第八十九話 反省
いつも通りの狩りの時間。けれど、アユは花の「異変」を見逃しませんでした。
ついに溢れ出した、花が心の奥底に蓋をしていた苦悩。
「自分を労うこと」――アユが差し出した救いの手は、花の凍りついた心を溶かしていきます。
仮想世界の夜景の下、二人の距離が決定的に変わる夜。
アユの決意を聞いた後も、その次の日も花とアユは、夜の時間帯に狩りに出ていた。
「あはは。花と知り合って、まだ間もないのに、なんだかこの狩りが習慣化してきてる気がする。」
「ん?すまない。もし、楽しくなければすぐに教えくれ、遠慮はいらないから。」
「いえ、楽しいわ。一人の憂さ晴らしよりも、スケールが違うもの。
それに、もしわたしのMPが尽きても、花がなんとかしてくれるから、何も考えずにぶっ放せるのが、もうたまんない!」
「一緒に森に入る際はパーティとして入るから、俺一人の時より格段に経験値が入る。
まあ、あまりステ振りはしてないんだが、手練れの魔法使いが一人いるだけで、ここまでとは、もう脱帽さ。」
二人は狩りを早々に切り上げて、いつもの王宮の一番高い場所へ行く。
「アユはすげえな。この数日間だけで、連携がかなりスムーズだ。誰かと合わせたことあるのか?」
「いいえ、パーティを組んだのはあなたが初めてよ?あ!もしかして、他の誰かとわたしが一緒にプレイしてるのがイヤなん……」
「そうか、なら、元々のセンスなんだな。歌もゲームも一流とはな。」
「…………」
(あーん!もう!なんでいじろうとするのにいつも食い気味にかぶせてくるのよー!絶対ワザとだ!でも……今日はなんだか変ねえ)
「……花、何かあったの?」
花は驚いてアユを見る。
「え?……どうしてそう思うんだ?俺、何か変な態度とってたか?もしそうならゴメン。」
「なんとなく、いつもと雰囲気が違うなと思ってね。なに?お姉さんに話してみたまえ。」
「………俺、子供に怒鳴っちゃって……全然大したことじゃないんだ……俺が畳んで整理した衣類を、ひっくり返しただけなんだよ……笑って見過ごせるはずなんだ……けど、なんかこう、俺の中で、何かが崩れたというか……気がついた時には爆発してたんだ。
誰かに怒鳴ったり、八つ当たりすることなんて、人としては恥だとずっと思ってたのに……自分が自分じゃないみたいで、俺、どうしたんだろうって、ずっとモヤモヤしてたんだ。」
「…………花。それは……」
花は俯いたまま王都を眺めていた。
「わたしは……あくまで花の味方だから、言うね。
多分だけど……もう容量オーバーなんじゃないかなあ。」
「容量……オーバー?……ゲームみたいなこと言うね。」
「そう、ゲームと同じよ。
花……いっときのストレスは、憂さ晴らしで晴れるかもしれない……けど、積み重なって、尚且つ進行形なら、その憂さ晴らしは追いつかないわ。」
「上手く、ストレスをコントロールできてないということか……。」
アユは首を横に振る。
「いいえ、そんなことないわ。花は、精一杯ストレスを軽減させてる。
けど、わたしが言いたいのは、積み重なった、心の傷ってこと。」
「心の……傷?」
「例えば、喧嘩でボコボコにされるとするじゃない?でも、努力してその相手より明らかに強くなれば、昔のボコボコにされたことなんて、ちっぽけになるじゃない。だって、今やったら勝てるって余裕があるもの。
けど、今の花は違う。
今までずっと嫌なことを言われ、され続けた相手を、受け入れて生きていかなくちゃいけない。
傷つけた相手は、花がどれほど苦しんだかなんて、わかってもない。
そうやって、"何も報われない"状態っていうのは、"克服しようがない状態"を続けてることだと思う……。
その気持ちは、痛いほどわかる……。」
「アユ……もしかして。」
「わたしもそう。
捨てられて、よりどころがなくて、仕事には復帰できたけど。それでも、当時のトラウマは克服できてない。
花は、今も心の容量がいっぱいで、余裕が無いんだと思う。
だから、些細なことでも、着火しやすくなってるんだと思う。」
「……やっぱりそうか……人から言われると、実感するよ……俺、職業柄、なんとなく気付いてたんだ。
俺、もしかしてって……けど、そう思うと、もっと絶望しちまうから……蓋をしてたんだ。
"俺は違う。そんな中でも心をコントロールしてこそだろ"って、人として一皮剥けるぞって、言い聞かせてたんだ。
だけど、大きな声を出した時、全く制御できなかったんだ……情けねえよな。子供のことは、心底愛してるのに。」
アユは、花の頬をつねくった。
「痛ててて!あ、アユ??」
「ごめん、普通は、抱きしめたり、キスしたりする場面だよね?
