45.千茅と特訓
午後八時過ぎにぼくは河川敷へ向かう。土手には千茅さんが待っていた。
「こんにちは。今日もよろしくお願いします」
「はい、頑張りましょう」
普段どおりの澄ました表情で千茅さんはエクスアーツを準備を始めた。
英雄との対戦が決まり、ぼくは千茅さんが組んだ特別メニューを実践することになった。エクスアーツを使い、英雄の対策を練っていく。
「英雄は対戦を配信しているから情報はある。私の観点から英雄のプレイスタイル、戦術を分析してみた。こうなった以上、私がトレーナーとしてサポートします」
千茅さんは本気だった。誰よりもぼくの勝利のために力を貸してくれる。期待に応えるためにも特別メニューを着実に進めていく。
試合まで一週間を切った。毎日千茅さんとトレーニングをこなし、順調に身体を動きはよくなっている。
今日もまたトレーニング。実際に千茅さんと対戦して、実戦に近い形式で戦う。千茅さんは英雄のプレイスタイルを真似しながら、相手をしてくれる。
「英雄は超至近距離からの戦闘を好みます。特に『掴み技』を多用して、距離を維持しようとします。
「掴み技ですか。あまり使ってるプレイヤーはいませんよね」
「リスクの多い技ですからね。やってみましょう」
試合が始まり、千茅さんが攻撃をしかけてくる。距離を詰めると片手でアバターの首元を掴んだ。ぼくのアバターを動けなくなった。
「掴みの判定が決まると特殊攻撃が入る。通常攻撃よりもダメージが大きく、ポーズ技よりも小さい。英雄は通常攻撃や回避から前のめりになって掴み技を狙ってきます。掴みまでの一連の動作を真似するので、近寄ってきたら一歩下がってから通常攻撃をしてください」
「はい!」
千茅さんは分かりやすい掴みまでの動作を行い、ぼくに攻撃してくる。タイミングが難しく、簡単に千茅さんがぼくのふところに入ってきて、掴み技を成功させる。
掴み技が成功すると一瞬だけ視界が外れるので、その隙にコンボももらってしまう。
練習を重ねて対処できてきたが、まだまだ精度は低い。繰り返して身体に覚え込ませるしかなかった。
千茅さんとのトレーニングは一時間続けたところで、一度休憩に入る。暗くなった夜中の河川敷の土手に座り、川を見ながら横で並ぶ。
「リズムがわかってきました。後方に下がる時、もっと手際よくやります」
「現状でも問題はありません。できるだけミスが減らせれば大丈夫です。ノーミスは狙わず、とっさに反応して相手を警戒させて、思い通りのプレイングをさせないだけで有効です」
ペットボトルを傾けて、千茅さんは喉に水を流す。ぼくも渇きを潤した。
これがぼくのルーティンだった。朝は体力づくり、放課後は部活で基本の振り返り、夜はトレーニング。これまでこんなに長続きして、真剣に取り込んだことがない。自分自身に驚かされる。
努力している気はしなかった。エクスアーツについて考えることが当たり前で、身体を動かすことが一番自分らしいとわかっていた。
こんなに楽しいことを、英雄という障害のために奪われたくない。自分だけじゃない、千茅さんからも奪わせない。そういう使命感もあった。
「天川さん、大丈夫ですか?」
「平気です。体力だけは自信あるので」
「もし辛かったら言ってください。無理だけはしないで」
千茅さんの言葉は明瞭だった。今回の件に関して、同じ言葉を選んでた。
『辛かったらやめて』
『私のせい』
『傷ついてほしくない』
その言葉を聞くたびに英雄への怒りと自分への怒りが膨れ上がっていく。ここまで千茅さんの心を傷つけた英雄、そしていつまでも心配をかけさせる情けない、ぼく。
ぼくがもし強ければ、強いと信じてもらえれば、こんなに千茅さんの顔は曇らない。ぼくは実際に弱い、それが千茅さんを苦しめる。ぼくが実際に強くて、身体だけじゃなく心も強靭だと示すことができれば、千茅さんも気にしないですむ。
簡単なことでは傷つかない人間だと千茅さんに見せたい。
そのためにも勝たなければいけない。
「もう一度お願いします!」
「わかりました。次は必殺技ゲージのタイミングについてです。英雄は——」
休憩が終わり、再びトレーニングを始める。
みんなの協力を無碍にはしない。
必ず勝ってみせる。




