31.夕と蝶子
姉ちゃんは大学の友達きっかけでエクスアーツを始めていた。順調に上手くなっていくと友達から大学の先輩にプロ選手がいると聞いて、先輩に話しかけてエクスアーツを教えてもらった。その先輩が蝶子さんだった。
世間は狭い。河川敷で蝶子さんと出会ったことも運命というより必然に思えてきた。
姉ちゃんと蝶子さんはリビングを占領してくつろぐ。ぼくもなぜか一緒にいないとダメになった。
「そういうわけで晴は学校行かなくなったんだよね」
「そんなことあったんだね。かわいそうな晴くん。よしよし」
「……どうも」
姉ちゃんは平気でぼくのトラウマを蝶子さんに聞かせる。蝶子さんに頭を撫でられる。
「いじめたヤツの名前言いなよ。ボコボコにしてあげるから」
「先輩が言ったらマジっぽくて面白い」
もしかしてこのくらい血の気がないとエクスアーツ強くなれないのか。あといじめられたわけじゃない。
時間が過ぎると蝶子さんが料理をふるまうと言って、ふたりはキッチンへ移動して、話しながら調理していた。テキパキと料理を仕上げて、ぼくは盛り付けられた料理と箸、缶ビールを机へ運ぶ。
蝶子さんの料理は美味かった。意外だった。いきなり暴力を振るってきたお姉さんという第一印象からは想像できない。
「美味しい?」
「はい、最高です」
「やったー! コレも食べて食べて」
取り皿にどんどん料理が積まれていく。
「先輩の手伝うつもりだったのに二倍料理作っちゃった。冷凍するか」
「晴くん男子高校生だから食べられるよね? ねー?」
眼力が強い。
「食べます。食べさせてもらいます」
「だよねー。晴くんのこと想って作ったんだもん。受け取らないなんて許さないから」
「……はい」
蝶子さんは言葉の節々から我の強さが漏れ出している。施しさえ蝶子さんにとっては自己満足の手段なんだろう。潔い。
料理を食べ切り、ぼくはソファに仰向けに倒れた。
もう何も入りません。
ふたりはどこかへ行った。話し声だけが遠くから聞こえている。
あらためて、まさか蝶子さんと再会すると思わなかった。蝶子さんもテスターに参加しているはずだったが対戦では会わなかった。最上位のランクの選手とマッチングするわけないから当然だけど。
最初と出会った時の印象は暴力女でしかなかったが、今日は姉ちゃんと仲が良い大学の先輩だった。
悪い人ではないのだろう。わかっていたけど実感として理解した。
料理もぼくの過去の話を聞いたうえで気合を入れてふるまってくれたのだろう。感謝しないといけない。
「ふわあ……」
ご飯を食べたら眠たくなってきた。食べてすぐ横になると良くないが、今日くらい許してもらおう。
うつらうつらと心地よくなり、まぶたを閉じた。
「……くん、晴くん。おーい、起きてー。アイスだよー」
頬に冷たいものが当たる。
「はい、ええと。はい?」
まぶたを開けると蝶子さんがいた。シャワーを浴びたのか、髪がほんのり濡れていた。服装も薄着になって目のやり場に困った。
アイスを差し出されたから受け取る。若干値段の張るアイスだった。テーブルに置かれたスプーンを取り、フタを開けてアイスを食べる。
「寝顔かわいかった」
「勘弁してください。普通に照れますよ」
「照れてよ。うれしいから」
蝶子さんは二階へあがった。食べ終えて二階の部屋に戻るとき、ふたりの声が姉ちゃんの部屋から漏れていた。
ぼくは椅子に座る。いつもならエクスアーツ関連の動画を見るところだが、やめておいた。
蝶子さんがやってきたことは予想外だったが、彼女とふるまってくれた料理のおかげで気が晴れた。明日からどうするか、結論を出せない状態は変わらないが、 美味しい料理を食って、あとは寝る。そういう日もあっていいだろう。
ふと目線がダンボール箱にいった。ぼくはダンボールの中から漫画を取り出した。子供の頃、手垢がつくまで読んだバトル漫画だった。ページをめくる。記憶に焼きついている。
当時の自分の人格を形成していた大きな要素だった。普段はだらしなくて頼りないけど、ここぞという場面で仲間を助けて、敵を倒す。
「なりたいよ」
あくまで空想だとわかっている。実際は家族に助けられてばかりで、人に親切にしてもらうばかりで、ぼくひとりではなにもできない。
強くなりたい。けど現実は一騎当千を目指して、戦い続ければ強くなれるわけじゃない。
エクスアーツをしているときだけ、空想の強さを味わえた。
結局、ぼくはどうやったら強くなるんだろう。
思いにふけっているとドアをノックされた。
ドアを開けると蝶子さんがいた。
「どうかしましたか?」
「外出よう。それで、戦おう」
「え?」
「再戦しよう。今度は戦ってくれるよね」
蝶子さんは屈託のない笑みでそう言った。




