32.再戦
まさか、蝶子さんとふたたび河川敷に来るとは思わなかった。
「晴くんと戦うの楽しみにしてたんだ。あの日のこと、今でも思い出すよ。面白かったよね」
「ぼくは思い出すと身体が震えてきます」
「川に落ちそうになってもんね。カヤちゃんが助けてくれなかったら危なかったもん」
危ない目に遭わせた張本人が言いますか。
あの日のことはぼくだってよく覚えている。忘れられない。今のぼくがあるのは、あの瞬間があったからだ。
千茅ちゃん。今頃どうしているだろうか。
「夕も連れてきたかったけど、晴くんとやるならコッチでやりたいからさ」
見せびらかすように蝶子さんはデバイスをつけた腕を上げる。
「出会った日もそうですけど、テスト段階のデバイスとゲームを野外でしていいんですか? 運営に許可とりました?」
「大丈夫、大丈夫。XRタイトルは傍から見ても意味わかんないから」
たしかに外から見たらぼくたちはなにもないところを殴って蹴っているだけの絵面で、格闘系のXRゲームは百本以上あるし、見られただけでゲームタイトルがバレることはない。直接タイトルを伝えたら、流石にマズいから夕は連れてこれないか。
「とりあえず一試合しよっか。時間は無制限でステージはリアルにするね。川に落っこちちゃうと危ないから。キャラクターもリアルでいい? 私殴れる?」
「かまいませんから物騒な言い方やめてください」
キャラクター設定でリアルを選択すると、架空のキャラクターから蝶子さんを投影した実写状態になる。リアルな格闘技シーンを疑似体験したいユーザー向けの設定になっている。
ステージも仮想空間を切って、現実空間で試合ができる。あと前回、ぼくが川に落ちかけた原因は蝶子さんだ。反省する気持ちが蝶子さんにもあったなんて驚きだ。
「なんか失礼な想像してたでしょ?」
「心読みました?」
「生意気。私をなんだと思ってるんだろうね、この少年は」
最初は暴力女でしかなかったですけどね、と言葉にはしなかった。今となってはプロプレイヤーとして尊敬している面もある。だから油断しない。
前回と変わったところを見せるチャンスだ。簡単にやられるつもりはない。
ぼくと蝶子さんが定位置につく。十分な距離をとる。
「はじめようか」
「はい。よろしくお願いします」
おたがいにポーズを決める。視界にカウントダウンタイマーが表示される。
蝶子さんのポーズは足を前後にしたスピードタイプ。一気に駆け出して近づくことができる。対してぼくはすぐにガードポーズを取れるディフェンスタイプ。
カウントダウンが進んでいく。
ゴングが鳴った。
蝶子さんが前へ飛び出してくる。
速い!
蝶子さんの拳が上部の腹あたりに飛んでくる。ガードポーズで対応し、間に合った。ガードの瞬間、相手に少しだけ隙ができる。ぼくは攻撃をくわえようとしたが、蝶子さんはすでに一歩後退して距離をおいた。
ガードから攻撃までの時間をできるだけ短くおこなう必要がある。リアルのフィジカルを要求される。蝶子さんは攻撃を繰り返す。ぼくはガードで精一杯で、攻撃に転じるタイミングをことごとく逃してしまう。ガードポーズが正確に入力できず、何度もミスでダメージをくらってしまう。完全に蝶子さんのペースだった。
右脚からの攻撃動作がわずかに見えた。回避しようと下がると、蝶子さんは右脚で地面を強く踏みしめて、ポージングする。ポーズが決まると駆け出して、ぼくの顔面に右膝蹴りを当てた。ぼくは思わず後ろに転がった。
顔面といってもぼくのキャラクターの顔だ。実際に当たったわけではない。しかし視界に映る光景は間違いなく、蝶子さんの右膝蹴りをダイレクトに受けたように見えた。
実写状態の相手にする時、攻撃する抵抗感よりも、攻撃をくらったリアリティが凄まじい。痛みはないが、恐怖心は本物だ。
ぼくはリアルスリップをして、減点ダメージが入った。
ライフポイントが0になった。
1ラウンド目は蝶子さんの勝利だった。
「はい、まずは私の勝ち。本調子じゃないの?」
「そうですよ。ぼくはまだまだこれからです」
「わあ! いいね! その調子でどんどんいこう!」
蝶子さんは大層喜びながら、すでに構えていた。
2ラウンド目はぼくが先行して攻撃に打って出た。体力温存を気にしない全力のラッシュだったが、攻撃はすり抜けていく。蝶子さんは飄々とした態度で、すれすれの回避行動を続けていった。
コマンド技を狙うとタイミングよくガードされて、ぼくに大きな隙ができて、逆に攻撃からのコンボをくらい、一瞬でライフポイントが溶けた。2ラウンド目はさっきの半分の時間で終了し、試合は蝶子さんの圧勝だった。
「まだ、まだいけます!」
「最高! そうこなくっちゃ!」
諦めずに蝶子さんに挑む。
再戦を繰り返して合計10試合。
全て負けた。




