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53.晴と英雄 3セット目③

 試合開始の合図を待っていると、いつまでも始まらなかった。

 ブザー音と共に仮想空間上にTIMEの文字が表示された。

 仮想空間が解除されていき、現実に戻ってくる。英雄はタイムの権利を執行した。残っている権利はぼくだけ。でもぼくは頼んでいない。なら去川さんがぼくを見かねて、タイムを使ったということになる。

 ぼくはステージの外で待っていた人と目が合った。


「ち——千茅さん」


 セコンドに千茅ちゃんがいた。彼女は何も言わず、立っていた。


「すみません。タイム使わせてもらいました」


 タオルを差し出せてくれた。受け取って汗を拭く。


「千茅さん、ぼく……」

「全然ダメです」

「え? むぐっ!」

「何をしているんですか、カイセイさんは」


 ドリンクボトルめがけて口に押し込まれた。


「カ、千茅さん……」

「ヒロスケ選手は超近接のプレイスタイルです。距離を離れすぎてはポーズ技の猶予を与えると教えたはずです。逃げ腰で距離を置くことはむしろ相手を有利にさせます。言いましたよね?」

「は、はい……」

「体力に余裕はありますか? 汗かいていますが、いつものカイセイさんならまだピンピンしています。状況に飲み込まれるだけではいけません。勢い任せもしないで。いいですか?」

「はい!」


 千茅ちゃんは普段と変わらなかった。的確なアドバイスでぼくを導いてくれる。


「距離を詰められたらラッシュか掴み技の二択になります。こちらの対処法は短時間のコマンド技です。ラッシュと掴み技どちらにも対処可能になります。読まれてワンテンポずらされるかもしれまん、一度ポーズ技で対処できたあとは牽制やガードでこちらの選択肢の数を見せつけてもいいです。あとは、あと……」


 千茅ちゃんは手を強く握りしめながら、必死に伝えてくれる。


「千茅さん。ありがとうございます」


 モヤがかかっていた頭がスッキリしてきた。視界が広がり、周囲の音も聴こえ、鈍くなっていた感覚が戻ってくる。

 去田さんが心配そうにぼくを見ていた。


「ハレルさん、大丈夫ですか?」

「何とか……。すみません、お見苦しいところを見せて」

「そんなことありません。その、必死さが伝わってきました。がむしゃらで、格好よかったです」


 試合内容はボロボロだったが、そう思ってくれる人がいてくれて救われた。

 タイムの時間は限られている。そろそろステージに戻らねばならない。


「天川さん……」


 千茅ちゃんが名前を呼んでくれる。待っているが、続きの言葉が中々出てこなかった。


「千茅さん、何でも言ってください。ぼく、何でも聞きます」


 千茅ちゃんはつぶやいた。


「……負けないで。天川さんはとても強いから、全然、強いから。勝ってください」

「勝ちます」


 ためらいなく言葉にした。千茅ちゃんとの約束は絶対に守る。

 ステージに戻り、デバイスに触れる。英雄も定位置に立っていた。


「調子は戻ったか」

「……ああ」


 英雄は涼しげな表情をしていた。体力も気力もまだまだ残っている。

 息を整え、冷静になることにつとめる。

 これからの試合で決着がつく。たった1分のあいだで終わる。動作ひとつで、結果が変わってしまう。

 この日のためにどれだけの時間を費やしただろう。どれだけ感情を高ぶらせ、鍛えてきただろう。

 強敵なんて立派なものじゃない。ただ悪夢の延長を断ち切るため、ぼくも千茅ちゃんも悪夢から抜け出すためにここまできた。

 ぼくは前へ進む。

 こんなくだらないもののためじゃなく、もっと楽しいものを見るために。

 試合開始の合図となるカウントダウンが始まる。

 学校に戻ってきた。

 ぼくと英雄が向き合い、構える。


「最後に言い残すことはあるか?」

「ないよ」


 試合開始された。

 攻めは同時だった。互いの拳がぶつかり、火花が散った。偽物の風が吹き、空間に影響を与える。

 名残惜しさはない。

 全力でぶつかるだけだ。

 相手が動くと、同時にもう片方も動く。相手を動きを見て判断しているわけじゃない。最も適したタイミングがきたから、お互いに攻撃をくりだしたんだ。

 どちらも攻撃型のプレイスタイル。勝負はそう長くない。

 一瞬の勝負だ。

 かすかに英雄の攻撃が早くきた。ぼくは筋肉の繊維が裂けそうになりながら、首を強引にひねり、回避した。


 攻撃の手をゆるめなかった。目に入った情報はほとんど自動的に処理され、自覚する前に身体が動いた。千茅ちゃんとの練習の成果だけではなく、ぼくがエクスアーツで培った技術が、蓄積が反映されているのだと思った。

