・ゴッドヴァルトをデモルトから救ったのは助かったで。ダニエルの力はこの先も必要やかな。まぁぶっちゃけ、【純血使徒】の幹部として現れた時はなにしとんねんわれ~! ってブチ切れたけどな!」
(はは……)
そりゃ切れるわな。
運命を変える味方として見守ってきた俺が敵に寝返ったなんて彼女からしたら尤も最悪の展開だし。
「その時わては、リオンはんが想像していたよりものごっつぅ強ぉなってることに初めて気づいたんや。わての行いは間違えてなかったんやなって」
「……」
思い返してみれば俺が本気を見せたのもその時だったな。
レイラに婚約しようとした上級生のクロム・クロッヅや、砂の国のバステト兄妹とタッグマッチをした時も本気は出していなかった。
「だからわてのことを話そうとしたのに、リオンはんは王城に連れてかれて全然帰ってこぉへんしな」
「帝国に行っていたんだ。物語で滅びる帝国を助けようとしたが、達成できなかった……」
「けど、守れたもんもあるんやろ?」
「……ああ」
確かに物語通り帝国の壊滅は世界中に知れ渡ってしまったけど、守れたものもある。グリード王子やオレオとココア兄妹。それとキャリーサとかな。
「話は以上や。これで最初に戻れるな」
「俺にもっと強くなってもらわないといけないって話か」
「せや。確かにリオンはんはとんでもなく強ぉなった。せやけど、ヴェリアルの力は未知数。奴を倒すには、もっと強くならなアカン」
「どうすればいい」
強くなる方法を尋ねると、ナナは真剣な表情でこう言った。
「亜人国ハモニカに向かうんや」
「ハモニカに?」
「カイトはんがこの後、ハモニカに行って修行するのは知ってるやろ?」
「ああ」
砂の国アメンの援軍に向かったカイトは、幹部の【生首】グリコ・ファヤージュと戦う。そこでユイとガイとディックが倒され、力を暴走させたカイトはグリコを倒す。
ユイの声で元に戻ったカイトだったが目を覚ますことはない。
イシスの予言で、カイトを目覚めさせるには亜人国ハモニカでしかないと伝えられる。そこでユイたちは、眠っているカイトを亜人国に連れて行き、目覚めたカイトは力を制御するために修行を行うんだ。
因みにユイもガイもディックも無事だ。
「リオンはんはカイトはんとは別に亜人国ハモニカへ行き、“森の賢者”に会って修行するんや」
「森の賢者?」
「せや。それとレイラはんも連れて行ってや。デモルトを倒すには、レイラはんの力も必要不可欠やからな」
それは分かっている。
本来レイラは、第二ヒロインとしてカイトたちと同行して砂の国アメンに行っている。そこからカイトたちと亜人国ハモニカに行き、修行してめちゃくちゃ強くなるんだ。
「リオンはん。わてはもう神としての力は残っておらへん。こんな風に話すだけで精一杯や。とんでもない無茶ぶりを言っていることは分かってる。せやけど、どうかこの世界を救って欲しいんや」
深々と頭を下げ、俺に懇願するナナ。
そんな彼女の肩に手を置き、「頭を上げてくれ」と言い、
「ナナには感謝しなけれならない。俺をリオンに転生させてくれてありがとう」
「リオンはん……」
「俺に……いや、“俺たち”に任せてくれ。ナナの行いを無駄にはしない。必ずヴェリアルを倒してやる」
「おおきに……ほんまおおきにやで、リオンはん」
悪役貴族リオン・エルファルドに転生した俺は、死亡フラグを回避することだけを考えていた。
その後は父であるジオの復讐を果たすことだけを考えていた。
しかし、ナナから真相を教えられ、世界の命運を託されて覚悟は決まった。
俺と相棒で、裏ボスであるヴェリアルを倒してこの物語を本当のハッピーエンドにしてやる。
待っていろ、ヴェリアル。
必ずお前を倒してやるからな。




