16.担当者 去田
時刻になるとドタバタと誰かが入ってきてきた。スーツ姿で、うろうろと落ち着きのない様子で席を見ている。
「去田さん」
カヤさんが手を振る。気づいたようで、こちらに近づいてきた。
「す、すみません! 遅れました!」
「いえ時間ぴったりです。お疲れ様です」
「カヤさんに、天川さんですね。この度はお騒がせして申し訳ありません~!」
何度も頭を下げる。
「い、いえぼくは大丈夫です」
去田さんがカヤさんのほうを向く。
「カヤさんは、お、お久しぶりですね」
「はい。クビにされるかもって言ってましたけど、大丈夫でしたね」
「あ、あははは、首の皮一枚でなんとか……」
「お知り合いですか?」
カヤさんが答えてくれる。
「はい。ゲームが始まってからは大抵は彼女を通して連絡を取ってます。良い人ですよ」
「え、えへへ」
「仕事はできないらしいけど」
「ひ、ひい……」
去田さんはいまにも泣きそうだった。
カヤさんは立ち上がり、ぼくと隣に座る。去田さんは交代するようにぼくと向き合う形で席に座った。
去田さんがぼくに名刺を差し出す。
「は、は、はじめまして! わ、わたくしこういう者です!」
「は、はい」
ガチガチの運営の方につられて、緊張しながら名刺を受け取った。
株式会社ライトーの去田放李さん。
わかっていたけど、エクスアーツを作っている会社の社員だった。
「蝶子さんとカヤさんからお話は、き、聞いています。我々と蝶子様のあいだに齟齬がありまして、天川さんにご迷惑をおかけしたことを深くお詫びします。申し訳ございませんでした!」
去田さんは深く頭を下げた。
「いえいえ、あの蝶子さんのせいなのはぼくも重々わかったので……」
運営側の責任ではないと理解しているつもりだ。まあ、蝶子さんをテスターに選んだ人には一言あるかもしれないが。
「あ、ありがとうございます。そう言っていただけるなんて恐縮です……。その、天川さんは今回のゲームに関して、どれほど知っているでしょうか?」
「ええっと……。蝶子さんに見たこともないデバイスを腕につけられて、そうしたら急にエクスアーツが始まりました。いきなり仮想空間に移動……いえ、視界をジャックされてゲームの映像が流れて……。あとは貰ったメッセージの次世代エクスアーツというワードぐらいですかね」
「な、なるほど……。急にゲームに参加させられたんですね。カヤさんから聞いた通りです。それは怖かったですね、ごめんなさい」
「もう終わったことですから」
去田さんの言葉は運営側というより個人的な感情が混ざっていた。
「まだ開発中のプロジェクトなんです。ですので話せる内容に限りはありますが、説明すべき責任は果たそうと思います」
「ありがとうございます」
去田さんが説明してくれる。
「仮想戦闘領域は、我々が開発中の次世代エクスアーツです。現在はテストプレイ段階に移行しまして、ゲームテスター同士でゲームに参加してもらっていました。そのテスターの中には現エクスアーツで活躍しているランカーのカヤさんや蝶子さんも参加しています」
「ぼくはテストプレイ中に巻き込まれたということですか?」
カヤさんが会話の間に入る。
「蝶子が巻き込んだ、が正しいです。指定された場所以外は人目がつくから禁止されてるのに、あの人は野外でゲームに巻き込んだんです」
去田さんがハンカチで汗をぬぐう。
「だ、だいぶ蝶子さんから聞いた話とは違いますね……。簡単に言ってしまうと、開発中のゲームのテスト中に天川さんは巻き込まれてしまった、そういうことになります。こちらの体制と規則の甘さによるトラブルです。改善策を講じて、今度ないよう整備していきます」
「わかりました。このことは秘密ですか?」
「まだ公表もされていないプロジェクトですので……で、できれば内密にお願いします……」
やっと、あの夜に起きたことがわかった。次世代エクスアーツのテストプレイ。それが正体だった。なんとなく察しているところもあったが、運営側から正式に言われて、実感がわいてきた。
いつか、みんなが次世代エクスアーツをプレイできる日がくる。想像するとすごい。世界が一変してしまいそうだ。
「あと、スカウト枠は辞退という形でいいでしょうか?」
「え?」
そうだった。蝶子さはそんな言葉も言っていた。
「スカウト枠って、何なんですか?」
「す、すみません! スカウト枠を受けた方にする説明をまだしていませんでした。スカウト枠はテストに参加中のランカーの方々が選んだエクスアーツのプレイヤーを、新規ゲームテスターとして参加させる制度です。あの、ここだけの話、テストプレイは難航していまして……」
