11.感触
「蝶子のこと、ごめんなさい。わたしが言っても仕方ないのはわかってるんだけど」
カヤと呼ばれていた女性は申し訳なさそうにする。なぜか蝶子さんよりも責任感を感じていた。
「いえ、むしろありがとうございました」
本当に助かった。蝶子さんはあの後もゲームを続けるつもりだった。あのまま蝶子さんのペースでゲームをしていたら、ぼくはもう立ち直れなかったかもしれない。
身体も心も強くなったつもりだった。また自分自身に自信を取り戻せるほどには強くなれたと思った。けど、実際は違う。簡単にやられた。打ちのめされた。
この一年間、立ち直った心身を蝶子さんに折られそうになった。それを救ってもらった。本人は蝶子さんのゲームを止めただけかもしれないが、ぼくにとってカヤさんは命の恩人だった。あの事件のあとに、もう一度心を折られては、立ち戻れる自信はない。
「いえ、もう終わったことなので。それに、正直、楽しかった面もあったので……」
これは気を使っているわけじゃない。本当に思ったことだ。
「そう? ならよかった。ああいう、関係ない人を巻き込むの、本当許せないから」
カヤさんは怒りを露わにしていた。
「あの、さっきは助けてくださり、ありがとうございました」
「え?」
「死ぬかと思いました。実際に殴られても蹴られてもいないのに……」
「このゲームのリアリティはすごいから仕方ないです。わたしも本能的に感情を動かされますから。お礼なんて、とんでもないです」
誠実な人だった。ぼくもこうありたいと思った。
「ぼくってどうすればいいですか?」
「蝶子のことはわたしがあとで本人と運営どちらにも聞きます。詳しい話はいずれ。今日は帰っても大丈夫です」
「ありがとうございます。あの、カヤさんでしたっけ。あの、今回は本当に……」
「……晴」
「え?」
ぼくの名前を呼ばれた。カヤさんがぼくの顔をじっと見つめる。
「天川晴、さん?」
「は、はい。そうですけど」
カヤさんが身体を寄せくる。ぼくよりも身長は低く、見上げてくる。
「ウソ。何で、こんなのって」
「えっと………」
カヤさんの手がぼくの顔に伸びる。額を触って、前髪をかきあげる。思わず顔をそむけた。
「あ、あたし……!」
「どこかで会いましたか?」
声は同時だった。
「……そうですよね」
今度はあっちが顔を隠した。
「いえ、他人の空似でした。すみません」
帽子を深くかぶった。
「天川さん、このゲームはやめてください」
「え?」
「こんなゲームやるべきじゃない。蝶子にも運営にも言っておきます。朝までに結果出します。では、追って連絡します」
カヤさんはぼくに背を向ける。
「あ、あの……」
「巻き込んでごめんなさい。なにかあっても、大丈夫です」
カヤさんが振り向く。
「わたしが守りますから」
そう言い残して、カヤさんは行ってしまった。
ぼくはその場で腰を落とした。
自分がいろんな巻き込まれ、知らない何か動かされている。その何かの実態は、まるでわからない。
「エクステンデッド・バトルフィールド、だっけ」
新しい体験だった。これまでいろんなスポーツや運動系のゲームを手を出してきたが、感じたことのない臨場感があった。
額の傷が痛む。血の味を思い出す。
これまで、逃げてきた。そして、どうしてだろう。初めて立ち向かえた気がした。戦った気がした。過去と向き合って、荒治療をした。
「ぼくは……」
中学三年から高一の今に至るまで、ぼくは負けることを恐れていた。負けるくらいなら逃げたいと思っていた。そのはずだったのに、今はもう、戦いと思っていた。
ぼくは家に帰り、シャワーを浴びて気絶するようにベッドにぶっ倒れた。
朝起きたとき、昨日のことはウソかと疑った。身体を起こして全身の痛みで、ホントだと理解した。
信じられない出来事の連続だった。謎のゲームに強制参加させられ、逃げ惑い、戦い、負けた。思い返すといい記憶はひとつもない。
でも、心が軽い。充足感があった。
足りなくなっていたピースが見つかったような感覚がした。




