37.近藤千茅
キャラクターの姿に見覚えがあった。
「千茅さん?」
ぼくはマイクをオンにして話しかける。相手に聞こえるはずだが返事はこなかった。
「久しぶりですね。連絡したんですけど忘れてました? はは……」
ホールにぼくの声だけが響く。
「怒ってますか? ぼくが大会に参加したこと。忠告を無視した形にになってしまって、申し訳ないと思っています。でも……」
英雄に怯えて、好きなことができなくなること。
千茅さんの二度と会えなくなること。
前を向いて進まないと、二つも最悪なことが起こる。進まないといけなかった。
その結果、千茅さんと会えて……。
「英雄が出場するって知ってたんですか?」
英雄とも再会した。
そしてぼくは英雄と戦う。
エクスアーツを通して拳を交える。
まさかこんなことになるなんて、予想できていなかった。
神椿のイタズラだとしたら、あまりにもひどい話だ。忘れたいのに過去が追いかけてくる。
「棄権してください」
千茅さんの声が聞こえてきた。声は震えていた。
「千茅さん、ぼくは……」
「棄権してください」
次は語気を強く言い切った。
ぼくの言葉が届いているだろうか。
聞く耳をもってくれているだろうか。
「……答えてください。知ってたんですね、英雄が出場することを。だからぼくに棄権してと言っているんですね」
千茅さんのアバターが顔を伏せる。
「やっぱり。ぼくと英雄が戦うとわかっていて止めようとしてくれた。どうして言ってくれないんですか、ぼくは千茅さんの話ならちゃんと聞くのに——」
「言いたくないからですよ。わかりませんか?」
冷たい声が聞こえてきた。怒りに満ちた声だった。
「千茅さん……?」
「私は、もう二度と折笠さんを傷つけたくなかった。心も身体も傷ついて、ボロボロになって、学校からいなくなって……。私が巻き込んだせいで、折笠さんは……」
「違う、違うよ、千茅さん。アレはぼくが勝手に飛び出しただけで……」
「違いませんよ!」
千茅さんは強く否定した。腕を振って、声を荒げていた。
「折笠さんがここに立っているのもそう! 私がいなければ折笠さんはここに立たずにいられた! 英雄と戦わずにすんだ! 苦しめずにすんだのに!」
「千茅さん! 落ち着いて、ぼくは全然気にしてなんか」
ぼくが近づくと、千茅さんは一歩後ろに下がった。
千茅さんは怯えていた。英雄に? 違う、ぼくにだ。
ぼくに責められることを恐れている。そんなことしないと言いたいのに、千茅さんは聞く耳をもたない。
「……ぼくは本当に気にしてないよ。千茅さんはどうして、そこまで自分を責めるんだよ」
「それは……」
「もしかして、なにか隠していることがあるの? ぼくの知らない事情が関わっているとか」
「…………」
千茅さんは口を閉じた。
ぼくに言っていない事情があると考えても変じゃない。だって現に千茅さんはテスト大会に英雄が出ることを隠していた。ぼくを守るためにだ。同じことを他にしていないという保証はないし、むしろぼくを守るために行動するイメージは容易についた。
ぼくは千茅さんと会いたくて、ここへ来た。
ここで怖気づくな。ちゃんと話すんだ。
一体、千茅さんはなにを抱えているんだ。
「教えてくれ。なにがあったんですか? ぼくと最後に会ったあの日、いや、一年前の東中の暴行事件のこともだ。ぼくに隠していることがあるなら聞かせてください」
千茅さんは後ろへ遠ざかる。
「い、いやです」
震えた声だった。
「千茅さん!」
「知ったら、私のこと嫌いになる。だからいやです」
今にも消えそうだった。ぼくは大きく踏み出して、千茅さんに近づいた。
「ぼくは絶対に嫌いになりません! どんなことがあっても千茅さんとぼくは友達です!」
腕に触れた。感触はしないけど、触れたように処理される。
「本当ですか?」
「はい」
「友達でいてくれますか? このあと、会ってくれますか?」
「もちろんです」
数秒間の沈黙のあと、千茅さんは口を開いた。
「わかりました。お話します。私から見た、事件の全部を教えます。聞いててください。言葉に詰まったら、ごめんなさい」
千茅さんは言った。
「東中の暴行事件、全部、私のせいなんです」




