43.朝
朝の陽ざしを浴びながら走っていく。アプリに示された矢印に従い、足を前へ進めていく。
エクスアーツではゲームのテクニック以外にリアルの体力も重要になる。今度のリーグ戦もあいだに休憩時間はあるといえ、連戦することになる。体力づくりは常に気にすべき課題であり、ぼくは大会に向けてトレーニングメニューを独自に作って、本番まで粛々とこなしていった。
坂道を駆け上がり、街を一望できる丘まで到着した。タイムを確認する。ランニングコースは以前よりも長くなったが、タイムは縮んでいた。丘をターニングポイントにして、家まで帰る。通学時間まで、あと一時間。
家の前に到着してタイマーを切る。昨日より一分早くなっていた。
「ただいま」
玄関のドアを開けて、家の中に入る。
すぐにシャワーを浴びてインナーを着た。水を飲もうとリビングから台所へ向かうとテーブルで姉の姉ちゃんが部屋着で朝食を食べていた。
「おはよう晴ー。今日も早い目覚めだ」
「おはよう。まあね」
「気合入ってるじゃん。バイト?」
「そんなところ。運動系のゲームだから体力つけないといけなくて」
「それにしてもやる気十分だよね。良いことあった? アルバイト先でかわいい子きた?」
「そういうことじゃないから。しいていうなら……ボスかな」
「ボス?」
「ゲームに出てくる最初に倒さないといけないボスキャラと戦うんだ」
「ふーん?」
姉ちゃんは怪訝そうにしていた。
「とにかく、頑張ってくるから」
「応援しておく。教えてくれないから、どんなものか知らないけど」
「開発中のゲームのことだから、ぼくだって本当はよくわからないよ」
ぼくが知っていることは次世代エクスアーツということだけ。最終的にどんな作品になるかはわからない。触れている部分も対人戦モードのことでキャラクターや世界観のことは、まだわかってないことも多い。
「でもよかった。調子良さそうで」
「そうかな?」
「蝶子を家に連れてきたとき、ひどい顔だったよ。スランプだったのか知らないけどさ、あの頃と比べたら別人ぐらい違う。
「それは、そうかも」
本質的に自分自身が変わったとは思わないけど、いくつか踏ん切りはついたのだと思う。覚悟と言い換えてもいい。あの頃は背後から押し寄せてくる、過去の恐怖から逃げることに必死だった。
でも今は違う。過去の恐怖が前へ立ちふさがっている。それはそれで怖いけど立ち向かえる。実体のないビジョンではなく、実際にいる人間に立ち会い、戦う。
忘れるのではなく、断ち切る。それもすごくシンプルな形でだ。時代劇の決闘、西部劇の早打ちじみた決着のつけ方だ。
ぼくは勝ちたい。負けたら、過去とのつながりはさらに強くなって、一生付き合うことになる。勝てば、解放される。馬鹿な真似だとわかっている。次世代エクスアーツを使ってまですることじゃない、子供の喧嘩だ。
それでも、ぼくは意地でも英雄に勝ちたい。そして終わらせる。
そのためにも毎日毎日、トレーニングあるのみだ。
「やっぱり調子良さそう。そうだ、蝶子から伝言ある」
「蝶子さんから伝言?」
「『負けたらシゴくから覚悟しててね!』だって」
姉ちゃんは蝶子さんのモノマネをしながら言った。
「……わかりましたって伝えておいて」
「連絡先交換しときなよ」
「交換したらいきなり襲われる気がして……」
「あんたのなかの蝶子どうなってるの?」
バトル中毒者としか言いようがない。蝶子さんと会うと必ずと言っていいほどエクスアーツをしてるし。
家の時計を見る。学校を出るまであと二十分だった。そろそろ準備しないとな。
「晴」
姉ちゃんに呼び止められた。
「何?」
「今度、戦うのって最初のボスなんでしょ?」
「まあ、そうだね」
「じゃあ楽勝だよね」
「どうして?」
「いや、最初のボスなんて、一番弱くても倒せるヤツだからさ。早々にやられないよね」
「……そうだね。楽勝で勝つ」
「経験値の糧にしてけ」
「うん」
ぼくは身支度をすませて、部屋の鏡で姿を確認する。入学してすぐに買ったはずの制服がすでにフィットしてきている。
「鍛えすぎたかな……」
お母さんの言う通り、成長期だからと大きめに買うべきだったか。
ふとダンボール箱の中を見る。
「……ヒーローはおこがましいけど、友達を助けにいくよ」
漫画を机の上に置いて、ぼくは学校へ向かった。




