第百十三話 どう見ても
喧騒が遠ざかり、ふたりだけの時間が流れます。
抱えてきた仮面や、言葉にできなかった迷い。
そうしたものが、夜の静寂の中でふっと軽くなる瞬間がある。
誰かに触れ、誰かを信じることの怖さと温かさを描きます。
花は車を回し、三人を連れて帰る。
幸い、リサがホテルの場所などを逐一グループチャットへ挙げていたため、事前に把握できており、怪しまれることなく連れて帰れた。
「どうしよう。先生にバレちゃった」
三人は静まり返っていた。
ホテル前まで到着する。
アユが三人をホテルの中に送り届ける流れとなる。アユが三人に耳打ちする。
「大丈夫。あなたたちの進路に影響がないように、ちゃんとフォローしてあげる。
実はね、わたしは教師でもなんでもないの。
だから、これから起こることは内緒にしていてね」
「お前たち! いったい何時だと思ってる!
ドラッグストアに用事があると言うから許したのに、何時間経つと思って……あ、あなたは?」
男の教師はアユの美貌にたじろぐ。
「お騒がせしました、先生。この子、遠い親戚でして、私がここに住んでいることを知らなかったみたいなんです。つい、バッタリ会って長話になってしまいました。
本当に、ご迷惑をおかけしました」
そう言って、アユは絶妙な角度でお辞儀をする。はだけた服装だったため、教師の目はアユの胸元に釘付けだ。
「い、いえ、親戚の方とおられたんでしたか。ここまで送り届けてくれて、ありがとうございました! では、我々はここで! ほら、行くぞ、三人とも!」
リサは振り返りアユを見る。
アユは小さく手を振り、その場を去った。
◆
「なるほどね。わたしとのやりとりの後、リサちゃんからメッセージが入ってたのね。
わたしは今日はもう会えないと思って、カフェで呑気に過ごしてたわ」
「やっぱり、外国人観光客って多いんだな。タクがいなかったら無理やり連れていかれてたんじゃないか?」
「ええ、そうね。確かに危なかったと思うわ。海外では声をかけるなんて当たり前だもの。
日本人はチョロいって思われてるのかもね」
「チョロそうなのがいたが、釣らなかったな」
「あの子は凄いわ。大人二人がたじろぐんだもの!」
「ああ、俺、多分バレたよなあ……」
「なんでそんなに落ち込むの?」
「…………」
花は無言になった。
「んもう……花、ちょっとうちに上がっていかない?」
「いや、それはまずいだろ」
「何がまずいの?」
「俺は……そこらに石ころを蹴ったら当たるくらい、普通の……いや、そこまでできた男じゃないんだぞ?
危険だと思わないのか?」
「そんなの……」
「ん?」
「なんでもない!
わかったわ! 部屋は一瞬! 話すのは別の場所よ! ここまで言えば来てくれるかしら?」
「それなら大丈夫だ」
「良かった。明日帰っちゃうんだもの。少しでも話しておきたいわ。あ、そこを曲がったところ、どこでも停めて大丈夫よ」
アユの住んでいるマンションは、普通のマンションではなく、お金持ちしか住めないようなタワーだ。
「花、よーく見ててね〜」
ピッピッピッピッピッ……ピッー。
「おい……大丈夫なのか?」
「うん……後で話すね」
「お、おう」
(どうした? なんでそんな暗いんだ?)
アユの部屋に入る。
「す、すげえ……レベルが違う……こんなところに……誰かとルームシェアか?」
「まさか……一人で住んでますよ〜。よし、これを取って、はい、持って〜」
早々に部屋を出て屋上へ。
「て、庭園? す、すげえ眺めだ」
「ふふーん、ここもいいでしょう〜」
「おい、さっき、なんで俺にロック番号見せたんだ?」
ピロン。
「ん? メッセージ……って、おい、きちんと残るようにして、どういうつもりだ?」
「わたしねえ……一人なんだー……」
「ああ、一人暮らしはさっき聞いた……だから、余計に危ないんじゃないか? 俺なんかに教えて、もし広まったらどうするんだ?」
アユは花を見る。
「ふふ、そんなことにはならないわ」
「ちょ、この前会ったばかりのただのキモいおじさんだぞ?」
「だ、か、ら〜、キモいとか、そんなの思ったことないわよ? 本当よ?
そりゃあ、若い頃は外見重視だったわ、それは認める。けど、今はそこまで外見にあまり魅力を感じないの。
人って、結局中身が合わないと、幸せにならないから……
一人っていうのは……身内がいないってことよ。
だから、もし、わたしに何かある時、信頼できる人にはわたしのこと、伝えておかないとって思ったの」
「そ、それが、俺?!」
「ええ、そうよ? おかしいかしら?
