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52.晴VS英雄 3セット目②

 全身が凍えた。血の気は失せ、思考も停止しかける。

 英雄の恐ろしさは身をもって知っていた。だからこそぼくは対策に力を抜いてこなかった。練習を繰り返すなかで自信もついていた。

 甘かった。英雄はぼくの想定を超えてきた。

 想定よりも、はるかに強く、恐ろしい。


 身体が震える。過去の事件を思い出さずにはいられない。忘れようとしていた、見たくもない弱い自分を思い出す。

 ぼくは勝てないのか?

 ブザーのような音が鳴って、やっと準備開始の合図を忘れていることに気づいた。


 試合は2本先取で、あと1本取られたら負けてしまう。

 どうすればいい? どんな対策を取ればいい? 落ち着け、落ち着け……。

 ぼくは防御重視のスタイルで構える。対して英雄は攻撃重視、突撃を狙うような前のめりの構えをしている。

 ガード不可の攻撃なら、逆に攻めたほうがこちらは強い。でも、掴み技かもしれないし、ラッシュかもしれない。

 英雄がとれる選択肢を全部潰すことはできない。とにかく逃げて、英雄の思い通りの初動をさせないことに集中すれば、いつかチャンスが……。


 試合開始のゴングが鳴る。

 すぐにガードポーズを取ると、すぐに英雄の拳が飛んでくる。

 拳をガードし、ほんの少しだけ英雄の隙ができた。

 ここで攻撃すれば、こちらに有利な流れになる。

 腕をあげ、拳を前へ突き出すべきだったにもかかわらず、攻撃できる隙をみすみす逃した。

 ガードを解かずにじっと立ち尽くした。

 頭では理解できていたのに、ぼくはミスをした。


 英雄は攻撃の手を緩めない。次々と拳と足が飛んでくる。どれもあからさまに頭部に狙いを定め、打ち込んでくる。軌道も読めて、回避から反撃へ転ずる選択肢だってあった。

 どれだけ愚かなプレイなのか、痛いほど実感できる。

 最終テストまで残ったプレイヤーの姿じゃない。


 気がつけばぼくは1本を取られないように逃げ回る戦法を使っていた。とても最終テストにふさわしい方法とは言えない。醜態を晒してまで、勝とうとする弱者のやり方だった。


 英雄は逃げるぼくを追いかけ続ける。淡々と冷静に、余裕綽々と自由に動き回っていた。

 ぼくは教室の中で英雄の攻撃を避ける。戦法なんて大層なものはない。必死になってやられないように、殴られないように、痛い思いをしたくないから動くしかない。


 仮想空間もキャラクターも仮初の存在であり、ぼくを直接傷つけることはできない。

 なのに、どうしてこんなに苦しんだ。心を剝き出しにされたような、嘘だけの世界なのに、詐欺師でもない限り、本心や本音しか出せないような空間に、ぼくは立たされている気がしてならない。


「お、おお……。おおおおおおー!」


 振りかぶって、英雄のキャラクターに一撃を与える。無駄に大振りの通常攻撃がヒットする。

 なりふり構わず拳を振った。勝負に勝つための効率さは頭から抜けていた。

 そばから追い払うかのように拳を振るうしか、今のぼくにはできない。


 意外にも攻撃は英雄にヒットした。英雄も乱暴に殴りつけてきて、これまでエクスアーツの戦略性を考えてきた戦い方を捨てた、喧嘩だった。


 英雄が身体に入り込む。掴み技だと瞬時に把握し、ぼくの身体が無意識に拳を前に突き、英雄の上部にヒットした。隙ができるとぼくは右脚を出して、英雄の胴体を蹴りつける。

 ダメージが入り、ライフポイントはぼくが有利になる。


「てめえ」


 英雄が小さな声でつぶやく。キャラクター越しでわからないけど、睨まれていると思った。

 できることは絶え間なく攻撃し続けるしかなかった。これまでの計画をすべて台無しにして、体力の限り攻めた。

 英雄からの攻撃を受け、コンボが繋がっても、やめなかった。


 このまま負けることだけは避けたかった。負けるわけにはいかなかった。

 ぼくはどうなってもかまわない。でも千茅さんのことは譲れない。

 決闘ごっこなんて遊びに付き合わせてしまったのは他でもない、英雄とぼくだ。


 これはガキの喧嘩だ。色んな人間を巻き込んで、一年前の喧嘩を再演している、そんなクソみたいな戦いなんだ。

 するとゴングの音が鳴り響いた。ぼくと英雄は動きを止めた。


「時間切れ?」


 殴って逃げてを繰り返しているあいだに、試合が終わってしまった。

 残りライフポイントの差は15。わずかに15点差で、ぼくが勝利した。


 何とか一本を取った。これで状況はイーブン。

 あとどちらが一本取ったほうが勝利する。

 体力は使い果たした。あと十数秒後に最後のラウンドになるというのに、立ち上がれない。

 千茅さんの前では大口を叩いておいてぼくはこの程度か。

 不甲斐なく、しばらくその場で固まった。

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