38.近藤千茅の真相
千茅さんつぶやくように、少しずつ話をしてくれた。
「去年は私にスポンサーがついて、エクスアーツのプロプレイヤーとして活躍できた年でした。その時に仲の良い友達から相談を受けたんです。ある人と試合をしてほしいって」
「試合?」
「『決闘ごっこ』です。エクスアーツを使った喧嘩、といったらわかりやすいかもしれません。決闘ごっこは不良グループだけではなく、学校や友達のあいだでも流行っていました。そして決闘ごっこは賭け事でもあります。約束、と言っていました。おたがいに約束をとりつけて、勝てば約束を果たさなければいけない……。子供のバカな遊びです。私は、それに関わってしまったんです」
決闘ごっこ。何度か耳にしたことはある。エクスアーツの勝ち負けが子供の仲間うちのヒエラルキーになる。ぼくは関わったことないが、リアリティ系アクションゲームの上手い下手が、子供のコミュニティでは重要視される。いじめにも発展し、社会問題として取り上げられることも度々あった。
ゲームの勝ち負けが、子供の社会の中では大きな意味を持ち、判断基準になり始めていた。
「私の友達は、不良グループの中に彼氏がいて、別れようとしたらしつこく付きまとわれて、いつまでも難癖をつけてきました。それで友達のほうから言ったんです。エクスアーツに勝ったら、別れてと。不良グループにはそれが一番効くんです。そこで私が代理のプレイヤーとして勝負して、勝ちました」
千茅さんは一息をおく。
「問題はそこからです。約束は守られましたが、次に私と戦いたい不良連中が増えて、そこに英雄が現れました。私は断りました。決闘ごっこなんかに関わっていたら、せっかくプロになった経歴を棒に振ることになる。無視していたら呼び出されて、言い合いになりました。そこで友達を……口にもしたくない酷い言葉で罵って……私、英雄を殴ったんです。それで英雄がキレて、私に掴みかかって……」
そこで、やっと点と点が繋がってきた。
「そこに、ぼくが現れたわけか」
「私と英雄のくだらない喧嘩に、天川さんは巻きこまれただけなんです。本当にごめんなさい」
「ど、どうして千茅さんが謝るんだ! 悪いのは英雄で……」
「私が天川さんを傷つける原因を作った。それは噓偽りのない事実です」
「千茅さんは友達を助けようとしただけで……。ぼくだって、頼まれてもいないのに飛び出して……。とにかく千茅さんが気にするようなことじゃ……」
「でも嫌だった。私のせいで人が傷つくのは」
ぼくがそれ以上、言えなかった。慰めの言葉を言おうにも、彼女の経験や感情を否定できない。優しいから傷ついている。優しさを否定できない。傷も彼女にとって現実の痛みだ。
「それから天川さんは学校に来なくなった。英雄は停学になったけど、すぐに戻ってきた。自分がどれだけ取り返しのつかないことをしたか、自覚しました。謝りに行こうとしました。町の住所を全部調べて、家の前まで行きました。
でも、何もできずに帰りました。被害者面も、加害者面さえもおこがましい、天川さんにとって友達でも何でもない私が掛ける言葉……。それが何なのかわかりませんでした。
東中の暴行事件は、英雄たち不良グループの一方的な暴行となりましたが、私も関わってるんです。そして、のうのうと今日まで生きてきた。天川さんの人生を台無しにして」
顔を俯かせながら言う。自分自身への怒りで、声が震えているようだった。
「そして、天川さんと再会した。私、もう逃げたくなかった。自分の犯した、裁かれない罪と向き合わないと壊れてしまいそうだったから。それで、私は天川さんに優しくしていたんです。ひどいですよね? 自分自身の勝手な罪滅ぼしの意識で、優しいフリしてたんですから」
「千茅さん……」
ぼくは千茅さんの優しさに甘んじていた。親切な人だと思っていた。でも本当はぼくへの罪の意識からだった。どれだけ辛かっただろう。ウソをついて、本心を隠して、人に優しくしようとすることは。
あの事件から一年経ってもここまで背負わせていたんだ。傷つく人はひとりじゃない。色んな人を不幸にする。東中の暴行事件は、まだ終わっていないんだ。
ぼくはどうすればいい? どうすれば千茅さんを助けられる?
どうしてぼくは、こんなに無力なんだ。