「そうなんですか?」
「順調だったんですが、想定よりもテスターの数が足りなくなりまして……。テスト初期の段階では、非常にリアルな格闘体験でして、途中でリタイアする方も多いんです。一種の才能と言いますか、適正のあるかたじゃないできないピーキーなゲーム性になってしまいました。えっと、深くは説明はできませんがバランス調整を加えつつ、テストは継続中です。しかしテスターが不足している状態で、かつ適正のあるプレイヤーではないといけません。そこで関係者の次世代エクスアーツで力を発揮できる、エクスアーツの才能を持つ人物がいたら、テスターに勧誘できる権利がありました。それが『スカウト枠』です」
「……それって大変なんじゃ」
「え、ええっと、はい。ぶっちゃけてしまうと、かなり……大変です……」
カヤさんも言っていたが、開発中がゆえに予期しない問題が出たということか。
「こ、ここまでがスカウト枠に選ばれた方向けに説明する内容でございます。なにか不明な点はありましたか?」
「ぼくが、そのテスターに選ばれた」
ぼくに見込みがある? カヤさんや蝶子さんと同じところに立てる? 想像もできない。ぼくのエクスアーツのランクはそこそこだ。プレイしている日数で考えれば高いほうかもしれないけどランカーには遠く及ばない。
カヤさんがぼくを見る。
「ここまで説明したうえで、どうでしょう、テスターとして参加する意思はありますか? もし辞退ではなく参加という形でも、私たちとしては問題ありません。むしろ歓迎したいくらいです」
「…………」
「参加したいただくなら保護者のかた、必要でしたら学校のほうにもご説明します。報酬も出ますしアルバイトです。途中で辞退することも可能です。……どうでしょうか」
「ぼくは……」
ぼくは、どうしたいのだろう。言われるがまま巻き込まれて、どういうことか知りたくて、ここまで来た。事情も理解できた。そのうえでゲームに参加するのか?
「天川さん」
するとカヤさんに呼ばれた。身体をこちらに向けて、じっと目を合わせてくる。
「な、何でしょう」
「私はオススメしません」
ハッキリと言い切った。
「危険だから、ですか」
「……天川さんに危険な目に遭う真似はさせたくないです。優しい人だから」
「向いてないでしょうか」
「わかりません。エクスアーツ、好きですか?」
「……はい」
それはウソじゃない。すぐに口から零れ落ちた。
揺れ動いている気持ちがどっちに傾いているかはわかり切っていた。
「ぼく、参加してみたいです」
言ってしまった。
去田さんの表情が明るくなった。
「こちらとしてもありがたいです! 蝶子さんの強い希望でして、彼女は、その、パワフルな性格でトラブルメーカーであることはこちらも重々承知ですが、人を見る目は信頼しているので……」
ぼくはカヤさんのほうを向く。
「ごめんなさいカヤさん。ここまでしてもらったのに……」
「私は話し合いの場を作ると言っただけで、参加するかどうかの判断は天川さんの自由でしたから」
「でも……」
「参加すると思ってました」
「え?」
「だって、顔に出たいと書いてありました。ねえ、去田さん?」
「え! ま、まあ、はい……」
「マジですか」
手で自分の顔を触る。ぼくって滅茶苦茶わかりやすい人間か?
「バレバレです」
カヤさんはくすっと笑う。
「そうですか、はは……」
「蝶子の思惑通りに進んでるのは気に食わないですが、仕方ありませんね」
去田さんはカヤさんに向かって顔を寄せる。
「あのカヤさん。できればで結構ですが、天川さんに次世代エクスアーツのやり方を教えてあげてくれませんか?」
「私がですか?」
「そんなことできるんですか! だったらぼくからもぜひ! お願いします! ぼく、カヤさんとエクスアーツしたかったですから!」
「……っ!」
カヤさんが後ろに仰け反る。
「わ、私でよければ……」
「はい、よろしくお願いします!」
本当にカヤさんは良い人だ。
ふと横目で見ると去田さんがホッとした様子だった。
「どうなるか不安でしたけど、よかった~。で、ではここからは、これまで以上に内密でお願いします」
去田さんは鞄から黒い箱を出して、テーブルに乗せた。
「これは?」
「もう知ってると思いますが、まだ開発中の製品ですので……」
箱が開く。そこには見覚えのある物が入っていた。
「こちらが新しいXRデバイスです」
それは、蝶子さんに無理矢理つけられたブレスレットだった。