 時間の流れが遅く感じる。英雄の動きが読めて、実行までの一秒もかからない。英雄が仕掛けてくるタイミングに合わせてガードできる。攻撃を読む精度はどんどん上がる。英雄の攻撃がヒットする数が減っていき、逆にこちらの攻撃のヒット判定は多くなる。


 すべてが自明の理になったような感覚。頭でっかちな戦略から解き放たれて、自由を得たようだった。

 英雄の攻撃パターンが読めるようになり、ぼくは英雄が得意とする流れを断ち切れないか、試してみた。英雄はローキックでぼくの足を後ろへ下げ、攻めの流れを止めようとする癖があると、なんとなくわかっていた。ぼくはローキックがくるタイミングに、予備動作があることに気づいた。素早いローキックを放つために英雄は力を込める。そうすると身体を縮め、右肩をあげる。

 その動作を確認した瞬間、ぼくは飛び蹴りする。


 ぼくの右脚が英雄の胴体にぶつかる。これはコマンド技じゃない。無駄に動きが大きい通常攻撃でしかなく、ダメージ量は少ない。

 だが英雄自身の動揺を誘えたような気がした。攻撃の手を止めずに攻め続けていると、英雄がガードを使った。

 これまでの試合のほとんど、回避から至近距離に接近する戦法を多用していたのに、ここにきてガードを使った。英雄は明らかに焦っていた。

 ぼくは反撃され、攻撃をくらう。ダメージをくらったが、勝負に支障はないと思った。結局のところ、ライフポイントが0にさえならなければ、残り1だろうが100だろうが関係ないのだから。


 ぼくの中にこれまでにないほどの自信が湧いてきた。負ける気がまるでしない。

 横に大振りのフックを入れようとすると、英雄はガードしようとした。ぼくの攻撃がヒットする、全然手前で。ぼくは手を止めて、もう片方の腕で顔面を殴った。あんな手前でガードの構えを見せられて、攻撃する馬鹿はいない。ダメージエフェクトで出来た隙で、コンボが叩き込めた。

 ライフポイントの差はどんどん開いてきた。


「ハレルッ!」

「余裕なしか? ヒロスケ」

「舐めるな!」


 英雄が離れた位置からポーズ技で突っ込んでくる。加速して、目で追えなかった。とっさにガードしたが、突進してきたポーズ技の特性はガード不可。そのまま至近距離からラッシュを仕掛けられて数発くらった。

 続けざまに英雄がくる。


 そこでぼくから掴み技をした。がっつり身体を固定させ、頭突きをした。二発、三発とくらわせる。

 そこからコンボを繋ぎ、遠くに飛ばすコマンド技を選んだ。

 英雄が後ろへ仰け反り、ぼくはコマンド技をした。それはさっき英雄が決めた突進のポーズ技。一度も使ったことはない技。

 試しにやってみた。加速した突進に、英雄は回避できなかった。ガード不可となり、大きなチャンスとなった。


 頭の中ですべて繋がった。どうすればいいかを。どのコンボで繋げれば、試合を終えられるかが瞬時にわかった。

 いや、これは会場にいるみんながわかっていた。英雄の残りライフ、攻撃による視界ジャックの時間。

 ぼくがひとつもミスをしなければ、ぼくは勝てる。

 鼓動が早くなる。意識してはいけない。これからすることは当然の、なんの変哲もない、これまで何百回と繰り返してきた、日常的な動作と変わらない、他愛無い、トドメまでの道のりだ。


 高速でボディブローを決めた。英雄のキャラクターが浮く、次に肘を突き出しツーヒットさせ素早く打ち込み、3撃目に映る。左の拳、からの右、左と流れるように多段ヒットさせた。

 ぼくは必殺技を撃つ。全身に炎のエフェクトが発生し、赤く燃え盛る。

 燃え盛る右の拳が英雄の顔面めがけて向かっていく。

 顔面にめりこむ。キャラクターの顔が拳でひしゃげて、崩れる。キャラクターの身体は宙に浮き、後ろ側へと吹っ飛んだ。

 壁に英雄のキャラクターがめり込んだ。


 力を出し切り、清々しいほど、自分の中が空っぽになった。

 現実に戻ってきた。

 最初にきたのは音だった。拍手の音が聞こえ、観戦していたスタッフや選手たちの姿を見えた。

 後ろをふりかえる。千茅さんと目が合う。珍しい表情を浮かべていた。

 千茅さんの下へ歩いていく。ふらついていると、千茅さんが肩を貸してくれた。


「勝ちました」

「だから、言ったじゃないですか。天川さんは強いって……」


 千茅さんが笑う。ぼくよりも嬉しそうに。

 その顔が見れただけで、すべてが報われた。

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