54.戦わない日
ぼくは待ち合わせをしていた。駅前のモニュメントの前で待っていると、千茅さんが現れた。
千茅さんはぼくの姿を見ると怪訝そうな顔を浮かべ、不満げでさえあった。
「おはよう、千茅さん」
「おはようございます、天川さん……」
「どうしたの? 変な顔して」
自然と笑みを浮かべている自分がいた。絶対にニヤけていると我ながらわかった。
「早いですね。一時間前です」
「うん。千茅さんより早く来たくて。というか、やっぱり滅茶苦茶早いね」
「……心配性なんです、これでも」
千茅さんは顔をそむけた。どうやらぼくが先に来たことがあまり気に乗らなかったらしい。
「じゃ、じゃあ行こうか」
ぼくと千茅さんは会う約束をしていた。どこでなにをしようかとか、なにも考えず、フラフラと歩くことにしていた。お互いに色々と準備しようか悩んだけれど、そういうこともお互いにわかっていて、気を使い合うのは目に見えていたので、逆に予定を入れないことにした。
自然とこれまで行ってきたことのある場所を巡る散歩になった。すべてを回るとそれなりの距離になるけれど、体力自慢のふたりが揃えば、どうってことなかった。最初はぼくのランニングコースの道筋をたどるようにして、見慣れた町を歩いていった。
英雄との試合が終わってから、数週間経った。
次世代エクスアーツこと仮想戦闘領域のテスト期間は終了し、オープンベータテストに移行した。世界中に配信され、今年の夏には正式に発売される。
しばらく休んで、ぼくは現行のエクスアーツを楽しみつつ、普通の日常を過ごしている。
以前と変わったことはいくつかある。まずはこうして千茅さんと友達になれたこと。付け足すなら蝶子とも。
ランカーである千茅さんと蝶子さん相手に対戦してもらっているおかげか、ぼくもそれなりに上達しつつある。夏になったら、新作を一緒にやろうとふたりに誘われている。もちろん、ぼくもその気だ。
他にも色々変わったことはあるが、一番は……。
「天川さん、前髪切りました?」
「気づきました? さっぱりしたでしょ?」
ぼくは短く切った前髪に触れる。額の傷は露出していた。
前までは気にしていが、改めてみると他の人からすれば、言われないと気づかないほど些細な傷跡だった。
傷の痛みはもう起きない。まるで幻だったかのように消え、気にならなくなった。
とてつもない荒治療だったと思う。傷口に塩を塗りこむような処方で、とても真似すべきことじゃない。蝶子さんに襲われたときは、本当に死を確信した。
アレを乗り越えられたのは、ひとえに千茅さんが助けてくれたおかげだ。その後のことも含め、頭が上がらない。
コースを進んでいくと河川敷に着いた。ぼくが蝶子さんにいきなり襲われ、勝負を挑まれた場所、のちに千茅さんと最終テストの対策をする練習場でもあった。
「一戦しますか?」
千茅さんが言ってきた。
「エクスアーツ?」
「専用デバイスは返しましたが、普段のデバイスがあるので」
「でも、ぼく……」
ぼくは自分の着ている服を、千茅さんにアピールする。今日着ている服は運動着ではなく、私服で下はカーゴパンツを履いていた。千茅さんの私服もスポーツウェアではなかったし、靴はブーツを履いていた。
「あ……。ごめんなさい。普段のノリでした。会ったらいつも戦ってたので」
「な、何か物騒な言い方ですけど、そういえば、そうでしたね。でも今日は……」
「はい、ゆっくりしましょう」
川沿いの道を並んで歩き、時間が過ぎていく。
夢のように穏やかな現実を、ぼくらは謳歌した。