会った時間なんか関係ないわ。あなたとの時間、そして、あなたの周りへの行動。それだけで、信頼に値するわ。
わたしにだって……やらしさで見てないじゃない。
今までいいよってきた人は、みんなわたしの見た目だけだった。それが入り口。けど、あなたはわたしのことを知ろうとした。
だから、境遇を打ち明けるのもお互いに早かった」
「いや、アユ……俺はお前の見た目、十分にインパクト受けてたぞ? これは本当だ。
昨日なんて、鳩が豆鉄砲を食ったような顔してたろ?」
「でも、ベタベタしても、そんなデレたりしなかったじゃない。普通はあそこまでしたら『もう俺のものだー』ってなるものよ?
けど、あなたは全く調子に乗らない。
ゲームの中でもそうよ。
あんなに強いのに、全然ひけらかさない」
「そ、そんなもんじゃないのか? 世の中の男は」
アユは首を横に振る。
「花は、確かに自分に自信がないんだと思う。それは言動でわかるわ。でも、それは今までの辛いことが積み重なったからよね?
だからといって、誰かを下に見たり、貶めたりしない。人をみんな平等にみてる。そんなふうにできる人、わたしはみたことなかったの。
だから、わたしにとってはもう、あなたは『大切な人』の中の一人に入ってるわ。
それこそ、友達や家族、そして……いえ、とにかく、信頼しているの」
アユの真剣な表情をみて、花は観念した。
(ああ、俺は……もしかすると、騙されてるのかもしれない……あまりにも非現実的だ。
だって……アユだぞ?
こんなレベルのやつに、信頼されるって……絶対おかしい……でも……ここまで言われたんだ。
騙されてるのを覚悟の上で、そこさえ頭に置いていれば、仲良くなれそうな気がするんだよな。
よし、俺も、少しだけ、前に進むか)
「ありがとう……こんな俺を、そこまで信じてくれて」
アユの表情は明るくなる。
「うん!」
その時見せたアユの顔は、とても幼く見えた。
今までは妖艶な雰囲気を纏っていたが、この時の顔は、まるで5歳児の子供のようだった。
その表情の時に限っては、自分の娘と重なって見えていた。
そう思ったのも束の間、アユはいつもの雰囲気に戻る。
「それにしても、花、あなた、なかなかの身のこなしだったわよ? 何かやってたの?」
「ん? ああ、いや、大したことはしていない。
中学の時、友達に少し習っただけだ。
攻撃してくると思っていれば、構えられるものさ」
「吹き飛ばされたらどうしようかと思ったわ。けど、なんとか無事におさまって良かった」
「だな。後はどう誤魔化すか……」
「やっぱり、バレたらダメなの? もしかして……」
(本気になる可能性があるから。それしか無いわよね。だとしたら、たしかに辻褄が合うわ。
花はまともだから。そこに向かっちゃいけないとブレーキをかけてる)
「……情けないが、もうアユにはお手上げだな。
リサに限った話じゃ無い。今の俺の現状をみろ。
普通にダメだろ? 今どんな人が現れてもな。
何十年先の自由の可能性……そこに希望を持つところまでは、ようやくたどり着いたんだ。
今は、まだまだ不安しかねえ。
俺にパートナー? もはやトラウマになってて、まだそこまで現実的に考えられねえ。
『安らぐ人がいたらいいな』
この気持ちは常にある。だけど、今なのか。
今現れたら、いったい俺は……そんなことをぐるぐる回ってんだ。
は。情けねえよ。いい歳こいてな」
アユは静かに聞いていた。
「けど、不思議だ。アユにはペラペラ喋ってしまうよ。
ごめんな、くだらんことぼやいて……そうだ、もっと楽しい話をしよう」
花は無理やり話題を明るくしようとした。
「ねえ花……ちょっと、手繋ごうよ」
(え?)
第百十三話 完
第百十三話をお読みいただき、ありがとうございます!アユの住まいに上がり込み、二人きりで言葉を交わす……という、ドキドキの展開でした。これまで花が自分に課していた「ブレーキ」が、アユの真っ直ぐな言葉によって少しずつ外されていく様子が伝わりましたでしょうか。最後の手をつなぐ提案に、花がどう反応するのか。次回、必見です!
【読者の皆様へお願い】
花の抱えるトラウマや劣等感に、アユが寄り添う姿は本当に素敵でしたね。もし「二人の距離感に胸キュンした」「アユの信頼の深さに感動した」と思ってくださった方は、ぜひ下部の**評価(⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎)**やブックマークをお願いします!皆様の応援が、執筆の何よりの活力です。
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