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29.不調

 ぼくの日常は変わらない。平日は学校へ登校して、土日はゲームに参加する。たまに平日の午後に予定が入ることもあったが、問題なかった。


 対戦相手のテスターと拳を交わし合う。神経を相手に集中させて勝利を目指す。


 ガードを多用する相手とは無駄に攻撃してはいけない。下手な攻撃はガードされた瞬間に隙ができてしまう。回避しながら素早い攻撃で牽制する。相手もガード一辺倒ではいられないため、攻撃をしてくるがガードする。考えなしの雑な攻撃だった。ガードを解いて、隙ができた身体上部に攻撃を与え、ひるんでいるあいだにコンボを繋げていき、技を決めた。数分後、試合に勝った。


 テストを続けていくと強い相手をあたるようになる。経験を重ね、戦略性を理解してくる。自分自身もそうだし、相手も同じだ。


 別の日の対戦相手は強かった。攻撃を読まれて1ラウンド目は取られた。2ラウンド目も攻撃がかみ合わずに一方的な試合内容になっていった。

 脳内で描いていた試合運びをしようと強引なプレイイングをしてしまった。


 息が荒くなり、思考が鈍くなっていく。身体が重く、上手く動かない。

 拳で相手の側頭部へ狙う。肩を上げて、腕の関節を曲げて、曲線の軌道を描く。相手は首だけを動かして回避すると、片足を上げて膝蹴りをしかけてきた。とっさのガードポーズが成功して、隙ができた。

 コンボを決める。決めなくてはいけない。


 口が渇く。喉がしまる。腕が上がらない。

 足を踏みしめて、前方へ突っ込む。できるだけ距離を詰めて攻撃を当てやすくする。右拳二発、腕を引いてから右膝蹴り、片足で立ちながらポージングする。エフェクトが発生して入力が成功したことがわかった。左足を軸足にして身体を回転させて、右回り蹴り。相手の上部にヒットしてダメージが入る。

 両腕を構えてポージングする。右肩を後ろへ引いて、一気に拳を相手の顔面めがて突っ込む。痛々しい音と激しいダメージエフェクトが発生して、相手がリアルで後ろから勢いよく倒れた。


「大丈夫ですか?」


 キャラクターではなく対戦相手本人に駆け寄ると睨まれた。


「試合終わってないですよ」


 相手の残りライフはまだあった。


「でも……」


 試合より実際に転んでしまった相手が怪我していないか気になってしまった。傷でもできたら大変だと思った。

 相手は舌打ちをする。そのまま動かず、リアルスリップで受けるダメージでライフポイントは0になった。


「すみません」


 2ラウンド目はぼくが勝った。

 心配で近づいてしまったが、余計なお世話だった。むしろ相手を傷つけた。

 試合は予定通りに終了して、家へ帰ろうと外を歩く。

 試合は勝利した。順調に勝ち星を稼いでいて、次はもっと強い相手と戦える。相手が強くなればなるほど、敗北は悔しいが、やりがいがある。

 はずだった。


 テストが終わってから、始める前から調子がおかしかった。身体が動かず、頭も回っていなかった。

 不調の正体は風邪ではない。

 過去に見た配信の内容が脳内にこびりつく。

 一年前からさらに成長した、男の姿が目に浮かぶ。


「クソ」


 吐き捨てたが、一向に気分は晴れなかった。

 家に帰って、部屋の中へ入ってベッドに倒れた。

 最近寝つきが悪いせいか、全身に力が入らない。

 頭が痛い。ひたいから脈打つ痛みがくる。

 痛みがくるたびに嫌な思い出がよみがえってくる。記憶は誇張された幻と混ざり、白昼夢を見せられている気分になる。

 克服していたと思った。

 エクスアーツを夢中にしているときだけ現実から逃げ出せたはずなのに現実を向き合うためにエクスアーツをしているようだった。


 逃げる場所を失った。

 ぼくにとってゲームは戦う場所じゃない。逃げる場所だ。居場所がないから、逃げ込んできた。

 戦うフリをして、逃げていた。

 ぼくは居場所を失った。

 現実を直視させられる。

 自分と向き合う時間ができてしまう。

 臆病者で、身体を動かすことしか能がない人間だと思い知らされる。


「逃げたい」


 小さくつぶやく。どこにも届かず、部屋の中に声は消えていく。

 エクスアーツをやめたほうがいい。

 そんな言葉が脳裏に浮かぶ。

 やめたら痛みは引くのか? 過去から逃げ切れるのか?

 ぼくは、どうすればいい?

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