33.再戦後
「ま、負けました……」
休憩中の蝶子さんに負けを認めた。
傷がうずき、鼓動のように痛みが襲ってくる。
やっぱり負けるのは悔しい。歯を食いしばり、感情を抑えないと泣き出してしまいそうだ。
「どうだった、プロの実力は?」
「歯が立ちませんでした。強くすぎです」
テスター同士の戦いで経験を積み、多少の自信があった。1試合、いや1ラウンドはとれると思っていたが、甘かった。
上には上がある、よく聞く言い回しをリアルに感じている。
「素直でよろしい。でも晴くん強かったよ。筋がいい。ハードな運動のなかでアタマ回して戦えてた。経験詰んで感覚も鋭くなったら、もっと強くなれる」
「だといいですけど」
家から持ってきたスポーツドリンクに口をつける。
全敗ではあったけど、蝶子さんと真っ向から戦えた経験は貴重だった。レベルが違いすぎて実践に活かせるかは疑問だけど、エクスアーツの知識を身に着けたうえでプロの世界を見られたのはプラスだ。
プロの世界。英雄も挑もうとしている場所。
想像しただけで尻込みする。
進んだ先には蝶子さん、英雄、そして……。
「蝶子さん、千茅……カヤさんは会ってますか?」
蝶子さんと千茅さんは同じ開発チームに協力するプロのメンバーだ。ぼくは連絡が取れなくなってしまったが、蝶子さんと仕事関係で会っている可能性が高い。
「会ってるよ。喧嘩しまくってます」
「相変わらず仲悪いですね」
「だって開発チームから抜けるっていうから」
「抜けるって、どうして!?」
「さあ、理由は話してくれない。開発チームも無理強いはしないから、カヤちゃんは途中で抜ける形になりそう。中学三年生だしね」
千茅さん。本気でエクスアーツをやめるつもりだ。
彼女を急かすものは、ぼくが知る限りはひとつしかない。
英雄。千茅さんと接点を持つ人間は、ぼくは彼しか知らない。
プロの千茅さんが、公式大会に出場する英雄とぼくが知らないところで出会ってしまった、ない話じゃない。英雄が大会出場した情報だけで辞退しようとしている線もある。千茅さんの心の傷が深ければ、否定できない。
全身に力が入る。もし千茅さんを追い詰めている原因が英雄なら、ぼくは許さない。もう二度と東中の事件の続きをしてはいけない。
情報が足りない。ぼくの怒りが的を得ているかすらわからない以上、憶測にキレている哀れな男だ。
「晴くん、なにか知ってる?」
いつのまにか蝶子さんはぼくに近寄っていた。ぼくの瞳を覗き込む。
「なにかって、なんですか」
「例えば、晴くんしか知らない、カヤちゃんの事情とか。あの子、なにか巻き込まれた? その中に、晴くんもいたりする?」
さらに距離を詰められた。
蝶子さんはぼくから目を離さない。ぼくも目を離せない。目を逸らしたら失望されるような、殺されてしまいそうな気迫を蝶子さんは出していた。
気迫に圧されて、ぼくは背中から倒れて土手に身体をあずけた。
「私、こんなヤツだけど友情とか絆とか大事にする女なんだ」
蝶子さんの掌底が顔面に接近する。手は顔の右側に通り過ぎて、ぼくが倒れこんでいた地面に当たる。左側にも手が伸びて、蝶子さんはぼくにまたがった。
「正直に言って。なにか知ってる?」
一筋の汗が流れる。
歯が鳴る。
蝶子さんの気迫の正体がわからなかった。エクスアーツをしているから身につくものじゃない。これは蝶子さんの人生経験からきた産物。どんな人生を送ったら殺気を放てるようになる?
蝶子さんが知らなくて、ぼくが知っている千茅さんの情報はひとつだ。
ぼくは口を開いた。
「他人のプライベートを語りたくありません。知っていたとしても絶対に言いません!」
東中の暴行事件は終わった、忘れられるべき出来事だ。もしここで喋ってしまえば東中の暴行事件が広まる。蝶子さんにだって知られたくない。
千茅さんにレッテルを張るような真似はしたくない。
「……そっか、なら仕方ない」
蝶子さんは腰を落としてぼくの胴体に乗っかる。上体を起こしてぼくを見下ろす。
ぼくは両手を前に構えた。
「おーい、晴くん。なにしてるの?」
「な、殴りますよね?」
「違うよ。こしょこしょこしょ」
両脇を手で触られる。こそばゆくて、身体をひねった。
「尋問ですか! これ!」
「知ってること言いなさーい。さもないともっと触るよ」
「か、勝手にどうぞ! ぼくは屈しません!」
「強情だね。あーあ、なにか掴めると思ったのに」
蝶子さんは腰をあげて、ぼくから離れる。
「晴くん。今度のテスト大会出場する?」
「まだ決めてはいません。……その気になれなくて」
「カヤ、くるよ」
「本当ですか?」
「来たらわかるよ。それに晴くん、どうせ出場するよね」
「どうしてそう思うんですか?」
蝶子さんは笑う。
「だって、諦め悪い男の子だもん。晴くん」