けど、なんか自然にこうなったの。
笑ったらいけないんだけどさ。
花は、もう十分過ぎるほど、頑張ってきたと思うよ?
話聞くだけでそう思うんだもの、実体験ならなおのこと、とてつもないストレスと経験値だと思うわ。
だから、自分を、責めないで?
花は、普通の人間でしょう?
ストレスがあれば、怒るのは当たり前じゃない?
わたし、カウンセリング受けた時に、まずは、自分のことを褒めてあげることって言われたことがあるの。
"わたし、十分頑張ったじゃん"って。
だから、花も、まずは自分を労って、そこからじゃないかな?
"自分を知って、自分を労う"
次の成長に進むにも、まず、ここからじゃないかなって、わたしは思うかな。」
シャッ。
スッ。
花は、アユに酒を手渡す。
「……ふぅ……たしかにそうだな……俺は……いっぱいいっぱいだよ。図星だ。そして、自分を俯瞰しても、よく耐えてると思う……そら爆発もするよ、そこら辺にいるただの人だからな。
ぷは!俺は、何ドラマの主人公みたいなことやろうとしてたんだろうな。
そんなカッコつけたって、誰も見てもねえし。
ただ、溜め込むだけじゃん。
そうだよな……そんな自分だってわかった上で、どうするか考えねえとな。
少しスッキリしたぜ。
ありがとう、アユ。」
「どういたしまして〜。寂しいなら、お姉さんが、いつでも抱きしめて、あ、げ、る、わよ?」
「アホ。」
二人は笑い合った。
(花は……良い人すぎるわ。
奥さんは、本当に運の強い人。よほど前世で徳を積んだのね。
けど……花はそのうち、あなたの元から離れるわ……高確率でね。
けど、それは因果応報。
悪気がなければ何をしても良いってことは無いの。
パートナーの言葉に耳を貸さず、追い詰め続けた。
自分たちの価値観がどうであれ、相手の主張と向き合わなかった。
それが、花をこんな目に合わせてる。
………こんな人に、一生を捧げちゃだめ……
そんな人に捧げるくらいなら……」
アユは心の声と葛藤していたためしばらく沈黙していた。
「アユ?……おーい、起きてるか?酔ってきたか?」
アユは我にかえる。
「んえ?!あ、ごめん!酔ったかも!なんちゃって。」
「なんか、すまんな今日は。いかんな俺も、いい歳こいて、見破られちまった。」
「なーに、年寄りみたいなこと言ってるの?
実際の歳は知らないけれど、みんな一人の人間なんだから。
そして、またそうやってカッコつけようとする。ダメですよ?"そんなんじゃダメだ"じゃなくて"やっちまったなあ、でも、次から気をつければいいさ"くらいでいいのよ。
お子さんも、きっと分かってる。
あなたの愛は、きっと届いてるから。」
少しの沈黙が続く。
「おい、アユ……」
「なにかしら?……って、へ??」
花は、立ち上がり、アユとは反対の方を向く。
「アユは……いつから水系の魔法……使えるようになったんだ?……火と雷しか、見たことねえのに……顔が濡れるから、もう使わないでくれ。」
アユは、優しく微笑んだ。
(花……泣いてるの?!)
「ごめん……たった今、偶然使えちゃったわ。
すぐに止めるから……そこを動かないでね。」
アユは立ち上がり、花の背中にそっと触れる。
背中は少し震えていた。
(自分の弱さを、受け入れたのね。花は強い人。逃げずに受け入れた。大丈夫……あなたはきっと、強くなる。)
アユは、花の背中をそっとさすった。
そして、背中に耳を当てて、花の体の前に軽く腕を回し、しばらくじっとしていた。
その震えがおさまるまでの、ほんの数秒だった。
花の震えはとまり、振り向いた。
アユと目が合う。
「どう?わたしのヒーリングは?」
「ああ、こりゃあ、儲けそうだ。」
シャ
花はまたアユにお酒を渡す。
花も、軽めのお酒を出す。
「あら?飲めないんじゃなかったの?大丈夫?」
「悪い思い出が、呼び起こされるから、避けてたんだ。
でも、この一杯だけは、いいんだ。」
「ありがとう、アユ。」
「ふふ…どういたしまして!
第八十九話 完
第八十九話をお読みいただき、ありがとうございます。
今回は、花の人間臭い弱さと、それを包み込むアユの包容力が描かれた回でした。
現実で戦い続ける人ほど、「自分を褒める」ことを忘れてしまいがちですよね。花の涙が、皆様の心にも何かを届けていれば幸いです。
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