27.不穏
「どうして、こうなっちゃうんだよ」
ベッドの上でうなだれながら、手の中におさまっているスマートフォンの画面を覗く。千茅さんにメッセージを送ってもみたが返事はなかった。
「気づけなかった」
近藤千茅さん。東中の暴行事件で、ぼくが助けられなかった女子生徒。
カヤさんは、千茅さんだった。
近藤千茅として会ったのも顔を合わせたのも一年前の屋上近くの踊り場のとき以来だ。あれから一年後、ぼくと千茅さんは河川敷で再会していた。
理由はわからないが、千茅さんはぼくに正体を隠したかった。だからマスクをつけたり、帽子を深くかぶったり、目線をそらしていたのかと今となっては思う。
「ぼくは……」
ぼくは千茅さんと再会して、どう思ってる? 元気そうでよかった。あのときはごめん。
「ぼくのことなんか、忘れたほうがいい」
そう本人の前に口に出してしまいそうな気がした。
東中の暴行事件は、ぼくにとっても千茅さんにとってもいい思い出ではない。記憶にフタをして、おたがい二度と会わないで、幸せになってほしいと願ってしまう。
もう会うべきじゃないのかもしれない。
千茅さんがメッセージを返してこないのも、同じ気持ちだからなんじゃないか。
机に置いたブレスレットを見る。
「テスター、やめたほうがいいのかな……」
できないことではない。簡単に言ってしまえば、ただのアルバイトだ。やめたら迷惑がかかるが、責任がのしかかるわけじゃない。
そうすれば、もう千茅さんとの接点はなくなる。
でも、本当にいいのか? 千茅さんも、ぼくも。
事情を何も知らずままテスターをやめても事態が良くなるとは思えない。千茅さんが顔が晴れるようなイメージがわかない。
弱気なことを言っている自分が情けない。
もう会うべきじゃない? 同じ気持ちかもしれない?
全部ぼくが勝手に結論づけているだけだ。本当のことは千茅さんから聞かないとわからない。
「やっぱり、もう一回でいいから、事情を聞きたい」
覚悟を決めると、心が軽くなった。やぶれかぶれとも言う。
どういうことなろうと後悔なんてしてやるもんか。
すると、スマートフォンが震え出した。
すぐに画面を見たが、自分でかけたアラームだった。
時刻は午後八時ちょうど。エクスアーツの公式チャンネルで配信が始まる時間だった。
動画投稿サイトのライブ配信で、定期的に公式番組が放送される。
今日は話題になっている大会の対戦カードが発表されるからか、配信の同時視聴数はすでに八万人いた。
「あれ? 去田さん?」
去田が司会進行役で出演していた。
「こ、こんな見られて司会するんですか? あ、あぶぶぶ……」
今にも泡を吹いて倒れそうだったが、ゲストたちにフォローされなら番組は進行していった。
まさか去田が出るとは思わなかったが、持ち前の人の良さが配信越しでもわかった。
開始から三十分ぐらい経過して、去田が言う。
「お、お待たせしました。これから本大会の対戦プレイヤーについて発表いたします!」
配信のコメントが盛り上がり、高速で自動スクロールされていく。
「は、発表します。こちらです!」
対戦カードの画像が配信いっぱいに映し出される。
プレイヤーの名前が書かれている。プロもいれば、最近注目されはじめた新人プレイヤーもいた。予想されていたプレイヤーもいて、コメントもSNSも配信のリアクションをしていた。
プレイヤーの中には蝶子さんもいた。そして千茅さんも。
千茅と対戦する相手は『ヒロスケ』だった。最近注目されている新人で、プレイ歴半年で上位ランカーになった。千茅さんよりはランクは下だが、もし勝ったら人気はさらに上がるだろう。
「じ、じつは、今日はなんと特別ゲストとして出場する方々に来てもらいました! ど、どうぞ!」
カメラの袖から数人、人が入ってきた。
ひとりの少年がカメラに映し出される。
思わずぼくはスマートフォンを落とした。
「ウソだろ」
ひたいの傷が痛む。脈打ち、記憶の断片がふたたび戻ってきた。
血に染まった拳。腹にめりこむ膝。顔面を狙う足先。そして笑顔。
「英雄……」
一年ぶりの不良生徒の姿をエクスアーツに現れた。
正野英雄がカメラに向かって言った。
「こんにちは、ヒロスケです」




